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『広告以外の儲け方』も目指すこれからのビジネス【アドテック東京2019レポート】

2020.01.14
#テクノロジー#マーケティング
戦略立案やデータマーケティングなど、広告会社の事業領域が拡大しています。その変化に伴って、従来とは違う報酬設計が必要となる場面も増え、それをクライアントに理解してもらうことも欠かせなくなっています。またクライアントとメディアが直接取引をしたり、戦略コンサルと事業領域が重なってきている中で、広告会社ならではの強みを見せる必要も増しています。
マーケティングテクノロジーについてのカンファレンス「ad:tech tokyo2019(アドテック東京)」において、「『広告以外の儲け方』も目指すこれからのビジネス」というタイトルでセッションが行われました。ノースショアの石井龍 代表取締役社長CEO、電通デジタルの野宮弘子アカウントイノベーション部門統合プロデュース事業部マネージャー、博報堂の江藤圭太郎マーケティングディレクター/Paasons Advisoryリーダー、オプトの榎本佳代執行役員がスピーカーを、サイバーエージェントの柚山慶介インターネット広告事業本部データ事業本部マーケティングテクノロジー局チーフコンサルタントがモデレーターを務めました。

柚山:サイバーエージェントの柚山と申します。本日のセッションテーマについて簡単にご説明させてください。広告会社からすると少し話し辛い内容が含まれています(笑)。
広告会社の業務はこれまでメディアバイイングや運用が中心でした。しかし近年ではそれらとのかけ算で、「事業戦略」が踏み込むべき領域に入って来ました。きっかけはデジタルシフトです。ユーザーが広告に触れてから購入するまでの行動データが繋がってきたことで、上流戦略から実行までを分断せずに踏み込んでいくことが重要になりました。
これを進めようとするといろいろなことが問題になります。ステークホルダーが変わってくるので意思決定まで時間がかかるし、報酬モデルも変えなくてはいけません。これらのことから、一度広告会社がやるべきことを整理する時期に来ているなと感じています。
いろいろなことが自動化する中で、広告会社の理想像としてあるのは、人が介在する価値がある領域にフォーカスし、その対価として報酬をいただくことです。その理想に近づくために何が必要かということをディスカッションできればと思います。
本日お越しいただいたのは、そういった改革期の最前線にいるメンバーです。皆様、簡単に自己紹介をお願いいたします。

石井:ノースショアの石井です。当社は広告制作会社で、特徴は広告クリエイティブ戦略立案からデザイン・制作(映像、デジタル、プリントなど)まで一貫して社内で企画制作できることです。また、制作の進行管理を簡単にするSaaSも展開しています。このSaaSを使うことで、単純作業の時間を減らし、クリエイティブの時間を長くすることが可能です。
私のキャリアはCM制作のプロダクションマネージャー、CMディレクターなどを経験し、2008年にノースショアを立ち上げました。

野宮:電通デジタルの野宮です。これまで広告会社で営業やダイレクトマーケティングを経験してきました。電通デジタルでは統合プロデュース事業部に所属しています。電通デジタルでは「新規顧客の獲得」と「既存顧客の育成」を一本化する「デュアルファネルTM」を掲げていますが、私の業務はデュアルファネルTMとオンオフ、各領域のプロフェッショナルを接着剤のように繋ぎ戦略から実行まで提供する「プロデューサー」という役割を担っています。
広告会社はコミッション(手数料)制とフィー(作業報酬)制が主な報酬形態となっておりますが、これからはノウハウを提供するところに力を入れた方がいいと思っています。特に今は工数を計算するといった人件費が主ですが、サービスレベルに応じたフィー制に変えていかないといけないと思っております。

江藤:博報堂の江藤です。入社からずっと戦略立案をメインとしており、ストラテジーやマーケティング領域で、主に、ITや情報通信系といったテック寄りのクライアント企業を担当してきました。
2018年に戦略に特化したブティック「パーソンズアドバイザリー」を社内に立ち上げました。クリエイティブブティックがある広告会社は多いのですが、戦略に特化したブティックというものは珍しいんじゃないでしょうか。
広告会社は納品物に対してお金をいただくのが一般的で、「戦略」についてはほとんどお金をいただかない、時には広告制作に付帯サービス、というのが当たり前でした。私は戦略と真剣に向き合ってきたからこそ、戦略自体にも対価があるべきだという考えから「パーソンズアドバイザリー」立ち上げました。パーソンズアドバイザリーでは、納品物ではなくクライアントに寄り添うこと自体に対価をご請求しています。

榎本:オプトの榎本と申します。ダイレクトマーケティングをずっとやってきて、デジタルを推進しながらマーケティングコミュニケーションやブランドコミュニケーションを担当し、今年から営業の管掌をしております。
これまでのオプトのビジネスは広告代理業が中心でしたが、ここから変わっていかなくてはいけないと考えています。媒体社が広告会社を挟まず、直接広告主と繋がり始めているような状況があるからです。
そうした中で広告会社の価値とは何かと考えると、我々が持つアセットだと思います。例えば、データの可視化や利活用、生活者と最も近いメディアであるプラットフォーマーへの理解・攻略などですね。また今後を見据えて、戦略コンサル支援、テクノロジー支援、人材の常駐・出向・教育・育成、金融・投資など新しい稼ぎ方も模索していますが、まだ従来の稼ぎ方が中心となっている状況です。

柚山:サイバーエージェントでのミッションは、クライアント企業のファーストパーティーデータの利活用です。具体的にはDMPをお預かりして意思決定を速くするためにダッシュボードを作ったり、CRMにマーケティングオートメーションツールを使って人が介在しなくても効果を出せるようにしたりしています。そういった分野で、コンサルから実装までを担っています。
まず最初の話題として、戦略の領域まで手がけていくなかで、コンサルティング会社と競合することがよくあるのではないかと思います。コンサルティング会社に対する日本のエージェンシーの価値、強みは何でしょうか。

コンサルティング会社と競合する今、広告会社の価値とは

江藤:最近、広告会社を辞める若者たちの理由として、「自分自身がどれだけ価値を生み出しているか」がきちんと可視化されていないから、という声を聞きました。我々は人に価値が紐付いていると思っていますが、それを数値化することがエージェンシーサイドとしてできていません。これは、今後必ず必要になると思っています。
クライアント企業にオリエンをいただいて、最後に納品物をお出しする、という一般的な業務サイクルも、徐々に世の中のスピードに追い付けなくなっていると感じています。いかにクライアントに寄り添えるかで広告会社の価値を発揮するべきなんじゃないかと思っています。「パーソンズアドバイザリー」では、広告会社のマーケティング職としてより主体的にクライアントに関わり、いつでも相談相手になれるプラットフォームのようにAgile型でプランニングサービスを提供し、その対価を得る、この新しいビジネスモデルを「Planning Platform Model」と名付けています。そのため、チームにいるメンバーに対してバイネームでフィーをいただいており、納品物ではなく、何ヶ月間プロジェクトに寄り添うか、ということに対して費用をお支払いいただいています。

柚山:ここまでは上流の戦略のお話でしたが、出口であるクリエイティブではどうでしょうか。

石井:映像やプリントデザインの場合、予算がざっくりと決まっていて、その中でなんとかしてください、というご依頼が多いんです。そのことにより、過重労働が発生してしまいがちです。ですので、業界全体でクリエイターの一日の稼動、一ヶ月の稼動といった形で工数積み上げ型の見積もり請求に移行しようとしています。
ただ、このようにするためには広告会社の皆様にもクリエイティブから出てくる見積もりを読み説いていただく必要があります。そのギャップはこれから埋めなくてはいけません。これを変えていくには、何らかユニオンなどを作って報酬の体系に関するガイドラインを作る必要があるのかなと思っています。

自分たちの“言い値”で仕事をする

江藤:そのお話に関連しますが、我々がブティックを作ったことには看板をかけかえるという意味もあります。いくつかブティックがあってそれぞれ料金が違えば、見積もりだけお見せして「同じ会社なのに何で請求額が前と違うの?」と思われてしまうことを防げると思うんです。言い換えると、「我々はこのくらい請求させていただきます」と言い値で仕事をすることになるので、相応の価値を提供できなくてはいけません。

榎本:納品物ではなくバイネームで対価をいただくというのは、どのような説明をしてお客様にご理解いただいているのでしょうか。

江藤:実際のところ、一緒に仕事していただくしかありませんが、一つのやり方としては、クライアントの皆さまとどのような課題を持っているかや、場合によっては課題すら分からないという時に、まずは気軽にお話させていただくことかなと思っています。ただし、すぐに何らかの答えをお返ししないとそれは相談に止まってしまうので、我々としてのしっかりとした返答を可能な限り短時間でお返ししています。この際に、クラウドプラットフォームを使っていて、それがとても役に立っていますね。

榎本:クラウドを使う、というのはどういうことですか。

江藤:例えば、企画書などの資料をクライアントとクラウドでシェアして協働編集できるようにしています。そしてお互いの進捗や、今どのような作業をしているかをオープンにします。それによって無駄が発生しないので作業がとても早くなるんです。勿論、クライアントにもある程度そういったやり方を受容していただく必要があるのですが。このプランニングに必要なすべての要素を可視化させる”Visibility”という独自のアプローチが組織の特徴の一つでもあります。

柚山:戦略ブティックという形態を受け入れてくださっているクライアント企業の特徴はありますか?

江藤:現在のところ、 ITリテラシーが高く、お互いの強みをいかしあう協働型で仕事がしたいとお考えの場合は、受け入れていただきやすいですね。

柚山:電通デジタルではクライアント企業との関係はいかがでしょうか。新しい提案を受け入れていただけるような状況ですか。

野宮:現場でよく大きな壁を感じている点は、我々もクライアント企業も共通して、部門の組織編成に悩んでいるということですね。組織が大きいほど縦割りになっていて、統合を目指しているところは多いのですが、なかなかそれがうまく進んでいなくて。これは業界全体で向き合わないといけないことだと思います。

柚山:広告会社の組織はどう変わるべきだと思いますか。

野宮:難しい問題なのですが、私がチームでよく言っているのは「自分の領域はここだけ」と言うな、ということです。専門領域があるのは強みですが、それが視野を広げられない足かせになっていることもあります。広告会社がビジネスを広げなくてはならない状況にあるのに、そのような考えだと結局どんどんシュリンクしてしまうと思うんです。

やり方を選べるのは広告会社の価値の一つ

柚山:今までお話したような新しい仕事のやり方を受け入れていただけた場合、広告会社ならではの良さってどこにあるのでしょうか。

榎本:私がもう一つ、エージェンシーの価値だと思うのは、普段分断されてしまいがちなクライアント企業の組織内を繋げられることです。広告会社の社内は専門性の集団なので、各分野に強い人材がいて、それらを統合する役割の人間もいます。クライアント企業にも、宣伝やITなど様々な部署があると思いますが、部署ごとに分断されてしまっていることもあります。そこを一つのゴールに向けて、繋いでいくこともエージェンシーの役割だと思っています。プロデューサー的な役割は求められていますよね。

柚山:エージェンシーの大きな価値の一つが、「クライアント企業に寄り添う」という部分なのは確実ですが、それをユーザーに特化して届けるのはなかなか難しいということですよね。
次のお題はどのような手段でお金を儲けるかっということです。石井さんはSaaSを提供していらっしゃいますが、この領域はエージェンシーも価値が出せると思いますか。

石井:出せると思います。当社のSaaSは、作業を簡単・便利にしましょうという機能と、クリエイターのポートフォリオを見える化する機能があります。エージェンシーの場合でも、「これまでどんなことをやってきて、どんな評価をもらっているのか」ということをSaaSで見える化できると、報酬が払いやすくなるんじゃないかと思います。

柚山:そうですよね。一方で、広告会社が開発したSaaSで広く使われているものって無いように思うのですが、それはどうしてなのでしょうか。

江藤:広告会社が作ると、どうしても汎用的なものになってしまうので、個別の企業には使い勝手が悪いんでしょうね。インターフェースもKPIも一般的なものになってしまうんだと思います。
石井さんが仰っていたような、クリエイターのプロファイルに当たるようなものがマーケターには無いんです。あるクライアントから「電通と博報堂の方と一緒にプロジェクトをしたいんだけれども、情報が出ていないから誰を指名していいか分からない」とご指摘いただいたことがあって。

榎本:それは世に出ない部分ですからね。

江藤:そうなんです。制作物は世に出るけど、戦略は世に出ないので、そのあたりも課題だなと感じています。

柚山:マーケターのスキルって言語化すると何になるんですかね。

江藤:難しいですが、一般的にはリサーチ、統計、データ分析、プランニング能力だと思います。でもクライアントが求めているのはそういったこと以上に、どういう過去の実績があって、どういう業界を経験してきたか、という部分ですよね。

榎本:戦略自体は開示不可ですが、どのような能力を持ち、どのプロジェクトに関わったか、クライアントからの評価・評判などが可視化され、開示されることは、マーケターもクライアントもハッピーになると思うので、そういう方向に変えていきたいですよね。

常に新しく動いている領域にいるのが広告会社の強み。

柚山: では最後のテーマですが、エージェンシーの若手にはどのように育ってほしいですか?

石井:私は制作を中心としていますが、「世の中を動かして経済を豊かにしている」という実感を持ってもらえると嬉しいな、と思います。映像やデザイン、デジタルが好きだという人は多いのですが、それに加えて経済のことも考えてもらえればと思います。

江藤:最初にもお話ししましたが、近年広告会社を退社する若者が増えているなかで、「広告会社の仕事は、かっこいいんだ」と伝えたいんですよね。我々は、常に新しい動きが起きている領域で仕事ができます。最先端を渡り歩いて様々な仕事をやっていくことで、知見がたまっていくんです。戦略コンサルとの垣根は無くなってきているのですが、敢えて違いを言うとすると、僕らはエグゼキューションまで想像して話せる、そして実装までできるところが強みです。世の中に出たところまで想像して描けるような人材を育てたいですね。

野宮:自分で枠を決めるな、ということですね。コミュニケーション領域のコンサルが軸ではあるけど領域を超えていろいろやってみようよ、と伝えたいですね。

榎本:エージェンシーでの仕事って本当はとっても魅力的だと思っています。マーケティングは経営に欠かせないもので、第三者の立場でありながら様々な会社の経営に参画できる、というのはすごく魅力的なことです。

石井 龍

ノースショア株式会社
代表取締役社長CEO

野宮 弘子

株式会社電通デジタル
アカウントイノベーション部門 統合プロデュース事業部 マネージャー

江藤 圭太郎

株式会社博報堂
マーケティングディレクター/Paasons Advisoryリーダー

榎本 佳代

株式会社オプト
執行役員

柚山 慶介

株式会社サイバーエージェント
インターネット広告事業本部 データ事業本部 マーケティングテクノロジー局 チーフコンサルタント

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