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【日本タイダン。】 第7回ゲスト 川端 由美さん(モータージャーナリスト) 
キーワードは「移動の見える化」
〜モビリティ革命が地域創生にもたらす意義の本質とは?

2020.01.10
#ブランディング#地域創生
日本の地域を訪れ、体験や発見をつづる連載コラム「日本トコトコッ」の執筆や地域のまちづくりに関わる、スマート×都市デザイン研究所長・深谷信介が、日本の地域活性について、さまざまな分野のオピニオンリーダーと対談する連載コラムです。

CASE&MaaSブームは本物? 世界の自動車市場の最新事情

深谷 川端さんとのご縁はおそらく5年以上になりますけど、最初にお会いしたのがいつだったか、ちょっとうろ覚えなんです(笑)

川端 私はよく覚えてますよ。国交省の超小型モビリティプロジェクトのイベントでお会いしたのが最初です。

深谷 そうでした。あれは確か2013年ですね。私はその少し前の2009年、メディア的にはEV(電気自動車)元年と言われた時期から、充電インフラの整備に取り組む協議会の立ち上げなどに参加して。次に「スマートシティ元年」と言われた2012年からは、日本や世界のスマートシティ構想の推進にも参加して。川端さんとお会いしたのがたぶんこの頃。
最近は「モビリティ」という言葉がちょっとバズワード化してきて、地域創生の分野でも「自動運転は過疎地の公共交通の切り札」なんて、さかんに話題にのぼるようになりました。個人的には、こういう動きをちょっと懐疑的に見ているんです。そこでモータージャーナリストで、世界的な自動車市場の動向にもテクノロジーの最新事情にも詳しい、しかも環境ジャーナリストでもある川端さんに、現在の「移動=モビリティ」に関する議論の課題や、地域における移動の未来像についてお話ししたいなと。
2009年当時、EVの普及は自動車の歴史において「T型フォードの登場以来100年に1度の大革命」なんて言われていました。そこから10年が経過しましたが、いまだに日本ではまだまだ普及とまではいっていません。

川端 数でいうと、日本は特にそうですね。

深谷 そんな中でも、次はMaaSだ、CASEだとキーワードばかりが飛び交っています。率直に言って、川端さんはこういう状況をどう捉えていますか。

川端 社会において本当の変化が起こるにはいろいろな要素が揃う必要があるんですけど、必要なピースが揃っていなくてもブームは起きるんですね。EVで言えば、最初の大きなブームはたぶん70年代。化石燃料が枯渇すると言われはじめた頃で、その影響で電気で動くクルマが注目された。2度目のブームは90年代、これはガソリン価格の世界的な高騰がきっかけでした。
そして3度目のブームのきっかけになったのが、リチウムイオンバッテリーの登場です。電池容量が格段に増えて、航続距離がある程度見込めるようになって、ついに市場が本格的に立ち上がりそうだと期待感が一気に高まった。

深谷 でも、あの段階では充電器などのインフラ整備もハードルになりましたね。

川端 そうですね。電池の価格も今に比べるとまだ高かったですし。
ようやく最近になって、EVにとっての最後のピースが登場してきた。それが「コネクテッド」だと思います。要は充電インフラがなくても、誰かが充電器を運んでくれるサービスがあればよくて。実際、中国では今、新興メーカーのEVがすごく売れているんですけど、彼らはユーザーのいる場所まで充電車両で駆けつけてくれるサービスを提供しているんです。充電インフラの整備という重めの課題が、CASEのうちの「C=コネクテッド」のおかげで一気に解決してしまった。
リチウムの産出国では需要に対して供給できる体制が整って、リチウムイオン電池の供給量が増えて価格が下がっています。さらにコネクテッドによってインフラの問題がある程度クリアして、経済的な面で採算性や合理性が出てきた。国家戦略的にも、米国と中国という二大モビリティ所有国が“EV押し”になっている。EVを中心に、社会が変わるのに必要な「テクノロジー」「経済」「政治」の3要素がすべて揃い気味なのはたしかです。

深谷 そんななかで、今後は中国がクルマの世界市場を牽引していくという声もよく聞きますけど、川端さんから見てどうですか。

川端 ハードウェアの生産能力は相当上がってきています。おおざっぱに言えば、日本の技術の“7掛け”ぐらいの水準。……なんていうと馬鹿にしがちですけど、注目すべきは技術ではないんです。じつは中国のハードウエアスタートアップは、どこもビジネスモデルをつくる能力が日本よりはるかに高くて。モノづくり技術の成熟度が低くても、別のところで稼ぐモデルを構築している。
例えば、自前でEVトラックを開発・製造してモノを運んでいるBtoB型の物流スタートアップがあるんです。トラック自体のボディ構造は昔ながらのラダーフレームで、乗り心地も全然よくない。でも、せいぜい3キロ圏内を30分程度で運ぶための物流トラックだから、それでいいわけです。では彼らがどこで収益を上げているかというと、GPSの位置情報を活用した広告配信です。その会社は鮮魚などをレストランに運んでいるので、納品先店舗の商圏をGPSで管理して、その商圏内で広告を流している。物流はすでにレッドオーシャン化しているはずですが、彼らはちゃんとマネタイズしている。

深谷 なるほど。さっき「バズワード」と言いましたけど、中国ではとっくにMaaSもCASEも実装されて、マネタイズし始めているということですね。その一方で日本は、いまだに第二次産業のいいところに固執しすぎている。ビジネスモデルをつくる・実装するという構想とアクションが共に足りないていないと感じます。

川端 それにハードウエアの開発にしても、日本はスピードも遅すぎます。これまで製造業の技術力が高かったのはたしかですし、モノづくりって楽しいものだから日本人はやめないでしょう。でも相対的に付加価値がどんどん下がっていくから、これからは正直厳しくなります。私はずっと前から警鐘を鳴らしてきたんですけど、メディア的には全然注目してもらえなかった。あと5年が本当に勝負だと思います。というか、5年前からやってくださいという話です(笑)

地域ごとの「移動の再定義」が第一歩

深谷 今回、川端さんと一番お話ししたいのは、人の移動の有り様は地域において今後どうなっていくのか、という問題です。
高齢化・人口減少が進んで、移動がうまく担保できない地域が増えています。鉄道もバス路線も減っているし、自転車では移動しにくい土地も多い。地域創生がうまくいっている地域って、UターンやIターンで地元に戻った人が活躍しているケースが多いんですけど、移動の仕組みが衰退した状態だと、暮らしにくいからなかなか人が戻ってこない。
こういう地域の移動の問題を、自動運転のような最新のテクノロジーによってうまく解決できるんじゃないかという期待の声もあります。でもヨーロッパの地方都市などを見てみると、そんなテクノロジーの活用以前に、日本よりも遙かにうまくやっているところが多い。日本ではどのように物事を進めていったらいいものかと。

川端 そもそもの考え方として、「人の移動」が基本的人権として保障されているのは大きいですね。ヨーロッパは基本的人権の先進地域で、EU基本権憲章には市民権の一つとして「移動・居住の自由」が明確に条文化されている。だから人の移動は何らかのかたちで必ず担保しなければならない。日本みたいに、需要が減ったからといって何のフォローもなしに鉄道やバスの路線を廃止していいという話にはならないんです。
もう1つは地方自治が強いこと。交通の問題は地域ごとにまったく事情が違うから、地域が主体となって対応しなくちゃダメなんです。6km圏内の生活圏の移動に課題があるなら、地方が主体となってその圏内の法律を変えればいいだけ。ヨーロッパは地方自治が強いので、道路交通法も地方で変えられる。日本でも町を作り変える必要があるけど、地方に決定権がないんですよね。
ハンブルグの問題はハンブルグで、フライブルクの問題はフライブルクで対応しているからうまくいっているだけで、ドイツ全体の解があるわけではないです。でも日本の政策は、中央が決めた標準化した施策を全国一律に取り入れようという志向が強い。

深谷 そう、移動権と地域にあった制度設計の可変性が大切なんですよね。地域創生に普遍的な正解はなくて、地域ごとの特殊解を見つけるしかない、と私もいつも言っているのですが、日本ではどうしても共通する正解を求めがちですね。
そういう課題や制約があるのを前提として、日本の地域は移動の問題にどう取り組んでいくべきでしょうか。

川端 大切なのは、その地域ごとに移動をきちんと再定義することです。人口の絶対数はわかっているのに、移動については過疎なのか過密なのか、ちゃんと把握できていないことが多いですから。古くからのバス路線があって、たまたまバス停があるから今も人が集まって乗っているだけで、本当の移動の過疎・過密って実はわかりにくい。
でも今はスマートフォンの移動履歴がとれるから、移動時間と移動量のインデックス化は難しくないはずです。

深谷 たしかに、今はほとんど可視化できますからね。我々も取り組んでいるところです。

川端 そう。決済システムと連動させて、移動内容のインデックスが出てくるともっといいですね。買い物に行ったのか、レストランに食事に行ったのか、あるいは友人に会いに行ったのか。その移動に使っているのは公共交通か、自家用車か。
米国の監査法人が2017年に発表した都市とモビリティに関するレポートが興味深くて。最近は北米でミッドサイズのセダンが明らかに売れなくなって、大手メーカーが相次いで撤退しています。その原因はネット通販やネットスーパーが普及して、買い物の移動を代替しているからだというんですね。買い物用のクルマの需要がなくなった。つまり移動が変化した。ネット通販が普及した結果、人の移動が必要無くなったということです。
地域の人口動態が変わって、産業も生活も変わった。鉄道やバスは減ったけど、ネットスーパーの物流トラックは自宅まで来てくれるようになった。そうした変化の中で、本当に必要不可欠な移動は何なのか。あるいは、なくてもいい移動は何か。買い物のための移動であれば、物流トラックに代替させてもいいですよね。その上で、もし一人暮らしのお年寄りが多い町で、「人と会う」という不可欠な移動がうまく担保できないなら、移動が少なくて住みやすい高齢者用の集合住宅を、ちゃんと資本を投じてつくることが必要。移動を再定義して可視化すると、地域の移動においてやるべきことが見えてくるはずです。
すでにヨーロッパ諸国では多くの町をつくり変えています。何か新しいことをしているというより、かつての中世の町並みがまだ残っていて、昔の形に戻している感じです。結局、それが現在の人々にとって移動しやすい構造だとわかったんですね。

深谷 しかも、中世から残るヨーロッパの町というと大都市を思い浮かべますけど、どこも決して大きくないですよね。

川端 はい。先進的な交通改革で知られるドイツのフライブルクは人口22万人。エストニアの首都タリンもよくやっているけど、あそこなんて国の人口を全部合わせても130万人ですよ。どちらも豊富な予算があるわけじゃないから、20年とか25年とか、長い時間をかけて少しずつ地域の資産を積み増している。あんなに小さな町ができるのだから、日本の地方都市ができないはずはありません。ただ、ヨーロッパの町が取り組んだ改革の結果や形を真似るのではなく、どういう課題からスタートして、そのためにどんな指標を使って自分たちのゴールを設定したのか。そこをぜひ参考にしてほしい。万里の長城を見て、あれとまったく同じものを作れたとしても、それで自分たちの町を守れるわけではない。それと同じです。

移動はもっとインテリジェント化するべき

深谷 人の移動をちゃんと把握することが地域にとって重要だというのは、おっしゃる通りで。観光地でも町中でも、どんなときにどれぐらいの人が訪れるのか。地元の人たちは感覚知としては知っているけど、正確には捕捉できていない。でもデジタルを使えば、実はこんな意外なところに予想以上の人が来ているとか、気づかなかった情報が全部拾えるじゃないですか。そういう定量的な情報と地元の経験値を重ね合わせれば、移動の実態が全部把握できると思うんです。バス路線はここに引いた方が良さそうだ、といったこともわかってくるはずです。

川端 そうして移動がすべてデジタル化できたら、バス路線もバス停もバーチャル化して、場所は毎日変わっていいはずですよね。A地点の近くに住むお年寄りがたくさんバスに乗るから、今日はA地点をバーチャルバスストップにして、それ以外の人はそこまで歩こうよ、でいいんです。毎日同じバス停から乗る必要はなくなります。本当はこんなふうに人間の使い勝手や移動の楽しさのためにデジタル技術は使わなくちゃいけないのに、日本は弊害ばかり気になって、規制しようという話になりがちですけど。

深谷 テクノロジーと移動の関係性はこれからどうなると思いますか。

川端 これからの移動は、もっともっと洗練されていく必要があると考えています。インテリジェントな移動というか……。

深谷 具体的にはどんなイメージですか?

川端 仕事があるから通勤電車に乗るとか、生きていくために必要だから食べ物を買いに行くとか、できればやりたくない移動を誰もがやっているのが現状です。でもネット通販やネットスーパーが普及して、生きるための買い物の移動なんかはあっという間に減ると思うんです。
これからは、いかに移動を楽しく選ばせるか、移動した結果がいかに楽しくなっているかが重要になると思います。そこにテクノロジーの力を発揮できる余地があります。例えば、今は移動をたいてい「時間」と「お金」の2軸だけで選びますよね。でも仮に、目的地まで最短の2時間で行ける新幹線と、到着まで5時間かかるけど車内で美味しいコーヒーを飲めるし、その間にテレカン(遠隔会議)も済ませられる快適な自動運転車があったとしたら、どっちを選ぶか? そんなふうに新しい価値の軸が提供できたら、移動手段の選び方もきっと変わりますよね。あるいは「今日は◯◯時からテレカンが入っているから、××時に自動運転車で出発しませんか?」とレコメンデーションしてくれるサービスもよいですね。これこそがモビリティサービスだと思うんです。

深谷 なるほど。それって、かつて家電がもたらした価値に似ていますね。洗濯機や炊飯器といった家電製品がたくさん家庭に入ってきて、お母さんたちが家事労働から解放されて、外で働けるようになったり、自分のために過ごす時間が増えたり。つまり、家電は新しい時間を生み出してくれるテクノロジーでした。これからのモビリティサービスも、どれだけ快適な時間を新たに提供できるかが問われるということですね。

川端 その通りです。実際、多くのモビリティスタートアップが「あなたの時間をお返しします」といったメッセージを打ち出していますね。

深谷 今後は、そうして空いた時間に対してどんなサービスを入れられるかが重要になりそうですね。
最後に、もう一つだけ。経験上、地域には地域独自の時間感があって、早い変化がとても苦手なんですね。でも、どの分野でもデジタルテクノロジーが入ってくると、いろんなことが一気にスピード化してしまう。地域の移動にテクノロジーを活用したとき、ちゃんと地元のスピードに寄り添うことができるのかと懸念しているんです。

川端 でも、ゆっくりとしたイノベーションって絶対にあると思いますよ。シリコンバレーの高速なイノベーションばかりが目立ちがちですけど、あれはたぶん投資資金がたくさん集まっているからスピーディなだけです。単に人的リソースと工数をお金で買っているというだけで。
少し前にインドのある会議に登壇したのですけど、よく調べてみたらインドってイノベーションしていないのではなくて、単に投資が遅いだけなんですよ。だから日本でも、地方で投資できる予算が小さいというのであれば、着実なスピードでゆっくりイノベーションを起こしていくのはありだと思うんですよね。課題設定とゴール設定さえ間違えなければ、ヨーロッパの都市のように数十年かけて資産をうまく築いていって、その地域にあった規模とペースで移動のイノベーションを起こせるのではないでしょうか。

深谷 それぞれの地域やひとびとの暮らし、すなわち時間軸にあった変化ができるっていうことですね。やっぱり川端さんにお話を伺ってよかったです。お忙しい中、本当にありがとうございました。

対談を終えて|深谷信介

語り出すと止まらない
まっすぐ
優しく
チカラ強い
熱いことばのチョイスに、冷静かつ的確な意味の広がりが伝わってくる

荷重移動とか
揚力とか
慣性モーメントとか
具体的な論理的思考の合間に
楽しい
美味しい
可愛らしいという
広範な感性モーメントも同時に立ち上がってくる

社会と向き合い
暮らしを感じ
制度をスピードを自主コントロールすること
世界の地域の構想と実施のコアを、さらっと指し示してくれた川端さんには、
私たちの硬い頭をいつもかち割ってくれる柔らかさと奥深さがある

エンジニア・ジャーナリスト・コンサルタント・・・
いくつもの顔から丸ごと社会を見出すそのチカラは、
超広範な分野横断力と圧倒的な現場取材力と文系理系ハイブリッドが成せる技なのか
幾多の企業のマネジメント層が、行政が、各種団体が
頼りにしているのも、本当に頷ける手触り感溢れることばの耐久レースでした

いつも周回遅れで追いかけております
これからも是非圧倒的なラインどりで、世界を日本を疾走し続けてください
いつか同一周回でテールトウノーズできるよう精進します、今後ともよろしくお願い申し上げます。

プロフィール

川端 由美(かわばた ゆみ)

栃木県出身。群馬大学大学院工学科修了後、住友電工にデザイン・エンジニアとして入社。その後、「カーグラフィック」「NAVI」などの自動車雑誌で知られる二玄社を経てフリーランスに転身。自動車と環境に軸足を置いてジャーナリスト活動を行うのと並行して、戦略コンサルティング・ファームのイノベーションディレクターを務める”パラレルキャリア”を構築中。

深谷 信介
スマート×都市デザイン研究所長 / 博報堂ブランド・イノベーションデザイン副代表

事業戦略・新商品開発・コミュニケーション戦略等のマーケティング・コンサルティング・クリエイティブ業務やソーシャルテーマ型ビジネス開発に携わり、都市やまちのブランディング・イノベーションに関しても丸ごと研究・実践を行う。主な公的活動に環境省/環境対応車普及方策検討会委員 総務省/地域人材ネット外部専門家メンバー、千葉県地方創生総合戦略策定懇談会委員、富山県富山市政策参与、鳥取県琴浦町参与(内閣府/地域創生人材支援制度派遣)なども請け負う。

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