博報堂DYグループのデジタルマーケティング、データベースマーケティング、マーケティングシステム構築などを専門とするチームのスペシャリストたちが、博報堂ならではの生活者発想デジタルマーケティングとその実践方法について講演しました。
博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局 ユーザーエクスペリエンスデザイン部 部長
入江謙太
マーケティングシステムコンサルティング局は、博報堂が長年培ってきたクリエイティビティを活かし、企業の事業成長に貢献するためにつくられた新しい専門組織です。広告・マーケティングだけではなく、経営・事業企画から商品の販売、サポートに至る幅広い企業活動を対象としています。これまでクライアントが「博報堂に頼めないと思っていた領域」、あるいは「生活者発想が忘れられがちな領域」に博報堂グループのノウハウを提供する組織と言ってもいいでしょう。
私たちが特に得意とするのが「生活者インサイトを起点としたUX設計」です。UXの設計過程では、しばしば「生活者インサイトの発掘」のプロセスがスキップされます。その結果、「生活者発想」が抜け落ちることになります。「生活者発想」とは、人を単に「消費者」として捉えるのではなく、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活する人」として全方位的に捉え、深く洞察することから新しい価値を創造していこうという考え方です。
では、デジタルが生み出すマーケティング変革に生活者発想を活かすにはどうすればいいのでしょうか。生活者発想を基盤としたUX設計は、実は誰でもできるものです。日常の暮らしの中で得られる「気づき」があればいいからです。
「ご近所情報アプリ」をつくるケースを考えてみましょう。一般には「どんな情報を集めるか」「どんなお店の情報を掲載するか」が課題になると考えられそうです。しかし私たちは、例えば「“近所”とは半径何メートルか?」という問いをまず立てます。私たちの調査によれば「近所」として捉えられる範囲は、年齢が上がるほど狭くなります。ということは、求められているのはユーザーの年齢に応じて「近所」の範囲が変わるアプリということになります。これが「生活者発想×UX」の方法論の一例です。
生活者発想に求められるのは、「仕事に従事する自分」ではなく「生活者としての自分」を大切にすることです。「仕事に従事する自分」が主導して考えるUXは、どうしても最適化や効率化に片寄ってしまうからです。
大手コーヒーショップが提供している注文・決済アプリがあります。その価値を「行列に並ばずに買える」と捉えれば、不満を解消するアプリということになります。しかし、「自分だけのおいしいコーヒーをいつでもどこでも注文できる」と捉えれば、生活者が求める「本質価値」をアップデートするアプリということになります。
宅配ピザサービスを、「自宅にピザを届ける」のではなく「人にピザを届ける」サービスと考えれば、あらゆる生活シーンへの対応が可能になり、例えば花見の席の桜の木の下にも届けるという発想が生まれます。これも一種の「本質価値の進化」であり、宅配サービスを「シンプルな機能価値」から「世界観のある生活価値」に変えたと見ることもできます。このような転換を実現するには、デジタルとリアルの統合が必要であり、顧客体験の裏側にあるオペレーションモデルを設計し直す必要があります。つまり求められるのは注文窓口となるサイトやアプリのUI/UXだけでなく、注文から受取までを貫くUI/UXです。
「生活者インサイト」とは、人々の心の中にある顕在化されていない欲望のことであると言っていいでしょう。それを発見するには、いわば「普通の感覚を捨てずに、普通を疑う」ことが必要です。「このUXは弊社として正しいと思います」ではなく、「自分だったらどう思うか」と考えること。「このUXは自分の母親や友人に受け入れられるだろうか」と考えること。生活者としての「そもそも」を考えること──。重要なのはそんな発想です。改めて、生活者発想のUX設計は誰にでもできるものなのです。
オイシックス・ラ・大地
COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)
奥谷孝司氏
従来のマーケティングでは「4P」、すなわち「プロダクト(製品)」「プライス(価格)」「プロモーション」「プレイス(場)」が最も重要な要素であると考えられてきました。しかし、プロダクトを起点とする「フロー型マーケティング」はもはや無効になっています。私たちは「ストック型マーケティング」に思考を転換しなければなりません。
「ストック型マーケティング」とは「プレイス」を起点として「エンゲージメント」へ、さらにそこから「プロモーション」「プライス」「プロダクト」へ分岐していくという考え方で、私はこれを「エンゲージメント4P」と呼んでいます。
ある「登山アプリ」の例を考えてみましょう。このアプリの場合、プレイスは「山」、エンゲージメントにつながるのは「安全で楽しい登山の実現」、プロモーションは「カスタマイズされた登山情報」、プライスは「行動に応じたインセンティブ」、プロダクトは「オリジナルの登山保険や製品」です。山という「場」を起点として、顧客の行動データが開発につながり、顧客への提案につながるというループが生まれています。
現在の世の中のトレンドは、D2C(ダイレクト・トゥ・カスタマー)です。成功しているD2Cブランドの特徴は、カテゴリーの破壊者であること、モバイル/アプリを活用していること、マーケティングを成長戦略と捉えていることです。加えて「優れた場づくりに注力している」ことも重要な要素です。D2Cを目指すブランドはストック型マーケティングを実践することが必須になっている。そう言っていいでしょう。
博報堂プロダクツ
データビジネスデザイン事業本部 エクゼクティブデータマーケティングディレクター
大木真吾
「ハーバード・ビジネス・レビュー」の調査によれば、顧客が離れる理由の圧倒的1位は「企業に大切にされていないこと」です。博報堂は、顧客体験のタイプを11種類に分類していますが、その中でも、とくに「企業に大切にされる」要素が含まれるのは以下の4つです。
●ホスピタリティ型=ブランドにもてはやされる優越感が感じられる
●コミュニティ型=顧客同士の情報交換の場があり、他の客の動向を知ることができる
●パーソナライズ型=個別事情に応じた情報やアドバイスが提供される
●インシュランス型=後々まで面倒を見てくれる
「企業に大切にされる」顧客体験を設計する際にとくに知っておきたい要素は、次の5つです。
①コミュニティは感謝を伝える場でなければならない
②感動やサプライズなどの体験は自発的に拡散される
③顧客は役割を与えられると自発的に動く
④大きな喜びの体験が愛着につながる
⑤顧客の行動習慣に合わせたコミュニケーションが大きな成果につながる
データの存在価値は、顧客を徹底的に理解することを可能にする点にあります。お客さまは製品やサービスをどのように利用しているのか。どこで利用しているのか。お客さまはどういう人なのか。何を求めているのか──。それをデータから読み取ることで、お客さまの「理想的な状態」を知ることができます。それが最適なコミュニケーションの実現につながるのです。
博報堂マーケティングシステムズ
マーケティングシステム部長 兼 コンサルタント
岡安伸泰
「優れたUXの実現」と「デジタル」の間には非常に高い親和性があります。人々の生活においてデジタルがなくてはならないものになっていること、デジタルテクノロジーが日々進化し続けていることなどがその理由です。ここでは、UX実現のためのデジタル活用を下支えするマーケティングシステムについて話をしたいと思います。
現在のマーケティングシステムの世界には数多くのツールが乱立していて、どのツールを導入するのが正解なのかがよくわからない状況にあります。一方で、ツールを導入するだけであらゆることが実現できてしまうという幻想もあります。
しかし実際には、ツール導入後に思い描いていた目的や結果が得られないケースがしばしばしばあります。「成果が出ない」「やりたいことができない」「使いこなせない」といった課題を抱えている企業が少なくありません。なぜ、そうなってしまうのでしょうか。
端的に言えば、「ツールを決める順番を間違えている」ことが最大の理由です。目指すべきUXがあり、その具体的な施策や運用法などを十分に検討したうえでツールを選定する。それが正しい順番です。ポイントは、以下の3つです。
①単純な機能比較とは別の評価軸を持って身の丈に合ったツールを選定する
②業務要件に合わせて機能を設計する
③余計な追加費用を極力抑える
まずやるべきことを明確にし、それを実現できるツールを選べば、導入の成果が確実に出るだけでなく、コスト削減にもつながるのです。
さて、マーケティングシステムを支えるのは「データ」ですが、「データドリブン」という考え方は必ずしも万能ではありません。マーケティングの対象は常に「人間」だからです。人間はデータの傾向値どおりの動きをするわけではなく、ときとして不合理に見える行動をします。そのような動きをデータ分析のみから捉えるのは困難です。
データからはなかなか見出せない法則性を、人間の行動心理を理解することで導き出すアプローチの一つが「行動経済学」です。例えば、行動経済学の考え方の一つに「アンカー効果」というものがあります。飲食店のアルコールメニューの一番上に高い金額のお酒を書いておけば、その下のお酒はより安く感じて注文しやすくなる、といった現象です。これは、購入履歴、購入者属性、カスタマージャーニーなどのデータを分析するアプローチとはまったく異なる視点ですが、マーケティングに応用できる可能性は非常に高いと言えます。
マーケティングにはデータドリブンな施策だけでは成果が上がらないケースがあること、人間の行動心理に着目したアプローチが有効であること、コミュニケーションは「デジタル+自由な発想」で進めるべきであることをぜひ覚えておいていただきたいと思います。
マーケティング/クリエイティブ/デジタルを統合したコミュニケーションプランニングの知見と、広告を超えた新しいサービス開発の知見をかけ合わせ、企業や事業やブランドの成長に貢献します。日本マーケティング大賞、ACCグランプリ(マーケティング・エフェクティブネス部門)、モバイル広告大賞、東京インタラクティブアドアワード、カンヌ、アドフェストなど受賞。
1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。2017年にEngagement Commerce Labを設立。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。
2017年4月から一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。
著書に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。
2005年博報堂プロダクツ入社。
データ分析に立脚した戦略設計、施策プランニングから実施・効果検証までワンストップで対応するマーケティングプランナーとして、様々な業界のオムニチャネル/通販/店舗送客/CRM/EC領域を担当。
2007年1月、DoubleClick Japanに入社し、デジタルマーケティング分野でのキャリアをスタート。
2019年2月、株式会社博報堂マーケティングシステムズに参画。
アドテクノロジーとマーケティングプラットフォームのコンサルタントとして、最新のソリューション導入からオペレーション適正化実施、マーケティングプラットフォームサービスのフレームワークデザイン等様々なプロジェクトを牽引。
BtoCを中心とした40社以上の企業に対し、マーケティング基盤の構築と運用コンサルティングの実績を持つ