株式会社電通 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター 古川裕也氏
株式会社ライプニッツ 独立研究者 山口 周氏
株式会社Zero-Ten 代表取締役 / クリエイティブディレクター 榎本二郎氏
モデレーター:株式会社博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター 須田和博
須田
モデレーターを務めます、博報堂の須田です。今回の「トップクリエイターが読み解く世界中の素晴らしいクリエイティブ」というお題は僕らが決めたのではないのですが、そう呼ぶにふさわしいパネリストの方々をお招きしました。まずは自己紹介をお願いします。
古川
ECDとしてキャンペーンを手掛ける傍ら、電通クリエイティブ全体のクオリティ向上も仕事です。マス中心のキャンペーンが多いですが、国立競技場のこけらおとしのイベントディレクションや、パラリンピックのゲームソフト開発、各種事業開発など広告以外の仕事も増えています。ただ、広告の方法論、課題をアイデアで解決するというフォーミュラを他の領域でも意識して活用するようにしています。
山口
私は30代前半まで電通に勤めて、それ以降は、クライアント企業の競争力をクリエイティブで高めていく仕事をしています。ほか、社会全体の「美」の競争力をどう上げていけるかといったテーマで研究や執筆活動をしています。
榎本
僕はアメリカで映像制作に携わった後、出身地である福岡を拠点に映像やイベントの企画運営をおこなうZero-Tenを立ち上げました。今はソフトによる街づくりをテーマに舞台演出やショッピングモールの演出をしたり、日本含めて5カ国でコワーキングスペースの運営などを含む、スタートアップの支援事業もしています。
須田
改めまして博報堂の須田です。入社以来広告制作を担当し、現在は博報堂内のプロジェクト「スダラボ」でデジタルテクノロジーを使った新しい形のコミュニケーション業務にも取り組んでいます。
今回はお三方に、自身が思うすばらしいクリエイティブを選出していただき、紹介していただきます。まずは古川さんが挙げられたのは、3つのCMです。
古川
須田さんから「〇〇だからこれを選んだ、というタイトルをつけてほしい」と聞いたのでそれぞれ「哲学」「本業」「法律」などと添えたのですが、まじめに書いたのは私だけだったみたいですね。あまり機能しなそうだと思いながら無理くり書いたのに(笑)。
まずAppleの”Think Different”。21世紀のコーポレートのブランディングを規定したキャンペーンとして選びました。企業がコミュニケーションするのは、要は自社の存在意義を定義して語るということです。「何のためにうちの会社はあるのか」を突き詰めて表現する、それはまさしくフィロソフィーであり、それを提示できない企業はこれから生き残れないと思います。なぜなら、今後、企業にとっての最高のカレンシーは、「リスぺクト」になっていくからです。来るべき企業と世界との関係を誰よりも先に規定した点で、歴史的に重要だと思いました。
古川
いわゆる“for good”のプロジェクトをよく目にするようになりましたが、本業と関係ないものや、あからさまにアワード狙いの、怪しげなものがカンヌでも数年前まで溢れていました。日本の出品作にも多く、カンヌのチェアマンからどうすべきか相談されたりしていました。ですが、このイケアのプロジェクトは、本業を拡張することでdisableな人々に具体的に貢献している。本業と切り離されたところの社会貢献ではなく、本業そのものが“for good”であるという、本来あるべき姿を、このキャンペーンは世界に示していると思います。
古川
“法律”というキーワードにしましたが、これは強制力を持つという意味です。環境を守ろう、署名をしようと口で言うのは誰でもできますが、これは実際にフォーマットをつくって行政を動かし、最終的に大きな活動へとつなげました。やらなきゃいけない状態に追い込むのが本当のソーシャルの広告だと、見事に証明したと思います。
須田
「企業の存在意義」というキーワードが上がりましたが、クリエイティブの側面から企業の競争力に貢献している山口さん、いかがですか?
山口
私の問題意識とまったく同じです。私はよく「『役に立つ』より『意味がある』」という話をするんですが、存在意義を提示できない企業は意味がないと思います。物質的には満たされているこの時代、役に立つというのはあまり求められていないですよね。一方、たとえば家族や友人など、「いてほしい」「いる意味がある」と感じる人がいるように、企業も「いてほしい」と思われる存在になれるかが問われているし、そう思われるようにフィロソフィーを伝えることが大事なのだと思います。
古川
特にこのときのアップルは、ただ提示しただけでなく、少し後にカラフルなiMacを発売してPCをビジネスユースからパーソナルユースにし、広告通り「人と違うことをする」とプロダクトで示してみせた。そこまで含めて、本当に鮮やかな展開でした。
コーポレートと、ブランドやプロダクトは本来同じ哲学を持っているものですが、それをここまできれいに伝えられた例はなかなかない。人々は、こういう考えを持っている会社だから支持するし、そうしてつくられた商品だから支持するという、21世紀の流れを決定づけたと思います。
須田
榎本さんは世界5拠点で事業を展開されていますが、国際的な視点でどう感じられましたか?
榎本
3本を通して見て、意義を突き詰めるというのはすごく重要だと実感しました。いずれも深いテーマを映像化しているので、記憶に残りますね。意義や哲学を深堀すると、国籍などを超えたところにたどり着くことが多いと思うのですが、そういうものになっていると感じます。
須田
では次に、山口さんから2つCMを紹介いただきます。
山口
実は、このCMを見て広告の仕事をやろうと思った、思い出深いCMです。いまだにサントリーは好きな会社で、お酒を選ぶときにはふとサントリーに手が伸びる。しかも私と同世代で広告にかかわっている人たちは、かなりこのCMに影響を受けていますね。
須田
そうです、僕らの世代は皆よく覚えているでしょうね。
山口
広告効果という点では、ものすごく足の長い、リターンが成功している広告だと思います。また、一般的なマーケティングセオリーでは機能的便益か情緒的便益のどちらかを訴えろといわれていますが、これは商品のベネフィットをまったく説明していないのに、こんなにも強烈な世界観を打ち出している、人の心に彫刻刀で刻み込むようなインパクトがあります。
山口
こちらは最近のCMですが、先のサントリーと共通点があって、これもまったくベネフィットを語っていないんですね。快適になったことを、映像のクリエイティブで情緒的に伝えている。
先ほどの「『役に立つ』より『意味がある』」の話ですが、これは実は順番も重要です。昔は広告が企業からの情報伝達を全面的に担っていたので、役に立つ情報をとにかく広告の中で認知してもらおうとしていましたが、今は皆、関心を持ったら調べますよね。だから「役に立つ」情報はほかの場所で代替できるともいえます。
よくいわれるのは、ジゴロは女性をビンタしてから抱きしめるけど、抱きしめてからビンタするのはダメな人ですよね。これ、同じことを並べているのに、全然違う反応になってしまう。サントリーは30年も前の事例ですが、特に今は「意味がある」ことが大事になっている。それぞれをどこでどんなタイミングで伝えるかを、よく考えないといけないと思います。
須田
企業の存在意義を伝えるクリエイティブは、同時に映像表現でもあって、それを作り手として請け負うのは相当難しいことだと思うんですが……。
古川
そうだと思いますよ。先ほどのサントリーのCM、久しぶりに見ましたが、これは覚悟が要ると思う、企業もクリエイターも。サントリーはもともと、スペックを訴えるのではなく自分たちでカルチャーをつくって発信していこう、それが存在意義だという意識が強くあったと思います。実際、あの映像は全体的にちゃんとウィスキーっぽくて、水でもビールでもワインでもない。
難しいのは、これはおそらくカンヌなどでは通じにくいことですね。ロジカルな連結はない、これがウィスキーのCMとして成立するのは、日本人同士のハイコンテキストの中だから伝わるのだと思います。最近、ずいぶん気楽に「グローバル」と言われていますが、万人に伝わる表現はそれだけ浅くなる。逆に狭いところにしか通じないものは、深くなる。表現の持つ逆説です。
須田
それにしても、完成まで誰も見られないはずなのに制作していくのがすごい。
山口
カンプ、どういうものを見せたんでしょうね。エールフランスだと「ブランコがこう並んでて……」といっても想像できない。
古川
たぶん2社とも、監督の描いた1枚絵で通したんじゃないかと思いますね、推測ですが。ばんと出して、これが世界観にふさわしいか判断してください、というプレゼンだったんじゃないかな。
須田
では、榎本さんから紹介いただきます。こちらは広告ではなくて、街づくりと、レストランの事例なんですね。
■シルク・ドゥ・ソレイユ
サーカスを中心に、今では全世界で多彩なエンターテインメントショーを展開しているシルク・ドゥ・ソレイユ。発端はカナダのモントリオール出身の2人の大道芸人で、今でもモントリオールに本拠地を置き、現在の経済の活性化や雇用の創出、貧困の解消、クリエイターの発掘といった街の発展は彼らの貢献によるところが大きい。
榎本
皆さんシルク・ドゥ・ソレイユの存在はご存知かと思いますが、彼らが拠点を置くモントリオールの街は彼らのおかげで今すごく発展しています。もともと彼らは、モントリオールの街づくりを視野に入れてグループを大きくしてきました。モントリオールで開催されるようになった世界最大のパフォーミングアートフェスティバルも、彼らがいたからこそのイベントになっています。
■Gaggan(レストラン)
「Asia’s 50 Best Restaurants」にて4年連続1位を獲得した、タイ・バンコクのファインダイニングレストラン。美しく、また味が抜群なだけでなく、絵だけで構成されたメニュー、「なめ上げろ!」と指示されている最初の一皿など、世界中の美食家を驚かせ魅了した。惜しまれながら2019年閉店。
榎本
もうひとつは、バンコクのファインダイニングレストラン「Gaggan」です。インド人のシェフが、なぜか縁もゆかりもないバンコクにレストランを構えた結果、屋台などはおいしくてもファインダイニングは盛り上がっていなかったバンコクに世界中から有名人が訪れるようになった。これもシルク・ドゥ・ソレイユと同じで、高いクリエイティビティで街を変えていくキーコンテンツになっている点がすばらしいクリエイティブに値すると思って、選びました。
でもGagganはシェフが「もうやりきった」といって、先日クローズしてしまったんです。今は新たな挑戦に向けて準備中だそうです。
須田
榎本さんの視点で共通するのは、街や都市を変えるクリエイティブということですね?
榎本
そうですね。自分の関心の方向性と、仕事のこともあって、もともとある街だったり場所だったりそこに住む人たちの感覚がクリエイティブで変わっていくのがとても興味深いと思って。ビルを建てて景観を変えるとか、そういうのもあると思いますが、ソフトやコンテンツの力で変えるというのはより難しく、また可能性があると感じます。
しかも、もしモントリオールじゃなかったら、あるいはバンコクじゃなかったら、また違うものになったり違う影響が生まれていたと思う。街のカルチャーや個性とうまく溶け合って生きていくクリエイティブがすごく僕には響きます。
須田
街の個性と融合して、魅力を発信して人を集める、という。いわゆる「広告」とは違いますが、広告が担っていることとも似通うところがあると思いました。
榎本
そう思います。今、ネットが当たり前になって、発信されるコンテンツさえ魅力的なら自然と広がっていく時代になっています。なので以前よりずっと、地方都市からの発信もしやすいと思います。
須田
一方で、さまざまな情報が発信されている時代だと、改めて企業の存在意義をどう屹立させていくべきでしょうか? また、そこにおける広告クリエイターの役割は?
古川
存在意義の伝達も企業の重要な仕事のひとつですが、その前に「こうしたい」という欲望が明確にあるべきです。これがすべての出発点になります。それを実現するアイデアがあって、どうやって形にして人を動かすか、この三次方程式みたいなものでだいたいの仕事はできあがっています。僕たち広告の創り手は、もっぱら広告やコミュニケーションにクリエイティブの力を使ってきましたが、フォーミュラはどの仕事もほぼ一緒なんですよね。だから、クリエイティビティはもっと多様なジャンルや種類に応用できるはずです。
山口
人も企業も都市も、人を惹きつける磁力がないとどんどん魅力を失って廃れていきますよね。お客さんや働き手が減る、住民が減るとなると、すごく死活を決する。こと日本企業でいうと、便利なものを安くたくさんつくれば磁力が生まれるという考え方で昭和の時代を過ごしてきたので、広告産業にも便利なものの便利さをきちんと伝えることが求められていました。でも、それはもう難しい時代です。「この会社から買いたい」という磁力をつくるには、やはりクリエイティブの力しかない。
同時に、企業も人と同じで、アイデンティティがブレることもある。そういうとき、外から意味をつくる専門家として、いくつもの条件を満たしながら企業の力になるのは我々のようなクリエイターにしかできない仕事だと思います。
須田
今日は皆さん、貴重なお時間ありがとうございました。
1967年新潟県生まれ。1990年多摩美術大学 卒、博報堂入社。アートディレクター、CMプラナーを経て、2005年よりインタラクティブ領域へ。2009年「ミクシィ年賀状」で東京インタラクティブアドアワード・グランプリ受賞。2014年スダラボ発足。第1弾「ライスコード」で、アドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で70以上の広告賞を受賞。2015年大塚製薬ポカリスエット「インハイ.TV」で、ACCインタラクティブ部門ゴールド受賞。2016〜17年 ACC賞インタラクティブ部門・審査委員長。2017年 東京広告協会「広告未来塾」第1期塾長。2018年より、アドミュージアム東京「20世紀広告研究会」主幹。著書:「使ってもらえる広告」アスキー新書
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、カンヌ40回、アドフェスト・グランプリ、D&AD、広告電通賞、メディア芸術祭、ACCグランプリ、ギャラクシー賞グランプリ等内外の賞を400以上受賞。カンヌ審査員4回、クリオ審査委員長、ACC審査委員長、D&ADアドバイザリー・ボード等審査員多数。D&AD President Lecture、B-dash 等講演多数。九州新幹線「祝!九州」、ポカリスエット「ガチダンス」、宝島社「死ぬときくらい好きにさせてよ」「嘘つきは戦争のはじまり」「ハンマーを持て。バカがまた壁をつくっている」、GINZA SIX「目抜き通り」、Sayonara 国立等を手がける。著書に『すべての仕事はクリエイティブディレクションである』がある。
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発に従事。株式会社中川政七商店、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師。著書の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』は2018年度HRアワード最優秀賞、ビジネス書大賞準大賞を受賞。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。
福岡県出身。早大理工に入学し、世界を周遊した後、NY工科大を卒業。米国で映像制作に携わる。2011年に映像やイベントの企画運営などを行う株式会社Zero-Tenを立ち上げ、現職。2016年、新しいチームの作り方と大きな仕事づくりを可能にするプロジェクト創生型ワークスペース&コミュニティ『The Company』を開業。2018年に事業を分社化、株式会社Zero-Ten Parkを設立。国内、セブ、ホノルル、バンコク、シンガポールなど世界各国に拡大中。2018年、初の映画監督作品がモナコ国際映画祭で最優秀賞を受賞。映像制作や舞台・空間演出にとどまることなく、様々な領域での活動に挑戦し続けている。