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クリエイティビティは個に宿る。いかにして火をつけて、発露させるか──人材開発戦略局長 中馬淳【博報堂のクリエイティビティとは何か・第4回】

2020.03.18
#クリエイティビティ
昨年、「クリエイティビティで社会に新たな価値を提供していく」と宣言した博報堂。しかしその根拠となる「クリエイティビティ」は実に暗黙知的で、言語化されているものは多くありません。この連載では様々な切り口から博報堂のクリエイティビティとは何かを紐解き、考えていきます。
第4回では人材開発戦略局長の中馬淳に、社員のクリエイティビティを磨く博報堂の人材開発の思想や、特徴的な研修について話を聞きました。
プロフィール
中馬 淳(ちゅうま・じゅん)
株式会社博報堂 人材開発戦略局長

1985年入社。PR局、研究開発局、経営企画局を経て、2012年より現職。企業内大学である「博報堂大学」の運営など、8年間にわたり、博報堂の人材開発を牽引してきている。

「クリエイティビティ強化研修」は存在しない

──博報堂の人材開発において、「クリエイティビティ」がどう位置づけられているのかをまずお聞かせください。

中馬
私たちはクリエイティビティを、博報堂の社員の誰もが当たり前に持つべき資質だと思っていますし、また、社員のクリエイティビティをいかに高めていくか、というのは大きな課題でもあります。ただ、我々は年間約200本の研修を実施していますが、その中にいわゆる「クリエイティビティ“強化”研修」のようなものはありません。この研修を受講すればクリエイティビティが身につくというようなものではないですし、言い方を変えれば、すべての研修の中にクリエイティビティを磨く要素が入っています。
クリエイティビティは日々自ら学び、考え、仕事を通して実践するという繰り返しの中で磨かれていくもので、研修はそのきっかけを与える場だと私は思っています。

──2005年に人材開発の専門機関として、企業内大学「博報堂大学」がスタートしました。

中馬
当時、現・相談役の成田純治が社長に就任して、「クリエイティブな博報堂」という経営方針を掲げました。博報堂の社員である限りは、全員がクリエイティブでなくてはならない。社員の創造性を磨くための場として発足させたのが「博報堂大学」です。研修所ではなく“大学”と名付けたのは、何かを義務的に教わる場ではなく、社員が自主的に参加する学びの場にしたいと考えたから。教育ではなく「発育」という言い方が適切かもしれません。

私自身は、博報堂大学の存在意義を「社員に火をつける」場所、と表現しています。人間の能力は、内側から湧き上がってくるもの。ある部分までは教えられても、最後に発露できるかは本人次第。研修をやるのも着火のきっかけになればという思いです。

──約200本の研修を提供されているとのこと、どういった特徴がありますか。

中馬
いろいろありますが、一つは多くの研修で「社員が講師」という点ですね。ありがたいことに、みんな喜んで講師を引き受けてくれます(笑)。私はそれが当たり前だと思っていたのですが、そんな会社は世の中では珍しいようですね。
クリエイティビティは「個」に宿るもの。人それぞれの形があります。となれば、いろんな社員が持つ多様なクリエイティビティの形に接することには、非常に意義があると思うのです。社員の講義を聞いていると、単にスキルを教えるだけでなく、その裏側にある自分の経験や思想なども語ってくれていて、その全てが受講する側の学びになっています。

社史を紐解いてみると、博報堂は1955年ごろから研修制度を推進し、1965年には「博報堂学校」と呼ばれる新人研修機関を発足させています。当時は新人教育に1年間もの時間をかけていたようです。そしてこの博報堂学校でも社員が教えていた。昔からそういう会社なのでしょう。もともと教育雑誌にルーツを持つ会社なので、昔から教育に対して非常に熱心で強い想いがあったと聞いています。社員に教え好きが多いのも、当社に根ざした文化というか、伝承芸みたいなものと言えますね。

50年近い歴史を持つ内定者研修で、ぶつかり合いを学ぶ

──特に中核になっている研修はありますか。

中馬
最も特徴的なのは、おそらく新卒採用の内定者研修ですね。内定者を各30人ぐらいのグループに分けて行う2泊3日の合宿研修です。軽井沢につくった研修所で実施するので、社内では「軽井沢研修」と呼ばれています。1971年にスタートしていますから大変長い歴史を持つ研修で、現会長の戸田や社長の水島も受講しています。研修は、文化人類学者の川喜田二郎先生が考案した「KJ法」という発想法を使って、チームワーク型の問題解決に徹底的に取り組んでもらいます。

研修目的は主に2つあって、1つは徹底的に考える、「なぜ?」を問い続け、考え尽くす経験をしてもらうこと。課題を与えて、時間ギリギリまで思考をとことん深めてもらいます。
もう1つは、チームで考えるという経験。博報堂は粒ちがいの個性がぶつかり合い、アイデアを重ね合って、チームとしての成果を生み出していくのが強みだと思っていますが、互いの意見をぶつけ合う作法はこのときに教えているんです。研修では5〜6人のチームで課題に取り組みます。人数が多ければそれだけ異なる意見が出てくる。自分と異なる意見を受け入れるのは簡単ではなく、最初はむしろ拒否感を感じるものです。しかし相手の意見を受け入れながら対話を積み重ねていくことで、自分では思いもつかなかったアイデアにたどりつくことができる。内定者研修は、そういう博報堂ならではのチーム文化を最初に体験してもらう濃い時間です。

──内定者向けの研修としては、かなり個性が強いですね。

中馬
多くの社員にとって、強い記憶に残る研修になっているようです。軽井沢研修の隠れた重要なテーマが、「脱・正解中毒」。学校や受験では、おもに「正解」を追い求めてきたわけですが、ビジネスの世界で、正解のない問題に挑むことの面白さを感じてもらいたい。そのために研修はスマホ持ち込み禁止、ネット検索も禁止。さらに、チームで発表する企画書はすべて手書き。クリエイティビティは自分の頭で考え、誰かと議論したり、実際に手で書いてみたりする中で磨かれるものですから、わざとアナログにしているんです。

近年は中間入社者も増えて、軽井沢研修を体験していない社員もいますので、彼ら向けにも博報堂大学内でこの研修を実施しています。研修を受けた人からは、「なぜ、博報堂社員が打ち合わせを大切にし、白熱するのかがよくわかった」といった感想をよく聞きますね。

──入社後の研修にはどのようなものがありますか。

中馬
若手社員向けの「コピーライティング教室」という研修がありますが、これも特徴的です。職種にかかわらず、入社3年目前後の若手社員が受講します。当社の第一線で活躍しているコピーライターたちが講師となり、講師ごとに寺子屋のようにいくつもの教室がつくられます。3、4回のセッションで、毎回課題が与えられ、受講者全員が宿題としてキャッチコピーを書いてくる。それを講師が徹底的に添削して、全員の前で講評するという講座です。博報堂大学の発足と同時にスタートしましたから、もう15年ほど続いていますね。
呼び名は「コピーライティング教室」ですが、コピーの技術を教わる場ではありません。物事を多面的に捉えて本質を見抜き、それを一言でどう表現できるかを考えて、実際に言葉に定着させる。そういう発想法を学ぶことが目的です。
今日、物の本質を見極めてそれを端的に表現する技術は、ビジネスにおいて不可欠だと思います。ましてや、我々のようにコミュニケーションを生業にしている企業では、全社員が持っているべき能力でしょう。
ちなみに、個々の教室で教える中身はそれぞれの講師に任せているので、教室によって全然内容が違いますが、私たちはそれでいいと思っています。博報堂らしいクリエイティビティの発揮の仕方が、このような研修の場を通じて社員たちに伝授されているのです。

一人ひとりがもっと個に立ち返り、個を磨いていくことが重要

──博報堂が改めて「クリエイティビティで社会に新たな価値を提供していく」と宣言したことをどう捉えていますか?

中馬
経営環境が大きく変化するなかで、ますます博報堂のクリエイティビティを広く世に問うべき時代になった、ということだと思います。
昔から博報堂にはクリエイティビティを育む文化がありましたが、それを発揮する場所は「広告」の分野にかなり限られていました。しかし近年は広告の領域から飛び出し、我々のビジネスは事業創造や社会課題の解決にまで広がっています。これは大きなチャンスである半面、未知の領域でクリエイティビティを発揮するには、まだ足りないものもある。そこを意識的に磨いていくことが重要だと考えています。

──足りない要素とは何でしょうか。

中馬
1つは、外にもっと揉まれて、視野を広げること。社内では厳しい意見のぶつけ合いを積み重ねてクリエイティビティを磨いてきましたが、それを社外の方々とやる機会はあまりなかった。「広告会社は黒子であるべき」といった考えもまだ一部には残っています。時代のスピード感が高まり、解決が難しい社会的な課題も増えているなか、そういう場面でも博報堂社員がクリエイティビティを発揮するためには、もっと外に出て、これまでとは全く違う環境にも飛び込み、異なるバックグラウンドの人たちとも積極的に議論し、共創する経験を重ねていく必要があると思っています。

もう1つ足りないと思っているのは、社員たちが「自分の原点に立ち返ること」です。原点などというと意外に感じるかもしれませんが、我々がビジネスでできることが大きく拡がっていくとすれば、なおさら自分がやりたいことや実現したいことを、自覚的に持つことが重要になります。自分はなぜ働くのか。どんな志を持ってこの仕事に就いたのか。自分はどんなことに義憤を感じるのか……。日々の仕事に追われていると、どんどん自分の想いを忘れがちになってしまいます。しかし、個々の社員がクリエイティビティを発揮していくためには、もっと個人に立ち返って、意図的に自分の内面性に向き合う機会を作ることが一層大切になると思うのです。

──人材開発の立場からは、そういった機会創出をどう支援していきますか?

中馬
一昨年に人事制度を見直したのですが、そのときから社員に年に1度、「個人中期成長計画」を書いてもらうことにしました。自分が本当にやりたいことは何か。それを会社の中でどう実現したいのか。そのために今後数年間、自分はどう行動するのか。こうしたことを整理して、上司と対話をする仕組みです。もちろんすべての希望がすぐにかなうわけではありませんが、大事なのは、そうした振り返りやその想いを文字にし、口にする機会を実際に作っていくことだと思っています。

博報堂のクリエイティビティの本質はずっと変わりません。人を喜ばせたい、社会を喜ばせたいという思い。根っこは軽井沢のKJ法。クリエイティビティの下では、社長も新人も関係なく、一緒にブレストで盛り上がれるフラットな会社です。そういう社風は、いつの時代も「個」を大事にすることから作られてきた。これからも多種多様な粒を迎えて、磨いていけたらと思っています。

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