博報堂では、人をマーケティング活動の対象としての「消費者」ではなく、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活者」と捉え、深く洞察することから新しい価値を創造していこうという「生活者発想」をフィロソフィーに掲げています。その哲学を具現化するため、1981年に生活者の意識と行動を研究する組織「博報堂生活総合研究所」を設立しました。
グローバル化が進む市場環境を受けて、2014年に東京と上海に次ぐ拠点としてタイ・バンコクに設立したのが「博報堂生活総合研究所アセアン」(生活総研アセアン)です。アセアン6カ国(タイ、シンガポール、インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピン)の生活者の意識と行動を調査し、アセアンで事業を展開する企業や、進出を目指す企業の事業に役立つ分析結果やマーケティングの示唆を研究成果として毎年発表しています。
生活総研アセアンの特徴は、現場でクライアント業務も担当しているアセアン出身のプラナーやリサーチャーが集まって研究を進めていることです。各国で生まれ育ったスタッフが、自身の国について調査・分析を行い、バックグラウンドの異なる研究員同士での議論やワークショップを通じてひとつの回答を導き出しているのは、当研究所の強みになっていると思います。
最新の研究テーマは「コンシャスなアセアン生活者」。「コンシャス」という言葉には、幅広い課題意識が内包されています。アセアン地域が抱える社会的な課題は、環境問題だけではなく貧困や人権問題など多岐にわたります。調査会社のユーロモニター社が2019年に発表した「世界の消費者トレンドTOP10」では、消費トレンドのひとつとして「コンシャス・コンシューマー(課題意識の高い消費者)」をあげています。環境や社会に対してよい影響を与えたいと考え、行動する人は世界的に増えているのです。
こうした背景をふまえて、今回の調査から見えてきたアセアンの生活者の特徴を表現するときに「コンシャス」というワードが最適だと考えました。
調査はインターネット調査などの定量調査と、インタビューや家庭訪問などによる定性調査を実施しました。定性調査に含まれますが、コンシャスをテーマに活動する、影響力の高いKOL(Key Opinion Leader)へのインタビューも行っています。
対象とした年齢層は20代から40代。これからの社会を動かしていくような世代を対象に設定しました。今回は、アセアン6カ国に加えて日本でも同様の調査を行い、その特徴をより明らかにすることを目指しました。
調査の結果、アセアン全体で9割近い生活者が「コンシャスなライフスタイル」(※)を認知し、78%の生活者が実際の生活に取り入れていることがわかりました。一方、日本の結果はコンシャスなライフスタイルを取り入れている人が25%、「知らない」が60%と大きな差が生まれています。
このギャップにはいくつかの要因があると考えています。ひとつには、意識の差です。日本では、ゴミの分別やリサイクルはすでに当たり前になっており、コンシャスな行動であるという意識がないのではないかと考えています。
もうひとつ、GDPにも関連があると考えています。アセアン内でも比較的コンシャスなライフスタイルを取り入れている人の比率が低かったのはシンガポールです。インタビューでも「街はきれいだし、問題はない」と話す人もいました。経済的に発展し、街並みや公共施設など、目に見える部分が整備されていると、コンシャスな取り組みに対する意識が現れにくい傾向にあるようです。
アセアンの生活者がコンシャスなライフスタイルを取り入れる背景には、環境や社会問題が身近にあることがあります。ゴミの問題や貧困、環境破壊などは、アセアンに暮らす生活者にとっては「目に見える」問題。インタビューでも、コンシャスなライフスタイルを始めたきっかけを、「洪水で自宅が浸水して壁に水の跡が残ってしまい、その汚れのひどさを実感したから」と話す人がいました。
他にもPM2.5による大気汚染の影響で、自分の肌が荒れたり、家族の体調が悪化したことで、環境への意識が芽生えるなど、自分や家族、地域のためを思う気持ちがコンシャスな取り組みの起点になっています。
コンシャスな活動を行う態度にも大きな特徴があります。それは心地よさを感じる範囲で無理をしないということです。タイのKOLの一人Pop P-style氏は「正しいだけの活動は、退屈」と指摘しています。アセアンの生活者は、いくら良いことだとしても我慢したり、つまらないことは好みません。シリアスさやプレッシャーを過度に感じるのではなく、楽しみながら取り組むところがアセアン特有のコンシャスなライフスタイルです。
SNSで自身の情報をシェアすることに熱心なアセアン生活者にとって、SNS映えも欠かせません。自身の活動や購入したものなどをシェアするには、おしゃれに見えなければならない。SNSでのシェアを前提に行動を考え、ブランドを選ぶ。そうした傾向も強くなっています。
また、コンシャスなアセアン生活者は消費スタイルもよりコンシャスになり、社会に良い影響を与えているかがブランド選択における重視ポイントのひとつになっています。
さらに、コンシャスな生活者の81%が、コンシャスな製品にはプラスの金額を支払っても良いと考え、一般的な商品より価格が2割以上高くても支払うと考える人が48%も存在しています。コンシャスではないブランドを非難するために「Boycott(ボイコット=不買運動)」をするのではなく、コンシャスな企業やブランドの商品を買うことで応援する「Buycott(バイコット)」をしたいと考えていることもわかりました。
調査を通じて見えてきたアセアンのコンシャスな生活者たちの特徴や行動から、アセアンで成長する注目すべきセグメントを「コンシャスライツ(Consciouslites)」と名付けました。欧米には、「ソーシャライツ(Socialites)」と呼ばれる人々がいます。本来は、富裕層で社会的な影響力を持つような人々を指す言葉でしたが、近年は環境保護や人権問題について活動し、若者のお手本となるような人物にもこの呼び方が使われています。
アセアンのコンシャスライツ(Consciouslites)とは―
日々の行動や消費の際のブランド選択の中で、環境・社会課題に対してポジティブな影響を生み出したいと考えている、コンシャスなライフスタイルを送る生活者のこと
<特徴>
・コンシャスなライフスタイルは自分も含めた身近で親しい人のため
・簡単で楽しく、SNS映えは必須
・コンシャスな企業は「Buycott(買って応援)」。プラスの支出もためらわない
アセアンの生活者は、環境や社会の問題を自分に関わることだと捉えて日々の生活を送り、ブランドを選ぼうとしています。そしてその行動を、楽しく、無理なく取り入れる方法を探し、シェアしようとしています。このような「コンシャスライツ」がこれからのアセアンの社会や経済を牽引していくのではないかと考えています。
今後、アセアンで事業を展開しようとする企業やブランドは、この「コンシャスライツ」に認められ、一緒に活動したい、応援したい、と思われることが、成功のひとつの条件になると思います。「コンシャスライツ」は様々な課題に当事者として向き合っているため、表面的な活動では認めてもらえません。事業ドメインとかけ離れた活動や、一時的なキャンペーンのための活動はすぐに見抜かれてしまいます。
大切なことは、事業やブランドの本業に関連する分野の活動にパーパス(目的)を持って、真摯に、かつ楽しさも忘れずに取り組むことです。また、取り組むべきテーマは大きなものなので、1社で完結せずに他社とも共通するテーマを見つけてコラボレーションすることも重要です。連携するパートナーは企業だけではなく、KOLという選択肢もあります。“みんなで一緒に”という感覚が大切になるでしょう。
生活総研アセアンでは、これからも企業のマーケティング活動のヒントになるような研究に取り組んでいきます。また、研究結果をもとに博報堂本社とも連携し、マーケティング・ソリューションの開発・提供も行っています。アセアン市場への進出を目指す企業・ブランドの皆さまは、ぜひご相談ください。