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音声UIが実現する新しいコミュニケーション
──「PIXループ」をめぐる対話Vol.1

2020.04.01
#行動デザイン研究所
「Pool=貯めておく」「Ignite=火が点く」「eXpand=やってみる」の3つの要素のループとして生活者の行動を捉える新しいモデル「PIXループ」。そのループの中で「音声」を活用するとどのような価値が生まれるのでしょうか。「PIXループ×VUI(ボイスユーザーインターフェース)」の取り組みと、そこから得られた新しい視点について、博報堂行動デザイン研究所のメンバーたちが語り合いました。

なぜ、音声の活用が有効なのか

──PIXループを提唱している行動デザイン研究所は、これまで音声を活用したいくつかの取り組みを行ってきています。その理由を聞かせてください。

中川
スマートスピーカーを始めとする音声デバイスは、生活者との新しい形のコミュニケーションを実現するツールです。今後5Gの高速通信が普及していくにともなって、音声でショッピングをしたり、音声で家電の操作をしたりするシーンは間違いなく増えていくはずです。それが現実化する前に、いろいろな可能性を探ってみたい。そう考えていくつかの取り組みを行ってきました。

──音声を使ったインターフェース、いわゆるVUIの優位点はどのようなところにあるのでしょうか。

松井
ユーザーの目や手が奪われないこと。それがとても大きいと思います。使うのは口と耳だけ、つまり、ハンズフリー、アイズフリーなので、移動、運転、料理などさまざまな行動の中にコミュニケーションを組み込むことができるわけです。

中原
音声には、ユーザーの想像力を掻き立てたり、本心を導き出したりする力もあると考えています。対話のシナリオの設計次第で、生活者自身も気づいていなかった関心事やニーズが明らかになることがあります。

石毛
音声の方がキーボードなどで入力するよりもコミュニケーションのスピードが速いときもありますよね。今後、声の抑揚や発話速度などからインサイトをつかむ技術が発達すれば、音声デバイスの可能性はさらに広がっていくはずです。

音声の可能性を示す6つのキーワード

──音声を活用した具体的な取り組みについて聞かせてください。

石毛
例えば、2017年4月からNHKのEテレで放映されている子ども向け番組「オトッペ」に連動したスマートスピーカーのコンテンツの場合、「音当てゲーム」などを通じて子どもとコミュニケーションを行う教育コンテンツで、とくに対話のシナリオづくりに注力しています。子どもの回答が間違っている場合でも、否定せずに正しい答えに導いていくようなシナリオで、肯定を対話の基盤にした「ハッピーパス」をデザインしています。

松井
私は河北新報の音声ニュースコンテンツの開発を担当しました。視力が衰えて活字を読むのがたいへんになっているシニア層をメインユーザーと想定し、ニュースの要約版を音声で届けるサービスです。100人のモニターを対象にした実証実験から、読者の日常生活に寄り添う「ライフメイトとしての音声」という視点の重要性が見えてきました。

中原
僕は「スマート怪談」という実証実験にチャレンジしました。マンションの一室を実験空間にして、スマートスピーカーと対話しているうちに音声アシスタントが心霊に取り憑かれ、会話シナリオと連動して電気が勝手に点灯・消灯したり、色が変わったり、カーテンが閉まったり、テレビが勝手について恐ろしい映像が流れたり、心霊と部屋の中でかくれんぼしたり・・・するという、スマートスピーカーとIoTを活用した新しいエンタメ体験です。声だけでいろいろなことがコントロール可能になるという未来像を提示するための実験で、今後さまざまな展開の可能性があると考えています。

──それらの取り組みからどのようなことが見えてきましたか。

松井
取り組みを踏まえて、音声の可能性を6つのキーワードにまとめました(下図参照)。一つめは「Parallel=ながら」で、やりたいことをしながら声だけでデバイスなどの操作ができる機能を示すキーワードです。二つめの「Clone=代わる」は、忙しい自分に代わって商品を注文したり、家電を操作したりしてくれる機能のことです。三つめの「Flash Moment=とどめる」は、音声によって興味のある情報や商品などをメモして、プールしていくことを意味します。次の「Humanity=つなぐ」は、とくに博報堂ならではの重要な視点であると考えています。音声には人と人、心と心をつなぐ力があります。情報をやり取りするだけでなく、声によって元気づけられたり、励まされたりする。そんな音声の力を意味しています。

──その4つのキーワードは、スマートスピーカーなどである程度実現していますね。

松井
ほぼ実現している、あるいは実現しつつあることを整理するキーワードと言っていいでしょうね。残りの2つは今後実現していくと考えられるものです。まず、「Third Things=引き出す」は音声をもとにAIがその人に合ったファッションや休みの日の過ごし方などを提案してくれる機能のことです。最後の「Superview=汲み取る」はさらに、その人に合った行動の選択や判断を先回りしてお膳立てしてくれるような機能を意味します。

声は人間のコミュニケーションの原点

──先ほどの3つの取り組みと、PIXループ、6つのキーワードの関係を教えてください。

石毛
「オトッペ」では、「子どもを楽しませたい」という親の欲求がPoolに、「忙しいときに子どもの相手をしてくれるという」と発見がIgniteに、「話しかけるだけでクイズなどが楽しめる」という子どもの体験がeXpandに該当します。そこからさらに「今日もオトッペの音遊びがしたい」という子どもの欲求が次のPoolにつながる。そんなループが成立しています。

6つのキーワードとの関連で見ると、音声コンテンツが親の代わりをしてくれるという点で「Clone」に、コミュニケーションによって子どもの情操が豊かになるという点で「Humanity」に、さらに子どもの可能性を引き出すという点で「Third Things」に当てはまります。

松井
河北新報ニュースの場合は、Poolは「ニュースを手軽に知りたい」という欲求、Igniteは「話しかけるだけでニュースが聞けて便利」という簡便さの実感、eXpandは音声ニュースのナビゲートを務めるキャラクターである「かほピョン」とのコミュニケーションの楽しさと考えられそうです。そこから、「かほピョンのニュースが聞きたい」「今日もかほピョンと対話がしたい」というPoolにループしていくという流れです。

キーワードは、一つめの「Parallel」がまさに「ながら」でニュースが聞けるという点で当てはまります。自分に代わってニュースを読んでくれるという点では二つめの「Clone」、さらにキャラクターを通じて人間的コミュニケーションを行うという点で四つめの「Humanity」の要素もありますね。利便性の高い音読ニュースはもうすでに存在するので、この「Humanity」を取り込むことで、やりとりを楽しみ、愛着を感じて習慣化するように設計しているのがポイントです。河北新報は「地元の新聞社」でもあるので、ユーザーとの距離の近さや温かみを大事にしたいという想いとも重なりました。

中原
「スマート怪談」は、「人より先に新しいものを体験してみたい」とか「人に自慢したい」といった欲求がPoolでありIgniteにもなると言えます。そこから、「音声とIoTの組み合わせを自分の家で試してみる」というeXpandにつながり、さらに「もっといろいろなことを試してみたい」というPoolになっていく。そんなループが描けます。

キーワードで見ると、家族や友だちとわいわい騒ぎながら楽しめるという点で「Humanity」が、驚き、恐怖、ワクワク感などを引き出すという点で「Third Things」が該当すると思います。

──「PIX×音声」の今後の可能性について聞かせてください。

石毛
企業やブランドの「人格」がより大切になってきている今、生活者とのサービスやコミュニケーションに音声が入り込み、リアルとデジタルを行き来する新しいインタラクション、体験価値を提案できるのではないかと考えています。PIXループを中心に据えた生活者と企業の俯瞰図も活用して世の中が明るくなる、クライアントのビジネスに貢献できる可能性をチームのみんなと探っていきたいですね。

中原
VUI=音声コミュニケーションは、対話を重ねる中で、生活者の“隠れた本音”を引き出すことができます。対話の基本は「双方向」です。企業が一方的にメッセージを押し付けるのではなく、企業と生活者の相互のコミュニケーションによって、生活者の本音やニーズを引き出して対話のシナリオをブラッシュアップしていく。より豊かなコミュニケーションを半永久的に実現し続けていく。何周もPIXループをまわしていく。その過程で、何度も何度も生活者の行動を促したり、態度を変容させたりする。そんな中長期的な試みにチャレンジしていきたいと考えています。

松井
「話す」ことは人間のコミュニケーションの原点です。昔はみんな電話で連絡を取り合っていたことを考えれば、音声を活用することは、より本源的なコミュニケーションスタイルに戻ることと言ってもいいかもしれません。IoTやチャットボットなどの最新テクノロジーを使いながら、より人間的で温かみのあるコミュニケーションを実現していけたらいいですね。

中川
コミュニケーションの原点・本質を忘れてはならない、改めてそう感じています。「話す」とは何なのか、PIXループで捉えてみると「話を合わせられるネタ」というPoolがあり、「自分の意見もぶつけて存在を認めてもらいたい」というIgniteがあり、「さまざまな人と実際に対話の場をもってみる」というeXpandがある。そのループの中で自身の意識や他者との関係性が深まっていく、人間が人間らしくあるための行動だとも考えられるわけです。コミュニケーションの本質をマーケティングの統合プラニングの中にどう生かしていくか。VUIに限らず、新しいテクノロジーにも貪欲に、行動デザインの可能性をもっともっと探っていきたいと思います。

参考:PIXループを中心に据えた生活者と企業の関係俯瞰図

◆プロフィール

中川 浩史

博報堂
行動デザイン研究所 所長

石毛 正義

博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局
エグゼキューションデザイン部
インタラクティブディレクター
兼 行動デザイン研究所 研究員

松井 博代

博報堂 統合プラニング局
中川チーム ストラテジックプラニングディレクター
兼 行動デザイン研究所 研究員

中原 大輔

博報堂 第三クリエイティブ局
長島チーム プラナー
兼 行動デザイン研究所 研究員

※所属は取材時のものであり、現在の情報と異なる場合があります。

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