「高い機能」か「いいストーリー」か。「テクノロジー」か「クリエイティビティ」か──。
近年、ブランドの価値が、このような二項対立の中で整理される場面が増えてきているように思います。機能性、すなわちスペックや利便性で差別化する、あるいは新しいテクノロジーによってイノベーションを起こす、といった方法で独自性を作り出せるブランドは限られています。つまり、多くのブランドは、「いいストーリー」やブランドの価値の捉え直しで、生活者との絆を作らなければならないということです。
そのような中では、生活者との向き合い方も変わらざるを得ません。マスメディアを中心にした「広告」がバージョン1.0だとしたら、複数のタッチポイントを組み合わせて生活者にリーチする「統合コミュニケーション」がバージョン2.0。それらを経て、現在は、いわゆる非広告領域も活用して「ブランド体験」を設計していくバージョン3.0の時代になっていると思います。
そういった背景の中で、ここ数年、私はこんな問題意識を抱いてきました。既存ブランドの成長にも、新ブランドの開発にも活用できて、かつ広告コミュニケーション以外の領域にも活用できるプランニングの考え方を作れないだろうか──。
従来のブランド戦略は、3C(Customer=生活者、Competitor=競合、Company=自社ブランド)分析を経て、SWOT(Strengths=強み、Weaknesses=弱み、Opportunities=機会、Threats=脅威)分析をすることが定石とされていました。この考え方は、生活者からスタートし、競合、最後に自社を考えるという順序になっています。生活者がこのような状況にあり、競合はこのような動きをしているから、それに対応するために自分たちはこうすべき、という展開です。競争戦略型の発想、眼の前の競合との差別化を目指すものと言えます。しかし、機能での差別化が難しくなっている以上、この発想から変えないといけないのではないか、というのが大きな気付きでした。
すなわち、通常の「3C」のプロセスを逆転させて生まれたのが、今日お話しする「PJMメソッド」です。
「P=パーパス」「J=ジョブ」「M=モーメント」の3ステップを踏まえ、「UX(User Experience)=ブランド体験」開発を実現していく発想法であるPJMメソッド。その考え方は、以下のようなものです。
まず、ブランドのパーパス、つまりそのブランドだけの「存在意義や志」を定義する。
その後、ジョブ、つまり「ブランドが必要とされる真の理由・フレネミー(Fre-nemy)※」と「生活者が “そのブランドを心から欲する “タイミング」、すなわちモーメントを規定して、競合とユーザーの動向を捉える。最後に、その視点を組み合わせてUXを設計していく──。PJMメソッドとは、ブランドの存在理由を起点に、新しい闘い方のチャンスを探し出す方法です。最終的には、1枚のブリーフィングシートにまとめて、ブランド体験の開発へとつなげていきます。
※フレネミー:局面によってフレンド(≒パートナー)にもエネミー(≒競争相手)にもなりうるプレイヤーのことで「競合」の新しい捉え方。
では、「P=パーパス」から具体的に見ていきましょう。
「ブランドパーパス」が最初に話題になり始めたのは、2014年頃のことです。ブランドを機能価値だけで差別化することの難しさと、当時浸透してきていたソーシャルグッド(社会に対して良いインパクトを与える活動や製品、サービス)の考え方に端を発した流れでした。
パーパスとは、「ブランドの存在意義」のことです。そのブランドの「価値観」や「スタンス」と言ってもいいかもしれません。そのブランドはどんな目的をもって社会に存在するのか? その問いに対する答えこそがパーパスです。重要なのは、企業の一方的な宣言ではなく「ブランドと社会、生活者との関係の規定」である点です。「そのブランドはどう社会を豊かにするか」 「そのブランドがあると世の中にどんな“いいこと”が増えるのか」ということを考え直す作業です。
ブランドパーパスが重視されるようになった背景は、大きく2つあります。1つは、ブランドの捉え方の変化。提供するものが有形(モノ)であるか無形(サービス)であるかにかかわらず、ブランドのことを「プロダクト(製造業)」ではなく「サービス(サービス業)」として捉える。そのような考え方が広まってきています。プロダクト発想であれば、WhatとHow、つまり「何をどう売るか」を考えることが先決でしたが、サービス発想は、Why、つまり「なぜそれを提供するのか」から考えなくてはいけません。同じWhatを提供していても、Whyで差がつくという考え方です。
もう1つは、ターゲットの価値観の変化です。1980年代から2000年代初頭までに生まれた生活者を「ミレニアル世代」といいます。いま働いている世代のボリュームゾーンで、ソーシャルグッドなブランドを支持する世代です。「ブランドは各自の領域の中で、世界の問題解決のために努力してほしい」「いいことをしているブランドに積極的に関わっていきたい」といった価値観を持っています。
この2つの変化に対応するために必要な概念として、パーパスがブランドマーケティングの中心に来たのです。
パーパスはふたつの視点の組み合わせで開発する
では、ブランドパーパスはどのように規定すればいいのでしょうか。
2つの視点、「ブランドを象徴するストーリー」と「作り出したい社会変化/解決すべき社会課題」を組み合わせて作ります。
パーパスは、「そのブランドが持っている○○という象徴的な思想・ストーリーを背景に、○○という社会を実現することで、豊かで幸せな生活者をつくり出したい」というフォーマットで記述することができます。
まず、ブランドを象徴するストーリーを見つけ出すために、さまざまな視点からそのブランドに関する「外せないファクト」や「印象的なエピソード」を探していきます。
その際に、大きく4つのトピックがあります。創業者やキーパーソンの想いから迫る「#Founder」、ブランドを支えるファンや関係者から紐解く「#Offering」、4P(Product・Price・Place・Promotion)などから振り返る「#Brand」、会社やブランドの成長戦略から考える「#Growth」です。
そして、万が一、何もエピソードが見つからない場合に「#Borrowed(借用)」という考え方が出てきます。これは、例えば、「家電カテゴリで成功したあのブランドのようになる」など、他業界・他事例の闘い方を取り込むものです。
この合計5つの視点から、「優れた素材」をたくさん集めていきます。これらを取捨選択し、組み合わせ、「優れた思想・ストーリー」を作っていくのです。多くのクライアントによく見受けられるのが、自分たちのブランドに慣れすぎて「これは優れてない」と勝手に決めつけてしまうケース。私たちが協働するときは、ゼロベースで資産を洗い直すので、「当たり前だった」ファクトがストーリーになったりしていきます。
もう一方の視点、「作り出したい社会変化/解決すべき社会課題」は、2段階のプロセスで絞り込んでいきます。まず、ブランドの出自やドメインを踏まえ、着目すべき「社会課題」「社会変化」のベクトルを絞り込んでください。
例えば、「少子化問題」とか「ジェンダー」とか、です。
その後、時代の流れやターゲットのインサイトなどを見直しながら、そのテーマの中で「独自性」を出すための“磨き込み”をします。例えば「ジェンダー」の場合でも、「女性」視点で取り組むべきなのか、「男性」視点で取り組むべきなのか、など。
ここでよくないのは「総花的」になってしまうこと。「具体的にどんな立場を取るか」、ちょっとエッジーなくらいに絞り込むのが、いいパーパスを生み出すポイントです。「いい社会を作る」だけだと、間違ってないのですが、具体性が不足しています。
この2つのワークをまとめる形で、パーパスが記述されます。「どんな想い・専門性で」「どんな社会を作るか」を具体的に書けているでしょうか。書けていない場合、インプットの作業に戻って、よりシャープに言語化していく、ということを繰り返していきます。
事業統合や新ブランド開発、既存ブランドをパーパスドリブンに捉え直すワークなど、多くのパーパス開発の中で必要な、「チェックポイント」をまとめてみました。
ワークで出来上がったものを、以下の「チェックポイント」に照らし合わせていきます。
1)社会に対して「具体的に」価値観・スタンスを表明できているか(総花的な宣言じゃないか)
2)自社ブランドの資産・特徴だからこそのパーパスになっているか
3)「モノとしての利便性」だけでなく「サービスとしての共感性」までを意識しているか
4)カテゴリを超える「新しいアクションプラン」が思い浮かぶか
5)ブランドの「新しいパートナー」が思い浮かぶか
次に「J=ジョブ」について見ていきます。
ジョブとは、生活者がそのブランドにお金を払う「真の目的」「真の欲求」のことで、「そのブランドを“雇用する”理由」のことです。「そのブランドに求める“本当の体験”はどんなことなのか?」と考えてもいいと思います。
私たちは、考えるハードルを下げるために「大喜利」という言い方をよくしますが、例えばミネラルウォーターを買う「真の目的」も、「安いから」「一気飲みできるから」「ラベルを剥がすのが楽だから」「水道水を詰め替えたいから」などなど、「大喜利」方式ならいろいろ考えられますよね。
このように理由(ジョブ)を洗い出すことで、「フレネミー」(競合・パートナー)が変わってくることがあります。
例えば、新⽇本プロレスの棚橋 弘⾄さんはプロレスのフレネミーについて、「『遊園地』ですね。レストランでご飯を食べていても、それぞれがスマホを触ってしまう時代の中で、プロレスは『家族というコミュニティ全員で楽しめる数少ないコンテンツ』だと思っているんです」と話しています。この視点では、ジョブを「家族全員で楽しみたい」と設定していることが分かります。
>>>「棚橋弘至氏×博報堂 藤平達之 大義を誇りに、しなやかに変化を続けるブランドへ」
ジョブを探す大喜利を楽しくする4つのヒント
PJMメソッドにおいて、ジョブは、次のようなフォーマットで記載することをルールにしています。
「(A:ターゲット)は、(B:オケージョン)において、本当は、(C:ジョブ)という理由でこのブランドを選んでいる」
まずは、先程のミネラルウォーターの例のように、思いつく限りのジョブ(C)を、バーっと書き出してみてください。困ったら、ターゲット(A)やオケージョン(B)を展開していきます。例えば、ビジネスマンだったら?子どもだったら?や、朝イチだったら?運動後だったら?などです。こうすることで、多くの「ジョブ候補」と出会うことができます。絞り込みをせずにたくさん出しておくことが重要です。
今回、フリーハンドでのジョブの洗い出しに加えて、使い勝手のよい4つの切り口も紹介しておきます。生活者の生々しい声や行動、時代や環境の変化も忘れずに押さえることが重要です。
1) 自分や知人の個人的「ぶっちゃけ」
ジョブは「生々しい気持ち」なので、アンケートよりも「ぶっちゃけトーク」から出てきます。自分だったら何を思うかはもちろん、仲のいい人へのヒアリングほど価値があります。
2) 無消費層の「諦めた理由」(ネガティブジョブ)
マーケティングにおいて「理想のターゲット」なのに、そのブランドを使ってくれていない人。そこには意外な足かせがあるかもしれません。行動を抑制する「ネガティブなジョブ」は、無消費ユーザーから見つけましょう。「〜したくないから」は強烈なジョブになっています。
3) ユニークな「使用法・解決法」(エクストリーマー)
ジョブが高まると、自分で解決策を編み出したり、思いもよらない使い方でアプローチをしたりするケースがあります。例えば、よく知られている例ですが、「重曹」は色々なジョブに役立っています。「エクストリーマー」と呼ばれる人に注目することも重要です。
4) 時代の「破壊的な変化」(ディスラプション)
例えば、「スマートフォンの以前以後」で、自分たちのブランドへの影響を考え直してみましょう。スマートフォンの台頭で、「ポテトチップスをトングで食べる文化」が生まれました。思わぬ影響を、「風が吹けば桶屋が儲かる」のように考えることも、ジョブを捉えるヒントになります。
このように、ジョブを洗い出すことで、「新しい購買理由」はもちろん、今までベンチマークしてこなかった、カテゴリ外の競争相手・パートナーも見つかってきます。マーケティングやブランディングにおける「新しいチャンス」となりそうなものと出会えるようになるわけです。ちなみに、ジョブやフレネミーについて考えるときは、現状だけではなく、「こうなっていきたい」や「こうなるだろう」など、未来の変化を見据えることも大事です。
最後は「M=モーメント」です。モーメントは、ジョブの延長線上のワークであるとお考えください。モーメントとは、「ジョブが具体化している瞬間」であり、ブランド視点に立つと「今アプローチすれば生活者の心を掴める!」というホットなタイミングのことです。
モーメントを見つける際に役に立つのが、ソーシャルメディアです。これまでのプロセスであれば、「定量調査」「定性調査」をするところですが、「ユーザーの本音」は、いま、ソーシャルメディアに集まっています。パーパス規定とジョブ探索で得たキーワードを抽出し、ソーシャルメディアの海に投げかけてみます。
Instagramのハッシュタグ検索、GoogleやTwitterのキーワード検索、アプリストアやウェブメディアのコンテンツ検索などを駆使することで、数々のモーメントを見つけることができます。
例えば、「モテたい」人が最もモテたい!と思う瞬間はいつでしょうか? 「恋愛ドラマを見終わって」「友人に誘いを断られて」「友人に恋人ができて」「新年度になって」…。実際に全てソーシャルメディアにあったコメントです。あなたのブランドにとって新しいチャンスとなりそうな瞬間はありますか?
また、「自ブランド名 + 最高」で検索するだけで、自ブランドが最高になれそうなモーメントが見つかりますし、多言語で画像検索をすることで、世界各国の新しい楽しみ方と出会うこともできます。一見難しそうなモーメント探索ですが、ソーシャルメディア使いこなすと、一気にやりやすくなるのです。
このようなワークで、モーメントをたくさん洗い出しましょう。最終的には「ポジティブ/ネガティブ」と「パーソナル/ソーシャル」のフレームを使って4つのセグメントに整理し、チャンスがありそうなものに絞り込んでいきます。この後、受容性調査をして、量的に検証をしていくこともあります。
以上が「PJMメソッド」のワークフローです。パーパスのパートでブランドを見つめ直して「存在意義」を規定し、ジョブ、モーメントのパートで競合・ユーザーを捉え直して「新しい成長のチャンス」を発見する。
最終的にはこれらの視点を組み合わせ、「どんな顧客体験を作っていくべきか」のコンセプトを開発して、ブリーフィングシートに書き込んでいきます。
話は最初に戻りますが、このメソッドは、広告的な手法以外も含めて、「顧客の体験を作る」ためのメソッドです。
ブリーフィングシートで終わらず、ここからアクション開発に進んでいけるようにしましょう。例えば、新プロジェクトを立ち上げる、ポップアップの拠点を作る、店頭の体験を改革する、新サービスを設計する、IoTプロダクトを開発する、タグラインを一新する、などなど。これまでもPJMメソッドから、さまざまなアクションが生まれています。
パーパスがあり、遊び心があり、行動力がある。そんな素敵なブランドが日本にどんどん増えていくことを願っています。
リサーチを活用し、ブランドとユーザーの双方の視点を行き来しながら戦略・アイデアを作り出す、ストラテジスト/プラナー。主に、金融、自動車、化粧品、IT企業の、デジタルトランスフォーメーションの推進や、サービス・プロダクトの開発、それに伴う統合コミュニケーションを担当している。