佐々木(Takram)
僕が初めてD2Cブランドのことを知ったのは、岩嵜さんも学ばれたシカゴのデザインスクールの授業でした。2013年のことだったと思います。その授業で、優れた顧客体験を提供している新しいスタイルの会社の代表格として紹介されたのが、アイウェアブランドのワービー・パーカーでした。当時はまだ店舗はなく、配送と試着を組み合わせたサービスを展開していたのですが、オンラインでそれを見て、すぐにファンになりました。もっとも、その頃はまだ「D2C」という言葉はありませんでしたが。
岩嵜(博報堂)
僕も最初に出会ったD2Cブランドはワービー・パーカーでした。とにかくブランドの世界観やストーリーテリングがしっかりしているんですよね。ブランド名は、アメリカの小説家のジャック・ケルアックの作品の登場人物からとられていて、文学や本をベースにしてブランドの世界観がつくられています。昨年、ニューヨークの店舗にも行ったのですが、店の中にずらっと本が並んでいて、購入もできるんです。
佐々木
D2Cブランドの特徴は、ビジネスモデル、クリエイティブ、テクノロジーの3つが高度に組み合わされている点にあります。2008年にAWS(アマゾンウェブサービス)とShopifyというツールが登場して、クラウドコンピューティングとECサイト開発のプラットフォームを手軽に使えるようになった。それがD2Cの基盤になったと僕は考えています。
岩嵜
それまでもトムスシューズのように、「明確なテーマ性があるシングルプロダクトをオンラインで売る」といったモデルはありました。そこにテクノロジーが融合し、さらに新しいタイプの店舗を組み合わせたことでD2Cのモデルが生まれたと言えそうですね。
佐々木
その後、スーツケース、マットレス、アパレルなどの分野でD2Cブランドが生まれました。以前は、スタートアップと言えばほぼテック企業だったわけですが、D2Cブランドの登場によって、「ブランドスタートアップ」というジャンルが成立した。それが面白い点だと思うんです。
岩嵜
アメリカの2000年代はテックドリブンの時代でした。その動きが2010年代になって日本にも本格的に波及したわけですが、その頃にはアメリカはすでに次のD2Cの時代に入りつつありました。その動きが加速し、この2年くらいの間に日本にもD2Cビジネスが徐々に生まれ始めた。そんな整理が可能だと思います。
──「ビジネスモデル、クリエイティブ、テクノロジーの3つが高度に組み合わされている」という点について説明していただけますか。
佐々木
D2CはECなどの直販モデルとよく比較されます。確かに商流だけを見れば、卸売りや代理販売のプロセスがないので直販モデルと言えます。しかし、最大の違いは、オンラインで完結するモデルではないということです。リアルなショップを展開し、そこをショールームやコミュニケーションの場として活用し、そこにおける体験をオンラインとシームレスにつなぐ。それがD2Cの基本的なモデルです。
それだけでなく、先ほど岩嵜さんも言われたように、パーパス、ミッション、世界観、ストーリーテリング──。そういったものを非常に重視するのもD2Cブランドの特徴です。ここにはクリエイティブやデザインが高度に生かされています。
岩嵜
D2Cブランドの店舗に行っていつも感じるのは、オフラインとオンラインをつなぐ設計力が素晴らしいということです。店舗で商品を体験したあとで、その場で店員がもっているタブレットでオーダーをすることもできるし、あとからオンラインで注文することもできる。ブランド側は、購買に必ずデジタルを絡めることで購入者が誰かを把握し、それぞれの生活者に合わせたおもてなしを提供することができる。そのビジネスデザイン全体が、まさにクリエイティブですよね。
佐々木
おもてなしは日本の小売りが得意とすることだとされてきましたが、必ずしもそうではないと僕は思うんです。なぜなら日本は、顧客との関係が個別店舗で閉じてしまっているケースが多いからです。
例えば、百貨店で化粧品を販売する場合、顧客名簿は百貨店のものですよね。店舗を越えてそれを持ち出すことはできないし、メーカー側も名簿の内容を把握することはできません。自社の製品のロイヤルカスタマーの存在をメーカー側は知ることができないわけです。
D2Cのビジネスモデルではそういうことはありません。購買行動が常にデジタルで管理されているので、どこの店舗で買っても、その人がどういう顧客であるかがわかります。だから、オフライン、オンラインを問わず、すべての接点で最適なおもてなしを提供できるわけです。
──そのような仕組みづくりにテクノロジーが活用されているわけですね。D2Cにおけるリアル店舗の意味とはどのようなものなのでしょうか。
岩嵜
D2Cビジネスでは、顧客が商品にフィジカルに触れられる場所はブランドの直営店舗だけです。そこで徹底的にコントロールされたUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)を提供するのがD2Cの特徴です。
佐々木
しっかり管理されたUXによって、空間に身を置きながらブランドの世界観を理解してもらい、エンゲージメントやロイヤリティを高める。そういう場がD2Cにおけるリアル店舗です。重要なのは、店舗において購買は必ずしも目的化されていないという点です。D2Cブランドでは、店舗の店長が自分の店の売上を知らないというケースも珍しくありません。知る必要がないからです。D2Cのモデルでは、その人が今までに何をどれだけ買ってくれたのかを知ることが大切で、「どこで」買ったかはあまり意味がありません。
岩嵜
購買行動をすべてデジタルで把握することによって、顧客のLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)がわかります。それに応じて個々の顧客との関係を深めていくことで、顧客は「このブランドはいつでも自分に寄り添っていてくれている」と感じることができます。それが、本来のおもてなしということなのだと思います。
佐々木
このモデルは、商品開発、店舗、ECなど、事業部が縦割りに分断されていると成立しません。D2Cのモデルをつくるには、組織設計自体を変えなければならないと思います。
──D2Cブランドは、パーパスや世界観、ストーリーテリングを非常に重視するという点について。生活者とダイレクトに結びつくためにパーパスやストーリー性を必要としたのか。それとも、パーパスやストーリー性があるがゆえに生活者との深い関係構築ができるのか。そのどちらなのでしょうか。
佐々木
どちらかが先ということではなく、ブランドと生活者の呼応関係の中で生まれたモデルがD2Cなのだと思います。従来のプロダクトのように、マーケティングリサーチを重ねた末に満を持してリリースするというのではなく、リリースして、生活者の反応を見て、少しずつブラッシュアップしていくというアジャイル型ビジネスがD2Cの特徴の一つで、その中でブランドの世界観やストーリーも生活者に寄り添う方向に洗練されていく。そんなイメージを僕はもっています。
岩嵜
あるべきビジネスの姿、目指すべき顧客との関係、つくりたい世界──。そのイメージがビジョン化されていて、それをトータルに実現しようとしている。それがD2Cブランドに共通するスタイルだと感じます。
もちろん、ブランド側が独りよがりのビジョンをつくったのではビジネスにはならないし、一方で、生活者の意見をそのまま吸い上げるだけでも独自のパーパスや世界観は生まれません。生活者とのインタラクションによって、あるべきビジネスの形、あるべき社会の形を弁証法的に考えていく。そこから独自の存在価値をデザインしていく。それが優れたD2Cブランドの特徴と言えると思います。
佐々木
イコール・パーツというキッチンウェアのD2Cブランドがあります。この会社の前身はD2Cビジネスのエージェンシーで、ビジネスのアイデアを得るために数千人のミレニアル世代と対話したそうです。そこからわかったのは、その世代がとにかく疲れているということでした。そこで彼らが着目したのが「料理」というキーワードでした。
ミレニアル世代で日常的に自炊している人は、親の世代と比べると3分の1程度と言われています。料理をつくって友人や家族と一緒に食べれば、日々の疲れをいやすことができるし、外食と比べてお金もかからなくなる。そう考えて、自ら料理に関するブランドを立ち上げたわけです。
岩嵜
マーケットが先にあったのではなく、生活者のインサイトを見つけて、そこにパーパスを創造したわけですね。
佐々木
そうです。イコール・パーツの商品を買うと、ショッピングバッグがついてきます。食材を買うときに使ってくださいということです。また、料理中に聴くお薦めの音楽のプレイリストを提供したりもしています。とても気が利いている。プロダクトを販売するのではなく、食材を買い、みんなで料理をし、みんなで食べるというシーンをつくることが自分たちのミッションであるというのが、イコール・パーツの考え方です。そのトータルなデザインが素晴らしいと感じます。
岩嵜
生活者と同じ目線に立って共創的に新しい世界をつくっていくことができる。そんな可能性をD2Cブランドは示していると思います。SNSなどによって生活者が力を得た時代。社会が成熟して、新しい事業モデルが求められている時代。そんな時代にふさわしいモデルと言えそうですね。