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テレワークでオープンイノベーションは可能か? 博報堂独自調査からのヒント

2020.05.15
#イノベーション#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
ブランディングとイノベーション創出を専門とする博報堂ブランド・イノベーションデザインが考える、オープンイノベーションの考え方や注意すべきポイント、実践例をご紹介する連載です。2回目となる本稿では、前回に続き内閣府価値共創(オープンイノベーション)タスクフォースの委員も務めた博報堂ブランド・イノベーションデザイン代表の宮澤正憲と、日本マーケティング学会・日本社会学会会員で、組織開発に関して多数の業務や論文執筆実績を持つディレクターの森泰規が、オープンイノベーションに求められる人材・組織風土について解説するとともに、現在多くの企業が直面するテレワークにおけるオープンイノベーションの在り方について語ります。(この対談はオンラインミーティングにおいて実施しました)

コロナ禍で変わるオープンイノベーションの重要性

宮澤
最近の新型コロナウイルスの影響下にあって、私のところにも事業イノベーション関連の相談が急に増えてきました。この未曽有の試練に際し、良くも悪くも大きく事業構造を変えざるを得ない企業が急増し、事業そのものを今後どうすべきか悩んでいるという経営者の方からの相談をいただきます。ここ数年、デジタル化の進展で多くの産業で事業のあり方を根本から見直そうとする空気はありましたが、このコロナ禍でその流れが加速した、という印象です。特に今、経営としてこの問題に根本的にどう立ち向うべきか、という相談が増え、コロナ禍で経営者のリーダーシップや本気感が増している感じがします。


特にどのような分野に影響が強いのでしょう?

宮澤
直接的に影響を受けているのは、衛生用品・健康や飲食関係、ダイレクト通販系の業種。それから教育、観光業、働き方に関するもの。このあたりが特に影響が大きく、今後事業が劇的に変わる領域だろうと予想されます。


ご相談の中で、オープンイノベーションの相談は多いのでしょうか?

宮澤
オープンイノベーションという観点での相談は、直近では多くはありません。しかし内容を聞いてみると、新規事業をどう早急に立ち上げるか、ダイレクトモデルの販売をどう始めるかなど、やはり新事業を始めたいという話が中心です。自社でそうした新しいリソースをすべて持っている企業は少なく、結果として外部と繋がらない限りは解決が難しい課題が多くなっているというのが肌感覚としてあります。


たしかに、いつものように対面でのコミュニケーションがとれない。特にテレワークで分断されたことで、自社リソースに限界を感じやすい環境ではありますよね。

宮澤
コロナ禍で「さすがに今後は自社リソースだけでの解決は難しい」という現実を突きつけられているのが今の状況なのでしょう。結果として、手段としてのオープンイノベーションがより重要になってくると感じます。


オイルショックは省エネ技術を生み、少し前のレアアース問題はその部材を使用しない技術開発へドライブをかけました。コロナ禍で需要が急激に蒸発した事態の影響は色々な方向に出るはずですが、転換を促す性格もあります。もともと私は日本企業、特にB2B企業はイノベーションが不得意だとは思っていません。早くから海外メーカーとの技術提携を進めていた実績を生かし、造船不況の折以降、廃棄物焼却炉の技術においてトップランナーになった企業もあります。今は、この種の企業が誕生する契機です。

オープンイノベーションを生み出す組織風土とは

宮澤
前回の記事でもお話ししましたが、オープンイノベーションがなかなか進まない理由は一般的には大きく3つあります。1つめは経営層の問題。経営者が明確にビジョンを掲げていなかったり、リソースを割く判断ができなかったりというケースです。2つめは現場の問題。明確なミッションが付与されていなかったり、新しい取り組みが評価に繋がらないなどといったケースです。そして3つめが組織形態の問題。オープンイノベーションは手間とコストがかかるので短期的な収益面や効率面だけでは評価がしづらい。そのため既存組織からの横やりが入るなど、新しく専門組織をつくっても上手くいかない。いわゆる3すくみのツケ回し状態で、経営層と現場の社員と組織形態の三者がなかなか上手く回らないのがよく見られるオープンイノベーションの問題です。


たしかに、その傾向は私もクライアントと話していて感じることがあります。反対に、オープンイノベーションに成功している企業はどのような傾向があるのでしょうか?

宮澤
上記の逆でもありますが、まず何故やるかというミッションや目的、自社が志しているものがとても明確です。そして、それに共感する仲間がいて、その企業の目的に合った組織体制で回っている。この3つをいかに回すかがオープンイノベーション成功の要諦だと思います。


宮澤さんが参加されていた内閣府価値共創(オープンイノベーション)タスクフォースのレポートが示していた論点ですね。

宮澤
はい、これらはコロナ禍以前から言われていた話になりますが、今もこの原則は変わりません。森さんは最近、オープンイノベーションの組織風土に関して調査をされましたよね。


はい、これは私が実施してきた研究の線上に行ったものです。これまでに行ってきた検討で、「クリエイティビティ」「関係の質」「業務評価の実感」は、互いに相関関係にあるということは分かっていました(2019年、日本マーケティング学会で報告)。

今回の調査ではさらにそれら過去の研究で分かっていた関係性が、内閣府のレポートが「オープンイノベーションを起こしやすい企業風土」として掲げる評価指標(既存事業部門の組織・制度をイノベーション部門にそのまま提供していない、イノベーション部門と既存事業部門の間のヒトや情報等資源の行き来がよくある、イノベーション部門に既存事業部門のリソースを出している)とも相関するかを検証しました。

宮澤
面白い調査だと思います。どのような示唆が得られたのでしょう?


調査は日本全国の勤労者3000名に行ったもので、「クリエイティビティ」「関係の質」「業務評価実感」と「オープンイノベーションを起こしやすい企業風土を示す指標」はいずれも相関を示しました。端的に言うと、クリエイティビティにより、関係の質が高い組織をつくるとオープンイノベーションを進めやすい組織になることを調査結果は示唆します。その相関関係は、下の図のように整理できます。

さらにこの調査では、先ほど宮澤さんのミッションや志の話にあったとおり、「事業パーパスの浸透度」も、それぞれの指標との相関を示します。

※参考:指標の詳細
・クリエイティビティ(自分ならではの発想力や、創造力を高めるように日々励んでいる)
・関係の質(職場内のメンバーが困っていたら積極的にサポートしている/職場内には刺激や気づきを与えてくれる人が多い)
・業務評価実感(自分は高いクオリティの仕事ができているという実感がある)
・事業パーパスの浸透度(職場のビジョンや方針を理解し心から共感している)

このような関係を生かして前に進むには、苦難の時代ではありますが、この際、自社や事業の存在意義を明らかにすることは極めて重要と考えられます。

宮澤
クリエイティビティが高く、かつ良い関係の質をつくることができている企業の方がオープンイノベーションが成功しやすい、というのは納得感がありますね。また、調査結果を聞いていて、既存部門とイノベーション部門のバランスの重要性を改めて感じました。大航海時代では、自国領土を強力に守るためのパワーをかける一方で、それとは別に船団を組んで海外にも出ていき、新しい可能性を見いだそうとしました。このバランスがイノベーションを推進するためにも重要です。コロナ禍で企業や事業のあり方が変わっていく現在、既存事業を大切にしながらも、クリエイティビティと未知への冒険心を持って、今だからこそ敢えて船団を送り出すということも必要なのではないでしょうか。


大航海時代には、中東ルートを抑えられてレヴァント貿易ができなくなった国が西へ向かいました。新型コロナウイルスのような強力な阻害要因の発生はそれと同様に、イノベーションの方向性に大きく影響を与えると思います。昨年私が訪れたスイスの高級時計メーカーは、発祥の地と本社はいまでもジュネーヴから車で1時間半もかかる山の中にあります。その理由は、雪の間どこにも行けない農夫が副業で始めたのが時計作りだったということでした。強力な阻害要因というのはいつの時代も、新しい産業を生み出します。

宮澤
特に大企業がイノベーションを成功させるにはバランスが重要で、常に既存の領域を守ることと未開の地を開拓することの両方が必要ですね。
調査の話に戻りますが、関係の質はそういう意味でもとても重要だと考えます。イノベーションを起こそうとする組織や人は往々にして孤立しやすく、組織内での活動がなかなか広がらないケースがままあります。特にオープンイノベーションにおいては、組織の枠を超えて、横と繋がって関係の質を高めることが言うまでもなく肝になります。私は組織のイノベーションに必要な人材の資質は、シンプルに「オープン性」と「イノベーティブ性」の2つであると提唱しています。クリエイティビティや新しいものを考えられるイノベーティブ性と同時に、関係の質を重視するオープン性も重要で、いずれが欠けてもオープンイノベーションは進みません。この2つの要素を持った人材はこれからもっと必要になりますし、そういう人材が生きるような組織形態をつくることも必要です。


そうですね。「関係の質」に関して私が一番注目している設問は、「職場内のメンバーが困っていたら積極的にサポートする」「自分のアイデアやリソースを職場内に進んで共有する」という2つの行動で、これらがプラスな人は、業務クオリティの実感が高い傾向にある。どちらも「オープン」な物腰を意味しますし、職場内にナレッジを共有するということはその人のナレッジにニーズがあることを示唆しますから、クリエイティブな活動をなさっているのだと推察されます。

テレワークはオープンイノベーションの好機に

宮澤
直近は、どの企業も一旦、自社に閉じてなんとかしようという緊急対策的な動きが多く見られます。また畳み掛けるように、テレワーク化が進むことによって社員の個人化が進んで、むしろ孤立化している社員や職員が増えてしまっています。そのため、オープンイノベーションへの取り組みは一時的に下火になっているという印象です。


根本的な変化(マクルーハンの言う「反転」に近い、もとあった何かを場合によっては逆方向に変えてしまう変化)と、蓋然的なことが早まった変化(5年後にはそうなっただろうことが今になった変化)は、見分ける必要があると思います。こうやって机に座っていて、誰かとオンラインで繋がっていると会社の先輩でも外の人でも、有名な方でも距離感はほぼ一緒です。国籍が異なってもそこまで影響はないでしょう。こうした新しい出会いの推進がもとになってオープンイノベーションが起きやすくなる。これは根本的な変化の方かもしれません。新しい生活様式が生まれることも明らかです。

宮澤
そうですね。組織のフラット化は地理的な側面だけでなく、上下関係面でもより進んでいくでしょう。現状のテレワークの形や状況などを聞くと、繋がれないから繋がらないという人と、繋がれないからこそ繋がりを求めるタイプの人との二極化が進行している気配があります。後者だと、上下関係や地域的距離感が薄くなる分、新たなコミュニティが形成されてきています。例えば、同時刻に複数のオンライン飲み会に積極的に参加したりする人もいる。こうした繋がりは、オンラインならではの繋がり方の新しい形です。色々なものの制約が下がっていくテレワークは、実は繋がりを促進するという点で大きなチャンスなのです。


実は、「テレワークの実践」と組織風土(クリエイティビティ・関係の質・オープンイノベーションに適した組織風土)との関係性もやはり相関があります。3月末に行った調査の段階では、「テレワークは難しい職種・職場なので、利用していない」が約7割と、ほとんどでした。しかし、この調査時点でテレワークを実践していた方の職場は、そうでない方の職場よりも、クリエイティビティ、関係の質、OI組織風土のいずれにおいてもより高い評価になる傾向でした。スマートシチズンと言ったりしますが、ICTを使いこなす人たちが次の時代のリーダーになっていくことを意味しているのではないでしょうか。

宮澤
直近だと、テレワークを採用している企業はもっと増加してきている印象ですが、急にテレワークに移行するという行為も短期的にはコスト増かつ効率を下げる行為でもあり、既存の働き方が確立されている企業であればあるほど抵抗があって踏み切れないというのは、イノベーションのジレンマ的にはよく理解できます。
ただ、こうした時代だからこそ、繋がり方においても、新しい方法に挑むチャレンジマインドや、新しい働き方を創造するクリエイティビティが求められる、ということなのでしょう。
物理的な接触が限定されるから繋がりたいという欲求が逆に顕在化してきています。企業の活動としてみると、物理的に会う機会が減った人たちをどう繋げるか、という繋げる組織開発の視点は大切な取り組みになっています。一方、それと同時に、自社組織を超えて、さらに横の外部組織や外部ネットワークに繋がることも応援してあげるのがすごく大事かなと。こういう時期だからこそ今まで会ったことのない人とちょっと会ってみるとか、部門間で持っているリソースを紹介し合うようなことを促進することが組織としては重要です。

創造性あふれる「共解」の時代へ

宮澤
前回記事で博報堂ブランド・イノベーションデザイン流オープンイノベーションとしてご紹介した「志・属・形」の話に通じますが、おそらく今、多くの企業がまず取り組まなければならないのは“属”の視点。なんとなく繋がりたいというニーズがある時にまず緩やかでも繋がってみようという “属” をつくる。同時に経営者という視点から見るとこういう時代だからこそ、“志”を明確にするということも重要になります。その企業単体ではなく業界全体や社会全体が悩んでいるため、アフターコロナを見据えた“志”を明確に提示することが求められています。どう具現化するかの“形”の話は少し後にしたとしても、まず志と属への取り組みが求められています。


テーマオーナーが顕在化する時代になるでしょう。SNSで日本中の生産者が事業継続のためにと自社商品を直販する動きはいわゆるD2C浸透が早まったということでしょうね。もちろん流通業態の最適な形は安易に判断せず多角的な視野で捉える必要がありますが、いずれにせよこういう場面でも “志”を明確にする方があくまでも大事で。表現手法と経路がデジタル化したことのメリットはその後ではないかと思います。

宮澤
テクノロジーの使い方も変わってきていますよね。デジタルテクノロジーを上手に活用すると、実は横により簡単に繋がることができます。なので、まずはデジタルツールを嫌がらずに使って繋がってみることが意外とオープンイノベーションを醸成する個人の小さな一歩になるのかもしれません。オンライン飲み会への積極参加なども一つの方法です。一方で、テーマオーナーである企業や自治体のトップの方は今こそ意志を持ってメッセージとテーマを発信する。その2つを融合させることで、そこに新しいサービスや事業などの形が生まれてくる。そういうモデルがおそらく今求められているのでしょう。


テレワークにならざるを得なかった時代がきて、人と人とのリアルな関わりを強制的に遮断されてしまった、自社リソースだけではできないことを探している人たちがいる。逆に制限下の中でも自分のビジネスを追求しようという志を持った人をもっと応援しなければなりません。事業パーパスの明確化の価値は先にも示した通りです。

宮澤
ピンチをチャンスにできるか、というのがこの時代と向き合う一つの捉え方です。特にイノベーションの場合、やむを得ない構造変化に直面する時こそが、変化する大きなチャンスです。だからこそ、「繋がり」というキーワードを大事にしながら事業変革を前向きに進める機会と捉えるというのが良いのではないかと思います。先ほどの志の話とも繋がりますが、新型コロナウイルスは人類すべてにとっても共通敵です。その点、企業間での争いのレベルを超えて一緒に立ち向かえる。それが、この時代だからこそできそうな気がします。


このような緊急時に日頃の諍いを越えて今は時限的にでも一緒に取り組みましょうという関係は生まれやすいように思います。オープンイノベーションに適した組織風土の「逆」は「既存事業部門の組織・制度をイノベーション部門にそのまま適用して管理するのに、イノベーション部門と既存事業部門の間のヒトや情報等資源の行き来がなく、イノベーション部門に既存事業部門のリソースを出そうとしない」マネジメントスタイルとなります。これは主として何らかのリスク管理のために採用されていると想像しますが、時世の変化を受け、時限的にでも緩和されるとよいかもしれません。

宮澤
このところ、地域のお店のテイクアウト情報などのサイトをボランティアで立ち上げたりしているのをよく目にするようになりました。そういう繋がりで一緒に乗り越えようという機運が今色々なところで起きてきていますよね。こうした動きもオープンイノベーションの1つです。博報堂は「正解より別解」を標榜していますが、今の時代に求められている別解とは、今までとは異なる創造性をもった“共解”なのかもしれませんね。

宮澤 正憲
博報堂ブランド・イノベーションデザイン 代表

東京大学文学部心理学科卒業。株式会社博報堂に入社後、多様な業種の企画立案業務に従事。2001年に米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)卒業後、ブランド及びイノベーションの企画・コンサルティングを行う次世代型専門組織「博報堂ブランド・イノベーションデザイン」を立ち上げ、経営戦略、新規事業開発、商品開発、空間開発、組織人材開発、地域活性、社会課題解決など多彩なビジネス領域において実務コンサルテーションを行っている。イノベーション支援サービスを提供する株式会社SEEDATA非常勤取締役。主な著書に『東大教養学部「考える力」の教室』『「応援したくなる企業」の時代』など多数。東京大学教養学部教養教育高度化機構 特任教授。

森 泰規
博報堂ブランド・イノベーションデザイン ディレクター

1977年茨城県生まれ。2000年に東京大学文学部(社会学)卒業後、4月株式会社 博報堂に入社。PR戦略、公共催事・展示会業務を通じて、現在のブランディング業務に至る。
専門分野は、B2Bのブランドマネジメント業務、エグゼクティブ・コーチ、組織開発。
日本社会学会員・日本マーケティング学会員として講演・論文刊行も多数。クラリネットを、生方正好氏、高橋知己氏に師事し演奏に親しむほか公演批評も手掛ける。作品解析・組織開発の手法を業務にも応用している。

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