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広告会社は意外と「自分がオタク的に興味あるもの」を仕事にできてしまう(連載:中川淳一郎の「博報堂浦島太郎」)

2020.05.28
ネットニュース編集者・PRプランナーの中川淳一郎さんが18年ぶりに博報堂に帰ってきた! 久しぶりの古巣を歩きながら、中川さんが感じた変化や懐かしの話を自由に語っていただく連載です。8回目の今回は、広告会社は自分がやりたいことを仕事につなげられる!という話。かつて中川さん自身が仕掛けたエピソードも。

 現在私が所属しているPRチーム「風の間」(世間の風を読み、クライアントのPRに役立てることをミッションとする)メンバーの若手がかかわった企画には「あっぱれ!」と張本勲さんのように思った。

 とあるお酒メーカーをクライアントとする彼が中心となり、「オンライン飲み会」を実施したのだ。男性芸人コンビや女性芸能人が登場し、彼らがホスト役となって皆で同社のビールを応募者1000人で乾杯し、途中ゲームなどもしながら楽しく1時間強を過ごすというものだ。毎回異なる芸能人の組み合わせで3回行った。同氏によると準備期間はかなり少なかったというが、企画は無事着地。初回は他社のTシャツを着ている人がいた、といったハプニングはあったものの大トラブルは起きず、無事3回が終了した。

 ネットがプロモーションの核となった今の時代は、スピード勝負である。半年前からCM枠を押さえておくといったことも重要だが、今は各社がウェブサイトやソーシャルメディアのIDを持っているため、思いついたが吉日、とばかりに企画を開始することが可能となる。このオンライン飲み会企画については、コロナ禍で企業ネタが足りないメディアにとっても「引きがあるネタ」だったためそれなりに多く取り上げられた。そして、オンライン飲み会の間は参加者がハッシュタグをつけて全国の初対面の人々との飲み会を楽しむ様子をリアルタイムで報告した。

 サイト構築、登場芸能人のブッキング、応募事務局の立ち上げ、当日使うためのアプリのリサーチ、不適切なことをする人が出ないようにする監視体制――様々な企画を彼は営業や協力会社、クライアントとともに作り上げたのだが、こうした「与件主義」というか「今、制約はある状態だけど、そんな時にどんな企画を考えられるか?」というセンスが広告会社で働く人には求められているのだと思う。

 それはプランナーやクリエイターだけでなく営業、メディア、事業などありとあらゆる部署の人が「もう無理だ」と諦めるのではなく、「難しいけど今の状況に合わせた最適解を生み出さねば」と考える、ということだ。

 こうした工夫ができる業界なので、是非とも若者はこの業界を目指してくださいね。あと、この企画を考えた彼には「日本初の大規模オンライン飲み会 byお酒メーカー」をやりたいという野心があったのかもしれない。野心をもって仕事をすることは人生の幸せにおいて重要である。

 私が博報堂に入社した1997年、会社のイントラネット(これって死語?)には「掲示板」があった。そこでは「テニス一緒にやりませんか」といったお誘いのほか、「あげます」「譲ります」「質問!」なども書き込まれていた。

 私は当時とにかく世界最高峰のバスケットボールリーグのNBAが大好きだった。昨年八村塁がワシントン・ウィザーズに入団して話題となったが、なんとかこれを仕事にできないかと考えた。当時私が所属していたCC局(コーポレートコミュニケーション局)には何らかの一芸に秀でたものを持つ中堅社員が多かった。30代後半~40代前半の人々だったのだが、以下のような得意技を持つ人がいた。

環境問題
ワークショップ運営
政治
ユニバーサルデザイン

 こうした社会的イシューをいかにしてクライアントの課題解決と繋ぎあわせるか、といったことを考えるのだ。特に印象深いのが政治好きなT氏である。T氏はそこそこエラいものの、若手やバイトが座るもっとも通路に近い席に座っていた。窓を背にして部長がおり、そこからエラい順番に通路に向かって席に座るのだが、T氏は本来は部長からもっとも近い場所にいるべきなのに下っ端席にいた。

 当時は執務室でタバコを吸うことができたのだが、同氏は極度のタバコ嫌いだったのだ。どこかからぷ~んとタバコの煙のニオイが漂ってきたらパーテーションにくっついた扇風機を回して煙をどこかに追いやるのである。T氏の隣には当然非喫煙者の男性が座っていたのだが、恐らく彼は毎度この扇風機の度に「涼しいな~」と思っていたのでは。そして「オレの方にタバコの煙を流さないでよ……」とも。夏ならばいいが、冬はもしかしたら寒かったかもしれない。

 そんなT氏だが、とある政党同士の合従連合の裏でフィクサー的に動いたという伝説があった。飲み会に行くとその場にいないT氏の武勇伝を先輩から多数聞いたものだ。ある時など、時の首相のリーダーシップをアピールするために、某紛争地への視察を企画。自ら首相に同行して紛争地に行き見事6ページの記事を完成させた。

 こうした「一芸に秀でた人がその興味・技術・ツテを駆使して仕事をする」というやり方を間近で見ていただけに、自分もそんな仕事をしたいと思った。そこで考えたのがNBAだ。私はアメリカに1987年から1992年まで住んでおり、NBAの試合は年間200~300試合は観ていたため、かなり詳しかったし、これを仕事にしたいと考えた。

 果たして誰が最初に前出の「イントラネット掲示板」に書き込んだのかは分からないのだが、「NBAについて語ろう」的なスレッドがあったような記憶がある。いや、もしかしたら私の学生時代の友人の千葉商科大学准教授の常見陽平氏と飲んだ時に「オレのゼミの先輩がNBAの日本の社長になった」と聞いたことがきっかけかも。「ならば!」とばかりに、私が掲示板に「NBAの日本支社の社長にアポ入れてなんか仕事しませんか? NBAに興味ある社内の有志で作戦会議をしたいです」などと書いたのかもしれない。

NBAチームのTシャツを愛用していた

 そうしたことから当時博報堂が入っていたグランパークタワーの20階のラウンジにある日の夕方、4人の男が集結した。計らずもメンバーは営業1人、マーケ1人、PD(プロモーションデザイン)1人、そしてPR部署の私、と部署が分散されていた。

 その場では「NBAを紹介する番組を作りたい」「誰か選手を呼んでイベントをしたい」「NBAから広告を取ってスポーツ新聞とかスポーツ系雑誌に紹介記事を連載したい」など様々なアイディアが出た。

 そこで私がまずはNBAの日本法人の社長・A氏の携帯電話(常見氏から聞いた)に電話をし、「す、すいません、私、Aさんのゼミの後輩である常見陽平君の大学同期の中川と申します。今、博報堂で働いているのですが、日本でもっとNBAを普及させるために何かできないかと勝手に社内でチームを作り、色々考えましたので、話を聞いていただけませんでしょうか」とお願いをした。

 A氏は「分かりました。興味あります」と言ってくれ、我々メンバー4人は各人が手分けして「博報堂の紹介」(営業)、「日本におけるNBAをめぐるマーケット分析」(マーケ)、「NBA関連イベントの提案」(PD)、「日本におけるNBAのPR案」(私)といった形のペーパーを作った。会合は「ざっくばらんな雰囲気でやりましょう」ということで、外苑前の個室中国料理店をCC局の食通と名高い先輩に聞いて予約した。

 結論からいえば、これは仕事にはならなかった。営業のF氏は「う~ん、ちょっと読めないなぁ……」と、「顧客になり得るかどうか」の判断はこの日だけでは判断しかねるようだった。

 社長A氏は何らかの成果をあげなくてはいけなかったため、様々な手を打つべく動きまくっていたと思う。ただ、現在のように日本人NBAプレイヤーがいるわけでもない状況ではさすがに日本マーケットに潤沢な資金を投入するわけにもいかなかっただろうし、マス広告を打つような状況でもなかったと想像できる。

 このプロジェクトは空中分解してしまったものの、自分としては博報堂が従業員個々人の自由な興味関心事を仕事にできる環境であることは理解できた。とはいっても日々の業務が忙し過ぎて私自身はNBAや三国志、プロレスといった自分自身が高い関心を持つ仕事をすることはなく退社した。

 だが、その後、前出のユニバーサルデザインに造詣の深い先輩が博報堂ユニバーサルデザインという組織を立ち上げ、所長に就任するなどした。現在は「テーマビジネスデザイン局」も存在する。従業員の得意分野とクライアントの課題解決をどう結び付けるか――。これが今の広告会社はできる状況になっているのではなかろうか。

 NBAのリベンジはいつかやってやるぜ、と私自身は密かに23年越しで思い描いている。だからコロナ禍が終了したらアメリカに行く。

 余談だが、私はこの“NBAプロジェクト”のメンバーが一体誰だったのかはまったく覚えていなかったのだが2019年8月、博報堂の業務委託契約締結後、広報室に挨拶に行ったところ広報担当者から「ウチの室長、中川さんのこと知ってますよ」と言われて室長室に会いに行った。名刺交換をしたのだが、その男性は「中川さんとはNBAの件で会っています」と言うではないか! なんと、あの時の営業担当・F氏だったのである。人世というものはだからおもしろい。

◆中川淳一郎/なかがわ・じゅんいちろう

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。一橋大学卒業後、博報堂入社。企業のPR業務に携わる(2001年退社)。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など。
(写真は1997年入社時)

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