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「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」
第3回/写真家エバレット・ブラウンさん【前編】

2020.06.24
#グループ会社
2020年初頭、世界を襲った新型コロナCOVID-19、その猛威は世界のあらゆる仕組みを一変させてしまいました。各国政府の外出自粛要請やロックダウン、国境をまたいだ渡航制限などで、旅そのものができる状況ではなくなってしまいました。
しかし、出口のないトンネルがないのと同じように、いつの日かまた、旅が自由に気ままにできる日がやってきます。
アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)」ってどうなってるか?「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

人生の原点となった11歳のヨーロッパ旅行

岡本
今から10年後、2030年の旅を考えるという本企画。3回目のゲストは、京都在住で文筆家としても活躍する写真家のエバレット・ブラウンさんです。数カ月前は、まさかコロナのような事態を挟んでこの企画をやるとは想像もつきませんでした。ぜひエバレットさんには「新型コロナ後の旅」についてもしっかりとうかがっていきたいです。まずはこの外出自粛期間中(※取材は5月中旬)、どんな風に過ごされていますか?

エバレット
今は最低の時期でもあり最高の時期でもありますね。まず新型コロナの影響で撮影の仕事がほとんどなくなってしまったため、最初の3週間ほどは本当に落ち込みました。でも開き直って、せっかくだからこれまでずっと書きたくて書けなかった小説を書くことにしたんです。滋賀の大津と京都の間の山道を舞台にした、まさにずっと自分が読みたかった物語。今は朝から晩まで集中して執筆できていて、非常に幸せな毎日ですね。

岡本
小説ですか、それは面白そうですね!エバレットさんは、いつもカメラとほら貝をもってどこかへ行かれている印象で、僕にとってはまさに旅人のイメージそのものです。ここまでひとところにとどまっているのは珍しいのではないですか?

エバレット
確かに遠方への旅はできなくなったけど、その代わり近所の山を歩いたり、内面的な旅を思う存分できていますよ。経済的には苦しいけど精神的には最高にいい状態ですね。こうして自分自身にじっくり向き合えるというのは、ある意味現代人にとってはとても贅沢な時間。今回のコロナのおかげでみんな身の回りのことにすごく敏感になったし、生活のペースを落として、本来の感覚を取り戻すきっかけになったようにも思います。前向きに考えればこれは人類の収穫の一つ。旅も、これからは本当に自分に合う、自分に向き合える場所としての要素がもっと求められるかもしれませんね。

岡本
なるほど。確かに旅は、物理的にいろんな場所を移動したり人に会ったりしながらも、自分自身の内面に向き合うという側面も大きいですからね。
実は僕、ここ最近ずっと自宅の和室にこもって仕事をしているんですが、ごくたまに近所の公園を散歩すると、こんなに自然がきれいだったのかと改めて発見したり、一歩一歩歩く時の足の指の感覚、顔に風が当たる感覚などにいつも以上に敏感になっている気がしています。以前、山伏の星野文紘さんに会うため、エバレットさんと出羽三山へご一緒させていただいたことがありましたが、あの時と同じような、少しずつ感覚が研ぎ澄まされていくような感じなんです。星野さんがおっしゃっていた、「現代人は頭で考えすぎ。頭で考える前に、まずは体で感じる。そして感じたことを考えることが大切」という言葉に僕もすごく共感したんですが、コロナ終息後に旅を再開するときには、もしかしたら自分の感覚や興奮が爆発的に増大するんじゃないかなと期待しています。

エバレット
そうですね。部屋にこもっている時間はとても陰性的とも言える状態で、たまに自然に触れると、その陰から陽へのコントラストにすごく良い刺激になるでしょう。岡本さんの話を聞いていて親父のことを思い出しました。旅の達人だった彼は、泊まる宿も、ある時は最高級ホテル、あるときはバックパッカー用の安宿というようにコントラストを大切にする人でした。旅先でのちょっとした事件やハラハラドキドキした体験は後でいい土産話になりますし、毎日ごちそうだと飽きてしまいます。それは人生も同じ。新型コロナは現代人の普段の生活に大きなコントラストをもたらしました。このコントラストから、間違いなく、身体感覚における大きな学びがあると思いますよ。岡本さんの言うように“爆発的な感覚”が訪れるかもしれない。楽しみですね。

岡本
おっしゃるように、コントラストは旅の演出にもなると同時に、それによってマンネリ化を防げる。身体感覚や感性も敏感になる気がしますね。お父さんとはよく一緒に旅をされたんですか?

エバレット
あちこち行きましたが、一番印象的なのは11歳の時に両親と行ったヨーロッパ旅行です。子どもから青年に移行する多感な時期、1ヵ月半かけてさまざまな国を回りながら、歴史を体感し、異なる文化や言語に触れ、たくさんの美味しい食べ物に出会うことができました。その旅のおかげで僕の世界観が一気に開けたんです。
パリのカフェでランチをしていた時のこと。午後の予定が決まっていないという状況で、会話の途中、マドリードの話で盛り上がったんです。すると親が「だったらこれからマドリードに行こうよ」と。すでにパリの宿泊先にお金も払ってありましたが「まあいいや」ということで(笑)、夜の寝台車に乗ってスペインに向かうことになりました。スペインとの国境近くのトゥールーズという街につくと、それまでフランス人の乗客ばかりだったところへスペイン人の乗客がわっと乗り込んできました。ちょうど祭りの夜で、僕らの座っていたコンパートメントに入って来た若いスペイン人カップルが、大きな袋に持っていたオレンジをくれたんです。それは生まれて初めての世界一美味しいオレンジでしたし、祭りの余韻と、若いカップルの情熱的な様子も、11歳の僕にはとても刺激的だった。翌朝目覚めると、車窓からは丘に連なるブドウ園と、山の方に古いお城が見えて……。一連の体験が当時の僕にはとてもポエティックで、これを何かの形で表現したい!と強く思ったんです。そしてその旅で、生まれて初めて物語を書きました。
それから、僕は旅の写真係を任されていたのですが、ビルなど高いところから街を撮るのが好きで、大聖堂の一番てっぺんまで上がって街の風景を撮ったりもしましたね。僕の人生の旅のまさに始まりでした。

岡本
それは素晴らしい体験でしたね。その旅が、写真家として、フォトジャーナリストとしてのエバレットさんの原体験となったんですね。
僕らワンダートランクも、一般的な旅行会社とは異なる、新しい交流のあり方、新しいインスピレーションを受けられるような体験価値といったことをど真ん中に追求していこうとしています。まさにエバレットさんが旅で体験されたような、知識的、身体的な学びの感覚を大切にし、日本でできるそうした素晴らしい体験をどんどん紹介していけたらいいなと考えています。

言葉に頼らない、心の時代がやってくる

岡本
この時期、身体性、感覚について考えさせられるのと同時に気になっているのが、「言葉への依存」です。今日もこうしてオンラインでお話をうかがっていますが、おそらく対面でお話するよりもより多くの言葉を必要とし、ずっと言葉頼りのコミュニケーションになっていると思います。
エバレットさんのご著書『失われてゆく日本』(小学館)で印象的だったのが、エバレットさんが20代の頃に訪れた恐山で、おばあちゃんたちが「昔は今ほど言葉を使わなかった」と言うのを聞いて衝撃を受けたという話です。かつては言葉よりも、そこに流れる共通の時間、気配や息遣いといったものでコミュニケーションをとっていて、言葉はそれを補完するものに過ぎなかったと。その感覚に僕もとても納得しました。アフター・コロナの世界では、旅コンテンツのデジタル化、あるいはデジタルとリアルをどう組み合わせるかという話が加速すると思いますが、言葉に頼りすぎると旅の体験もつまらなくなってしまうような気もするのです。

エバレット
実はそれは、今書いている本の一つのテーマなんですよ。僕が思うに今後人間は、今程言葉に頼らなくなるでしょう。今世の中には膨大な情報があり、人はそれを消費しようとして常に言葉の海をさまよっているような状態ですが、いずれAIがもっと進化すると情報の整理を任せられるようになり、文字の必要性が減っていくのではないかと思うんです。おそらく多くの人が今より精神的に楽になり、もっと感覚で生きられる時代、心の時代が来るのではないでしょうか。僕の感覚でしかありませんが、これからは「5次元の感覚」が生まれてくると思うんです。

岡本
「5次元」というと…?

エバレット
3次元は物質の世界、4次元は時間ですね。5次元は、もう一つの時間の次元です。言い換えれば、心の時間の次元。たとえば「虫の知らせ」と言われるような、予感めいた感覚だとか、古い寺社に行くと、なんだか昔の時代の空気が宿っているような感じがするとか。簡単に言うと、人と人とのコミュニケーションにもっと「直感」が入ってきて、言葉の重要性が下がる気がするんです。

岡本
なるほど、興味深いですね。冒頭でエバレットさんは旅人のイメージそのものだと言いましたが、山伏の修行をされたり、禅の実践、伝統文化に関する活動などを拝見していると、時空を超えた旅…つまりタイムトリップをしているようなイメージもあったんです。それは、今おっしゃった“5次元”の旅をされているということなんですね。

エバレット
その通りです。禅にしても、お茶にしても、香道にしても、三味線にしても、祭りにしても、お能にしても、様々な伝統文化を深く追求するとそのうち5次元の扉に出会うのです。それは日本文化の凄いところです。これからの心の時代に僕たちは5次元との行き来がやりやすくなると思います。今、そのような話を京都を舞台にして、小説の形で書いています。しばらくちょっと大変な時代ですが、これから面白い人生の旅ができるでしょう。

<後編へつづく>

■プロフィール

エバレット・ケネディ・ブラウン

1959年アメリカ生まれ。1988年から来日。EPA通信社日本支局長、首相官邸や経済産業省クールジャパン官民有識者会議委員、諸省庁の文化推進カウンセラーを務める。 2012年より写真作家や文筆家として活躍。主なテーマは「日本の面影」。 著書に『俺たちのニッポン』(小学館)、『日本力』(松岡正剛氏との共著)(PARCO)、『Japanese Samurai Fashion』(赤々舎出版)、 『失われゆく日本』(小学館)、『日本の面影』(Harvest出版)、『先祖返りの国へー日本の身体感覚ー文化を読み解く』(晶文社)、ほか多数。文化庁長官表彰被表彰者。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

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