八木&パートナーズ法律事務所 代表弁護士
八木啓介氏
博報堂 TEKO エグゼクティブクリエイティブディレクター
大澤智規
博報堂 TEKO ビジネスオーガナイズディレクター
長田陽介
──弁護士の八木さんは、TEKOとどのようなきっかけで出会われ、協働が実現したのでしょうか。
八木
私はもともと大手法律事務所と証券会社で事業承継・M&Aのサポートを長く続けていました。経営者の皆さんにとって、自分の会社は子どものようなものです。それを人に譲り渡すのは簡単なことではありません。今年4月に自らの法律事務所を設立し、弁護士として、どうすればもっと経営者の皆さんに寄り添ったサポートを提供できるだろうかと考えていたとき、折よくTEKOの皆さんとお話しする機会がありました。
長田
八木さんといろいろお話をする中で、事業承継やM&Aの領域で私たちのクリエイティビティが活かせるのではないかと考えるようになりました。私自身、博報堂の社内ベンチャーを経営していたことがあり、経営者の自分の会社に対する想いの強さはよく理解できます。経営者の方々が会社を続けていくためのお手伝いに関われればと思いました。そこで八木さんと協働して、両者で経営者をサポートしていこうということになったわけです。
──協業のテーマである“「つづく」を「つくる」”。この言葉に込めた意味をお聞かせください。
八木
日本の企業の99%を占める中小企業の経営者の引退年齢は、おおよそ70歳と言われています。中小企業庁の発表では、10年後におよそ250万社の中小企業の経営者が70歳を迎えるとされています。しかし、そのうちの半数の企業において、後継者が見つかっていない状況です。これは、日本企業のほぼ3分の1の企業に後継者がいないことを意味します。仮に後継者がいない企業が事業を継続することができなくなれば、約600万人もの雇用が失われるとも言われています。
大澤
僕はその話を八木さんから聞いて、率直に「これはたいへんなことになる」と思いました。何とかして、企業の活動を未来に継続させていかねばならない。自分もクリエイティブに関わる人間として、その支援や仕組みづくりに取り組まねばと。その思いを端的に表現したのが“「つづく」を「つくる」”という言葉です。
長田
多くの企業の事業が承継されないということは、日本の活力が失われるということです。これはそれぞれの企業の問題というだけでなく、日本全体の問題だと僕も感じました。
大澤
では、どうすれば企業の活動が承継されるか。企業をまるごと引き受けるのはたいへんなことです。継ぐ方からすれば、その企業に相当明確な「価値」や「魅力」がなければ、決して企業を継ぎたいとは思わないでしょう。誰かに継いでもらうためには、自社の「価値」を明確化し、その「価値」が相手に伝わるようにちゃんと説明していくことが不可欠です。
八木
実際、自分の会社の「価値」や「魅力」をどうアピールすればよいのかについて悩んでいる経営者の方は多くおられます。後継者がいないことよりも、実はそちらの方が大きな問題かもしれません。
大澤
これまで、主に広告やマーケティングの領域で企業を支援する仕事の中で僕が感じてきたのは、どれだけの大企業の経営者でも自社の価値や魅力をシンプルかつ正確に説明するのは非常に難しいということです。特に日本の経営者は謙遜される方も多いですし。そこで求められるのは「プレゼン力」です。優れたプレゼンテーションによって、誰にでもわかる形で企業の価値や魅力をアピールすることができれば、その会社を承継したいと考える人はきっと現れるはずです。
長田
「プレゼン」は、いわば広告会社としての基礎技能。そのスキルを事業承継やM&Aに生かしていく。それもこの取り組みにおけるTEKOの役割の一つになります。
──この協業によって、具体的にどのようなサービスを提供していくのでしょうか。
八木
事業承継を考えている企業には、大きく3つのケースがあります。1つは、承継する相手がすでに決まっているケース。2つは、ご家族やご親族に承継をしてほしいと考えているが拒否されているケース。そして最後に、社外の第三者に承継してほしいと考えているがその相手がまだ見つかっていないというケースです。それぞれのケースで必要とされるサービスは変わってきますが、いずれのケースにも共通するのは「ビジョニング」というサポートを行っていくことです。
長田
ビジョニングとは、新しい会社のビジョン、社長の思い、事業の方向性などを、誰もが分かる言葉やビジュアル、映像などで可視化し、それを新しい社員や取引先、地域などに向けて発信していくことを意味します。
大澤
ビジョニングの作業は、経営者の方と一緒に「どういう未来になっていたいですか?」という将来像を考えるところから始まります。みんなで共有できる未来予想図をつくる作業と言ってもいいかもしれません。
長田
経営者の皆さんは、自分の会社にどんな価値があるのか、競合他社と比べてどのような強みがあるのかは考え尽くしておられます。しかし深く考えすぎて、かえって伝わりにくくなっている場合も少なくありません。ビジョニングとは、企業の価値を整理し、より伝わる形に再定義していくこととも言えます。これによって、企業を承継する側にも「正しい覚悟」が生まれると僕たちは考えています。会社を受け継ぐことは、従業員の皆さんの人生を預かること。生半可な覚悟で引き受けることはできません。ビジョニングは、その覚悟に形を与えるものでもあります。前経営者の思いや会社の存在意義が明確になれば、それを受け継いで成長させていこうという思いが新しい経営者の側に生まれます。その橋渡しをしていくことがビジョニングであると言ってもいいと思います。
八木
最近では、会社を譲りたい人と買いたい人のマッチングをウェブサイト上で行うサービスも生まれていて、事業承継やM&Aのチャンスは増えていますが、そういったサービスを使う場合でも、企業の価値や魅力がはっきりしていなければ誰にも選んでもらうことはできません。ビジョニングはあらゆるケースにおいて意味があると思います。
大澤
多くのマッチング候補がある中で選ばれるということは、誤解を恐れずに言えば、店の棚から商品が選ばれることと同じです。多くの競合商品が並んでいる中で手に取ってもらうには、ブランディングが必要であり、商品価値を正確にわかりやすく伝えることが必要です。ブランディング、そしてビジョニングという広告会社のクリエイティブのノウハウを事業承継やM&Aの領域でも生かしていく。そう考えていただければわかりやすいと思います。
──この協業によって、企業の経営者の皆さんは法律事務所のサービスと広告会社のサービスをまとめて受けることができるわけですね。
八木
そのとおりです。例えば、承継の相手が決まらず困っている経営者からご相談を受けた場合、この座組みがあることによって、「では、ブランディングで企業の価値をあらためて明確化する、もしくはビジョニングで企業の将来象を明確にする作業をしてから、もう一度承継先を探しましょう」とご提案することができます。
一方、例えばM&Aがすでに決まっているケースでは、企業合併後のいわゆるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション=M&A成立後の統合プロセス)における従業員の意識変革や、新しい企業文化の醸成にTEKOのノウハウを活用することが可能です。
大澤
ニーズや承継のステータスに応じたサポートを受けられるのが、経営者の皆さんにとっての大きなメリットです。もう一つ、効率のよさもこの座組みの価値と言えます。一つの窓口で、法律の専門家とコミュニケーションの専門家にまとめてアプローチできるサービスはこれまでなかったはずです。
──どのような業種、あるいはどのくらいの規模の企業を支援していきたいと考えていますか。
八木
私がこれまでサポートしてきたオーナー企業や中小企業はもちろんですが、特に地方の経営者のお役にも立てると思っています。事業承継・M&Aに関する制度は毎年変わっており、この変化にキャッチアップしている専門家は、残念ながら首都圏でもそれほど多くいないのが実情です。何十年も頑張ってきたのに、きちんとしたアドバイスをしてくれる専門家がいないという理由だけで希望する内容の事業承継・M&Aが実行できず、これで終わりなのかと悩んでおられる。そのような経営者をぜひサポートしていきたいですね。
大澤
業種については、もちろんあらゆる業種の企業のご支援が可能だと考えていますが、日本で事業承継の問題を抱えているのは製造業の企業が多いという事実があります。「何を作っているのか」だけでなく、「なぜ作っているのか」「どんな思いで作っているのか」など、その背景にはさらに深い価値があるはずです。戦後の日本経済を支えてきた製造業のみなさんのものづくりにかける思いを汲み取り、それを世の中に伝わるように表現していくお手伝いをしていきたいと考えています。
──協業が始まるタイミングは、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大と時期が重なりました。どのような想いをお持ちでしょうか?
八木
コロナショックによって経営が悪化する企業は確実に増えると思います。そのような企業の経営者と従業員をどう支えていけるか。事業承継・M&Aの専門家としてやるべきことは増えたように思います。
長田
ビジョニングがより大切になった気がします。事業承継やM&Aでは、会社の数字的評価が大きな意味をもちます。しかし、コロナショックで多くの企業の数字的評価が悪化している現在、企業価値を別な形で表現しなければなりません。ビジョニングはその手段となり得ます。ビジョニングによって会社の未来の可能性を的確に表現することの意味が、コロナショックによっていっそう重みを増したと感じています。
大澤
コロナの影響でこれまでの方針や戦略を修正し、新しい活動に取り組もうとされている企業も多くあると思います。TEKOではそのような企業をクリエイティブでサポートするサービスも始めたところです(http://www.teko-leverage.com/restart/)。こういう時こそ自分たちのノウハウを多くの企業に利用してもらいたいと思っています。
──最後に、今後に向けた意気込みをお聞かせください。
八木
私は、事業承継やM&Aは一種のアートであると考えています。まったく同じ企業が一社としてないように、まったく同じ形の事業承継やM&Aも一つとしてありません。制度が毎年変わる中で、経営者と後継者が主体となって、これに様々な分野の専門家が力を合わせて、この世に一つだけの事業承継やM&Aをつくり上げていく。それが、私たちがこれからやろうとしていることです。そのようなアートづくりを経営者の皆さまとともに進めていきたいと思います。
長田
この、なかなか無い組み合わせで今後仕事をしていけることをとても楽しみにしています。事業承継やM&Aをたんなる「会社の売り買い」にするのではなく、企業が次のステップに進み、新しい成長のステージに入っていく機会にするための支援をしていきたいですね。
大澤
後継者の問題に悩む経営者の皆さんがいる一方で、企業経営に興味をもつ若者は年々増えています。事業を渡したい人がいて、渡されたい人がいる。問題は、そこをつなぐ方法がこれまであまりなかったことです。私たちがやるべきことは、法律とクリエイティブの力を使って、つなぐ「型」をつくることだと思っています。
企業トップの交代は、企業がトランスフォームする千載一遇のチャンスです。企業がもっとも世の中から注目される時です。すべての企業がトランスフォームを求められている現在、事業承継やM&Aの機会は、企業の変革とその後の成長に向けたジャンプ台になるはずです。事業を渡し受け継ぐ新しい「型」をつくり、未来に向けた企業の変革を後押ししていきたいと考えています。