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10年目のフードロス・チャレンジ・プロジェクト コロナがもたらした気付き

2020.07.20
#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
廃棄物として捨てられてしまう食料の削減を目指す「フードロス・チャレンジ・プロジェクト」。博報堂ブランド・イノベーションデザイン(博報堂BID)が事務局となり2011年に発足した本プロジェクトでは、多様なステークホルダーがフードロス問題に関連する全体システムを学び、新たなアクションを生み出すことで、課題の解決を目指してきました。新型コロナウイルス感染対策としての休校や飲食店の営業自粛によって新たなフードロスの課題も浮き彫りになった現在、改めて、本プロジェクトにかけてきた想いや、コロナがもたらした人々の変化などについて、博報堂BIDの兎洞武揚が語ります。

対症療法ではなくシステムそのものを変革するアクションを目指して

「フードロス・チャレンジ・プロジェクト」誕生のきっかけになったのは、2011年に博報堂が開発した「マルチステークホルダー“乗り合い型”価値創造プログラム『bemo(ベモ)』」です。bemo開発の狙いは、我々博報堂の持つ共創やファシリテーションの能力を活かしながら、企業、顧客、学識者、地域社会などの多様な関係者と乗り合い型のチームを結成、知恵やリソースを出し合うことで、これまで一企業や一組織では解決することができなかった複雑な社会課題を共に紐解いていくことにありました。

偶然にもbemo立ち上げとちょうど同じ時期、国連食糧農業機関(FAO)が『世界の食料ロスと食料廃棄 その規模、原因および防止策』というレポートを発表。それまでも食料廃棄の問題は各国である程度認識されていましたが、このレポートをきっかけに“世界的な社会課題としてのフードロス”が一気に認知されることとなりました。私たちbemoのメンバーもこの課題の重要性を認識していたし、何より普段から「食」に対して非常に関心の高いメンバーが集まっていたこともあり、bemo第一弾のチャレンジとしてフードロスに取り組むことに決定。早速 FAO日本事務所で当時企画官を務めていらした大軒恵美子さんにお声掛けし、ほかにもNPO法人 ハンガー・フリー・ワールド、慶應義塾大学ソーシャル・デザインセンターにも実行委員として参加いただくこととなり、「フードロス・チャレンジ・プロジェクト」を旗揚げしました。こうした社会問題に対峙する際、一般的には、ここの誰が悪いとかこの部分さえこう変えればうまくいくだろうといった単線的なアプローチになりがちで、結果的に根本的な課題解決につなげられていないケースが多々あります。ですから高邁ではありますが、我々は、「フードロスが出てしまうシステムを関係するセクター全員が理解し、対症療法ではなく、システムそのものを変えていくようなアクションを作り出す」ことを目標に掲げたのです。

先進国ならではのフードロスを理解する

世界的な課題であるフードロスですが、先進国と途上国とでその性質は異なります。途上国の場合は、流通網において冷蔵・冷凍技術が十分整備されていないために、輸送段階で食品が腐ってしまうということがあるなど、バリューチェーン全体で見ると、真ん中のあたりでフードロスが発生しがちです。一方日本のような先進国の場合は生産段階と消費に近い段階、つまりバリューチェーンの両端で発生しています。

その辺りを深く理解するために、プログラムの第一フェーズとして実施したのが、食に関するバリューチェーンを旅するスタディーツアーでした。さまざまな食品にかかわる企業、情報システムにかかわる企業、消費者庁、NPO、大学関係者の皆さんと一緒に、生産者に始まり、加工メーカー、流通小売り業者、そして最後はご家庭の冷蔵庫の中までを見学・話をうかがっていきながら、それぞれのバリューチェーンでどんなことが起きているのか、あるいはそこにどんな問題が存在しているかを学び、考えていきました。

最初の段階である生産者の場合、天気が悪ければ凶作、逆なら豊作というように、その時々の気象条件によって生産物の収量が変わります。その対策のために、やむを得ない余剰が発生します。次に加工段階ですが、メーカーにとってはロスを出すことはそのままコストになるため、この段階では基本的にはほぼフードロスは出ていません。
ただし期間限定商品、季節商品などを出す場合、売り上げを読めない分余剰が出る場合もあります。そしてスーパーなど流通の場合は、賞味期限が3分の1残っているものでないと店頭に置かない「3分の1ルール」という業界ルールがあり、たとえば賞味期限が12カ月であれば残り4カ月を切るまでに売り切らなければならない。店頭に置けなくなったものはメーカーに戻され、結果廃棄されます。これには批判もありますが、消費者の過度な“鮮度意識”を意識して生まれたルールという側面もあります。さらに流通業界には「最低陳列量」という考え方もあって、棚にある商品数が一定量を下回ると急激に売れなくなるため、常に最低陳列量を保つようにしていて、売れなかったら廃棄という方法をとっている。ただし原価が非常に高い肉や魚の場合はこの方法だと利益直撃になるため、時間が来たら値下げをするなどして売り切るようにしています。

食のサプライチェーン

消費者に求められる意識と行動の変革

こうしてバリューチェーンの個別の状況を深く知っていくと、今度は全体の姿が見えてきます。いずれにしても“消費者意識”がもたらす影響は大きく、その中で各業界も悩みながら対応しているのです。たとえば棚に並んだ牛乳を、少しでも新しいものがいいと考えて奥の方から取る。そういった“新しいものを消費する権利がある”とする消費者の日々の行動によって、結局残ってしまった古いものが廃棄=コストになり、価格にも反映され、回りまわって自分に損として還ってくる。自分にとって最適だと思って行う行動が、社会全体にとってどういう影響を及ぼし得るのか?そのあたりを消費者ももっと学ばなければならないと感じました。ただ、個々人が常に全体システムのことを考えて消費するというのはなかなか難しいですし、消費者にしてみれば「そういう在庫管理を行っているスーパーにも責任があるのでは」と言いたくなるかもしれません。しかし、もし自分の家族がそのスーパーの経営者だったら?という思考シミュレーションをしてみてください。そうすると、自分の小さな要求を少し抑えて、流通の負担にならないような消費行動を意識するようになるだろうなと思い直しませんか。もう一つの例として、家庭で出る生ごみを考えてみてください。生ごみは水分量が多く燃えにくいので、焼却にかかるコストも大きい。自分の家のことだけを考えて、台所で生ごみが発生した傍からどんどん捨てていき、「あとは行政がやってくださいね」ということを続ければ、焼却コストは上がる一方。結局自分が払う税金に跳ね返ってくるでしょう。全体システムを理解するというと難しく感じるかもしれませんが、結局は自分という範囲をどこまで広げて、社会とのつながりを考えられるかという話なんです。

このスタディーツアーの模様はレポート(「フードロス ラーニングジャーニー~生産農家から家庭消費までを巡る旅~ マルチステークホルダー2013 Research Report」:http://foodlosschallenge.com/pdf/FOODLOSS-Report.pdf)にまとめてあります。誰でもダウンロードして閲覧できるようになっているので、ぜひ多くの人に一度目を通していただければと思います。

続くプロジェクトの第二フェーズでは、第一フェーズで見えてきた全体システムの課題に対してとることのできるアクションを学ぶため、「ルールメイキング」に関するセミナーを開催。たとえばフランスでは2015年に「反フードロス法」が可決され、フードロスを出したスーパーには罰金が課されるようになったように、フードロスを出さないためにどんな業界ルールや法律が有効かといったことについて学びました。また一方でフードロス・チャレンジ・プロジェクトとして新聞広告を打ち、世間に対して問題提起するといった活動も行いました。

スタディーツアーで見学を行った食の現場(マルチステークホルダーツアー2013 レポートより)

広告会社のクリエイティビティが生んだ4つのアクション

こうした活動を経て、2013年以降、フードロス・チャレンジ・プロジェクトから4つの具体的アクションが生まれています。

1つは「サルベージ・パーティ」。参加者が家にある残りものの食材を持ち寄り、美味しい料理に変身させることで、捨てられる食材をサルベージ(救援)しようという取り組みです。こちらはグッドデザイン賞を受賞し、法人化も果たしました。2つ目の「ごちそうとぼうさい」はいわばその非常食版で、同じくグッドデザイン賞を受賞。東日本大震災以降、防災意識が高まり多くの人が非常食を買ったものの、賞味期限が過ぎたものがどんどん捨てられるという問題がありました。そこで、非常食を使って美味しい料理をつくり、皆で安全に感謝しながら食べるというイベントを企画。自治体の防災訓練の一環として開催したところ若い世代が積極的に参加してくれ、コミュニティの活性化や自治体のレピュテーション向上にもつながっていると好評をいただいています。3つ目は「もったいない鬼ごっこ」。環境教育などと同じで、フードロスという課題を考えるには子ども時代の経験、学びが重要だと考え、小中学生を対象にしたゲーム形式の食育プログラムを開発しました。子どもたちが食べ物になって鬼ごっこをするというもので、“鬼”に捕まるとフードロスされてしまいます。子どもたちがゲームを通して捨てられる食材の疑似体験をし、フードロスへの関心が高まった後は、フードロスが起きる仕組みを改めて学び、どうしたらよいかを一緒に考えるというパッケージです。4つ目は「つれてって習慣」。賞味期限が近い商品に、食べ物のキャラクターが「僕をつれてって」と言っているシールを張ることで、「あなたの行動はフードロス削減に貢献しています」ということを明示化。売れ残りの商品を選ぶことに少し気が引けてしまうところを、積極的に手に取ってもらえるようにする工夫です。これは大手スーパーに採用され全国展開されるなど、大きな動きになりました。

これらの企画は、「食べ物を捨ててはいけない」と否定形で声高に叫ぶのではなく、「余った食材でパーティをしよう」「ゲームをしよう」「非常食をご馳走に変身させよう」など、肯定形で、人の気持ちをポジティブに変えたり、楽しく学んだりできるアクションにこだわりました。こうしたアイデアは、広告会社ならではの矜持でもあります。

コロナによるフードロスがもたらした新たな気づき

コロナ下において、小中学校が休校になったり、飲食店が営業自粛を求められたりし、生産者が収量や価格コントロールのためでもなく生産物を廃棄せざるをえない状況になり、新たなフードロスの課題が明るみになりました。今回のことで改めて、一般家庭ではなく飲食店や学校向けに生産している農家や酪農家の存在を知ったという人も多いでしょうし、改めて食の流通、システムについて考える良いきっかけになったのではないかと思います。色々な新しい動きも出てきています。飲食店に卸せずに生産者のもとに残った大量の食料を、消費者が直接購入できるようにと生まれたSNSのネットワークもありますし、生産者から余剰作物を送ってもらい、パッケージ化して販売するという新しい事業も耳にしました。私たちが当たり前のように日々消費してきた食べ物は、実は当たり前ではなく、多くの人たちのバトンリレーによってもたらされたもの。そして今回コロナの影響でその流れが一部ほころんだことで、多くの人にシステム全体への気付きがもたらされました。「だったらこことここをつなげてみよう」「生産者さんを助けていこう」といった動きが出てきたり、飲食店のあり方について考えたり悩んだりし始めたことは、非常に大事な動きだと思います。コロナは乗り越えなければならない事象ではありますが、それによってもたらされた食の全体システムへの理解を、いかに私たちが「機会」に変えていけるか。それが今後は問われることになります。

大切に食べればおのずとフードロスはなくなる

私自身、このフードロス・チャレンジ・プロジェクトで得た大きな気づきは、「いただきます」という言葉の大切さです。たとえば子どものころに農業体験をしていたり、魚を実際に釣って、捌いて食べるといった経験を積んでいれば、最初に命があり、それをつくってくれる人がいて、最終的に自分が食べ物としていただいているということが体感覚として理解できるから、簡単に食べ物を捨てたりしなくなります。でも全員が自給自足の生活なんてできませんし、実際には自分じゃない誰かが食べ物をつくり、加工し、届けるというように、分業することで現代社会は成り立っています。そんな、自分以外の誰かに対する感謝を表しているのが、「いただきます」の言葉だと思うんです。命とそのつくり手への感謝が、この一言に集約されているように改めて感じます。

個人的には、なるべくさまざまな生産者の方々と知り合い、彼らの想いを知るようにしています。そして彼らから買ったものを周囲の人におすそ分けしたり料理したりする際に、背後にあるストーリーも伝えるようにしている。調理方法を動画で紹介するといったこともしていて、結構周囲に喜んでいただいています。
いきなりフードロスをなくそうという発想ではなく、それが自分たちの喜びにもつながるものであれば、大切に食べるようになり、おのずとロスは出ないのです。「残さず食べなさい」「残すのをやめなさい」ではなかなか人の気持ちは動きません。大切にしたい、喜ばせたい、楽しい、嬉しい…そうした感情とともに、自然と「いただきます」の言葉を本当の意味で体感できるような企画やアイデアを、これからも仲間とともに追求していけたらと考えています。

■フードロス・チャレンジ・プロジェクトの特設サイト
http://foodlosschallenge.com/
■フードロス・チャレンジ・プロジェクトの公開レポート
「フードロス ラーニングジャーニー~生産農家から家庭消費までを巡る旅~ マルチステークホルダー2013 Research Report」
http://foodlosschallenge.com/pdf/FOODLOSS-Report.pdf

兎洞武揚 /Takeaki Udo
博報堂SDGsプロジェクトリーダー

1992年博報堂入社。マーケティング、ブランディング業務に従事した後、ビジョンに基づく企業の組織変革のコンサルティングにおいて豊富な業務経験を重ねる。2010年より、企業の利益と社会インパクトの同時実現を専門としてきた。日本で最初のSDGs有識者プラットフォームであるOPEN 2030 PROJECT(蟹江憲史 代表)を組織化。現在、全社横断の博報堂SDGsプロジェクトのリーダー。
主なソーシャルプロジェクトとして「フードロス・チャレンジ・プロジェクト」「未来教育会議」「かいしゃほいくえん」「未来を変える買い物 EARTH MALL」等

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