山田
大場光太郎先生はロボット工学がご専門ですが、さまざまな企業とのコラボレーションやリーダー教育にも関わられていて、非常に「オープンイノベーション的」な動きをされている印象です。また、ご自身が事業室長を務められる「産総研デザインスクール」の活動として欧州を中心に視察を重ね、先進的なスマートシティの事例を数多くご覧になっています。そうして得られた知見から、今日は先生に、オープンイノベーション、特にスマートシティや都市と技術との関係について、いろいろと伺っていけたらと思います。まずは現在のような活動をするに至った経緯を簡単に教えてください。
大場
もともと私は大学で画像認識技術の研究をしており、その後渡米してロボット研究を本格的に開始。帰国後も研究を続ける中で、複数の企業がロボット開発に着手しだしたこともあり、それらの安全性を評価する機関「生活支援ロボット安全検証センター」の設立に携わることになりました。ロボットの安全認証評価機関というのは世界的にも初の試みだったため手探りではありましたが、5年くらいで規格を設定し、現在では認証を受けた13~14体のロボットが市場に出ています。その機関の設立と時を同じくして、個別の企業からロボットの安全性についての相談を受けるようになり、コンサル的な活動も始めることになりました。たとえば、 “何でもできる”ロボットをつくってしまうとリスクアセスメントが無尽蔵に広がってしまうため、安全性を担保するには機能を限定する必要がある。その点に無自覚なメーカーも多かったため、まず私が行ったのが、「そもそもこのロボットに何をさせたいのか?」を聴き出すことでした。時には開発側も気づかなかったような「最低限の機能」を導き出し、「これだったら安全にできますよ」というように話をしていきました。
この聴き出す力、言い換えればコミュニケーション能力が不足している研究者は少なくありません。たとえば介護施設に行って「どんな技術が欲しいですか」と聞いても明確な答えは返ってこないでしょうが、利用者や介護士さんに寄り添い、コミュニケーションを取る中でふと隠れていたニーズに遭遇することがある。そこから「もしかしてあなたが求めているのはこういうことですか?」と聞くと、「そうそう!」となる。特にユーザーオリエンテッドなデザインをする上では、本人すら気付いていないニーズを一緒に見つけてあげる ── 聴き出す力が不可欠なのです。
山田
私も普段、イノベーションやブランディングのコンサルティングを提供していて、その企業に眠っているパワーや可能性をいかに聴き出すか、生活者がほんとうに求めている価値をいかに聴き出すかが重要だと痛感しています。たとえば、「エスノグラフィ的」「文化人類学的」と呼ばれるアプローチ。洗濯機について知りたいときに洗濯機そのものについてだけ聴くのではなく、その人の人生や生活の中に入り込んで話を伺っていき、その文脈の中で洗濯という行為がどういう意味を持つのかを聴き出していく。そうすることで新しい発見も生まれます。大場先生の場合はエンジニアリングから、僕ら広告会社はクリエイティブからのアプローチとなりますが、「聴き出す力」が重要なのは共通していますね。
大場
確かにそうですね。私は経験を重ねることでこの聴き出す力を身につけましたが、技術の社会実装を広げていくにはそうした力を持つ人材を組織的に育てることが必要だとも感じ始めていました。そして、2018年に“共創型テック・リーダー”を育むための教育プログラム「産総研デザインスクール」を立ち上げることになったのです。デンマークの先鋭的ビジネススクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」の方法論を参考にしながら、日本流の次世代テック・リーダー育成の場を目指すこととなりました。
産総研デザインスクールでは、半年間のプログラムの中で、「俯瞰力」「共創力」「実践力」そして「探求力」といったさまざまなスキル・セット、マインド・セットを学んでいきます。産総研の拠点のひとつである「柏の葉」という街を学びの場にしていることも特徴のひとつです。柏の葉の地元コミュニティを巻き込んで、フィールドリサーチやラピッドプロトタイピングの実験を繰り返しながら、学びとイノベーションを繰り返していきます。
山田
日本を代表するスマートシティとして名高い柏の葉という街と共創していることが、産総研デザインスクールの一つの軸になっていますよね。テクノロジーと街との関係を考える上で、大場先生が大切にしていることは何でしょうか?
大場
実は、スクール立ち上げの経緯として、大きな出来事がありました。東日本大震災です。私の実家が仙台だったこともあり、東日本大震災後に支援物資を持って東北地方を回った時のこと。自分たちの技術を何かに役立てられないかヒアリングも行っていたのですが、話を進めるためにまずは技術を見てもらおうとしていたところ、気仙沼市の市議会議員の方に、「あなたたちは単に技術を見せに来たのか?それとも技術を使って『ありがとう』と言ってもらいたいのか?」と言われたんです。その言葉に衝撃を受け、自分たちが何をすべきかを改めて考え直しました。そして生まれたのが、技術者を気仙沼のトレーラーハウスに2年間派遣し、課題発見・分析・解決を行いながら復興を持続的にサポートするという「気仙沼~絆~プロジェクト」です。
またその期間中、気仙沼の菅原市長から、「各町に復興ビジョンはあるが総花的で、具体的なアクションプランがない。どうしたらいいか」との相談も受けました。そこで私は集められた30人くらいの各部課長に対し、まず「気仙沼の昨年の出生数を知っていますか?」と聞いてみました。なぜそんな質問をしたかというと、組織内にいると得てしてそれぞれの立場のポジショントークに終始し、なかなか建設的な議論が進まないことが多いからです。これはスクールでもよくやっている、意識の枠を一度外し、立場を超えた自分事の議論にしてもらうための工夫です。正解は253人だったのですがどなたも正確な数字はご存知なく、皆さん驚いていました。小学校が2つもあれば事足りる数字にも関わらず、いまだ20何校の小学校がある。集落に1人しか子どもがいないような街にあなたのお子さん、お孫さんを送り出したいですかと。そこから、「自分たちは気仙沼をどういう街にしていきたいのか」という議論を始めることができました。このように、まずは住民がどうしたいのかを引き出した後に、技術を知る我々が「だったらこういう方法がありますよ」とソリューションを提供する。それが正解なのではないかと思い至りました。これは言い換えれば、課題解決よりも課題創出を重視するということ。相手が「課題なんてない」と思っているところでも、話を聴く中で「これがあなたの思っている課題の本質なのでは?」と導き出していくということでもあります。聴き手の力を大いに試されることにもなりますが、その具体的な方法論を気仙沼で得ることができたのです。
山田
そうでしたか。博報堂のパートナーであるオーストリアの文化芸術機関アルス・エレクトロニカも「クリエイティブ・クエスチョン」という考え方を提唱していて、知見と技術があればある意味誰だってソリューションを出すことはできるが、本当に重要なのは「何を解くべきか」という問いを創出するクリエイティブだと言っています。大場先生が気仙沼で得られた気づきと非常にリンクしますね。
山田
大場先生は、スマートシティの先進地域であるヨーロッパの国々を積極的に視察されていますが、印象的な取り組み、あるいは気づきなどはありましたか。
大場
あちこちを訪れていて思ったのは、その場所の文化をよく知らないことには、先に述べた「課題を創り出す」作業が的外れになってしまいかねないということです。たとえばデンマークは小国であるがゆえに、気を抜けば国がなくなりかねないという危機感が強い。その結果、歴史的に「人が国の柱になる」ことを想定していて、たとえば冷戦体制が崩壊した90年代に「カオスな時代にもパイロットできる人を育てよう」という意図で、いまや世界で話題を集める先進的ビジネススクール「カオスパイロット」が誕生しました。
ドイツのベルリンでは、「土に還るオムツ」をつくる日本人アーティストの女性に出会いました。オムツにはプラスチックではなく土に還る素材が使われていて、赤ちゃんの排出物と共にコンポストし栄養豊富な土をつくり、さらにそこで育てた果物でジュースなどの商品をつくるというサーキュラーエコノミー型の商品です。もともと環境意識が高いドイツですが、企業が表層的に環境配慮を謳うのではなく、それがビジネスになり、持続可能な社会につながると本気で信じて取り組んでいる。なぜそこまで信じられるのかを彼女に伺ったところ、東西分裂の時代を経験したドイツでは、市民間で積極的に議論を行う文化が醸成されていて、議論の結果、市民の総意として“コストがかかってもエコな方を選択する”という選択がなされたからだということでした。そうして選択された以上、それを信じて進めていくという文化的素地があるわけです。
またスペインのバルセロナでは、テクノロジストによる都市計画が印象的でした。旧市街の新しい活用計画の開発などを行っている300.000Km/sという集団と出会ったのですが、エンジニア系のスキルを持つ人、ファシリテーターとして市民参加をサポートする人、都市計画のエキスパートなどの混成チームで動いていて、既存のさまざまなセンサーから得たビッグデータの分析と並行して、「どういう街にしたいか」を市民と議論しています。定性的な手法と定量的な手法を組み合わせるアプローチを実践していました。
そうしたアプローチの源流をたどると、イルデフォンソ・セルダという19世紀にバルセロナの整備拡張計画を進めた都市計画家が、近代的な測量技術と個別の生活者への聞き取り調査から街づくりを行っていたということからはじまっていて、ここでも都市のDNAが生きていると感じました。
さまざまな都市を訪ねて痛感したのは、技術も文化の一部であるということ。実際、欧米の学術体系でScienceと言えば神が創ったもの、Artと言えば人が創ったものを指しますが、その考え方で行くと技術も文化も同じArtに入るのです。私がロボット研究で大切にしているのも、技術ありきの発想ではなく、工芸品のような感覚でロボットをとらえることです。生活の中で生まれ、生活の中で改良を重ねられて工芸品ができあがるように、ロボット技術と向き合わなくてはならないと感じています。
山田
今回の新型コロナウイルスによる体験は、これからの都市のあり方にどんな変化をもたらすでしょうか。
大場
都市に限らず、社会、人のつながり自体が変わっていくでしょうね。これまであった「物理的なつながり」が減っていき「情報的なつながり」が増していくだろうと考えます。ただもしかすると、人は本質的に、情報的なつながりだけでは満足できないのではないか、とも思うのです。心と心をどうつないでいくかが、今後の都市には重要なテーマになってくるのではないでしょうか。たとえば建築や工学技術を使って物理的なつながりを設計していくのがスマートシティのVer.1だとすると、センサーなどIT・IoT技術を使って情報的なつながりをつくるのがスマートシティVer.2、そして心と心のつながりをつくるのがスマートシティVer.3となります。ただ、Ver.3の心のつながりを実現するには、まだまだ技術が解決するための入り口を見つけ出そうとしている段階です。
山田
面白いですね。我々が都市のブランディングや都市開発をお手伝いする際、自宅でもなく職場でもなく、地域やコミュニティの人と交流できる第三の場所が人には必要だという「サードプレイス」という概念を用いますが、スマートシティVer.3の時代のサードプレイスとはどんなかたちになるでしょうか。
大場
スマートシティVer.3では、物理的に自宅・職場・サードプレイスと分けるのではなく、情報空間におけるファーストプレイス・セカンドプレイス・サードプレイスという風に概念の切りとり方が変わってくるのかもしれません。物理と情報のそれぞれの階層において、心と心のつながりをどう設計していくかが今後の街に求められるのでしょう。
たとえば、これは物理的な空間づくりの例ですが、コペンハーゲンの都市デザイン事務所「ゲールアーキテクツ」は、スウェーデンのマルメという街の住宅地をわざとくねくねした形にデザインし、意図的に人のぶつかりをつくることで街にコミュニケーションを生み出しています。また、コペンハーゲンなどで見られるのですが、自動車道・自転車道・歩道にそれぞれわずかな段差を設けることで、誰がどこを通るべきか直感的にわかるように設計し、安全をつくり出しています。そうしたごくシンプルな方法に、もしかしたら心と心のつながりをつくるためのヒントがあるのかもしれませんね。
大場
心と心のつながりが大事だと一言で言っても、なかなか実践は難しいことだと日々感じています。特に技術を背負ってしまうと、心の前に技術が来てしまいがちです。とある番組で東日本大震災後の医師の取り組みが紹介されていたのですが、ある高齢女性が、体に自信が持てなくなり、外出を控え始めたのと同時にどんどん運動機能が落ちていったそうです。女性がかつては毎日のように遠くまで出かけていたことを知ったその医師が「もう一度一緒に歩いてみましょうよ」と促したところ、女性は歩くことができた。するとそれが自信になり、2カ月後には健康状態が劇的に改善されたという話でした。WHOの定義では、「健康」とは、1.身体の健康、2.精神の健康、3.社会参加できる健康が揃っていることとあります。生体機能は医療技術で、運動機能はロボット技術でケアできますが、それ以上に社会参加を促すことが実は大事なのではないかと感じました。そしてそのためにはやはり、その医師がまず女性の話をよく聴いていたように、技術の前にいかに心を理解し、つないでいくかが重要になってくる。こうした考え方が、今後の街づくりにもそれが必要な気がしています。
山田
ある特定分野を得意とする専門家や企業・組織だけがいてもダメで、多様な領域の掛け算が必要になってくる。挙げていただいた介護の例でいうと、医学的に生体機能を把握する人、ロボット工学的に運動機能について把握する人、そして社会参加をサポートする人も必要になってきますし、何よりお年寄りご本人の主体的な参加も必要です。個別の専門家が、まさにオープンイノベーションによって連携していく必要がありそうですね。
本日は興味深い話をたくさんいただき、どうもありがとうございました。お話を伺っていて感じたのですが、「心と心のつながりをつくる都市」ということを考えていくと、市民が「街の価値の消費者」ではなく「街の価値の生産者」になっていくというとらえ方もできるでしょうか。「心と心のつながり」って、行政や企業がつくって市民がただ一方的に享受するものではなく、生活者が自分からも創り出すものですよね。私自身も含めて、これまで一般的には、都市と自分との関係を買い物のようにとらえていて、税金を払って公的なサービスを消費するという意識の方も少なくなかったと思います。一方、バルセロナやアムステルダム、あるいは柏の葉でさまざまなチャレンジに取り組む住民の方々を見ていると、たとえば大気汚染の状態や騒音について調べ、データ化して政策に反映させようとするなど、自分たちもテクノロジーをきちんと理解し、主体的に使いこなし、街をよくするために活用している姿が印象的でした。バルセロナやアムステルダムで出会った方々はこうした主体的な生活者のあり方を「スマート・シチズン」と呼んでいたのですが、博報堂でもこの「スマート・シチズン」という考え方をヒントに、今年5月、「Smart Citizen Vision」という活動体を立ち上げました。生活者が主役のスマートシティを実現する活動ということで、東京大学先端研共創まちづくり研究室との共同研究プロジェクトなど、いろいろとこれから挑戦していきたいと考えています。
市民が自らスマートシティVer.1やスマートシティVer.2の技術をうまく活用して、自分たち同士でちゃんとつながれる場所をつくるような動きがスマートシティVer.3では出てくるのかもしれない。そうした主体的な動きが生まれてくることで、「心と心のつながりをつくる都市」が実現できるのかもしれない。その動きに、私たち博報堂なりに、なにがしかの貢献ができればと考えています。
1991年東北⼤学⼤学院博⼠課程修了。博⼠(⼯学)、2009年より独⽴⾏政法⼈産業技術総合研究所知能システム研究部⾨副部⾨⻑、2015年より研究開発法⼈産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター副センター⻑、2018年より産総研デザインスクール準備室⻑兼務、2019年に産総研デザインスクール事業室⻑、現在に⾄る。ユビキタス・ロボット(現在のIoT)、ロボット安全を通じて、コンサルテーション、ファシリテーション、デザイン思考などの⼈材育成研究に従事、⽇本ロボット学会正会員など。
東京大学法学部卒業後、2006年博報堂入社。制作職として多様な業種のコミュニケーション開発、クリエイティブ開発に従事した後、2011年より博報堂ブランド・イノベーションデザインの前身組織に参画。金融、菓子、電子機器、IT、教育機関、地方自治体等のブランド開発や事業開発に携わる。アジア太平洋広告祭ヤングロータスグランプリ、グッドデザイン賞など受賞。共著に『ビジネス寓話50選 物語で読み解く、企業と仕事のこれから』(アスキー・メディアワークス)など。