博報堂 ビジネス開発局 ヘルスケアビジネスデザインプロジェクト
シニアビジネスプロデューサー 一木浩
この半年、毎日のTVニュースは「新型コロナウイルス・・・」から始まり、多くの医療関係者がコメンテーターとして登場する日々が続いています。世界的にもここまで「医療」がクローズアップされたことはありませんでしたし、みなさんも自分自身の体にここまで向き合うことはなかったのではないでしょうか。
今回は「医療」だけではなく、「ヘルスケア」、「セルフメディケーション」という、似て非なる言葉の周辺で起きている、コロナをきっかけとした変化とその影響について考えてみたいと思います。
これらの言葉の捉え方は人によってばらつきがありますが、簡単に解説すると、
「ヘルスケア」は、病気にならないように予防をすること
「セルフメディケーション」は、病気になってから自分を自分で治療すること
「医療」は、病気になってから医師による治療を受けること
という定義になると思います。今、コロナによってそれぞれの領域で急激な変化が起きています。
先日、手足口病が例年の100分の1しか発生しておらず、世界的にも季節性インフルエンザの感染者数が過去最低に抑えられているとの報道がなされました。その大きな要因として、コロナ禍で定着した手洗いやソーシャルディスタンス、マスクの装着が関係しているのではないか、と分析されています。三密を避けて手洗いをしましょうという情報は実際に世の中に十分刷り込まれましたし、私自身もこんなに手洗いをした記憶はありません。
これまでこのような予防対策はどこまで本当に効果があるのか?という疑問を持っていた人も多いと思いますが、このリアルなエビデンスは自分の体を守る予防行動に大きな影響を与えるはずです。アフター・コロナは、「ヘルスケア(予防)」が意味あるものとして認識されていき、自分自身の行動として定着していくことでしょう。
日本は国民皆保険という世界的に類を見ない医療制度があるため、生活者は比較的少ない自己負担で医師に診てもらうことができます。そのため、「ちょっと調子が悪かったらまずは受診してみよう」という行動は一般的でした。
しかし、コロナ禍では感染を避けるために受診を控える動きがあり、ちょっとした不調であれば、自分自身で調べて受診の必要性を確認し、OTCで治療をするという「セルフメディケーション」を行う動きも出始めています。もちろん病気を見逃す懸念もありますが、この変化は体の管理を医師に委ねるだけではなく、自らの体に向き合い、自分でいったん考えてみるという習慣が生活者に広がるきっかけになるかもしれないと思っています。
コロナ禍で、公的保険で行われるオンライン診療や、公的保険外のオンライン相談が急激に広がり始めていますが、ある医師から、オンラインのコミュニケーションによって医師と患者さんとの関係にこれまでにない変化が起きていると聞きました。これまでは、患者さんは医師に治療方針を任せることが多かったが、オンラインの画面越しだと、患者さんが積極的に意見を言い、自分自身の治療に介入し始めた気がする、というのです。
この理由としては、患者さんが自宅という自分の土俵で医師と対峙出来ていることが大きいのではないかと私は推測しています。白衣を着た医師との独特な雰囲気の診察室から離れて、落ち着いて医師と向き合えていることが「医療」の現場に変化をもたらしていると思っています。生活者にこの経験が積み重なっていくと、医師の意見の下で体を管理するだけではなく、自分の意思を持って自己管理していく意識がより強くなっていく可能性があります。
コロナによる「ヘルスケア」、「セルフメディケーション」、「医療」の変化の重要なポイントは、「自分自身で考えて行動する」という自己管理の意識の定着です。さらにこの意識は、「ヘルスケア」、「セルフメディケーション」、「医療」の分類を明確にし、最適な対処を自分自身の意思で実践することにつながると考えられます。
・病気にならないようにするにはしっかり「ヘルスケア(予防)」を行う
・病院に行かなくてもいい場合は「セルフメディケーション」で対処する
・きちんと治療しなければならない状態では「医療」行為を受ける
このように、生活者の対処行動の意識が向上すれば、新たな手法が受け入れられる可能性も広がり、市場自体が拡大していきます。
また、生活者の行動の視点が明確化されることは、企業にとってはソリューション開発のフォーカスを絞れることにつながりますので、この領域に参入しやすくなりビジネスの活性化はより進むと思われます。
昨今、ヘルステックと呼ばれる領域の進化は著しく、多くの技術が生まれ、新しいビジネスへの挑戦が広がってきています。新たな技術によって、健康の自己管理をサポートする様々なサービスが登場することも期待されますが、一方で、技術先行でプロダクトアウトの様相が強くなり、生活者の行動を無理に技術に当てはめようとして、うまく浸透しないサービスも残念ながら存在します。生活者にとって健康は究極的に自分ゴトの領域です。生活者不在ではなく生活者の意識に寄り添った思考と設計こそが持続的な良いサービスを作るための起点であり、ビジネスの成否を握ります。
また、医師や看護師、薬剤師などこの領域のステークホルダーは外からは見えにくいですが、プロフェッショナルとして使命感を持って仕事をしている人が多くいます。そういったステークホルダーの気持ちも汲みながら全体を設計していくことも、ビジネスを構築する際の大切なポイントだと考えます。
アフター・コロナは、究極的に自分ゴトである生活者の健康意識が大きく変わり、多くの企業の動きが活性化していくと予想します。そして、この活性化の恩恵を受けるのは生活者です。生活者のウェルビーイング(身体だけではなく、精神面、社会面も含めた健康)に対する考え方の進化は、さらに生活者自身が新しい考え方や生き方を形作ることにつながっていくと期待しています。
大手製薬会社2社を経て、2003年に医療系ベンチャーに入社。コンテンツグループリーダーの傍ら2006年に執行役員として経営にも参画。マザーズ、東証一部の上場に寄与した。
2008年に博報堂入社。生活者発想を基点とした医療・ヘルスケア領域の業務に従事し、2011年より医療系専門広告会社である「博報堂メディカル」の立ち上げに参画。営業、制作の新規事業開発室のリーダーを経て執行役員として経営にも関与した。
2018年に博報堂ビジネス開発局に異動。予防から診断・治療、介護領域と、トータルでヘルスケア事業のマーケティングサポートを推進している。薬剤師。
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