博報堂ブランド・イノベーションデザインの竹内と申します。アルスエレクトロニカ・フェスティバル2020開催間近。チームメンバーとともに、数回の連載を通じて、今年のフェスティバルのポイント等をお伝えしていきたいと思います。
はじめに、私たちが考えるアートシンキングの意義についてお話しします。ここでいうアートは、メディアアートやバイオアートなど、テクノロジーとの境界領域のアートを指します。それは、私たちに、未来社会に関する重要な問いを投げかけます。
未来の先行指標としてのアートに触発され、あるかもしれない未来をリアルに想像する。ありたい未来・あるべき未来の姿を組織で共有し、イノベーションの原動力とする。それが、アートシンキングのねらいです。
テクノロジーは、(それを生み出し、利用するはずの人間の想像を凌駕する勢いで)急速に進歩しています。VUCA※の時代と言われるように、世界はますます不確実性を増しています。COVID-19のパンデミックは、不確実性を加速し、New Normal=新しい価値観や行動に関する合意形成の必要性を、私たちに突きつけています。
※Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、現在の社会・経済状況が予測不可能であることを表します。
誰にとっても不安で不透明な現在。だからこそ、どんな未来にしたいかという「主体的未来観」を持つことが、個と組織を強くし、イノベーションの苗床を育み、未来の世界を歩むための指針になると、私たちは考えています。そして、「主体的未来観」を共創・共有するための、先端的かつ本質的な方法として、アートシンキングを推進しています。
毎年9月にオーストリア・リンツ市で開催されるアルスエレクトロニカ・フェスティバルは、アートシンキング・プログラムにとって非常に重要かつ有意義な場として位置づけられます。
COVID-19の世界的流行により、今年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルは、大半のコンテンツがオンライン化され、世界中の関連プログラムがネットワークでつながります。
現地での「フィジカルな」フェスティバルが大幅に縮小されることに、一抹のさみしさも感じますが、一方で、これはまたとない機会でもあると思います。
プログラムのオンライン化により、多くの日本企業の皆さまに、(お住まいや企業所在地、人数を問わず)ご参加いただくことが可能になります。開催期間中、弊社でも、クライアント企業向けに、日本版オリジナルプログラムをご提供してまいります。
そして、オンライン化が機会であると感じる最大の理由は、他ならぬアルスエレクトロニカ自身が、この状況を重要な転換点と捉え、フェスティバルを進化させようとさまざまな工夫をしていることです。
今年のフェスティバルのテーマは「In Kepler’s Gardens(ケプラーの庭で)」。天動説が常識だった時代、科学的態度を大切に、天体運動の法則を究めたヨハネス・ケプラー(リンツ市にゆかりのある人物)の名を冠したフェスティバルです。Gardensには、世界中の知をネットワークし、人々が自由に考え、対話し、多様な文化が混ざり合う土壌を育む、といった意味が込められています。
「ケプラーの庭で」。一見ポエティックなこのテーマに、アルスエレクトロニカが込めた思いは深いはずです。このフェスティバルが、集合知のNew Normalとでもいうべき場になるのではないかと感じます。
ここからは、このテーマについて、自分なりの解釈も加えながら掘り下げてみたいと思います。
ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラー(1571-1630)は、1612年、オーストリア・リンツに州数学官として赴任し、数年間を過ごします。天文学の研究を続けたケプラーは、1618年にケプラーの第三法則(調和の法則)を発見します。
天動説がまだ根強く信じられていた時代。天体の運行法則に関する第一・第二・第三の「ケプラーの法則」によって、地動説が確かなものであることが証明されました。ケプラーは、天動説という常識を疑い、地動説という新たな常識を確立することに、多大な貢献をしたのです。
今年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルは、大半のコンテンツがオンライン化されるものの、一部のプログラムはリンツ市のヨハネス・ケプラー大学で開催されます。
メイン会場がヨハネス・ケプラー大学だから、フェスティバルテーマが「ケプラーの庭で」。たしかにそうなのですが、それ以上に、ケプラーの常識を疑う姿勢、科学的な態度を今こそ大切にしたい。そんな強いメッセージを感じます。
余談ですが、ヨハネス・ケプラーは若い頃、当時ヨーロッパで流行した天然痘を患い、目に後遺症が残ったそうです。天文学者としては、相当な痛手だったはずです。にもかかわらず、偉大な研究成果を挙げたケプラー。このあたり、どこか現在の状況に通じるものがあり、そのなかで私たちがなさねばならないことを考えさせられるように思います。
ケプラーの時代から約400年。世界はますます不確実性を増し、COVID-19のパンデミックは、私たちの日常を大きく変えてしまいました。今日ほど、旧来の常識を疑い、新たな常識を共有することが求められる時代はないかもしれません。
新たな価値観や行動に向けて大きく舵を切るために、一度立ち止まり、自由に歩き回り、出会う人と対話し、思索を深める、「庭」のような場所が必要です。
ケプラーにとってそれは、ひょっとすると、緑豊かなリンツの丘を逍遥することだったり、雄大なドナウ川のほとりを歩くことだったかもしれません。現代の私たちにとっての「庭」のような場は、オンライン上に立ちあがります。
2020年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルでは、リンツを起点に、世界中の知がつながり、たくさんの「庭」が形成されます。日本にいながらにしてそれらの「庭」たちを巡る体験は、世界の多様性を実感し、私たちを取り巻く環境や自然との関係を見つめ直す貴重な機会になるはずです。
これまでお話ししてきたような考えから、私たちは、「In Kepler’s Gardens」に、「(常識)を疑い、新たな常識をつくる。ケプラーの庭で、世界中の知をつなぐ。」という日本語の副題をつけて、今年のフェスティバルテーマを解釈しています。
不確実性を変革の原動力にするために。新たな世界の地図を描くために。散策に、出かけませんか。
次回からは、博報堂アートシンキング・プロジェクトの仲間たちが、より詳細なフェスティバルのご説明や、注目ポイントのご紹介を試みます。
2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側リーダーを務める。著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等
※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnote(リンク)で掲載されたArt Thinkingの記事Vol.1、Vol.2をもとに編集したものです。