博報堂こそだて家族研究所 上席研究員 亀田知代子
今年3月に突然始まった一斉休校、それに続く緊急事態宣言の発令後、子どもがいる家庭の多くではかつてないドタバタが繰り広げられたのではないでしょうか。我が家も夫婦で在宅勤務をしながら、子どもたちの相手をして、勉強を見つつ、三食作っては食べ、散らかった部屋を片付けるという怒涛の日々を過ごしました。
そんな中、子どもと自分のストレス発散と運動不足解消のため向かった近所の公園で見た衝撃の光景! まだ明るい平日の夕方、満開の桜の下で小学生たちと混じって鬼ごっこやドッジボールで遊ぶパパたち、幼児たちが遊具で遊ぶかたわらで談笑するパパやママたち。まるで北欧などの子育て先進国のような景色がそこに広がっていました。それは私が「コロナをきっかけに、日本の子育て家族も変われるのかも?」と感じた瞬間でした。
「新型コロナはすでにあった変化を加速させた」と言われることがありますが、実は子育て家族においてもコロナ以前から変化が始まっていました。
かつて日本の多数を占めていた「会社員の夫、専業主婦の妻、子ども2人」という家族形態を“標準世帯”と言いますが、これは現在の日本の“標準”ではありません。国民生活基礎調査によると「夫婦と未婚の子のみの世帯」は昭和61年には41.4%でしたが、令和元年に28.4%まで低下し、一方で「単独世帯」が28.8%、「夫婦のみの世帯」が24.4%と標準世帯の比率に迫っています。「夫は仕事、妻は家事」の役割分担も過去のもの。専業主婦世帯と共働き世帯の数は平成を境に逆転し、現在は共働きが専業主婦の2倍以上です。
ミレニアル世代が結婚して子どもを持つ年齢になったことも変化の要因です。若い子育て家族では、夫婦共働きは当たり前、夫婦間の家事育児の分担や両親との近居や同居なども含めた“新しい家族の形”が模索されていました。
そんな折に起きた一斉休校・休園、外出自粛は、日本の子育て家族の生活を一変させました。
まず、家族全員の在宅時間が増えたことで必然的に家事・育児時間も増え、家族内の家事・育児分担のバランスに変化が生じました。そもそも労働時間が長い日本では男性の家事・育児時間が短く、女性の半分以下。共働き家族が増えたにもかかわらず、家事・育児は依然として女性に偏る、いわゆる“ワンオペ育児”が社会課題です。しかし外出自粛期間中に、パパが料理をするようになった、パパが子どもの世話や遊び相手をする機会が増えた、これを機にパパが育休を取得したなど、パパも家事・育児を受け持つようになった家庭が増えました。テレワーク導入で仕事と家庭を両立しやすくなるのは、ママよりもパパだったのです。
もうひとつの変化は、在宅勤務により“公=仕事”と“私=家庭”の境界があいまいになったことです。これまで会社勤めの人の多くは仕事と家庭の場がきっちり分かれており、それらが接近する機会はあまりありませんでしたが、在宅勤務下では男女ともに“公私混合”しなくては生活も仕事も成り立ちません。オンライン会議中の画面に子どもや家族が映り込むなど、その人の“私”の部分を垣間見る機会が増えた実感を持つ人も少なくないでしょう。子育て家族はもちろん、多くの生活者にとって、“公と私”とその境について、改めて意識を向けるきっかけになったのではないでしょうか。
一斉休校が始まった3月から約半年が経過。例年より短い夏休みが終わり学校も再開され、子育て家族の生活も徐々に通常に戻りつつありますが、今後、子育て家族はどのようになっていくのでしょうか。
まずは何より、家族の大切さが再確認され、“家族の密”が進んでいくでしょう。内閣府がコロナ渦の今年5-6月に行った調査(*1)では「家族の重要性をより意識するようになった」は約5割。子育て世帯では「家族と過ごす時間が増えた」計は約7割で、そのうちの約8割が「今後も保ちたい」と回答しています。子どもと一緒にパンやお菓子作りに挑戦したり、みんなでボードゲームやカードゲームで遊んだり、家族で運動不足解消のための散歩やランニングを始めたりと、外出や旅行ができない中でもみんなで工夫して過ごした経験は「家族って楽しい!」と感じる機会になりました。
もちろん楽しいことばかりではありませんでした。未知の感染症への不安を抱えて突然の休校・休園に対応する中で、仕事と家事と育児の両立という“無理ゲー”に必死で向かい合い、夫婦や家族内で家事・育児分担の試行錯誤を重ねたことが、“ワンチーム”として家族を一致団結させました。そして、パパたちの家事・育児への関与を高める転換点にもなったのではないでしょうか。
一方で、今後は家族内での“個の尊重”も進むでしょう。自粛期間中、リビングにミニテントを立てたり、簡易ワークスペースを作ったり、子ども部屋や書斎の復活が話題になりましたが、家族が“密”になりすぎれば、家族内の距離、“ファミリーディスタンス”も必要になります。
また、普段のパパママとしての姿だけでなく、仕事をする姿や日中に家事をする姿、学校の勉強をする姿などをお互いに目の当たりにしたことで、家族の多様な側面を認識しあい、感謝・尊重しようとする気持ちが高まりました。と同時に、これまで自分より家族を優先しがちだったママからは「もっと自分のことも大切にしようと思った」という声も上がりました。家族と密な時間を過ごすことで、自分の生き方を改めて考えるきっかけとなり、今後、その一歩を踏み出し、家族もそれを応援する、そんな動きが増えていくのかもしれません。
さらに10-20年先の長い時間軸で見た時、家族との密な時間を幼少期に経験した子どもたちが大人になる頃には、家族が各々を尊重しあい、男女差なく共に家事・育児を行いながら、社会とも関わって暮らすことが当たり前になるのかもしれません。そして半年前に公園で見た子育て先進国のようなあの景色が日本中に広がると良いなと夢想しています。
*1 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」インターネット調査、2020年5月25日~6月5日実施、全国15歳以上の登録モニター10,128人が回答
https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf
2001年博報堂に入社後、マーケティング部門にて、外食、アルコール飲料、トイレタリーなどのマーケティング戦略立案や商品開発を担当。2006年より、研究開発局にて、企業の環境・社会コミュニケーション研究、生活者・社会トレンド研究などに従事。第一子の育児休業から復職した2012年より博報堂こそだて家族研究所にも参画。現在、小3と年長の二児の母。