こんにちは!
博報堂ブランド・イノベーションデザインの津田啓仁と申します。この記事では、アルスエレクトロニカフェスティバルの出展作品の中でも、一際、強烈な印象を放つある作品について紹介し、テクノロジーとアートと企業活動の交点について、考えてみたいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=ABiDMEr8OTY
EDEN – Ethique – Durable – Ecologie – Nature / Olga Kisseleva / Video produced by Olga Kisseleva
植物と会話すること
植物どうしが会話すること
遠く離れた植物どうしがSNSのようなもので繋がること
Olga Kisseleva “EDEN”は、そうした奇妙で空想的な着想を、テクノロジーによって実現した作品です。この作品は、今年のSTARTS Prizeのイノベーティブ・コラボレーション部門で大賞を受賞しました。
<簡単な概要>
彼女のチームは、様々な研究機関と協働しながら、樹木に多数のセンサーを取り付け、多様な環境刺激や外部情報を読み込み、植物の挙動や応答との関係を記録してデータベース化します。このデータベースから、植物と対話するプログラムを作った彼女のチームは、それを、植物と人間のコミュニケーションだけでなく、植物同士が互いにコミュニケーションするような仕組みに設計しました。日本の杉を含む、世界中の植物が、このプログラムを介して、同時に接続され、彼らにしかわからない"言葉のようなもの"で、彼らにしかわからない"意志のようなもの"を交わすのです。
出典:https://ars.electronica.art/keplersgardens/en/eden-ethics/
ここ数年、アルスエレクトロニカフェスティバルには、"植物"にスポットライトを当てた作品が数多く出展されています。
昨年度の代表的な作品は、以下の2作品を挙げておきます。
出典:https://ars.electronica.art/outofthebox/en/one-tree-id/ / Agnes-Brandis, Credit: tom mesic
こうした作品が問うのは、いかにして人間以外の他なる存在とのコミュニケーションが可能か、彼らはどのように感じ、反応する存在なのか、という問いであり、"EDEN"もこの流れに位置付けられると思います。
いわゆる人新世や、多自然主義といった、思想的な潮流とも呼応して、
人間以外の存在を「真剣に考える」ことが、近年のアートプロジェクトのテーマの一つになっていると言えるでしょう。
この潮流は、現実の政治的な問題とも深く結びついています。例えば近年、エクアドルやボリビアなど南米諸国で、"パチャママ"と呼ばれる山や大地などの自然が、憲法上の権利者として実際に明記されるようになりました。
EDEN、すなわち理想郷とは、もはや人間にとってのものではなく、植物にとってのものでもある。このメッセージは、浮世離れした発想ではなく、現代の同時代的な肌感覚に裏打ちされたものでしょう。
こうした世界的な現実感覚や思想・表現活動の潮流を、一度に目の当たりにできるのは、アルスエレクトロニカ フェスティバルのとても大きな魅力です。
さて、この作品をもう少し別の角度から見てみたいと思います。
この作品が、テクノロジーとアートの両面において達成しているのは、複数の存在が関わりあうための、ある「イメージ」を作ること、と言えないでしょうか。
簡単に分類するならば、
・人間と植物をつなぐイメージ
・植物と植物をつなぐイメージ
・人間と人間(作者と観客)をつなぐイメージ
の3つのイメージです。
(記事冒頭の動画2:06から)この画像に見えるような、人間が通常感知しえない・わかりえない、植物の身体の物質的なやりとりを人間の目に見える視覚情報にする、という、テクノロジーによる可視化。
(記事冒頭の動画4:10から)そのテクノロジーを応用して、植物と植物が互いに"言葉のようなもの"を伝え、"意志のようなもの"を交わすように設計された、植物にとっての可視化。
最後に、アート作品として、端的にビジュアルとして観客に提示していく、という可視化。
これらは全て、「イメージを作る」行為と言え、さらに言い換えるならば、お互いの共通言語とも言えるでしょう。イメージがあることで、人間と植物が、植物どうしが、人間どうしが共通に作用しあうことができる地平が開かれるわけです。
それは、社会との対話を重要なフィロソフィーとして掲げるアルスエレクトロニカの精神でもあり、とりわけ、オンラインでの参加が可能となった今年のフェスティバルの、大きなチャレンジでもあります。
デジタルで反復・伝播しやすいイメージによって、共通に語ることができる地平がどのような形で開かれるか。そんな視点で今年のフェスティバルを眺めるのも、とても面白いかもしれません。
さて、いま、複数の存在が関わりあうための、ある「イメージ」を作ることと言いました。これは、企業活動においても本質的な活動と言えるでしょう。
自社と生活者の間に、どのようなイメージを提示するか、そこからどんな対話が、コミュニケーションが生まれるか、ということを設計していく。これはどんな企業も日常的に実践していることです。
その時、重要なのは、テクノロジーによって、もっと違ったやり方で、イメージを作ることができる、ということであり、アートという形でしかできない、インスピレーションと共感を呼ぶようなイメージがある、ということです。
テクノロジーとアートによって、様々な存在に、様々な仕方で伝わるイメージをきっと作ることができる。だからこそ、アルスエレクトロニカが、社会に・企業活動に関わっていく意義があるのだと思います。“EDEN”はそんなことを考えさせる受賞作でした。
2019年博報堂に入社。東京大学・大学院で、文化人類学を専攻。研究テーマは、ヴァーチャル空間と自閉症。入社後、アートシンキングやデザインシンキングを活用したプロジェクトにストラテジックプラナーとして従事。他、若者研究所に所属し、エスノグラフィーなど人類学的な手法と精神を取り入れたリサーチで、プロジェクトを開発中。
※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnote(リンク)で掲載されたArt Thinkingの記事Vol.7をもとに編集したものです。