博報堂⾏動デザイン研究所、「アフターコロナにおける⾏動デザイン予報」を発表
【調査概要】
●実施時期:2020年5⽉22⽇~5⽉24⽇
●調査⽅法:インターネットリサーチ(全国)
●対象者:15歳~69歳のスマートフォン保有の男⼥
●サンプル数:1,000⼈
──この5月に実施した調査は、情報を引き寄せ貯めておく「Pool」とそのもととなる「欲求」にフォーカスしたものでした。この調査の狙いについてお聞かせください。
中川
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、3月くらいから自粛生活に入る人が増えました。行動が制限されているぶん、情報に接する時間は長くなったはずで、自分に必要な情報をあらためて取捨選択して貯めておこうとする人が増えたのではないかというのが私たちの仮説でした。そこで、生活者の情報行動を調査し、どのような情報がPoolされているのか、Poolのもとになっている欲求とはどのようなものかを明らかにしようと考えたわけです。調査は行動デザイン研究所の「Data分科会」が中心になって実施しました。
──Data分科会とは。
新倉
データをもとに、Poolの実態や欲求について分析をすることをミッションとする分科会です。ひと口にデータと言っても、定量データ、アクチュアルデータ、ソーシャルデータなど、さまざまな種類があります。博報堂DYグループも、「生活者DMP」という巨大なデータベースを保有しています。それらを組み合わせて、生活者の行動意識や情報行動の実態を明らかにすることが僕たちの役割です。
松井
多様なデータを組み合わせるだけでなく、これまでの経験や知見をもとにしたデータ分析ができるのも私たちの強みであると考えています。
中川
データの活用や分析にはモデルが必要です。PIXループという独自のモデルがあること、さらに生活者の欲求に着目している点。それらもこの取り組みの独自性と言えますね。
──あらためて、調査の具体的な内容についてご説明ください。
江
昨年(2019年)の9月にPIXループに関する生活者調査を行いました。その調査では、Pool、Ignite、eXpandのそれぞれに関する質問をしたのですが、今回はPoolとそのもとになっている欲求の2つに調査項目をフォーカスしました。
実施したのは5⽉22⽇から24⽇でしたが、このタイミングが非常に重要でした。政府が埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言を出したのが4月7日で、対象地域を全国に広げたのが16日でした。宣言の期間は当初は5月6日までとされていましたが、それがいったん31日まで延長され、その後、自治体ごとに段階的に前倒しで解除されました。最終的に全国で解除されたのが25日です。
──つまり、調査を実施した時点では、緊急事態宣言下にあるエリアと解除されたエリアがあったわけですね。
江
そうです。状況の異なる人たちの意見を聞くことができるタイミングだったということです。エリアだけでなく、働き方や生活の仕方もさまざまだったと思います。結果的に、多様な立場の人たちの多様な状況を知ることができました。
松井
昨年9月の調査結果との比較もできるし、今回の調査単独で見た場合でも有意な結果が得られる。目指したのはそんな調査設計でしたね。
──結果について、注目すべきポイントを教えてください。
江
まずPool率は7割で、これは9月調査の結果とあまり変わっていません。10代から20代が8割以上なのも前回調査同様です。
中川
Pool率はもう少し伸びていると思いましたが、微増にとどまりました。これはちょっと意外でしたね。
松井
Poolは習慣行動なので、以前から日常的にPoolしていた人が、コロナショック下でもその行動を継続したということなのでしょうね。
江
一方、ジャンル別でみると、すべてのジャンルでPool率が増えています。これは発見でした。
松井
私たちはPoolのジャンルを19項目に分けているのですが、とくに「料理やグルメ」「おしゃれ」「健康・美容」「流⾏っていること・トレンド」「⾳楽・ミュージシャン」の5項目で、9月調査と比べて5ポイント以上増えています。
江
これまでも興味があったジャンルをより多くPoolするようになった人と、興味関心の範囲が広がった人。その両方がいると考えられます。
中川
Poolの習慣がある人は、自粛生活下で膨大な情報をうまくマネジメントしていたのではないでしょうか。一方、Poolしていない人は、情報の波に飲まれてしまった可能性もあります。その点は今後継続的に調査してみたいところですね。
松井
今回の調査では、コロナ禍前後のPoolの動態についても聞いています。どのジャンルに増減があり、かつ今後どう増減していくと思われるか、という調査です。結果を見ると、「健康・美容」「⼦供・⼦育て」「料理・グルメ」「マンガ・アニメ・イラスト」「かわいいもの」が、コロナ禍にともない増加し、かつ今後も増えるだろうと考えている人が多いことがわかります。実用系、娯楽系とくくることが可能だと思います。
一方、「カフェ」「観光・旅行」「地元」「スポーツ」など、外出をともなうジャンルは減少傾向にあって、コロナ禍が去ったあとも減ったまま変わらない、あるいは減り続けると考えている人もいることがわかりました。ウィズコロナ、アフターコロナの時代には、Poolのジャンルが二極化していく可能性もあると思います。
江
私は、Poolが減っているジャンルは、サービスや商品を提供する企業にとってはむしろチャンスがある領域だと思うんです。新しい提案ができる可能性があるからです。例えば、リアルな外出に代わるバーチャルイベントやバーチャル観光などの新しいサービスに魅力を感じる生活者は少なくないと思います。
──Poolのもととなる欲求については、どのような結果が出ましたか。
新倉
僕たちは、生活者の欲求を「安心系」「同調系」「優越系」「充実系」の4象限に分け、さらにそれぞれの象限を3つの欲求に分類しています。つまり、12の欲求があるということです。今回の調査では、安全欲、損失回避欲、簡便欲からなる「安心系」、愉楽欲、達成欲、発見欲からなる「充実系」が比較的高いという結果になっています。
僕がとくに注目しているのは、「安心系」を除くすべての欲求が年齢とともに少なくなっていることです。とくに、人とのつながりを求める「同調系」や、人と自分を比べる「優越系」の欲求は年齢が上がるほど如実に下がっていきます。年齢を重ねると人は欲求を失っていくのか、と一抹の寂しさを感じました。
江
年齢が上がると、生活が充足していくので、欲求も落ち着いていくのが自然である。そんな見方もありますよね。
中川
そういう考え方ももちろんありうるし、コロナの影響も当然あるでしょうね。先が見通せず、経済的にも逼迫していく中で、意識が他人よりも自分の生活に向いていくという傾向の表れとも言えると思います。安心系欲求が高くなっているのもそのためではないでしょうか。
松井
今回の調査では12の欲求の今後の変化についても聞いているのですが、「変わらない」という意見がどの欲求でも多数である中で、「危機を回避したい、安全・安心な暮らしがしたい」という安全欲と「物事をもっと楽しみたい」という愉楽欲は、今後強まっていくという意見が比較的多いですね。
一方、「周囲と同じ行動や気持ちでいたい」という一体欲、「周囲にアピールしたい、自慢したい」という顕示欲、「独り占めしたい」という独占欲は、今後弱まっていくという意見がやや目立ちます。自己意識が強まり、他者意識が弱まっていくことを生活者自身が自覚しているということだと思います。
中川
コロナ禍が去ったら前に戻りたい、あるいは、ストレスを発散したいと考えている人が多いと私は漠然と予測していましたが、どうやらそうでもないようですね。コロナ禍によって生じた変化が定着していく可能性があると言えそうです。
江
一方で、5月というタイミングでの調査だったのでこのような結果になっているという可能性も否定できないと思います。今後、継続的な調査を行って、生活者の価値観がコロナによってどのくらい変わったのかを正確に把握できるといいですよね。
──今回の調査を受けて、Data分科会として今後どのような活動をしていきたいと考えていますか。
江
コロナに関する調査は各社実施していますが、ここまで生活者の欲求に着目した調査はおそらくほかにないのではないでしょうか。私たちも欲求を軸にした調査をするのは今回が初めてでした。欲求は行動のベースになるものであり、移り変わりが激しいものであるとも言えます。その欲求とPoolの各ジャンルとの関係性をどう見ていくか。その整理と紐づけが今後の課題です。
もう一点、PIXループのモデルが海外でも通用するのかどうか、ぜひ検討してみたいですね。
松井
Data分科会の現在のメンバーはこの4人ですが、今後、グループ内外のさまざまなプレーヤーと連携していきたいと考えています。いろいろなアライアンスを進めながら、データ活用の仕組みの拡張に取り組みたいですね。
新倉
先ほども言ったように、データにはさまざまな種類があります。SNSのキーワード、ハッシュタグ、購買データ、アクセスログ──。あるいは、画像データから読み取れる傾向などもあります。そのような多様なデータを駆使しながら、顕在化していない情報行動をあぶり出す方法を引き続き模索していきたいと思っています。
最近、「ビッグデータ」という言葉をあまり耳にしなくなっています。ビッグデータの活用が当たり前になっているからでもあるし、分析の手法が出尽くしたと考えられているからでもあります。しかし僕は、ビッグデータの活用や分析にはまだまだ可能性があると考えています。広告会社ならではのクリエイティビティをもってビッグデータに取り組んでいけば、新しい発見がきっとあるはずです。
中川
PIXループは、多くのクライアントから評価をいただいていて、非常に納得感のあるモデルであると自負しています。私たちはこれからしばらくの間、新型コロナウイルスと対峙していかなければなりません。その中で、PIXループのモデルをベースにして生活者の欲求や情報行動を捉えていくことは、ニューノーマルのマーケティングやサービス開発に必ず役立つと思います。このモデルにさらに磨きをかけて、多くの企業のコミュニケーション活動に寄与していきたいですね。