博報堂DYグループから今秋デビューする新事業「HYTEK(ハイテク)」。エンターテインメント領域におけるテックベンチャー企業とコンテンツを共創し、独自のスキームで国内外へ打って出る構想を掲げています。
先日は、複数のテックベンチャーとのコンテンツ開発を進めている代表の道堂本丸、満永隆哉へインタビューし、その成り立ちや展望を聞きました。
今回からはHYTEKの2人が、様々なクリエイターやプレイヤーと「エンターテインメントの未来」をテーマに語り合う連載を始めます。この連載から、事業や時代を見通すための新たな視点が生まれてくるはずです。
第1回のゲストは、博報堂ケトルの小野寺正人です。プライベートで「NO密で濃密なひとときを」を掲げるフルリモート劇団の劇団ノーミーツで活動しています。演劇界も襲ったコロナショックを逆手に、ビデオ会議ツールを用いた第1回公演『門外不出モラトリアム』は累計5,000人以上が生配信を観劇。第2回公演『むこうのくに』も大反響を得ました。
この3人は、博報堂へ2015年に入社した同期。普段から交流のある気心の知れた仲であり、全員が「コンテンツホリック」を自称するほどのエンタメ好きです。
鼎談から見えてきたのは、劇団ノーミーツの運営からも体感する「令和らしいクリエイティブ」の実践例、そしてオフラインエンタメの次なる可能性でした。
満永
劇団ノーミーツに参加したのは、知り合いがいたから?
小野寺
実は、もともと誰も知らなくて。Twitterの相互フォローは何人かいたくらい。初回公演を打つ時に手が足らなくて、ボランティア募集が出てたんだよね。応募したら「2時間後に面談しましょう」となり、参加が決まったら1時間後には打ち合わせが始まってた(笑)。
道堂
令和なやり取りだなぁ(笑)。
小野寺
初回公演も大成功したけれど、誰にも会ったことはないままで。
満永
いや、すごいね。劇団ノーミーツのグルーヴ感は令和だなって思う。なんでこれほど話題化できたんだろう?
小野寺
初回公演が形になってから、この人にどうしても観てほしい!という方々にTwitterでDMを送ったんだよね。はじめましての挨拶から始めて、観劇用の招待URLを送って。
それをきっかけに観劇して、感想をSNSに投稿してくれたりしたことで、口コミがさらに広がっていって。中には、DOMMUNEという配信サイトでの対談にも出演してくださった方もいたり。次のプロジェクトを一緒にやろうと言ってくれる人がいたり。
満永
すごい高まってる!HYTEKも、SNSのDMをきっかけにパートナーを探したりする動きがあるのだけど、そういうアクションはこのコロナ禍だから始まっているのかなと感じてる。
小野寺
そうだよね。「はじめましてのコミュニケーション」の敷居がかなり低くなった気がしてる。僕も仕事柄、いろんな人に連絡を取るけれど、Twitterで「いいな」と思ったらDMして、翌日にはオンラインで話して……という感覚が普通になってきている感じが面白い。
それから、第2回公演の『むこうのくに』は全10公演で累計7000人が視聴してくれて、改めてやってよかったと。飛び込むのは勇気が要るけど、本当に正解だったと思った。
小野寺
劇団ノーミーツだからこそ得られる気づきもたくさんあって。
「かっこつけないことの大事さ」。あとは「がむしゃらさ」。SNSのようなオンラインコミュニケーションでどう振る舞うかを物凄く意識してる。
たとえば、劇団ノーミーツのオンライン打ち合わせは、いつも録画していて、その素材をSNSで発信してる。完成した作品をいきなりかっこよく出すのではなく、日々がむしゃらに作品に向き合っている劇団員の姿勢そのものが見えることが、劇団ノーミーツらしさだなと思ってる。
道堂
そうか、そのほうが「青春っぽい」よね。
小野寺
そうそう。でも、そうするのにはちゃんと理由があって、劇団ノーミーツはエンタメを量産する“エンタメファクトリー”として成長していくために、まずはその劇団ノーミーツという活動母体が愛される必要があると思っている。母体が愛されるためには、母体自体に愛着を感じて貰う必要があって。だから、メンバーと話をする中でも「かっこつけてないかな?もっとありのままを見せられないか?」と、よく話している。
満永
それは見ている側としても伝わってくるね。
劇団ノーミーツはコンテンツホルダーであり、制作からPRまで担えるメンバーが集まっているからこそ、その過程を丸ごとクリエイティブコントロールできるのが、すごく面白いんだろうなと感じる。「仲間を作りながら頑張ってます感」とかも、だだ漏れにするぐらいのほうが結果として仲間は増えていくんだって、見ていて学べたかな。
満永
過程って、演者と同じくらいに裏方も汗をかいていることが見える部分じゃない。表方も裏方も、みんなが劇団ノーミーツというブランドにハマっていく姿がすてきだと感じていて。
道堂
そうだね。個人的には役者さんもすごいけれど、裏側の技術面の人たちが本当にすごいと思う。毎回、生配信で公演する手作り感もよかったし、それを滞りなく見せられる技術面を尊敬した。誰もやったことがないことだったから、なおさら。
小野寺
劇団ノーミーツは個々人のスキルが異なり、映像が強い、配信に詳しい、サイトを作れるといった異能人たちの集まりだから、それぞれの劇団員のスキルが、新しい仕事につながっていくのが理想だと思っている。たとえば、ありがたいことにリアルな演劇のオンライン配信やサイト設計といった話はたくさん来ていて、そういったスキルを持つ劇団員が、新たな肩書きを持って活躍していけると良いなと考えている。
満永
裏方が、表に出る俳優と同じくらい売れていく……。HYTEKも、思想としては劇団ノーミーツと近しいと思った。やりたいのは「裏方やスキルを持った人のスター化」だから。テックベンチャーは、技術はあっても自己表現やPRが苦手だったり、リソースがなかったりする方々が多いから、そこをHYTEKが担っていきたい。
道堂
これは個人的な気づきとして、オンラインエンタメが増えた功績に、スタッフクレジットやエンドロールを見たくなったっていうのがあって。
たとえば、インスタライブだとスタッフは明かされないのが普通だったけれど、劇団ノーミーツも全員ちゃんと明かすし、技術側の人が目立つきっかけになるんじゃないかなと。音楽系の配信ライブをはじめとして、エンタメ業界全体で、出演者だけでなく裏側の人たちもフューチャーしたい気持ちが表れてきているようにも感じる。
小野寺
たしかに、作品や配信ができあがるまでを「みんなで楽しんでいる感」というか。製作発表からこけら落としまで何も見えないのではなくて、毎日の稽古も「頑張ってまーす」みたいに情報として出していく。
劇団ノーミーツだと、リモート演劇ということもあって、稽古もずっとパソコンの前でやるんだよね。だから、スタッフが何か情報発信すると、キャストがその場ですぐにSNSで拡散してくれたりしてありがたい(笑)。
道堂
HYTEKでも裏側を見せられる仕立てをしたいと思って、スタッフへフォーカスを当てるようなメイキング映像なども絶対に撮るようにしてる。最近は、イベントとかライブに行くと、PAブースとか舞台装置ばかりを見ている自分がいる……。
小野寺
それは職業病だ(笑)。
道堂
劇団ノーミーツがすごいところがもう一つあって、ちゃんと配信チケットとしてお金をとったことだと思ってる。その判断に至るまでに、やっぱり議論はあった?
小野寺
すごくあったし、やりながらもずっと議論していた。オンライン演劇を有料化して成功させる課題の前提として、劇団ノーミーツの合言葉に「意義深けぇ」というものがあって。ちょっと頭悪そうに聞こえるかもしれないけど。
満永
いや、頭は悪そうでも、言ってることは超良い(笑)。
小野寺
大きく2つの「意義」があると捉えていて、それは「自分たちにとっての意義」と「世の中にとっての意義」。たとえば、劇団ノーミーツがただのバズ動画集団ではなく、オンライン演劇を手がけ興行的にも成功させられる集団になれたら、チームももっと色々な挑戦が出来るようになるし、コロナ禍によって仕事を失った役者や、光の当たっていない世の中の技術屋たちももっと注目されるようになるはず。こんなふうに、「自分たちにとっての意義」と、「世の中にとっての意義」の両方があったからこそ、長編有料公演にチャレンジすることになった。
特に、僕みたいにプライベートで劇団ノーミーツに関わっている人間は、言ってしまえば、やらなくても生活に影響はしない。でも、なぜやりたいかというと「意義が深い」って思うから。自分が意義深いと思っている劇団ノーミーツで良い作品を作って世の中に提示すれば、観劇してくれた人も意義深いと認めてくれる。それこそ、プライベートで関わることの意義だと思っていて。
満永
もとから大事な考え方だけど、コロナでいっそう、みんなにとっても必要になった気がする。「俺が生きるうえで、意義深けぇことは何だ」と考え直すきっかけができたし。
小野寺
ただ、認識合わせが重要で。広告会社との違いにもつながるんだけど、僕は劇団ノーミーツでは企画書をあまり書かないようにしている。企画書は考えていることやたくらみを最大限相手に理解してもらうための重要なツールである一方で、企画書にものすごい時間をとられることもあるし、そもそも周りにいる人たちが考えを理解していれば、作る必要はないはずだとも思っていて。
道堂
たしかに。いいね。そのチームによる切り替えはすごく大事な気がする。
小野寺
劇団ノーミーツの強みである「スピード感」は、全員が1言ったら10理解してくれて、同じようにイメージを共有できるところから生まれていると思う。
コミュニケーションにはSlackを使って、打ち合わせしながらSlackで内容をまとめていくから、そこで企画が決まったら、翌日には撮影できる。プリプロが非常に短く、ポスプロに時間をかけられることが魅力なんだよね。
だからこそ、メンバーやパートナー企業の共感性がとても重要で、たとえば自分が今やっていること・できることを、もっと他のところでも役立てたい、とか思っている人は、意義深いことに対して「意義深ぇ」と思ってくれやすい気がしている。
満永
とても大事だし、「これからの働き方」という感じも受けるな。特に、プライベートな活動を含む人もいると判断軸がブレやすいだろうから、「意義深ぇ」の共通性が大事になる。劇団ノーミーツの成功は、精度の高いメンバーとパートナーが集まった賜物なんだね。
小野寺
HYTEKはエンタメであれば、オンラインもオフラインもやるんだよね?
満永
バリバリやりますね。
小野寺
劇団ノーミーツは、“オンライン演劇“というオンラインエンタメの一ジャンルだけど、ふたりから見てオフラインエンタメの展望は?
満永
リアルで体験できる人数の制限や、滞在時間の短さは課題だろうから、一つは高付加価値をつけるラグジュアリーな路線はある。そこにオンラインをかけ合わせたハイブリット化が起こる。リアルはラグジュアリーで、オンラインでは料金的にも裾野を広く、という仕組み。
道堂
それこそチケット種別も、もっと細かく分けられるかも。劇団ノーミーツの公演なら、「実際に舞台の中に参加できる券」と「ただの視聴券」という分かれ方ができるかもしれない。
要は、東京ドームでも満員で5万人しか入らないところを、オンラインだと何百万人が同時に見られる。その可能性を前提にすると、夢の広げ方が違うなと個人的には思っている。ただ、「オンラインにおける生モノの体験」の作り方は意識したい。
ひとつは劇団ノーミーツみたいに毎回内容がちょっとずつ変わっていって、初日と千秋楽でクオリティの差が見えるといったことかもしれない。オフラインで完結する必要はないと思うし、オンラインで完結する必要もない。いかにハイブリットを作っていくかは、考えていかないといけないなと。
小野寺
「オンラインの生モノの体験」は難しいし、ジレンマがある。特に演劇は、完成度が高すぎると収録と間違われるから、役者もセリフを少し噛んでいたほうが、生だ!と嬉しくもなる(笑)。
オンラインエンタメの生モノ感で、僕が可能性を感じているのは、「遠く離れた場所で、今この瞬間、それが行われている」を想像するだけで、どこかワクワクできること。
たとえば、もっと距離を離してみる。日本とブラジルで、カップルが遠距離恋愛を演じてみるとか。時折起こる配信の遅延さえ、見る人にとってはリアルに感じられるかもしれない。
道堂
「無観客だからこそできる表現」もあるよね。渋谷のスクランブル交差点で大胆に何かをできるかもしれないのは、人が集まれないからこそだし。
小野寺
制約があると、むしろ絞って作れる。その転換は、すごく楽しいよね。
満永
あと、海外事例をリサーチしていて感じるのは、まだ面白いオンラインエンタメがあまり出てきてないんだよね。制限の中で作り込むコンテンツが海外からあまり出てこなかったのは、日本にとってはチャンスなんじゃないかな。
満永
たとえば、オンラインエンタメには「投げ銭」があるけれど、リアル演劇には無い文化だよね。でも、観劇後にお花をあげたり、役者へプレゼントをあげたりする時間はあった。そういった文脈で、演者にも還元できる仕組みを配信プラットフォームと組んだらつくれるかもしれない。
物販にしても、演劇を見終わったあとの高揚感で、過去公演の映像をジャケ買いするようなシームレスな体験ってあったけど、それをテクノロジーで実現できるんじゃないか。
そのあたりは、HYTEKと付き合いのある配信業者や、ECサイト運営者さんとも組んで、オンラインシアターとしてのより良い体験が作れたらいいな。
小野寺
確かに、それはできたらすごくいいね。
満永
チケッティング、事前告知のSNS、配信プラットフォームと、それぞれで今は体験がちがうけど、もともとはそれが一体になっているのが劇場体験のすばらしさだと思う。そこに技術的な解決方法があると、もっとオンラインエンタメも良い体験になるはず。
小野寺
たしかに、HYTEKには僕たちのようなコンテンツプレイヤーが、どういうところと結びついてたら、新しい文化が生まれるんじゃないかっていうのを、ぜひ導いてほしいなあ。
エンタメの枠の中にいる人たちでは考えられないようなことを、広告業界で培ったノウハウを用いて、足りないところをつないでいってくれると最高です。
満永
たぶん、音楽アーティストでも「配信中には投げ銭してほしくない」と思っている人もいるはずで、そこには技術と文化の乖離があるんだよね。そこの最適化は、まだ世界中でどこもできていない。それをHYTEKがお手伝いするのは使命かなと思ってる。
道堂
今後、オンラインエンタメを拡張し続けてきてくれてたノーミーツと、さらに定着するような仕組み作りが、一緒にできたらいいよね。「劇団ノーミーツ×HYTEK」のコンテンツが海外へ出ていく。HYTEKは、それらを束ねるコンテンツレーベルのような集合体になれたらいいな、と考えていて。このゆるい連帯な感じは令和だよね。
小野寺
うん、令和っぽい。それを僕らのような企業や団体の立場の人間から仕掛けること自体が結構、意義があるんじゃないかなって。
満永
そうだよね。これも「意義深ぇ」だよね。
2015年博報堂入社。営業局を経て、2019年博報堂ケトル参加。「無理せず穏やかに」をモットーに、企業広告、アーティストプロモーション、地域プロジェクト、アイドル、映画など何でも企画とプロデュースを手がける。2020年から劇団ノーミーツとしても活動。
2015年博報堂に入社。研究開発局、TBWA HAKUHODOを経て、現在は、テックエンタメを盛り上げるためにHYTEK設立準備室で奮闘中。大学時代に、ウェアラブルコンピューティングを活用したダンスパフォーマンスシステムの開発に関わる。マーケティングツールの開発やデータ分析に従事する傍ら、ARやVRなどの新しいテクノロジーを活用した次世代顧客接点の研究開発などに携わる。大学やベンチャーの持つテクノロジーの種と企業のビジネスの種を結び付けた事業創造を目指す。2016~2019年ミラノサローネ出展。
2015年博報堂入社。関西支社クリエイティブ・ソリューション局プロモーション・PR戦略グループを経て、2018年に第二クリエイティブ局に異動。グローバルクライアントのPR・プロモーション・コピーライティングを担当し、ACC・OCC新人賞・販促会議賞・ JAA広告賞・朝日広告賞など受賞。パフォーミングアーティストとしても国内外で活動を行い、NBA公式戦・TEDxKEIO・音楽イベントなどのステージに出演。アーティストプロデュースや演出も行う。エンターテインメントの表舞台と裏方と、マスとストリートとを繋ぐことを目標に活動。現在は、HYTEK設立準備室立ち上げを専任。