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日本のスポーツ教育にDXを。子ども向け在宅運動ツール「POSE & PLAY」が目指す世界とは

2020.10.05
#ミライの事業室
PCやタブレット、スマホなどを使って、子どもたちが簡単に自宅で運動できるウェブブラウザベースのツール「POSE & PLAY」(ポーズアンドプレイ)。コロナ禍の生活で課題となっている子どもたちの運動不足を解消し、敏捷性や持久力などの基礎能力を高めるだけでなく、運動技術の向上や、近年研究が進む「スポーツによる学習の効率化」の実現を目指して開発されました。開発に当たった博報堂ミライの事業室の橋尾恭介と、慶應義塾大学SFC研究所の仰木裕嗣教授、BASSDRUMの林久純さんに構想のきっかけや今後の展望をうかがいました。

100年間イノベーションが起きていない日本のスポーツ教育に新風を

―まずは「POSE&PLAY」の概要と、開発の経緯についてうかがえますか。

橋尾(博報堂
「POSE & PLAY」は、スマホやタブレット、PCのブラウザカメラを使って、子どもたちが自宅で運動できるブラウザベースのツールです。カメラに映る自分の姿勢を画面上のマーカーに合わせて、ゲーム感覚で楽しみながら運動できるというのが特徴です。先日から公開しているプロトタイプを林さんに実演していただきますね。
デバイスからある程度距離をとってカメラの前に立ち、画面に出てくるシルエットに自分の身体を合わせると、身体の上にいくつかの黄色のマーカーが表示され、モーションキャプチャーとして計測される状態になります。スタートしたら、画面上にランダムに出てくる青いマーカーを時間内にできるだけ多くつかまえて高得点を目指す。こうやって大人でも結構いい運動になるんですよ。

橋尾
「POSE & PLAY」開発の根底には、100年イノベーションが起きていない日本のスポーツ教育、あるいは体育をDX(デジタル・トランスフォーメーション)で進化させられないかという想いがありました。日本のスポーツ教育には、大人が個人の感覚や経験則だけに頼って教えていたり、個別最適ではなく全体最適で大勢に対して同じ教え方をすることが多いために、運動神経がいい子は伸びても勘の悪い子は可能性を見出されずに終わってしまうなど、実は多くの課題があります。さらにコロナの影響で、スポーツ教育におけるオンライン化の圧倒的な遅れや、長い在宅時間の中での子どもの運動不足や基礎能力低下など、新たな課題も顕在化してきました。それらを解決するためにも、今こそデータに基づいたスポーツ教育への変革が求められていると考えました。

仰木(慶應SFC研究所)
もともと僕は2001年頃から、科学的根拠に基づいた“Evidence Based Sports”の重要性を提唱していて、エビデンスの一つとして有用なウェアラブルセンサーの研究開発を続けながら、スポーツにおける子どもの才能発掘に役立てられないかと考えていました。最初に橋尾さんからお声掛けされたときに伺ったのは、「新たなスポーツテストをつくれないだろうか?」という提案でした。現在文科省が行っている「新体力テスト」は、優劣をつけたり、自分の体力レベルを測ることには役立ちますが、やっている本人たちにとっては面白いものではない。ですから、まずは子どもが楽しみながら計測し、データから子どもの適性を見出して、さらにその後のオンライン教育まで後押しするという橋尾さんの構想に非常に共感したんです。
僕たちが普段大学で行っている動作解析では、体にマーカーを付けるモーションキャプチャー技術を使いますが、マーカーを付けるだけで時間がかかってしまいとても実用的ではありません。でも今回のPOSE&PLAYでは、普及してきたPCやスマホの高性能のカメラを使うことで、リアルタイムでモーションキャプチャーをしてデータ化していきます。こういう事例は世界でもまだそれほど多くないと思います。

橋尾
そうして一度は仰木先生とキックオフしたスポーツテストの構想でしたが、そこにコロナウイルスの蔓延によって、あえなく中断せざるをえなくなりました。企画していたスポーツテストの実体験イベントなども開催できなくなったため、オンラインに特化した形に構想を練り直して、この「POSE & PLAY」にたどり着いたんです。

林(BASSDRUM)
橋尾さんから、僕が所属するテクニカルディレクターの職能集団BASSDRUMに話をいただいたのは、オンライン活用型のサービス開発に舵を切られたタイミングでした。僕たちはさまざまな技術の実装を手掛けていますが、特に僕自身が、画像を解析してリアルタイムで姿勢推定を行う技術を検証していたので、ちょうど「POSE & PLAY」が求めていた技術と合致したんです。まずはスピード感を持って、プロトタイプを作りましょうという話になりました。
プロトタイプを作るにあたっては、子ども向けのデジタルアトラクションデザインを専門とする制作会社のBUTTON(ボタン)にご協力をお願いしました。子どもは楽しくなければ見向きもしてくれません。我々には技術もあり、やりたいことも決まっていましたが、何より実際にやってもらう子どもが喜んでくれるサービスでなくてはならない。子どもが能動的に「やりたい!」と思ってくれるように、ゲーム性を持たせ、かつ優れたコンテンツとして成立させるために、BUTTONさんに色々なアドバイスをしていただきました。

「POSE & PLAY」が秘める大きな可能性

―「POSE&PLAY」の独自性や、活用される場面のイメージなどを教えていただけますか。


「POSE & PLAY」の大きな魅力の一つに、サービスの間口の広さがあります。ブラウザベースのサービスなので、スマホやPC、タブレットがあればOKで、アプリをダウンロードする必要すらありません。ネットにさえつながっていれば、誰でも気軽に楽しめる。そこに、たくさんの人に利用していただける商機があると思っています。

橋尾
現状は2Dがベースの技術ですが、今後、深度推定を加えることで複雑な動きにも対応したり、子どもの運動データを学習させ、子ども向けにカスタマイズしたプロダクトにしていくことを考えています。たとえば、逆上がりで肝心となる重心の動かし方をゲームに取り入れ、“逆上がりをするための3つのポイント”といったアドバイスを提供し、親がそれをもとに子に教えるといったこともできるかもしれません。
運動の基礎能力を上げるということだけだと、なかなか生活者はベネフィットを感じにくいと思います。子どもたちを動かすのは、その先の、「できなかった逆上がりができるようになった」「もっと遠くまで球を投げられるようになった」…そういった確かな「成長実感」だと僕は思っています。親子で楽しみながら、成長の手ごたえを感じられるような、新たなコミュニケーションツールを目指しています。

仰木
カメラというのはセンサーの一種で、位置情報を取る装置ですから、筋力までは測れません。でも位置情報と時間情報を組み合わせることでわかることはたくさんあります。時々刻々動くものを撮ることで敏捷性を測ったり、空間の動的な動きに反応する知覚を判定することも可能です。ゲームの難易度を上げていけば、それだけ瞬発力、判断力、柔軟性、思考力…さまざまな能力の判定に応用することも可能になるでしょう。たとえば、BUTTONの企画の中には、画面上に崩壊していく塔の様子が写っていて、塔が崩れる前にどんどん階段を上り続ける、つまり一定時間足踏みし続けるというゲームもありました。運動の時間と強度はコントロールすることもできますし、そこから持久力を測ることも可能でしょう。
学習への効果という面でも、期待は大きい。運動と学習の関係性についての研究、たとえば学習前に適度な運動を行うことにより記憶力が向上するといった研究が、今世紀に入ってから世界中でさかんに行われています。大手の学習塾もオンライン学習にどんどんシフトしていますし、ウェブカメラを通して先生が生徒にちょっとした運動を促し、その後に記憶するコンテンツを用意しておく、といった活用法もあり得ると思います。

―今後どのように事業化を進めていく予定ですか。

橋尾
まずは先ほどお話したような「逆上がりができるようになる」といった最小限の機能に絞ったサービスをリリースし、顧客の受容性を測るところから始めようと考えています。受容性があることが見えれば、さらに拡張したプロダクト開発へ進めていきます。拡張の方向性は幅広く考えられますので、親子をターゲットにしているような企業や新規事業に意欲的な企業、学校、スポーツ教室などと一緒に実証実験を行い、一緒に何ができるかを構想していきたいですね。

仰木
教育機関はもちろんのこと、高齢者や介護施設のニーズともマッチする可能性があると考えています。最近はそうした施設で、利用者の運動機能を向上させるさまざまな取り組みが行われていますが、中でも座った状態で行う運動に「POSE & PLAY」が大いに活用できるでしょう。データが残るため、各自の健康管理にも役立てることができます。


親子でやってもいいですし、集団でできるような形にも設計可能です。対戦機能やコミュニティ機能を拡充させていけば、リモート中の友人同士で同じゲームを遊ぶといったこともできる。可能性は広がりますね。

成長を実感し、よりスポーツに夢中になれる子どもを増やすために

―今後に向けた思いや展望を教えてください。

橋尾
繰り返しになりますが、開発の根底にあるのは、“なんとなく”のスポーツ教育からデータに基づいたスポーツ教育に変えていきたいという想いです。そして、その際に大事になるのが、いかに成長実感を獲得するかという点です。データによるスポーツ教育にシフトすることで、少しずつでも成長実感が積み重なっていけば、よりそのスポーツのことを好きになったり、前向きに取り組めて、夢中になる子どもたちが増えていくのではないでしょうか。僕自身、3歳になる息子がいますが、これから成長する中で、スポーツを通してそうした体験を積み重ねていってほしいと考えています。


僕も、コロナによる外出自粛期間中、家でつまらなさそうにしている子どもの様子を見て、在宅でも楽しく身体を動かす助けになるものがあればと感じていました。コンテンツとして子どもたちが本当に楽しめるものをつくりつつ、技術面でも、速度を向上させたり、子どもの動きに特化したものにしたり、軽くてすぐ動くといった操作性などをより追求していけたらと考えています。

仰木
僕はこのシステムがうまく適用できる運動、つまり能力判定テストに適した動作を見つけていきたいと思っています。また、確かなエビデンスによって、スポーツの高い才能を秘めた“金の卵”たちを発掘し、その育成をサポートしていくことは、僕のライフワークでもあります。いくらAIが進化しても、「今日は足取りが重いな」「調子が悪そうだな」といった絶妙な目利きができる優秀なコーチにはかなわないとは思いますが、それでも相当のデータ蓄積を行えば、近いところまではいけるのではないでしょうか。その本当の入り口として、「POSE & PLAY」がこれから機能していけば面白いなと思っています。

橋尾
現在はオンラインベースのサービスを考えていますが、いずれは、ゲームで貯めたポイントを使ってプロのアスリートの指導を受けられる仕組みなど、オフラインともうまく組み合わせていきたいですね。そうなってくれば、仰木先生のおっしゃる金の卵の発掘にもより近づくような気がしています。博報堂ならではの企画力やプロデュース力、また生活者発想をもって、これからさまざまな方向へと事業を展開していけたらと思っています。

「POSE&PLAY」に関するリリース:https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/84092/
「POSE&PLAY」プロジェクトサイト(詳細はこちら):https://poseplay.me/
「POSE&PLAY」体験用プロトタイプβ版:https://demo.poseplay.me/

橋尾 恭介(はしお きょうすけ)
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター

総合広告会社を経て、2012年博報堂入社。アカウントディレクターとして、嗜好品、男性用化粧品、家電、エネルギー、食品など幅広い業種のマーケティング/コミュニケーションを担う。2019年12月からは新規事業開発組織「ミライの事業室」のビジネスデザインディレクターを兼任。第47回JAAA(日本広告業協会)懸賞論文入選。

仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)
慶應義塾大学政策・メディア研究科兼環境情報学部 教授
慶應義塾大学SFC研究所上席所員

筑波大学体育科学研究科博士課程単位取得退学。1997年、スポーツ科学者やスポーツ医学者らを支援するコンサルティング、アプリケーション開発の個人事業SPINOUT設立。現在まで代表。SPINOUTは、SPorts INformation is OUr Technologyの頭文字。1999年慶應義塾大学環境情報学部助手(有期)、その後専任講師(有期)、准教授を経て2016年より現職。スポーツ用ウェアラブルデバイス開発ではセイコーエプソンとの共同でM-Tracer、京セラとの共同で卓球ラケットセンサなど産学連携も数多く手がける。19年度特許庁特許出願動向調査「スポーツ関連技術」ではアドバイザリーボード委員長。東京オリンピック・パラリンピックでは研究開発の一翼を担う。

林 久純(はやし ひさよし)
BASSDRUM / HYS INC テクニカルディレクター

デザイン系の制作会社、クリエイティブエージェンシーなどを経て、2018年からBASSDRUMに参加。UI/UXの設計や、デザインと実装を絡めたテクニカルディレクションを得意とする。インタラクティブ、グラフィック、映像領域を中心に活躍する集団「UNFRAME」としても活動中。

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