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「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」
第4回/株式会社かまいしDMC 久保竜太さん【後編】

2020.10.29
#グループ会社
2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなってるか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

前編はこちら

経済成長はサステナブルツーリズムの前提条件

岡本
観光庁は今年、各地方自治体や観光DMO(Destination Management Organization)が持続可能な観光地マネジメントを行うことができるよう「日本版持続可能な観光ガイドライン」を発表。久保さんもその策定にあたられました。中身は本当に多岐にわたっているのですが、実際のアクションを起こすにはある程度の優先順位をつけていく必要があると思います。釜石の場合はどのように考えられていますか。

久保
現時点で僕は、実際のアクションに落とし込む前に、適切なアクションを促すためのマネジメントの軸がなければならないと考えています。観光庁のガイドラインのもとになった世界持続可能観光協議会 (GSTC) 基準の国際ガイドラインにも、最初にマネジメントの柱があり、その下次に経済・社会、文化、環境という、いわゆるトリプルボトムラインと言われるものが設定されています。まずはマネジメントが機能しないことには、これら3つの属性のサステナビリティのパフォーマンスを継続的に高めていくことは難しくなります。そこで釜石においては、釜石版DMOであるかまいしDMCの中で、まずはマネジメントにおけるルール作り、つまりスマホでいうOSの部分に注力し、最初のルールづくりを水面下で着々と設計しているところです。それができて初めて、さまざまなアプリケーションも機能させていくことができると考えるからです。

ガイドラインの活用は、地域の健康診断をして、不健康なところを把握することに他なりません。膨大な領域に及ぶため大変な作業ですが、まずは現在地点を把握しないことには何も機能させられないと考えています。現状把握ができれば、対処法=適切な治療法もわかる。この治療には、医師にあたるような特別なスキルが必要になってきますが、まずは問題の箇所を治療していきます。そして1年後にまた診断をし経過を確認する。その繰り返しでしか、サステナブルツーリズムのマネジメントはできないと考えます。具体的にDMCにおいては、現在サステナビリティ担当のチームをつくり、定例会を開き、ガイドラインのひとつひとつを読み解きながら、釜石市の健康診断を継続的に行っています。それをDMCの事業に反映させたり、政策提言として釜石市にあげていくという体制を今作り上げています。

岡本
実際にこれまでアクションを起こしてきた人、さまざまな活動を促進してきた人にとっては、「サステナビリティ」という言葉から、何かを制限する、抑制させる、あるいは後戻りさせる…といった印象を持たれるということはありませんか。

久保
そうなんですよね。ですから僕は最初に、「サステナブルツーリズムは決して現状に制約をかける考え方ではありません」「経済成長は大前提で、そのやり方を一工夫することなんですよ」とお伝えしています。サステナブルツーリズムのスタンスが環境至上主義ならば、そもそも観光するなという話になってしまう。観光は開発をともなうことなので、ツーリズムと銘打っている以上、開発と、それによる経済成長を目指すことは必須条件なのです。つまり、あくまでも健康に成長していく方法を探るということです。

岡本
少し話がそれるかもしれませんが、その話をうかがっていて思い出したのは、僕が大学入学前に訪れたネイティブアメリカンの集落での体験です。当時の僕はアートに非常に興味があって、アートが非常に盛んだといわれるネイティブアメリカンの人たちから何かインスピレーションを得られればと思っていました。でも彼らがもっとも熱心に行っていたのは、文字を持たない文化として、いかに彼らの「言葉」を次世代に伝えるかということでした。また、ネイティブアメリカンには「木を切ったら7世代先のことを考えて木を植えろ」という教えもある。ずっとサステナブルな考えを実践していて、その知恵や文化を後世に残すことに力を注いでいたんです。僕が熱中していた自己表現としてのアートとはあまりにも違い、非常に驚いたと同時に、僕自身、絵を描くよりももっと世界のことを学びたい、知りたいと思わせられた体験でした。

ネイティブアメリカンの集落にはメディスンマンと呼ばれるグループの支柱となる存在がいて、開発しすぎたりつくりすぎたりしないよう、倫理的に全体バランスを考え、コントロールしていますよね。日本の地域においてもそのような存在が必要だと思われますか?

久保
大事だと思いますよ。実際ガイドラインにおいても、サステナビリティコーディネーターという、サステナビリティをつかさどる役割の存在が前提になっています。その人がどれだけ責任と権限を持つポジションにいるかはかなり重要で、もし首長クラスの人がサステナビリティをつかさどるリーダーになれればその町は強いと思いますね。結局いくらガイドラインがあっても、最終的に重要なのは、それを用いる人間の感性と目利き力です。サステナビリティに対して自分なりの哲学がなければ、形式的なものにしかなりませんから、現代のメディスンマンのような存在は必要かもしれませんね。リーダーシップのあり方としては、首長の場合もあるかもしれないし、民間が圧倒的な推進力でもってやっていくパターンもあるかもしれない。これからいろいろなやり方が出てくるのではないでしょうか。

岡本
サステナビリティとは制限をかけることではない、というお話がありましたが、あえて少しだけ不便にすることで、全体がうまく回るシステムというのも、今後出てくるのではないかという気がしています。先日、地域通貨を開発、促進している方にうかがった話では、地域通貨をグローバルでも使えるようにしつつも、いったん地域通貨に換えたものをグローバルに戻すことはできないというルールを課しているそうでした。あえて一方通行の不便さを仕込むことで、地域内での利用を促進することができるわけです。

久保
なるほど。実は釜石市はAirbnbと日本で初めて協定を結んだ自治体なのですが、僕自身、Airbnbのシステムを使って地域のホストを掘り起こし、登録するという取り組みに携わったことがあります。そのほかにも、次々ともたらされるグローバルな仕組みと地域とのマッチングを行ってきましたが、うまく噛み合うこともあれば噛み合わないこともある。その点、今お話しの地域通貨のように、一方をあえて不便にするというアプローチ方法は面白いなと思いました。グローバルのテクノロジーや知恵を活用しつつ、同時に地域の魅力も増していくような形が実現できれば面白いですよね。

東北だからこそ可能な、自分たちのルーツをたどる旅

岡本
震災から間もなく10年となります。劇的な10年だったと思いますが、改めて振り返ると、旅やデスティネーションという側面ではどういう変化を感じられますか。

久保
震災を契機に、東北には人、アイデア、資金、政策と、グローバルなものが数多くもたらされてきて、釜石はこの10年その最前線でした。テクノロジーによって地域とグローバルの物理的な距離が縮まり、非常に近しい存在になったというのを地域側にいて感じています。

もう少し俯瞰して、僕の趣味でもある音楽のハードコア・パンクに例えて考えてみると、80年代の音楽は速さを追求するベクトルで、90年代はジャンルが細分化されカオスな状態になり、2000年代はそれまで分散されていたものが洗練されて再構築されていったという風に、10年単位でトレンドが変化していきました。旅や観光も同じように、この10年はそれまでシンプルだった旅が細分化した時期だったのではないかなと感じています。またアンダーグラウンドな音楽が次の世代でメインストリームに来るように、かつてあまり知られていなかったサステナブルツーリズムがこの10年でメインストリームに出てきた。ですから2030年までの次の10年では、サステナブルツーリズムは光が当たって当たり前の存在、形式美になるかもしれません。音楽に話を戻すと、形式美となった後にポイントになるのは、初期衝動があるかどうかです。2021年からサステナブルツーリズムが当たり前の時代になるのであれば、精神的な部分で初期衝動をもってそれを追求し続けられるかどうかが、その後を左右する。そういう旅をつくれる人、そういう旅ができる地域が、きっと面白くなっていくのだろうと思います。

岡本
確かに10年で時代の変わり目が訪れていると捉えるのは面白いですね。いま17-18世紀くらいのイギリスの貴族の子弟が行っていた「グランドツアー」というものをリサーチしています。若いうちにヨーロッパを回り、勉強し、ネットワークをつくり、一人前になって戻って来るというもの。今の時代、移動の制限などがあるなかで、そういう「学び旅」がより一層意味を持つようになってくる気がします。これまでが旅のあり方が多様性として拡散していく10年だったので「学び」というのは一つの例かもしれませんが、そういった形で少し収束し、濃縮していくようなフェーズに入るかもしれませんね。

では最後に、2030年に実現したい旅、お子さんにプレゼントしたい旅などがあれば教えてください。

久保
僕の活動の原点には、自分のアイデンティティ、ルーツがあります。そして今現在、自分自身のテーマとして追っているのが、今の日本がつくられていった歴史と、その中における東北地方の先住民、蝦夷の歴史です。

東北にいて痛感するのは、先住民族である蝦夷の歴史を物語る文物の不在です。というのも、それらは大和朝廷による侵略の歴史の中で抹消されてきたからです。蝦夷の前には連続的に縄文文化があり、それまで何千年と続いてきた蝦夷縄文の歴史は、僕にとってはサステナビリティの一つの答えで、理想郷のようにも思えるのです。その縄文文化を継いだ彼ら蝦夷の歴史も言葉も残っていませんが、神社の裏手などには、まるで隠されるように蝦夷が祀っていた巨石などがいまもひっそりと存在しています。そういう場を訪ね、対話をする――前回エバレット・ブラウンさんは5次元の旅と言っていましたが、僕は4次元と表現しています――要は4次元で土地を見る旅というものを通して、当時の人々の知恵や文化を知り、未来に残していきたいと考えています。

それから、これも同じく前回の記事で岡本さんがおっしゃっていた、「起源をたどる旅」にも興味があります。蝦夷の時代から明治時代の奥羽列藩同盟に至るまで、東北には対中央政府の戦いの歴史がありました。けれど視点を変えると、中央政府側も、彼らなりに新たな日本をつくる、ビジョンをもってそういう行動に出ている。その結果としての未来に僕らが今いるわけです。「今の世界は当時の彼らがつくろうとしていた世界なのか」といったことを考えながら、これから自分たちがつくっていきたい未来について想いを馳せるような旅ができれば。そんな旅を、まずは息子たちにプレゼントできると嬉しいですね。東北ならそれができると思っています。

岡本
世代を超えた対話ができるわけですね。そして未来へとつながっていく。そこにまた新しいテクノロジーが入って来ると、面白くなりそうですね。

久保
そうですね。デスティネーションとしての東北の魅力は、お城だとか食べ物だとか表面的なものよりも、その奥深く、裏の部分に触れてこそわかってもらえるのではないかと思います。災害も含め、善とも悪ともつかない人と自然とのつながりによって幾重にも重ねられた歴史がある。時代時代の人々の思いや、そこに作用する自然の営み、そうやってつくられた歴史こそが釜石ないしは東北の魅力だと思います。そういう魅力を旅を通して知ってもらえれば嬉しいですね。

岡本
それは面白そうですね。
今日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました!

久保竜太
株式会社かまいしDMC サステナビリティ・コーディネーター

岩手県釜石市で持続可能な観光の国際基準の導入を推進し、国際認証機関Green Destinationsの認証プログラムへの参画と業務全般を担当。日本から初となる「世界の持続可能な観光地100選2018」選出など、4回のアワード受賞へ貢献。観光庁「持続可能な観光指標に関する検討会」メンバー、観光庁「日本版持続可能な観光ガイドライン」アドバイザー。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

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