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【アルスエレクトロニカ ・フェスティバル2020 レポート】
2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと<前編>

2020.10.14
#アルスエレクトロニカ
毎年オーストリア・リンツで開催されるメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」。今年はCOVID-19の世界的流行を受けて、大半のプログラムがオンライン化され、新たな形のフェスティバルとして開催されました。
アルスエレクトロニカと協働する博報堂ブランド・イノベーションデザインの竹内慶が、2015年から今年までの6年間のフェスティバルを、各年のテーマとGolden Nica(最高賞)受賞作品を中心にレビューします。
前編では、2015年から2019年までのフェスティバルを振り返ります。

私が初めてアルスエレクトロニカ・フェスティバルを訪れたのは2015年です。この年、フェスティバルのメイン会場がPOST CITY(後述)に移りました。アルスエレクトロニカ創設40周年の昨年を経て、COVID-19の世界的流行を受けてオンライン中心に移行した今年までの6年間を、各年のフェスティバルテーマとPrix Ars Electronica(アルスエレクトロニカ賞)のGolden Nica(最高賞)受賞作品を中心に振り返ります。
フェスティバルテーマとPrixに厳密な結びつきがあるわけではありません(たとえば、フェスティバルテーマが審査基準になっているわけではありません)。しかし、フェスティバルテーマもPrixも、現在の社会とその課題、そして、未来社会の先行指標である点は共通であり、通底する大切な要素があるはずです。
Prix Ars Electronicaの表彰部門は、時代を経るなかで変化し発展しています。変わらずに続いているのが、Computer Animation, Film, VFX部門。Digital Musics & Sound ArtとHybrid Art、Digital CommunitiesとInteractive Art +という部門は、隔年で設定されてきました。また、昨年度より、Hybrid Art部門はArtificial Intelligence & Life Artという新設部門へとアップデートされました。このほかに、未来のタレントを表彰するU-19や、メディアアートのレジェンドを称えるVisionary Pioneerという部門も毎年設定されています。
もちろん、受賞作以外にも素晴らしい作品が数多くあります。そして、見尽くせないほど豊富で多様な作品が集まるのもフェスティバルの魅力です。今回は、紙面の都合もあり、2015年から2020年まで、あえてGolden Nica(最高賞)受賞作のみを対象に、2作品ずつ取り上げてご紹介します。作品の取り上げ方や読み解きが、多分に個人的な解釈によるものになることを、どうかご容赦ください。

2015【POST CITY】

Credit: Ars Electronica / Martin Hielsmair

2015年。それまで中央広場や大聖堂など、リンツの街中に散在するように展示されていたアート作品・プロジェクトを、郵便物配送センター跡地(通称「POST CITY」)に集め、POST CITYをメイン会場にフェスティバルが行われるようになった最初の年です。
※郵便物配送センターというと近代的な建物を想像されるかもしれませんが、その実態は広大な廃墟にして迷宮。鉄道引込線の地下ホームや郵便物を仕分けて移動させるための大すべり台などが怪しい雰囲気を醸し出し、私自身も5年通ってようやく全体の構造が何となく理解できた、といった具合です。

Credit: Ars Electronica

この年のフェスティバルテーマは、その名もPOST CITYでした。メイン会場の通称であるとともに、POST(次の・後の)-CITY(都市)のダブルミーニングで、都市および市民(CITIZEN)の未来を考察するという意味が込められていました。

Credit: Girberto Esparza

2015年、Prix Ars ElectronicaのHybrid Art部門でGolden Nicaを受賞したのは、Gilberto Esparzaの「Plantas Autofotosinteticas」という作品で、機械と生物のハイブリッドなエコシステムがテーマになっています。チューブで接続された樹脂ガラスの球体のなかには、バクテリアのコロニーが形成されています。バクテリアの働きで汚染水が浄化され、利用可能な水がつくられるとともに、電気エネルギーが生み出されます。これらの生成物は、アーティストによるちょっとした人力の介在によって、システムの維持に活用されます。水質改善された水は、ポンプによって、原生植物や甲殻類、水生植物などが生息する中央タンクに送られて彼らに快適な住環境を提供し、電気エネルギーは光へと変えられ、藻類や植物の光合成に利用されます。そして、中央タンクの生物たちが排出した有機物は、バクテリアのタンクに送られて分解されます。
西洋近代の科学は、人間と自然を二元論的に分離し、自然を、感情を持たず痛みを感じない機械のような存在と捉える「機械論的自然観」によって進展してきた側面があります。「Plantas Autofotosintetica」は、まさにその「機械」によって、自然の持つ自律的な力を私たちに思い出させるとともに、人間と自然の共生について考えさせてくれます。

Credit: tom mesic

同じ年、 Digital Musics & Sound Art部門でGolden Nicaを受賞したのは、日本人アーティストNelo Akamatsuの「Chijikinkutsu」です。縫い針、水の入ったガラスコップ、銅線で構成されたユニットが無数に並ぶインスタレーションは、「地磁気」を感知し「水琴窟」のように、かすかで美しい音を発します。人の作為を離れた、地球が奏でる音-人間がこの地球上から消え失せた後でもさやかな音を鳴らしづけるイメージすら想起させる-は、POST-CITYの可能性を示唆するとともに、POST-ANTHROPOCENE※を予感させる作品でもあります。
※ANTHROPOCENE(人新世):人間が地球に及ぼす影響はあまりに大きく、20世紀以降、地球は新たな地質年代「人新世(じんしんせい)」に入ったという説がある(人新世という用語は、大気化学者のパウル・クルッツェンにより広く普及しました)。単一の生物種が地質年代にまで影響を与えるのは、138億年の地球史上で初の未曾有の事態。アルスエレクトロニカ ・フェスティバルでは、ANTHROPOCENEのさらに先、POST-ANTHROPOCENE、人間が地球の中心・主役ではなくなった世界を予見させるような作品・プロジェクトが複数見られ、その傾向は現在まで続いています。

2016【RADICAL ATOMS and the alchemist of our time】

Credit: Ars Electronica

翌2016年のフェスティバルのテーマは「RADICAL ATOMS and the alchemist of our time」。「Radical Atoms」は、MITメディアラボのTangible Media Groupの重要な研究テーマでもあります。
LEDを搭載した多数のドローンが、群知能(鳥や虫などの群れの動き)にもとづくプログラミングによって制御された飛行で夜空に絵を描く、「SPAXELS(SPACEとPIXELの造語)」のキービジュアルが印象的です。あらゆるもの-生物も無生物も、物質も非物質も−が、コーディングやプログラミングで動かせるようになる世界。それは同時に、私たちを含む、この世界のあらゆる構成要素がすべてつながり、相互に影響を及ぼしあわずにはいられない世界でもあります。

Credit: Boris Labbe

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのが、Boris Labbeの「RHIZOME」という作品です。一つ一つ手書きで描かれた、細胞のような、生物のような、あるいは無機物のようでもある無数のエレメントが、プログラミングによりひしめきあい、集合離散を繰り返しながら、やがてとてつもなく大きなうねりになり、世界をつくりだすというアニメーションです。気の遠くなるようなクラフトワークが生み出した作品は、観るものを恍惚感にも近い没入感へと誘います。フェスティバルテーマの「RADICAL ATOMS」を、視覚的、直感的に象徴するような映像作品です。

Credit: Christoph Wachter, Mathias Jud

同じ年、Interactive Art +部門でGolden Nicaを受賞したのが、「”Can You Hear Me?”」というプロジェクトです。東西冷戦時代、各国の情報機関がしのぎを削っていたベルリン。アーティストのChristoph WachterとMathias Judは、現在もその影響が残るベルリンのスイス大使館屋上を拠点に、市民が情報機関に対して自由にメッセージを投げ込めるサイバースペースを立ち上げました。政治性の強いゲリラ的なプロジェクトですが、一方で、「隣人が騒がしいからドローンで攻撃してくれ」という市民の投稿に対して、情報機関側が「それはよくないと思う」と応答するなど、どこか軽やかさを感じさせるものでもありました。
前年の「POST CITY」から続く、未来市民のあり方を予感させるものであり、私たち一人一人が世界に影響を及ぼす「RADICAL ATOMS」であることを感じさせるプロジェクトと言えるのではないでしょうか。

2017【AI Artificial Intelligence / das Andere Ich】

Credit: Ramiro Jori-Mascheroni & Aline Sardin-Dalmasso

2017年のフェスティバルテーマは「AI Artificial Intelligence / das Andere Ich」。非常に直接的なテーマですが、副題が秀逸です。ドイツ語の「das Andere Ich」は、英語で「the Other I」という意味。つまり、Artificial Intelligenceと同じ頭文字の「もう一人の私」という言葉が副題になっています。
AIやロボットなど、他ならぬ私たち自身が生み出した「もう一人の私」である存在が、ときに人間の能力や想像をはるかに超える勢いで進歩する。それを敵や脅威であると考えたり、味方や友であると考えたりする。そんな人間とは何なのか。自分たちの存在を問い直すというメッセージが込められているように思います。

Credit: David OReilly

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したDavid OReillyの「Everything」は、コンピュータゲームの作品です。このゲームには、勝ち負けも終わりもありません。CGで表現された世界のなかで、私たちは、あらゆる存在-クマにもシカにも、ダニにもカエルにも、木にも草にも花粉にも、ごみ屑や惑星にも、文字通りすべてのもの(Everything)-に憑依して、(カクカクとしたユーモラスな動作で)動き回ることができます。私たちは、この世界を構成する全体の一部であり、人間にも人間以外にも、生物にも非生物にも自在に「なってみる」ことができる。これは、私たち東洋人・日本人には比較的なじみ深い世界観かもしれません。

Credit: BORUT PETERLIN

同じ年のHybrid Art部門のGolden Nicaを受賞したのは、Maja Smrekarの「K-9_topology」です。これは、単一の作品ではなく、犬とともに行われた一連のプロジェクトに対する表彰です。「Esse Canis」という作品では、アーティスト自身と愛犬の組織ホルモン・神経伝達物質のセロトニンから、人間と犬の「化学的本質を象徴する」フレグランスを生成しました。「Hybrid Family」というプロジェクトでは、アーティストは、子犬を育てながら3ヶ月間の隔離生活を送りました。そのあいだ、彼女は、授乳を促す食事を続け、自ら規則的な搾乳を行うことで、(乳汁分泌等に関与する)プロラクチンというホルモンの放出を促進しました。このプロジェクトの背景にあるのは、出産や育児の過程で、女性の身体や授乳という行為が、社会的に「道具」のようにみなされていることに対する問題提起。なお、副次的な効果として、共感力にかかわるホルモン、オキシトシンのレベルが上昇したそうです。さらに、「ARTE_mis」というプロジェクトでは、アーティストの生殖細胞(卵細胞)から核を取り除いたものに、愛犬の体細胞を融合し、ハイブリッド細胞を生成し、培養を行いました。この背景には、自然破壊が進んだ環境に適応できるのは、人間ではなく、人間と犬、あるいは犬の近接種のオオカミとのハイブリッドである可能性が高い(そしてその「新種」のほうが、地球環境にとっては望ましいかもしれない)という考えがあります。

調和的でどこかユーモラスなEverythingと、刺激的で挑発的なK-9_topology。アプローチはまったく異なりますが、どちらも、人間以外の存在を含む「もう一人の私」との関係性、特に、人間上位・人間至上ではない関係のあり方について考えさせられます。

2018【ERROR the Art of Imperfection】

Credit: Ars Electronica / Martin Hieslmair

2018年のフェスティバルテーマは、「ERROR the Art of Imperfection」。研究過程のエラーで偶然生み出された、新しい青い顔料がキービジュアルに用いられています。前年は、AIという「もう一人の私」を前にさまざまな反応をする私たち人間について考えさせられましたが、この年は、そんな人間の不完全性を、いかに創造の原動力にできるかを投げかけるテーマでした。

Credit: Mathilde Lavenne

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのは、Mathilde Lavenneの「TROPICS」です。19世紀、メキシコのジカルテペックという土地に入植したフランス人移民たちは、土地を開墾して農地をつくり、建物や道路を建設することで、昔の風景の痕跡を根絶やしにしてしまいました。しかし、毎年雨季に起きる川の氾濫によって、先住民たちが日常生活や祭祀に使っていた陶磁器や彫像などが打ち上げられ、人々はかつてそこにあった暮らしを思い起こしたそうです。新たな民俗誌(エスノグラフィ)を思わせる映像作品を創造するために、アーティストは、通常は建築家が使用する3Dレーザースキャナーを用い、スキャナーの点群から複数の地層が重なりあう風景の映像をつくりだしました。TROPICSというタイトルから想起する、熱帯の濃い緑はそこにはなく、無数の微細な点群によって表現された、モノクロームの映像が展開されます。観るものを引き込む驚くべき臨場感があり、過去の土地の魂や記憶が感じられます。見えないものが見えてくるような不思議な感覚になります。表現の主題にとって、手法がいかに重要かを実感させられます。

Credit: Bellingcat

同じ年、Digital Community部門のGolden Nicaを受賞したのは「Bellingcat」というプロジェクトです。戦争や紛争、人権侵害、犯罪組織などに対して、オープンソースやソーシャルメディアを用いて活動する市民ジャーナリストたちをつなぎ、記事やルポルタージュを自由に公開・共有できるプラットフォームを構築するとともに、市民自らが、オープンソースやソーシャルメディアのファクトチェックを行うためのメソッドやポイントが公開されています。「市民の側のジャーナリズム」としてのアートを重視するのも、アルスエレクトロニカの大きな特徴です。

人間は不完全であるという前提に立ち、なくしてしまったものや、足りないピースをどのように補うか。それだけではなく、不完全性そのものを、いかに未来のための力にできるか。そんなことを考えさせられる、ERRORというテーマでした。

2019【Out of the Box The Midlife Crisis of the Digital Revolution】

Credit: Ars Electronica / Emiko Ogawa

2019年は、アルスエレクトロニカ創立40周年のメモリアルイヤー。フェスティバルのテーマは「Out of the Box The Midlife-Crisis of the Digital Revolution」でした。40歳を迎えるアルスエレクトロニカもデジタル革命も、人間でいうと中年の危機を迎えている。私たち自身が、自らとらわれているBOXの外へ抜け出さなければならない−そんな決意が、フェスティバルテーマに込められた年です。個人的な感覚かもしれませんが、地球と人間の関係やPOST-ANTHROPOCENEを想起させるような深刻さと、一方で、どこかあっけらかんとした明るさや楽観性とが同居した、不思議な熱気を感じる年でした。

Credit: EyeSteelFilm and Dot

私たちがとらわれている最も身近なBOXは、他ならぬ自分自身かもしれません。無意識のうちに、自分の常識やものの見方を他者に押しつけているということもよくあります。2019年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのは「Manic VR」です。躁状態と鬱状態を繰り返す精神疾患である双極性障がいを抱える人たちが見ている世界を、VRで再現しています。アーティストKarina Bertinの二人のきょうだいが双極性障がいを経験していて、二人との密接なやり取りがこの作品に圧倒的なリアリティをもたらしています。アーティストたちは、作品を通じて、双極性障がいを抱える人たちへの共感が生まれることを企図しています。そして、この作品を視聴した、双極性障がいを持つ方やその家族からは「よく表現してくれた」という感謝の声が寄せられているとのことです。テクノロジーは、私たちが他者をよりよく理解し、共感を育むツールになるということを改めて感じさせてくれる作品です。

Credit: Tullis Johnson

2019年、新設されたArtificial Intelligence & Life Art部門で記念すべき第一号のGolden Nicaを受賞したのは、Paul Vanouseの「Labor」という作品です。「労働の匂いとは何か」というのがこの作品の問いです。汗を流して労働するのは尊いことだと言われてきましたが、この作品に人間は登場しません。人が過酷な労働をした際の汗の匂いの原因となる3種のバクテリアが培養されており、バクテリアが生成する匂いを、労働の象徴である白いTシャツに付着させるというインスタレーションです。労働の結果として生じる汗と匂いが、人間とは無関係にバクテリアによってつくられて衣服につけられるとしたら。今日における労働の意味とは何か。労働に代表される社会制度もまた、私たちを取り囲むBOXである。そうしたことを、ユーモラスに、アイロニカルに問いかける作品です。

(後編へつづく)

竹内 慶(たけうち けい)
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 ブランド・イノベーションデザイン一部長

2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側リーダーを務める。著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等

※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnote(リンク)で掲載された「アルスエレクトロニカ・フェスティバルレポート_考察:2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと」の第1回、第2回、第3回をもとに編集したものです。

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