2019年は、アルスエレクトロニカ創設40年のメモリアルイヤーでした。そして今年。BOXを抜け出し、41年目の歩みを踏み出したアルスエレクトロニカはどこに向かうのか。皆が期待して年が明けた矢先に、世界はCOVID-19の流行に見舞われます。オーストリアもロックダウンを経験し、刻々と状況が変化するなか、アルスエレクトロニカは、大半のプログラムをオンライン化することを決断し、今年のフェスティバルが開催されました。驚くべきは、そして賞賛すべきは、アルスエレクトロニカが、今年のフェスティバルを、従来のオフラインの代替ではなく、新たなフェスティバルのかたちを示すものだと位置づけたこと。そして、わずか半年余りの準備期間で、それを実現にこぎつけたことです。
2020年のフェスティバルテーマは「In Kepler’s Gardens」。今年のオフラインのメイン会場がヨハネス・ケプラー大学になったことを受け、リンツとゆかりの深い科学者で、地動説を決定づける天体運動の法則を発見したヨハネス・ケプラーの名を冠し、常識にとらわれない科学的態度の重要性をあらためて訴えます。同時に、Gardensというキーワードによって、現在のこの事態を、ふと立ち止まって自らの居場所を大切に耕し、世界中の多様な他者を尊重し、対話する土壌を育む機会とすることを呼びかけます。
今年のComputer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのは、Miwa Matreyekの「Infinitely Yours」という作品です。自然と人間の関係について考え、議論するきっかけとなるべくつくられたこの作品は、気候変動、干ばつや洪水、さまざまな環境破壊や汚染を表すアニメーションと、アーティストによるライブパフォーマンスが一体となった映像作品です。アーティストのパフォーマンスはシルエットで表現され、私たちは、そこに、あるときは一人の人間を、あるときは人類全体を、そしてあるときは地球を投影しながら映像を観ることになります。非常にストレートで、ある意味で「わかりやすい」作品ですが、それだけに心に強く訴えるものがあります。
今年、Interactive Art +部門でGolden Nicaを受賞したLauren McCarthyの「SOMEONE」は、鑑賞者に、スマートホームのAIアシスタントに「なってみる」体験を提供するインタラクティブなインスタレーションです。ギャラリーに設置された4台のPCは、プロジェクトに参加している4組の一般家庭のスマートデバイスにつながっています。参加者(スマートホームの居住者)は、スマートデバイス=鑑賞者に「SOMEONE」と呼びかけ、ライトの点灯などをリクエストします。鑑賞者はそれに応えるべくPCを操作します。また、鑑賞者が文字をタイプすることで、合成音声を通じてスマートデバイス側からメッセージを送ることもできます。他人の家庭をのぞいているような生々しい映像、人間どうしのコミュニケーションとも人間と機械のあいだのコミュニケーションとも微妙に異なるやりとりは、私たちに、普段無意識にどのような存在に囲まれて生活しているのか、未来の社会における人間の役割とは何なのかなど、いろいろなことを考えさせてくれます。
両作品とも、COVID-19のパンデミック以前に制作されたものですが、それでも、現在私たちが置かれている状況にさまざまな示唆を投げかけます。COVID-19も気候変動も、国家をはじめとする既存の枠組みを超えて取り組まなければならない地球的課題であるという点では共通しています。地球と人類のいまの状態はどうなっているか。今後、私たちは何をすべきか。「Infinitely Yours」はそんな大きな枠組みで考えるきっかけを与えてくれます。 「SOMEONE」は、私たちが日々生活を送る住居という場所のなかから、いま起きていること、さらには人間の活動の意味とは何かを考える視点を提供してくれます。
今年のアルスレクトロニカ・フェスティバルのテーマには、「In Kepler’s Gardens」に続いて、以下のようないくつかのサブテーマが付記されていました。
Autonomy - Democracy
Ecology – Technology
Humanity
Uncertainty
海や山、草木や動物などのNatureと、AIやロボット、デジタルテクノロジーなどのいわゆるSecond Natureとがハイブリッドした環境のなかに、私たちはいます。もはや、EcologyとTechnologyは二元論的・背反的に存在するものではなく、相互に複雑に絡みあって生態系をつくっています。生物も無生物も、環境を構成するすべての要素がつながりあいながら、Autonomy:自律性をもって活動しています。そんななかで、私たち人間は、他の存在を尊重しながら、どのように自主性を発揮できるのか。地球に生きるものとしての新しいDemocracy:民主主義はいかにして可能なのか。
COVID-19のパンデミックに何か意味があるとするならば、気候変動以上に切迫性をもって、私たち一人ひとりが地球規模の課題について考える契機になったことかもしれません。
アルスエレクトロニカは、二つのキーワードを提示してくれています。第一が、「Artistic Journalism」ということばです。不確実で困難な状況を乗り越えるには、何よりもいま起きていることを知ろうとする姿勢が大切であり、ジャーナリズムとしてのアート、Artistic Journalismの重要性がますます大きくなっていきます。第二が、「Humanizing TechnologyからHarmonizing Technologyへ」というフレーズです。すべての要素が独立に存在するのではなく、複層的に絡みあった関係性のなかに存在する以上、人間中心のテクノロジーだけでなく、人間以外、生物以外との調和を大切にするテクノロジーを模索し、実現すること、多様な存在との新たなネットワークを築くことが、私たちにとって急務となります。
駆け足で、2015年から今年のフェスティバルを振り返りました。6年間の歩みを、さらに乱暴に要約するならば、次のようにまとめられるかもしれません。
・ 都市に代表される人類文明の「次」を考えるべきとき【POST CITY】
・ すべての存在がつながりあい、相互に影響を与えあう世界で【Radical Atoms】
・ 私たちは、自らを取り囲む多様な「もう一人の私」とどんな関係を築けるか【AI】
・ 人間らしさ=不完全性を、不確実な世界を生き抜く力にできるか【ERROR】
・ 無意識のうちにとらわれている枠組みを抜け出すことができるか【Out of the Box】
・ 自らの立つ場所を耕し、多様な他者との調和を模索する機会に【In Kepler’s Gardens】
そのために、アートシンキングが、大きな力になります。アルスエレクトロニカに集うアートには、少なくとも次の三つ意義があります。
・ Art as Journalism:いま起きていることを知る
・ Art as a Compass:進むべき方向を指し示す
・ Art as a Catalyst:私たちを触発し、意志に力を与える
ぜひ、アートシンキングの旅を、ご一緒させてください。
オンライン化されたフェスティバルもすばらしかったけれど、やはり来年は、リンツを訪問できることを祈りつつ。
2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側リーダーを務める。著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等
※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnote(リンク)で掲載された「アルスエレクトロニカ・フェスティバルレポート_考察:2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと」の第4回をもとに編集したものです。