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音の資産を継承する。「SOUNDS GOOD®︎」のこれまでの歩みとこれから

2020.11.30
#ブランディング
博報堂グループのスタートアップスタジオquantumとオトバンクが共同で設立した、企業のもつ個性ある音を資産化し、継承するブランデッドオーディオストレージ「SOUNDS GOOD®︎」。工場や作業場の音など、その企業ならではの“音の資産”を、音楽や映像、写真など様々な分野のアーティストやクリエイターとコラボレーションして展開し、新たな価値を生み出しています。今年10月には、渋谷と青森の“ノイズ” (環境音・生活音) を、写真と映像を通して体感できる「THIS SOUNDS GOOD?展 #渋谷x都市 #青森x農林水産業」も開催。ローンチから1年半、音×ブランディングという誰も足を踏み入れてこなかった領域に挑んできた「SOUNDS GOOD®︎」代表・安藤紘に、これまでの道のりと、今後の展望について聞きました。

SOUNDS GOOD®︎着想のきっかけ

安藤
僕はquantumで様々な企業の事業開発に関わっていますが、その中で音声コンテンツをお風呂で聞かせる事業の検討やテストマーケティングをしていたことがあって。その事業の検討においては、コンテンツを作るのには非常に労力がかかり、限られたマンパワーで事業を進めていくのは厳しいということになったのですが、ただその時に、「音×ブランディングという領域には、チャレンジできる可能性がまだまだある」と感じたことが、SOUNDS GOOD®︎の着想のきっかけとなりました。

当初構想したのは、ブランデッドオーディオブックというコンテンツでした。オーディオブックというのは、ポッドキャストに近い形のものです。アメリカでは3、4年前から企業が参加したブランデッドポッドキャストが広告賞を取ったりしていたんですが、それはアメリカが車社会だから。日本人が通勤中の満員電車で真面目なポッドキャストを聞くというのはあまりイメージできませんし、同じようにやっても聞く人が少ないんじゃないかと思い、アメリカとは違う新しい方法を模索していました。その中で、たまたま出会ったのがASMR(Autonomous Sensory Meridian Response=自律感覚絶頂反応)だったんです。

ASMRは、咀嚼音などがよく知られていると思いますが、調べていくと、誰かにとって気持ちいい音であれば、どんなものでもASMRになり得る、と分かりました。
自分にとって気持ちいい音とは、自分の原体験に紐付いているんです。例えば工業地帯で育ったら、工場の音を聞くと落ち着いたりする。「気持ちいい音」は、自分が育った環境や良い思い出とつながっていたりします。ということは、どんな音でもいいんです。
ある時、たまたまラコステのインスタグラムを見ていたら、ミシンでラコステのロゴを縫う音が気持ち良くて。その時に、「ラコステのロゴを縫う音と、ナイキのロゴを縫う音と、それぞれ音が違うんじゃないか」と気づいたんです。ミシン音一つとっても、企業と掛け合わせたら無限に違う音が出てくるんじゃないか、と。工場や企業しか持っていない音を、聞きやすいコンテンツに仕上げたら面白いことになるんじゃないかと思いつきました。

「いい音」とは何か?

今SOUNDS GOOD®︎では、ASMRと強く結びつけることはしていないんですが、音を作るときの基準は持っていて、「音だけ聞いていても気持ちいいと感じられる音に仕上げる」という点にはこだわっています。初めは“何がいい音か”という基準が自分たちの中になかったので、まずそれを見つけるのが大変でしたね。ASMRの動画は多数ありますが、大体が映像とセットで、音だけというのはあまり実はないんです。SOUNDS GOOD®︎は映像がない分、音だけでごまかしがきかないこともあり、最初のうちは編集作業が大変でした。何時間も録音した音を聞きながら作業していたので、しばらくは自分が作ったコンテンツを聞きたくなかったくらい(笑)。

音量の調節も難しかったです。例えば、安眠にも効果的と言われている「ホワイトノイズ」という音がありますが、これは爆音だとすごくノイジーに聞こえる。なので、サンプリングした音を家で聞いたり、外で聞いたり、時にはビルの高層階で聞いたりして、音量を微妙に調節していきました。そのような作業を繰り返したことで、最近は「いい音」の基準が定まってきたので、制作チームにある程度音作りを任せられるようになりましたが、基準ができるまでは苦労しましたね。

立ち上げ当初は「音でブランディング?そもそもよく分からない」と、変わった人扱いされてましたから(笑)、だんだん色んなメディアが取り上げてくれるようになって、認めてもらえたのは嬉しかったですね。

音が企業とクリエイターの関係を変えるかもしれない

SOUNDS GOOD®︎の強みは、どういう音を「企業の音」と捉えるのかという企画力と、音作りにこだわる制作力です。編集に関しても、ローンチからいろんな音を作ってきた実績もありますし、ここまできれいに音を撮って、仕上げることのできるチームは他にないのではという自負があります。あと、僕たちは、企業が「この音は自分たちの音です」と誇りに思えるような音を前に出そうとしているので、最初の段階でユーザー目線で音を選ぶというような忖度はせず、それが最終的にユーザーにとって気持ちがよい音になるように工夫しています。また企業の方から「うちの会社にどんな音があるかわからない」というお話もよく聞くのですが、ご相談を受けて改めて一緒に現場に行くと企業の方自身が、「結構色んな音があるな」と気づかれることも多いですね。みなさん、その現場で鳴っている音に馴染んでしまっているので、自分たちでは気づかないことも多いんです。

あとは、様々なアーティストとコラボレーションできるのも強みの一つです。立ち上げ当初は音を音楽に変換することを中心にしていましたが、今はそれに加え、音からインスピレーションを受けてアーティストが詩やイラストを作る、といった取り組みも始めています。もしかすると、こうした取り組みは今までの企業とクリエイターの関わり方を変えるかもしれないと思っていて。例えば広告などをクリエイターに制作を依頼するとき、今までは企業が頑張ってオリエンシートを作って、クリエイターにオリエンをしていたと思いますが、これからは「これがうちの会社の音なんです」と“音でオリエンする”といったことができるようになるかもしれないと思っています。

音は主役になれない。だからこその“活かし方”がある

今年10月に開催した「THIS SOUNDS GOOD?展」もその一つですが、写真家とのコラボレーションもどんどん増やしていきたいと思っています。これまで活動してきて、音はどうしても主役になりきれないということも感じました。音は、写真やイラスト、動画と違って、聞いてもらわないといけないので、情報の伝達速度はとても遅いんですよね。でも逆にそれだからこそ、色んなものと相性が良いということも改めてわかってきています。僕らがどれだけアウトプットできるかが勝負だと思っています。

例えば、展示会ではSOUNDS GOOD®︎として初めて映像も作成しました。単純な木が倒れる映像だけだとかっこよくないけれど、そこからインスピレーションを受けた音楽をつけると一気に映像としてのクオリティを上げることができる。映像自体もこだわりをもって作成していて、90年代のフィルムカメラで撮影して、あえてノイズを感じられるような影を入れたり、編集も音との関係性を意識して行いました。今回得られた知見を活かして、プロモーション動画などアウトプットの幅を広げていきたいです。

また展示会では、日常の中の音を中心に集音しました。僕らはいつも企業の音をメインに扱っていますが、そもそも日常の音や生活音に興味がないと、企業の音は聞いてもらえないと思うんです。いつもは意識していないけど、意識して聞くと気持ち良い音だった、ということを展示会の空間で演出しました。「ちょっとイヤホン外してみよう」じゃないですけれど、街の音を意識して聞いてみたら、意外と気持ち良い音だったりする。リアルの場での開催にこだわった理由は実はそこにあって、ふらっと立ち寄ってくれた方にも“ノイズ” (環境音・生活音)に興味を持っていただけるきっかけになればいいな、と。

「レーベル」から「ストレージ」に進化。世界も視野に新たなステージへ

2020年8月にコンセプトリニューアルし、「レーベル」から「ストレージ」に名称を変えました。レーベルというと、音楽に寄り過ぎてしまうと思ったんです。あくまで僕たちは“音の資産”をつくる団体で、その資産から様々なアウトプットを作れるのが自分たちの良さだと思っています。僕たちは音だけでなく、グラフィックも映像も作れるし、イベントも開催しています。SOUNDS GOOD®︎は、色んなことを貯めている倉庫のような存在で、音を軸に幅広くアウトプットにつなげていく、というメッセージを込めて「ストレージ」という名称にしました。

ローンチから1年半経ちますが、今後の課題は、もう少し音の資産を作る意義を明確にしていきたいと思っています。今はとにかくサービスを広げている状態なので、もっと伝わりやすい言葉やアウトプットで、音の資産を作ることの価値を伝えていきたいですね。10月の展示会はエンドユーザー向けでしたが、企業に向けてもまだ音の資産を残すという価値を伝え切れていないところがあると思うので、そちら側にも発信していきたいです。そういう意味では、自分たちだけでは、アウトプットの価値を出しにくい面もあるので、例えば、ラジオ番組と一緒に、リスナーとサウンドロゴを作ろうという取り組みも始めていたりと、メディアとのコラボレーションも進めています。一緒に取り組んでもらえるパートナーは随時積極的に探していきたいと思っています。

今後は、どんな企業でも音の資産を持つことが当たり前になる、という世の中を目指していきたいですね。音はノンバーバルなものなので、日本国内だけでなく、海外でも受け入れてもらえるんじゃないかと思っていて。海外の企業とも一緒に取り組めたら嬉しいですね。

安藤 紘
Founder of SOUNDS GOOD®︎

2016年8月からquantumに参画し、大手企業とのプロジェクトを中心に新規事業開発を手掛ける。その中で、2019年3月に、企業の個性や象徴とも呼べる事業を“音の資産”として残し、様々なクリエイターたちとのコラボレーションから未来に意味のある形で継承していくBRANDED AUDIO STORAGE [SOUNDS GOOD®]を設立。2020年4月からは、Forbes Japanのオフィシャルコラムニストとして、「ノイズの可能性」について執筆中。

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