
今回のコロナ禍は私たちの日常のありようを大きく変えてしまいました。生活総研では感染が拡大しはじめた3月からコロナ禍に関する生活者調査を毎月続けてはいますが、今のように状況が日々変化する局面では、目の前の変化に囚われ過ぎないことが大事だと考えています。そこで今日は、過去から現在に続く流れを俯瞰しながら、その先にある生活者の「これから」についてお話したいと思います。
手がかりになるのは、我々の基幹調査である「生活定点」です。これは1992年から隔年で続けている長期時系列調査で、生活者の意識や行動を約1,400項目にわたって聴取しているものです。実施年となる今年はコロナ禍の最中の7月実査だったので、調査結果はこの変化を約30年のスパンの中で分析できる貴重なものになりました。結果の概要は既にリリースで発表していますが、コロナ禍が生活者に与えたインパクトは我々の想像をはるかに超えるものでした。ざっくり言うと、2018年から2020年にかけての変化の総量は、過去20年間で最大規模という結果になりました。
(*teamLabとコラボレーションした特設サイトもオープンしています。
『生活定点1992‐2020』特設サイト https://seikatsusoken.jp/teiten/)
【図1.隔年ごとの「調査項目の変化総量」】

前回(2018年)の調査結果を見直すと、2010年代の生活者には「この先、良くも悪くもならない」という認識が広がっていて、「国や社会のことより自分のこと」「将来のことより今のこと」というふうに“身近な幸せ”を追求するモードでした。我々はこの状態を、熱くもなく冷めてもいない「常温社会」と名付けました。
ところが、今回の調査ではこの「常温社会」が動き出しました。例えば、低下傾向にあった「気がかりなこと・不安なことが多い」「悲しいことが多い」と答えた人が大幅に増加して、世の中は“悲観”に一転しました。その裏返しで「身の周りで感じること」としてずっと増加していた「喜ばしいことが多い」「楽しいことが多い」と答えた人が減少しています。
【図2.ネガティブに転じた「生活者の感情」】

「日本の行方」については「悪い方向に向かっている」と考える人がぐっと増えて、「現状のまま特に変化はない」を追い抜きました。
【図3.不透明さを増す「先行き感(日本の方向)】

自分の「経済状態の行方」については、依然「今後も変わらない」と思う人が最も多いんですが、今後は「苦しくなる」と答えた人が反転増加していて、マクロもミクロも先行きの不透明感が増していることがわかります。
【図4.不透明さを増す「先行き感(経済的余裕)」】

もちろん、こうした意識の中には、コロナ禍が終息すれば元に戻るものもあると思います。でも、“世の中はこんなにも簡単に変わってしまうものなんだ”という、底知れない恐れのような感情はしばらく残るような気がします。
長い自粛生活で生活者の暮らしも大きく変わりました。皆さんもそうだと思いますが、「オンラインショッピングの利用率」の大きな伸びが象徴するように、リモートライフが本格化しました。「インターネットで実物を見ずに服を買うことに抵抗はない」人も増えていて、“実物を見ないと心配”という心理障壁を突破したネットショッピングはさらに加速すると思います。
【図5.「リモートライフ」の本格化 (買物)】

仕事面では、これまでほとんどいなかった「在宅勤務をした」経験者や「テレビ電話(ビデオ通話)」の利用者が急増していて、家の中でできることが飛躍的に増えたことがわかります。
【図6.「リモートライフ」の本格化 (仕事)】

こうした暮らしの変化は生活者の気持ちにも影響を与えたようで、「ひとりですごす時間を増やしたい」人や、「自由な時間はひとりですごしたい方だ」「趣味や遊びは人とやるより、ひとりでやる方が好きだ」という人が増えています。
【図7.「ひとり志向」の高まり】

“ひとり志向”は元々あった傾向ではありますが、さらに今回の出来事で“ひとりの時間・ひとり遊びも悪くない”と気づいたり、“自分にとっての大事なことは何か”を考え直した生活者が多そうです。このように周りをあまり気にせず、「わたし基準」で幸せを追求しようとする流れは今後も強まると思います。
生き方を考え直した生活者は、人間関係も見直しはじめます。「友達は多ければ多いほど良いと思う」人が低下する一方で、「人づきあいは面倒くさいと思う」人が増えています。
【図8.「人間関係」見直しの兆し】

ただ、単に人間嫌いになったわけではないようで、考察を深めるために行った追加調査では、自粛生活を経て「自分にとって大切な人・必要な人がはっきりした。表面上の付き合いの人があぶり出せていい機会だった」「友人とはSNSで近況報告はできるので、今ぐらいの距離感がかえって快適に感じた」といった意見が多くみられました。つまり、リモート化をきっかけに人間関係をうまくチューニングできたということでしょうか。
また、結婚や家族に関する考え方にも顕著な変化がありました。「入籍すれば、結婚式や披露宴を挙げなくてもかまわない」「同性同士で結婚する人がいてもかまわない」「入籍せず事実婚でもかまわない」と考える人が増えるなど、旧来の考え方にこだわらない機運が高まっています。
【図9.「結婚観」の多様化】

その流れは働き方でも同様で、例えば職場の規範について「早めに出社しなくても始業時間に間に合えば構わないと思う」「仕事さえきちんとしていれば、どんな服装でも良いと思う」「終業後に予定があるとき急な仕事でも残業はしない方だ」といった項目が増加して、個人の働き方の裁量権を拡大しようとする意識が高まっています。
【10.「働き方」の個人裁量化】

今回の経験を通して、“人や社会との関係性は意外と変えられるんだ”と気づいた生活者は、今後も暮らしのなかで様々な「関わり直し」を進めるんじゃないでしょうか。
生活者はコロナ禍で移動や交遊など様々な“我慢や制限”を強いられました。その一方で、暮らしのデジタル化やリモート化を体験して、「こんなやり方もアリなんだ」「今まで通りじゃなくても構わないんだ」と気づいた人も多いはずです。そういう意味では、逆に常識や慣習に対する“我慢”から解き放たれた面もあると思います。社会の中から「〇〇すべき」「〇〇しなければらない」ことが減れば、その代わりに生活者は暮らしの中に「したい」ことを見つけはじめると思います。
世界経済フォーラムが開催するダボス会議の来年のテーマは“グレート・リセット”だそうです。私が予想するリセットとは、国や企業が主導する大上段な「改革」よりも、生活者が草の根で小さな「実験」を繰り返して、ひとつずつ社会を上書きしていくイメージです。この潮流を我々は「生活者が“暮らし方を実験する”時代」と解釈しています。たぶん、これからは生活者の手によるイノベーションが社会のあちこちで生まれると思います。その時、自宅やオフィスはいわば実験場になります。その時に求められるのは、生活者のイノベーションを手伝う「実験の協働者」になる発想であり、そのための「場や仕組み」を提供することではないでしょうか。願わくば、我々の研究活動も生活者のそんな動きを応援するものでありたいですよね。実は生活総研は来年、設立40周年を迎えます。いろんな“実験”にも取り組んでいく予定ですので、どうかご期待ください。

1989年博報堂入社。マーケティングプラナーとして得意先企業の市場調査や商品開発、コミュニケーションに関わる業務に従事。以後、ブランディングや新領域を開拓する異職種混成部門や、専門職の人事・人材開発を担当する本社系部門を経て、2015年より現職。
著書:『生活者の平成30年史』(共著:日本経済新聞出版社・2019年)
法政大学 非常勤講師。