田中安人氏
吉野家 チーフ・マーケティング・オフィサー
吉柳さおり氏
ベクトルグループ 取締役副社長
川上宗一氏
電通デジタル
代表取締役社長執行役員
太田郁子
博報堂ケトル 代表取締役共同CEO
田中
ここ数年で、マーケティング活動におけるPRが非常に重要になっています。まずは、最近のPRの変化について吉柳さんから説明していただきます。
吉柳
以前、PRはほぼパブリシティ、つまりメディア露出を意味していました。私たちの仕事の多くも、クライアントの商品やサービスがメディアで取り上げられ、話題になることを支援することでした。しかし、近年、PRの「D2C化」が起きています。つまり、生活者に直接届くようなPRということです。ダイレクトに生活者に訴えるPRのコンテンツやデリバリーの仕組みを考えることが、現在のPRでは非常に重要になっています。
田中
コロナショックによって、PRの重要性はさらに増したのではないでしょうか。
太田
そう思います。これまでの考え方では、認知を獲得するのがPRの基本で、最近ではPRによって生活者の価値観や考え方を変え、結果として行動習慣も変えるという視点も重視されるようになってきました。コロナ禍によって新たに加わったのは「社会的合意形成のためのPR」という視点です。困難な時期を乗り切るために、価値観や目線をみんなで合わせていくことが必要になっています。そのためにPRの手法をいかしていこうという考え方です。
吉柳
私もPRの機能が拡張していると考えています。太田さんがおっしゃるような合意形成のほかにも、新しい市場や商品価値を生み出すサポートをするのがPRの役割である。そんな意識が広まっています。
川上
PRの「D2C化」という話がありましたが、コロナショック下の自粛生活の中でソーシャルメディアの利用率が劇的に上がったことがそれを後押ししているように思います。ダイレクトPRという手法によって、PRの価値はさらに高まっているのではないでしょうか。
田中
吉野家では、緊急事態宣言が出た直後にお子様向け、家族向けの割引サービスを始めて、テイクアウトの売上が非常に増え、ソーシャルグッドな行動であるという評価もいただきました。もともと社会貢献への意識があったために、迅速にソーシャルグッドな動きを起こすことができたのだと考えています。
太田
それは重要な視点です。もともと明確な企業のパーパスがあったから、危機的状況に迅速に対応できたということですよね。
吉柳
吉野家は従来から高い社会意識をもっていたために、その延長線上で行動できたのだと思います。一方、ビジョンやパーパスがなく、様子をうかがっていた企業は出遅れてしまいました。社会課題に対する意識と行動のスピード。その二つがあった企業が売り上げも評価も得ることができたということではないでしょうか。
川上
企業本来のキャラクターと、それに基づいた社員の信念があれば、ぶれのない行動ができると僕は考えています。逆に、キャラクターや信念に沿っていない行動は、たとえ迅速でも一種の「嘘っぽさ」を消費者に見抜かれてしまいます。
田中
PRと広告や商品開発との関係についてもお聞きしたいと思います。私たちはもともとPR予算が潤沢ではなかったので、商品開発自体にPRを組み込もうと考えてきました。つまり、お金がないぶんアイデアで勝負しようとしたわけです。その結果、メディアなどへの露出も増えました。しかし、多くの企業では広告、PR、商品開発の部門がはっきり分かれているので、このようなやり方は難しいかもしれません。
吉柳
企業における広告、PR、商品開発などの部門、さらに広告会社を加えた各プレーヤーがコアバリューを共有し、最初からPR視点を組み込んだ戦略を立てることができると、自然にPR効果が生まれ、いわばPRが自走するようになります。結果、事後的なPR予算が必要なくなります。「PRドリブンになるとマーケティングコストが下がる」と私がよく言っているのはそのためです。そのようなやり方を実現するには、組織横断的な動きをリードできるCMOの存在が必要です。
太田
あるいは、経営者、もしくは経営トップに近い人がPRパーソンになることですよね。PR戦略には意思決定のスピードも重要です。意思決定ができる人がPRをリードできる組織は非常に強い組織と言えると思います。
田中
PRには社会的な価値共感を醸成する役割があります。その有効な方法についてご意見をお聞かせください。
吉柳
重要なのは「社会的インサイト」を見極め、何をPRのコアにするかをしっかり考えることです。そして、そこから具体的なコンテンツやアクションをつくっていくことです。企業ビジョンをコーポレートサイトに載せるだけでは、生活者の広い共感を得ることはできません。言葉だけではなく、コンテンツや仕組みによって生活者の具体的な行動を誘発することが必要だと思います。
田中
広告会社として、PR活動を一緒にやりやすい企業とはどのような企業ですか。
太田
私たち博報堂ケトルは「手口ニュートラル」という方針を掲げ、過去のマーケティング手法に捉われないやり方をご提案するようにしています。誰もやったことがないことにこそ価値がある。それが私たちのスタンスです。しかしそのような提案に対し、「その方法でどれくらいの効果が見込めるのですか?」という質問をいただくことがあります。もちろん、数値目標は非常に大事なのですが、PRにどのくらいの定量的効果があるかを現状のテクノロジーで100%算出することは不可能です。ですから、ある程度は「企業として何が必要で、何がやりたいか」という意志が求められることになります。やるべきこと、やりたいことの軸が明確なクライアントであれば、パートナーとしてPRの戦略をともに考え、ともに実行していくことができると考えています。
田中
デジタル技術を使ってPRの効果を算出するのはまだ難しいのでしょうか。
川上
指標となる数字をある程度算出することはできますが、PRの効果を見るには数字以外の定性データも参照する必要があります。数字だけだと、「なぜそれが売れているのか」「なぜそれが必要とされているのか」がわからないからです。逆に「なぜ」がわかれば正しい意思決定ができるようになります。その両軸を成果とする指標を開発していくことがこれからの課題と言えるかもしれません。
田中
事業会社でマーケティングを担当している立場から見て、広告とPRの境界はすでに溶けていると感じています。今後、PRの発想はどうあるべきだとお考えですか。
太田
先ほども「インサイト」という言葉が出ました。生活者のインサイトにヒットするPRができれば、商品やサービスへの共感が生まれ、口コミが広がり、それが結果としてメディアへの露出にもつながります。インサイトを深く掘っていき、コアアイデアを見つけることによって、広告やPRの別なく生活者の心に届くコミュニケーションが実現する。それがこれからのPRの重要な考え方だと思います。
川上
僕自身はPRに関して三つのことを大事にしています。一つは「ニュースをつくる」という感覚です。ニュースになるような方法で世の中に情報を出していくことが重要で、例えば、Yahoo!トピックスの最大13.5文字の枠内でPRメッセージを書いてみるといった訓練は非常に有効だと思います。二つめは「双方向」です。PRとは社会との継続的な対話です。情報を一方的に発表して終わるのではなく、インタラクティブなコミュニケーションを地道に続けていくことによって、どこかのタイミングで商品やサービスがブレイクする。そのような発想が必要だと考えています。そして三つめが、先ほども述べた「企業のキャラクター」です。自社のキャラクターを踏まえた無理のないPRメッセージは、自然に生活者に伝わっていきます。キャラクターを客観的に見極めるのが難しい場合は、広告会社など外部のパートナーの力を借りてもいいと思います。
吉柳
私たちは、社員への教育の中でPRの発想の訓練を続けてきました。とくに、商品やサービスを取り巻く社会的ニーズ、時事性、生活者インサイト。その三つをしっかりと捉え、その中心にコンテンツやメッセージを置くという訓練を徹底するようにしています。もう一つ重要なのは「唯一無二感」をつくり出す力です。川上さんがおっしゃったように、企業やプロダクトにはキャラクターがあります。それを上手に統一して、アピールしていくスキルがPRのプロには欠かせません。さらに最近になって求められるようになっているのが、先に申し上げたD2C的なコミュニケーションをつくっていく力です。そのトレーニングに現在は注力しています。
田中
最後に、「PRの本質とは何か」ということについてご意見をお聞かせください。
川上
今後、PRはますます企業と社会の双方向のコミュニケーションになっていくと思います。社会が動き、消費者が動く。それに対して企業も最適な動き方をしていく。それがこれからのPRの本質になると思います。トライ&エラーをくり返しながらそのスキルを身につけていくことで、PRの質も向上するのではないでしょうか。
太田
どんなに競争力のある商品であっても、「足場」が悪ければ競合に勝つことはできません。自分たちにとって有利な競争環境をつくり、「足場」を固めることによってポテンシャルを最大限に発揮していく。その「足場づくり」こそがPRの本質であると私は考えています。
吉柳
多様なステークホルダーとの良質で双方向的な関係構築をするのがPRの役割であり本質であると思います。それに加えて、コロナ禍によって見えてきた本質もあります。それが「リアリティ」です。パブリシティ主体のPRの時代は、ファクトを示す言葉が重要でした。しかし、コロナ禍によって人々の社会意識が高まっている現在、言葉だけではなく、企業としての実態、つまりリアリティを示していくことがPRの本質となっていると私は考えています。
田中
皆さんのお話をうかがって、これからのマーケティングの中心はPRになっていくという手応えを得ることができました。また、PRには企業のパーパスや、PRを構想し実行していくチームづくりも大事であることもわかりました。今日はありがとうございました。
株式会社グリッドCEO/株式会社吉野家CMO HR、経営戦略、海外戦略、販売戦略、スポーツマーケティング、アドバタイジング・エージェンシー/パートナー等幅広い経験から多くの企業のCMO歴任。公益財団法人日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員。フェアプレイ委員会選考委員長。帝京大学ラグビー部OB会初代幹事長として大学選手権9連覇の強さの秘密を解き明かした書籍『常勝集団のプリンシプル 〜自ら学び成長する人材が育つ心のマネジメント〜』を企画・編集。
大学在学中にPR会社ベクトルにアルバイトとして入社し創業に参画。2002年にベクトル取締役に就任。2004年にPR事業会社プラチナムを設立し代表取締役に就任。ベクトルグループはPR事業、デジタルマーケティング事業、ダイレクトマーケティング事業、メディア事業など、グループ36社、中国、インドネシアをはじめアジアに10ヶ国15拠点をもち、様々なコミュニケーション事業を展開するグループ。2012年に東証マザーズ上場、2014年に東証一部上場。
1998年 東京大学法学部卒 電通入社。マーケティング・プロモーション局、営業局に所属し、食品/エンターテインメント/自動車/消費財/情報通信企業を担当。新商品・新事業開発、手口ニュートラルなコミュニケーションデザイン、音楽・映像・アニメ・テクノロジーを活用したコンテンツマーケティングを推進。2019年から電通デジタルに参画。人を基点としたデータドリブンマーケティング「People Driven Marketing」 を推進。執行役員兼アカウントプランニング部門長、アドバンストクリエーティブセンター長を経て、2020年より代表取締役社長執行役員に就任。
2001年に博報堂に入社。ストラテジックプラナーとして、様々な企業の経営戦略、マーケティング戦略の立案や商品開発に参画。2012年PR発想で統合コミュニケーションを実施する博報堂ケトルに参加。ストラテジックプランニングを軸足とする強いターゲットインサイトの発掘と、PR的な合意形成スキルを融合し、新しい形の統合コミュニケーションを得意とする。2015年に博報堂ケトルにPR専門チームを設立、そのリーダーを務める。2019年10月より現職。