*『逃げるは恥だが役に立つ』・・・家事代行として住み込みで働くことになった森山みくり(新垣由衣)と雇用主である津崎平匡(星野源)の契約結婚を描いた大人気ドラマ
瀧川:
『わたナギ』の取材では大変お世話になりました。私はドラマが大好きで、自分でレビューを書いたりするくらいなのですが、ドラマを作る過程というのをまったく知らなかったので、今回取材の依頼をいただいてとっても勉強になりました。そもそもキャリジョにお声掛けいただいたのはどういう経緯だったのでしょう?
岩崎:
TBSには火曜、金曜、日曜のドラマ枠がありますが、火曜は女性に見ていただくことを前提に作っているドラマ。まず、主人公がちゃんとリアルな女性像になっていないと、見ている方の気持ちが離れてしまいます。『わたナギ』の場合ですと、28歳の働く女性が主人公。物語の軸となる主人公のリアルな心情や今の悩みをしっかり表現したいと考えていました。脚本家さんは男性で、私もアラフォー。アラサーだった頃の気持ちは覚えていますが、もしかしたら一昔前の価値観になっているかもしれませんし、自分を過信しないためにも客観的に今のリアルな女性像を教えてくださる方のお話を聞いて、それをきちんと反映させたかったんです。そんな時にキャリジョ研で出されている『働く女の腹の底』(光文社新書)という本に出会って、すぐ買って読みました(笑)。まさにこういうお話を聞きたかったんだって那須田に相談して、取材をさせてもらったんです。
那須田:
TBSの中で日曜劇場と金ドラは、日曜に家族みんなで見るとか、明日からお休みという夜に見るものとして定着していた。じゃあ火曜というウイークデーに見るのはどういうドラマがいいかと考えたとき、1日頑張って働いてきた人に、さあ明日も頑張ろうって思えるような、家事をやっている方も、早く終えてあれ見たいなと思えるような、1日のご褒美みたいなドラマにしたかったんです。『逃げ恥』にも、どんな生き方も間違っていないんだよと伝えるテーマ性があり、ポジティブな気持ちになれるエッセンスがちりばめられていたことがヒットの要因だったんじゃないかな。
その後、働き方改革みたいな割と具体的なテーマで作られていたのが『わたし、定時で帰ります。』だし、その1年後が『わたナギ』。火曜ドラマの中で描いてきたものには、やはりちゃんと時代のテーマが乗っかっているんですね。そうすることで、見ている方に毎日の生きる勇気とヒントを感じ取ってもらえる。やっぱり、笑って泣いて、ちょっとの勇気とヒントがもらえるっていうのは、一番のエンターテインメントだと思いますから。
瀧川:
『わたナギ』の取材協力をさせていただくまでは、正直ドラマの制作にこんなにも深く社会的な背景が考えられているとは思っていなくて…。ある意味広告もちょっと派手なことをやればいいと思われがちなところがあるので、今の世の中を分析して、そのうえでコンセプトを考えていくという意味では広告もドラマも近いものがあるのかな、と感じました。
那須田:
広告も何かを伝えるためにコンセプトを作ると思うし、僕らもテーマというものは作ります。でも、テーマを描くというより、やっぱりテーマは見ている人に感じ取ってもらうもの。見てる人が感じて、それについて考えてもらう、つまり自分で見つけるのが一番楽しいところなんですよね。例えば映画だって、誰かと見に行って、帰りにあそこはああだよね、こうだよねって自分が感じたことを伝えたいわけじゃないですか。それがやっぱり映画の楽しさ。それはドラマも一緒だと思うんです。その“なにか”を感じてもらうために今のムードというものを大切にしています。おそらく人間に関するドラマって昔からやっていることはそれほど変わっていない。でも、背景は変わっている。その背景が違うことで見え方が全然違ってくるから、そこはすごく大切だし、ちゃんとコンセプトを持っていないとうまく作ることはできないんですよね。
瀧川:
岩崎さんは『わたナギ』を作るにあたってどういうテーマを設定していたのですか?
岩崎:
多様性を認めるということはひとつのキーワードとして持っていました。『逃げ恥』から数年が経って、女性が働くことや家事をすることに対する向き合い方もたぶん変わっていると思いましたし、とにかく見ている人がちょっと肩の荷を下ろせるような、そんなに頑張りすぎなくてもいいんだって思えるようなドラマにしたかったんです。家事を人に頼んで仕事に集中するのもありなんだっていうのを、多様性のひとつとして描きたいと思ってましたね。
那須田:
僕もキャリジョ研の本を読んだり、みなさんの話を聞きながら思ったのは、本当に働く女性も多様化しているってことなんですよね。昔だったら「バリキャリ」ってひとくくりにされていたものが、たぶんその中にも何パターンもある。多様性っていうのは『逃げ恥』の頃もすごく意識して、どんな生き方も否定しないっていうのをテーマにしていたんだけど、サステナビリティというのを意識したのは『わたナギ』くらいからかもしれないです。
どんな人だってみんな自分に足りないものがあるわけですよね、メイにもあるしナギサさんにもある。でもそれだったら、みんなで補って、チームでやればいい。足りないところは自分の力じゃなくていいんだってことに気づいたら、もっと楽に生きられるし、いろんなことにチャレンジできる。持続可能って、そういうことな気がしていて。なかなかひと言では表現しきれなかったけれど、そこはもう、おじさん家政夫っていうすごいアイコンと、多部さんのコケティッシュな魅力でまとめてくれた感じはするんですよね(笑)。
宇平:
今はどの企業も社会的課題に対する立場を表明しにくい時代になっていると感じているのですが、『逃げ恥』も『わたナギ』も、すごくセンシティブな課題を扱いつつも、優しく楽しく包んでくれる雰囲気がありました。制作上意識されたことはあるのでしょうか。
那須田:
それはやっぱりコメディーの力なんです。人間って、笑って泣ける時が一番ものを吸収しやすいし、ちょっと考えるんですよね。先ほどの話にもありましたが、テーマを“描く”のではなく、“感じてもらう”ためにそれはとても重要。あと、コメディーにすることでちょっと客観的に、安心して見られるというのもあると思います。ドラマだから悲しかったり辛いシーンもあるけど、最後に恋ダンスがあるから大丈夫、みたいな安心感とかね(笑)。
瀧川:
恋ダンスというのは、どうやって生まれたんですか?
那須田:
もともと僕が星野くんのコンサートに行った時に、バックダンサーをやっているELEVENPLAYのダンスがすごくよくて、ああいうことをドラマでできないかなと思っていたんです。たとえ悲しい展開があっても、最後は楽しく終われるといいなと思っていたので。それで星野くんにダンスが踊れるような曲を作ってほしいと依頼して、じゃあどんなダンスにするかとなったとき、ちょっとマニアックな話になりますが、ずっと顔を見続けられるダンスにしたんです。つまり、全部カメラ目線。ドラマを見ていても、結局人は顔を見ているじゃないですか。だからハッピーな顔を見続けることで、より多幸感を生み出せるんじゃないかと。
瀧川:
なるほど、そんな狙いがあったんですね!『わたナギ』でもそういった工夫はあったのですか?
岩崎:
そうですね、やっぱり週がはじまったばかりの火曜の夜、まだちょっとしんどいなって時に見るドラマなので、あんまり小難しいことはやらず、とにかくなんか楽しかったな、面白かったな、明るい気持ちになれたなっていう作品にしたいというのは意識していて。そのためにキーワードとして「ドリーム感」という言葉を使っていました。リアルを追求して世知辛いことばっかり描いていると、みんなやっぱり疲れちゃうし。せめてドラマの世界では、ハッピーなこととか、キュンキュンすることとか、そういうのも見たいんですよね。
女性像はリアルなんだけど、会社に着ていくお洋服はすごくオシャレだったり、ちょっと現実とは違うけれど、見ていて楽しくなるようなドリーム感。それは例えば、会社の人たちがみんないい人ばかりだったり、さらっと男性が育休取ってお休みするとか、上司がすごくメイちゃんのことを心配してくれてたりとか。現実もこうだったらいいな、と思ってもらえる、リアルとドリーム感のバランスっていうものは意識していましたね。
那須田:若い女性がドラマを見る理由には、あの女優さんどんな服着ているんだろう、みたいな部分もたしかにあるし、そういうニーズに応えるのも大切なんですよね。メイちゃんだって結構豪華な部屋に住んでるんですよ、20代にしては。でも給料がいい設定だから、あのくらいの部屋に住んでいても大丈夫。そこにはちゃんとリアリティーがあるんですよね。お給料はいいけど、家事は苦手で、彼氏いないんだよねっていうような、そのあたりのバランス感はうまく描けたんじゃないかな。