モデレーター
鹿毛 康司
株式会社かげこうじ事務所代表 マーケター、クリエイター エステー株式会社コミュニケーションアドバイザー グロービス経営大学院准教授
古川 裕也
(株)電通 シニア・プライム・エグゼクティブ・プロフェッショナル / エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
嶋 浩一郎
博報堂/執行役員・エグゼクティブクリエイティブディレクター 博報堂ケトル/取締役・編集者
鹿毛
本セッションでは、尊敬するトップランナーのお二人に「これからの時代はクリエイティブにこそ投資すべき」というテーマでお話をうかがいます。言い換えると「クリエイティブになぜ投資する必要があるのか?」ということですね。
鹿毛
まず、そもそもクリエイティブの役割や、クリエイティブ自体がなぜ必要かを考えていきたいと思います。嶋さん、いかがでしょうか?
嶋
私のひとつの答えは「コンビニエントとLOVEは一緒じゃないから」です。ラブを生み出すには、クリエイティブが必要だと考えています。
今、予期せぬコロナ禍によって、企業はDXが急務になっています。でもDX加速の前に、IoT化や5Gの影響で、世の中はどんどん変わっていました。車がコネクテッドカーになり、家がスマートホームになり、企業と生活者がダイレクトにつながって情報の流通や課金までもできるデジタルプラットフォームが各所にできつつあります。ここに生まれる市場を、博報堂は「生活者インターフェース市場」と定義しました。
ただ、こうなるとサービスの便利さや効率化ばかりを追求してしまうという、陥りやすい罠もあります。いかに便利になっても、人は企業やブランドを愛してはくれません。便利になることは評価されるんですけど、愛されることと微妙に違うんですよ。愛されるためにクリエイティブが必要だ、というのが私のひとつの答えです。
鹿毛
古川さんは、どう思われますか?
古川
最近「なぜ広告はこんなに嫌われているのか」と、よく聞かれます。けれど、広告はそもそも構造的に嫌われ者なんですよ。ひと昔前、家々の玄関先には「押し売り・広告・どろぼうお断り」などと張り紙がしてあったといいます。広告が、突然現れて商品の説明をしたり、企業の考えを述べたりという要素を含むものである以上、本質的に嫌われるものなんです。映画やテレビ番組のように、積極的に情報を取りに行くものとは根本的にに違います。
で、広告をなんとか嫌われないようにするための技術として登場してきたのがクリエーティブです。
先輩たちの多くの優れた仕事によって、嫌われないどころか、おもしろがってもらえたり、好きになってもらえたり、一定の市民権を得てきました。もし、最近広告が嫌われてるとすると理由はただひとつ、クリエーティブがさぼってるからです。広告がチャームを失ったら、ただうざいだけです。
鹿毛
クリエイティブが機能していると、ブランドや商品にチャームが加わるし、嫌われない?
古川
そう思います。
嶋
チャームとは、私が挙げたラブとも同義だと思います。人々が「チャーミングだな」「好きだな」と感じることと、ただ便利になることとは全然違う。このチャームをつくるのが、クリエイティビティだと思います。
鹿毛
では、どういうときに人はラブを感じるんでしょうか?
嶋
私の仮説は「人は、潜在欲求を言語化してくれた人にラブを感じる」ということです。人の欲望を氷山にたとえると、週末に温泉に行きたい、あの本が読みたいなど、言語化されている欲望は水面に出ているごく一部です。水面下の大半の欲望は、言語化できない。そして大事なのは、すでに言語化できている欲望に応えるサービスに、人はあまり感謝しません。ネット書店でほしい本を買って翌日に届いても、便利だとは思っても「大好きだ!」とは思わない。
一方、自分が言語化できていない欲望に気付かせてくれると、すごくラブを感じるんです。例えばリアルな書店だと、思いもよらない本を買ってしまうことがありますよね。顕在化していなかった欲望に、本屋が気づかせてくれたわけです。「本屋B&B」を経営していてよくわかるんですが、「ここに来るとなぜか自分のほしいものがある」と感じてもらえると、愛される。
クリエイティビティでラブをどう作るかは、いろいろな方法がありますが、そのひとつは「言語化できない欲望=インサイト」を捉え、言語化したり顕在化したりすることだと思います。
鹿毛
インサイトの把握ですね。まさしくそれをお二人は実践されています。「あ、そうか!」と、受け手が気づかないポイントを押してくる。古川さん、それは気にされていますか?
古川
はい。例えば6年ほど担当させていただいてる「ポカリスエット」はターゲットが高校生ですが、6年前と今とではインサイトも全然違ってくるので、そこはとても重要、というかアイデアを考えるいちばんのサジェスチョンになります。
鹿毛
インサイトは変わるんですか?
古川
変わります。そういう変わっていくことと変わらない本質的なことを、両方ごろっとつかまえておくことが重要です。
さらに、嶋さんが言われる水面下の「言語化できていない部分」を洞察していきます。少し前までこう思っていて、今はこう思っている、そんな心理の人は次に何に接触したいのか、どこへ行こうとしているのか、何を見せると動くのか。点ではなくなんらか線的変化があるはずで、茫漠と「こうなったらいい」と感じていることを探ります。
あと僕は、ターゲット・インサイトよりも人類共通のインサイトをいつも重視します。人々の今のありようのようなことですね。
嶋
企画者は、インサイトコンシャスであり続けなければダメだと思いますね。で、インサイトは本人が意識して言語化されるより先に、行動に現れることが多い。
博報堂のクリエイティブの新入社員には毎年、タウンウォッチングを課題にしていて、街の中で変な行動や違和感のある行動をしている人を見つけてくるように話しています。要は、まだ言語化されない欲望が先行して行動に現れているファーストペンギンを探せ、と。例えば「おひとりさま」も、命名のきっかけは「最近なぜかフレンチのレストランに一人で予約する人が増えている」という現象だったそうです。人がちょっと変わったことをしていたら、それは新しい欲望の萌芽です。
鹿毛
ここまでを振り返ると、クリエイティブが必要な理由は「ラブあるいはチャームが生まれないから」だと。それらを生み出すひとつの策として、インサイト発見があるわけですね。
では、さらに「クリエイティブ投資はなぜ必要か」に踏み込んでいきたいと思います。古川さんからは「Cost < Investment」と提示いただいています。その心は?
古川
「クリエイティブは投資だ」という話は昔から言われている、古くて新しいテーマです。投資の対立概念は、コストです。企業として広告クリエイティブを投資と捉えるか、それともコストと捉えるかは、大きな違いです。で。結論はもう出ています。
クリエーティブを投資と考えると、数字以上のものが獲得できます。ひとことで言うと企業価値を世の中と共有できるということです。企業価値の共有は、クリエーティブに投資している限りずっと持続します。自分たちの存在意義、コア・コンピタンス、社会的意義のある活動などなどを継続的かつ魅力的に受容されるためには、クリエーティブに投資する以外の方法はありません。これは歴史が証明していますが、クリエイティブは投資だと考える企業が、大きな果実を獲得できます。コストと考える企業は、それなりの果実しか得られない。
鹿毛
なぜ、そうだと言い切れますか?
古川
事例を挙げるとすると、まずアップルがあります。”Think Different”というフィロソフィーとそれを体現するプロダクト、サービス、店舗設計などの価値を世の中と共有するためにクリエイティブに投資して、「世界からのリスペクト」という大きな果実を得ています。ナイキもそうですし、最近だとP&Gがそれにあたります。
これらのブランドが証明しようとしているのは、突き詰めれば自分たちの存在意義です。そのコミュニケーションが機能して、生活者がチャームを感じるとともにリスペクトしている企業は、すべて「クリエイティブは投資だ」と捉えて実行しています。意識的、戦略的に。
存在意義の表明は、今後ますます重要になります。最近「係」という話をよくするんですが、どの企業も何から何までできるわけではない。社会のなかで担う役割、つまり何の係なのかを明示することが大事です。2018年のCESで、トヨタ自動車の豊田章男社長は「カー・メーカーからモビリティ・プラットフォーマーになる」と宣言しました。車をつくる係から、モビリティ・サービスのプラットフォーマー係に変わると表明したわけですね。
クリエイティブ投資の最高のリターンが、世界からの「リスペクト」です。世の中にとって意味のある企業、なくてはならない企業とみんなに思われるかどうか、今のコトバで言えば、エッセンシャルと認められるかどうかが、今後の企業の盛衰を決めると思います。リスペクトは、これから、企業にとって最高のカレンシー(通貨)になっていくと思います。
嶋
クリエイティブはコストではなく投資だという点、まったくその通りだと思います。投資と捉えれば、のびしろが無限大になる。
鹿毛
とはいえ、経営層でクリエイティブに明るくない方々だと、やはり「クリエイティブはコストだ」と捉えてしまうのでは。どう考えたらいいんでしょう?
古川
これは、クリエーティブに明るいかどうかという問題ではなくて、企業価値をどうすれば上げることができるかという問題だと思います。最近企業の評価の視点がずいぶん変わってきました。利益はもちろんのこと、存在意義、社会にとって有意義かどうか、従業員、ステークホルダーを幸福にできてるかどうか等。それらを自ら証明しなくてはならなくなっています。それはコミュニケーションと深く関係があり、クリエーティブへの投資が不可欠だと思います。
嶋
PRでも、いまだに広告換算値がKPIにされていますが、KPIにもっと上位の概念を設定しないといけないと思いますね。社会におけるパーセプションを変えるため、社会に新しい合意をつくるためにPRしているわけだから、クリエイティブを投資だと考えるなら、「今までない概念がどれだけ生まれたか」を計測できる方法を採ったほうがいい。
古川
正直なところ、クリエイティブを上手に使ったら得しますからね。
嶋
その通りですね。なぜクリエイティブ投資が必要か、古川さんのお話にもうひとつ答えを重ねると、これから企業やブランドが存続していくには「生活者とともにカルチャーをつくる必要があるから」だと考えています。カルチャーは、一人ではつくれません。誰かとつくるときには、その誰かへの働きかけが必要で、それはクリエイティブによって実現できると思います。
嶋
今、コロナ禍によって、皆が本質的な価値を見出そうとしています。働き方や買い物の行動、持ち物一つひとつにも、その意味を考えるようになっている。なので、企業やブランドの「パーパス」が、より重要になってきています。マーケティングの領域でも、市場における優位性を語るのではなく、社会での立ち位置を語って共感を得ることが主流になりつつありますが、これもコロナ禍で加速しています。
つまり、古川さんのおっしゃるように「係」を表明する重要性が増している。係を表明し、生活者を巻き込んで、カルチャーを一緒につくってパーパスを実現していくために、クリエイティブという他人を巻き込む技術が大事なんです。
鹿毛
とはいえ、ビジネスのためにはパーパスだカルチャーだと言っている場合じゃないよ、という反論もあるのでは?
嶋
でも、明らかにこの変化は強まっていますよね。多くの商品がコモディティ化して競争優位が薄れたり、若い世代がサステナブルな世の中を志向していることなど、要因は複数あります。
鹿毛
時代が変わった、ということですね。古川さんはいかがですか?
古川
プロモーションvsブランディングの議論は、これまた昔からあります。トレードオフだと誤解されがちですが、ブランディングは目先のプロモーションよりも継続的に効果を上げられる方法でもあります。なぜなら、ブランディングの目的は「主語の力を強くする」ことだから。ブランドが確立している企業が新商品を出したら、皆が注目しますが、あまり知られていない会社が新商品をといっても、誰も興味を持たない。行為は同じでも、情報価値が大幅に違ってきます。ブランディングと言うと、販促的には遠回りのようですが、マーケットにおいて常に有利なポジションで戦えるようになるためのものでもあるんです。
上位概念であるコーポレートのブランドを強くすることは、実は遠いようで早いんです。
鹿毛
クリエイティブの力で、生活者を巻き込んでカルチャーをつくり、社会に存在意義を表明していく。それがブランディングであり、そのときクリエイティブは必然的に企業活動と直結する投資になる、と。古川さんは、ブランディングを「世界との約束」だと表現されていますね。
古川
ブランディングとは、現状のサマリーではありません。企業意思の表明です。ですから、必ず未来形で語られるものです。「こうなります」という、未来への約束です。言い換えると、ブランディングとは、企業に対する期待値を持続させるためのものです。
古川
こうした高次元の目標に、抽象度の高いゴールを我々クリエイティブがクライアントと共有することが大前提になります。要は、フィロソフィーの共有ですね。それができないと、僕たちの仕事は投資ではなくコストになってしまいます。これからクライアントと僕たちクリエーティブの関係は、従来の発注者・受注者ではなく、企業のゴールに向けて一緒に取り組む「同志」のような関係になっていくと思います。
嶋
「世界との約束」とは、お客さん一人ひとりとの約束とも捉えられますね。一人ひとりと一緒に何かをつくり、またパートナー企業とも協業しながら、皆で文化をつくるスタンスがこれからの企業には重要になると思います。
鹿毛
そういう時代になった今、身体的・右脳的に相手に働きかけることができるクリエイティブへの投資は、これまでにも増して絶対に必要だということですね。最後に、クリエイティビティに関してひとことずついただけますか?
嶋
クリエイションとは、新しい概念や今までなかったものをつくり出すことです。新しい概念を、「その手があったか!」と思わせる見事なやり方で提示できたとき、クリエイティブだと言われる。それが今ほど求められている時代はないのではないか、と思いますね。既存の価値観がグランドリセットされて、次に目指すべき価値観が、新しい生活様式とともに求められている。その状況下で、ぜひ企業には「クリエイティブは投資だ」と考えていただきたいですし、クリエイターは存分に手腕を発揮してもらえたらと思います。
古川
クリエイティブは実はとても論理的な仕事で、プロセスのほとんどは、ロジカルに考えていきます。けれど、最初の10%と最後の10%は、やはり直感です。そこにはリクツはありません。
カスタマーの理性をはがして、持っていく力こそが、クリエーティビティ固有の能力です。クリエーティブの仕事は、突き詰めるとフェロモンがあるかないかに集約されます。世阿弥の言う「花」ですね。それによって、ヒトの気持ちを動かすことがクリエイティブの重要な機能であり、クリエイティブにしかできないことだと思います。
企業のマーケティング、特にコミュニケーション戦略立案からクリエイティブづくりまでの首尾一貫とした活動をおこなっています。実務家視点とMBA理論を重ね合わせたマーケティング論を提供する活動もおこなってきました。2011年震災直後の「ミゲル少年と西川貴教の消臭力CM」はクリエイティブ力とSNS展開で社会現象となりました。エステーでは17年間にわたり宣伝責任者として、またクリエイターとして実際のCMプランニング、監督、音楽づくりなどを担当してきました。自ら中の人としてSNSで発信したりコンテンツマーケティングも展開したりと、既存メディアとネットメディアの融合を目指しています。
クリエーター・オブ・ザ・イヤー、カンヌ40回、アドフェスト・グランプリ、D&AD、広告電通賞、メディア芸術祭、ACCグランプリ、ギャラクシー賞グランプリ等内外の賞を400以上受賞。カンヌ審査員4回、クリオ審査委員長、ACC審査委員長、D&ADアドバイザリー・ボード等審査員多数。D&AD President Lecture、B-dash 等講演多数。九州新幹線「祝!九州」、ポカリスエット「Neo合唱」、宝島社「死ぬときくらい好きにさせてよ」「嘘つきは戦争のはじまり」「最後は勝つ。上がダメでも市民で勝つ。」GINZA SIX「目抜き通り」、リクルート「マラソン:すべての人生がすばらしい」、アシックス「ぜんぶカラダなんだ」、NIKKEI UNSTEREOTYPE ACTION、Sayonara 国立等を手がける。著書『すべての仕事はクリエイティブディレクションである』。
1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業の情報戦略に携わる。01年朝日新聞社出向。若者向新聞「SEVEN」発行。02〜04年、博報堂『広告』編集長。04年「本屋大賞」立ち上げ参画。現NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないクリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」設立。雑誌『ケトル』などメディアコンテンツ制作も。12年本屋B&B開業。主な仕事は資生堂、レクサス、ZOZOなど。著書『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』、『欲望する言葉 社会記号とマーケティング』(松井剛 共著)等。カンヌクリエイティビティフェスティバルで11、13、15年にPR部門審査員。