「広告朝日」の新連載「トランスフォーメーションはカタチにできるのか」の第6回、 統合プラニング局の宮永充晃の記事が掲載されました。
博報堂 統合プラニング局/マーケティングシステムコンサルティング局/第一ビジネスデザイン局 クリエイティブ・ストラテジスト 宮永充晃氏
──宮永さんは、インサイトを「社会の隠れた課題」と定義し、「社会の隠れた課題に合わせて企業の既に持っている強みを編集する事の重要性」を提唱されています。その概要から教えてください。
この手法をシンプルに話しますと5年、10年先の生活者のインサイトに合わせて、商品やサービスを開発する手法です。一般的には、現在の生活者のニーズから商品を開発しますが、それだと売れるスパンは長くて1年くらい。キャンペーンだけで終わってしまい、すぐにマイナーチェンジが必要になります。その結果、広告もその都度変えることになり、ブランド力は強化できません。研究開発に時間もお金もかけているのに、すごくもったいないと思います。
たとえば近年、プライベートブランドという商品が当たり前になってきています。その中には、メーカーの技術で生産したものもあります。したがって、品質は担保されており、多くの人を満足させることができます。しかし、プライベートブランドと、メーカーが独自に出しているブランドの差異が分かりづらくなります。商品の中身なのか、見え方なのか。この流れをメーカーのブランドという側面から見ると、そもそもブランドとは何かを考え直す必要がある、難しい時代とも言えます。そんなレッドオーシャンの中で、「今」の生活者のニーズに合わせて短期的な視点で商品やサービスをつくり続けると、微差を競い合うことに陥りがちになってしまうと思います。
そういったことを解消するためにも、僕らがクライアントに提案する内容そのものを大きく変えるべきだと考えました。
──5年、10年先の生活者のインサイトはどうやって発掘するのでしょうか。
まず新聞はもちろん、官公庁が発信している報告書なども読み込み、様々なデータをインプットします。そこから仮説を立てて、博報堂生活総合研究所の定点調査「生活定点」などから生活者である日本人の意識がどうなっていくか予測していきます。
たとえば、内閣府が公開している様々な報告書を読んで、「将来的に自分の資産は自分で守り、管理していく傾向が増加していく」と考えました。その情報をある金融会社の仕事をするときに思い出し、生活定点などで人々の意識の変化を数年単位でチェックするといった流れです。実際に、生活者の意識は「自由に使えるお金が減少していると思う」という傾向が強まっていることが分かり、「お金について考えることが増えすぎて、プロにコンサルティングをして欲しい」という声も小さいながら散見されるようになりました。若い人からは「これからは、企業も面倒を見てくれないから、資産に関する知識を付けて、自分で管理し運用したいけれど、どうすれば良いか分からない」という声も上がり始めていました。
こうした社会課題へのソリューションとなるクライアントのリソース(今は社員も含めて「強み」と感じてはいないもの≒いわば隠れたリソース)を棚卸しし、どのような価値として、生活者に伝えれば受け入れられるかを整理します。この先、「自分で資産を管理・運用することが当たり前になった世の中≒お金について考えることが増えていく時代」では、現在価値があるとされている「金融商品を選んでもらう≒金融商品の品ぞろえの幅」がむしろ、生活者にとっては負担になってくるという仮説が立てられます。その仮説を基に色々調べていくと、仮説を裏付けるように、お金の関連の本でも「選ぶことに対するアドバイス」の本が売れていることに気づきました。すでに、今の時点でも兆候は出ているということです。
そうした分析をふまえて、5年、10年先にもクライアントが世の中に価値ある存在でいるための「事業のコア」を定めていきます。そのとき重要なのが、「クライアントがすでに持っているけれど、社員の多くが気づいていない自分たちの強み」を活用することです。あるクライアントでは、社員の多くがお客様との商談を円滑に進めるために役立つ研修を実施していました。それを個々の社員のスキルに留めず、将来のクライアントを支える重要なリソースと考え、「研修で得たスキルを生かしたコンサルティング」をビジネスの軸と位置づけなおすような提案を行いました。
新しく何かを開発するのではなく、自社に「既に存在しているが、活用しきれていないリソース」を活用し、これからを支える事業のコアとなる価値に転換するので、社内の理解も得やすくなります。事業のコアを切り替えるような大胆な決断でも、リソースが変わらなければ受け入れてもらえる可能性が高い。つまり、リソースを活用するメリットは、社内の理解を得やすい形で価値を作れることです。
──自分で全てを管理する面倒な時代になることから、今価値があると思われていることでも将来負担になるという仮説を立てるところは、クリエイティブ的な発想力の一つですね。
自分で全てを管理する面倒な時代が到来するという社会の潮流と、研修で得たスキルを持った社員という既存のリソース、この二つに着目すると、事業のコアとなる価値をどこに定めるべきかが見えてきました。大事なのは社会潮流と既存リソースの掛け合わせです。
──クライアントの隠れたリソースは、どうやって見つけ出すのですか。
基本は、ヒアリングです。社長をはじめ経営陣からはもちろん、社員の方々から話を聞きます。経営陣と今あるリソースを見いだし、それを活用して未来構想まで話し合うのですが、ポイントは、マネジメント層以上の一部メンバーだけで決めるのではなく、現場の方々の意見も踏まえる形で大きな決定をしていくこと。その「プロセス」がとても重要です。そのために、社員の方へのヒアリングでは、自分たちの会社の隠れたリソースに気づくような質問を投げかけていきます。社員の方が自ら自分たちの強みについて考え、それを言葉にすることが大切だからです。そうすることで、新たな事業も自分ごと化できるし、会社の未来構想に携わっている感覚を得ることができます。
──相手から答えを引き出すのは、コーチングのようですね。
まずは、クライアントの企業文化を理解し、何にプライドを持ち、何にプライドを持てていないのかを知ることから始まります。それに対して、もともと持っている自分たちの強みがどう貢献できるか考える。そうしたプロセスを経て、現場で働く社員の方も、経営層の方も納得できる方向性にしていきます。現場とトップの意識をつなぎ、「方針が方針として終わらずに、現場が理解し、顧客へのアクションにつながる」ようにするのです。生活者と企業、それぞれのストーリーを両方編集して、二つを合わせて一つのストーリーに仕上げる。そのつなぎとなるのが、企業が持っている隠れたリソースだと思っています。
──多くの情報をインプットしているからこそ、様々な切り口で質問を投げかけられるのだと思います。
僕らは、クライアントの商品開発のアイデアを出すことはありますが、販売や製造までを扱うことはなかなかありません。つまり、僕たちのコアな価値はアイデアです。アイデアを生み出す発想力を鍛えるために、妥協したらいけないと思っています。知識はできるだけ蓄積し、はき出すタイミングを見はからっているといった感じです。そもそも、知識がないままクライアントにヒアリングしたら、「既に存在しているが活用しきれていない隠れた強み」は引き出せないと思います。
──宮永さんは、統合プラニング局で、クリエイティブ・ストラテジストであり、ビジネスデザイン職の仕事もされているそうですね。
広告会社の一般的な広告制作の工程では、様々な部署のメンバーが共に仕事をするので、オリエンからプレゼンという形でアウトプットするまで数週間かかります。一方、僕のところにくる仕事は、課題はありつつも、具体的に何をするか決まっていないことがほとんど。場合によっては、課題を見つけることから始めたりもします。クライアントによっては、どんなアイデアを考えているか途中経過を知りたいということもあります。そうした密なコミュニケーションのためには、プラニングを考えている僕がクライアントと常時接続することで、スムーズに進むこともあります。
──ビジネスデザイン職としての動きができるのは、なぜですか。
統合プラニング局に配属されるまで、博報堂DYメディアパートナーズに出向し通販クライアントの担当を1年間経験し、その後、マーケティングのセクションを経て、クリエイティブ職となりました。色々な部門を渡り歩いたことで、肩書にとらわれず「一番適した答えをクライアントに提案すればいい」というフラットな感覚が自然と身についたんだと思います。ビジネスデザイン職だからこうするべきとか、クリエイティブは口出ししないほうがいい、といったような垣根が僕の中にないんです。
コーチングのようにクライアントから答えを引き出すことができるのも、各部門で出会った上司たちのおかげです。彼らがコーチング的なコミュニケーションでクライアントの課題を抽出し、解決する姿を見て、それぞれのヒアリングの仕方を覚えていきました。入社9年目で、おかげさまで仕事も評価してもらえる機会が増えました。少しでも恩返しできるように、この手法を浸透させていけたらいいなと思っています。
2012年博報堂入社。博報堂DYメディアパートナーズに出向し通販クライアントを担当。その後、マーケティングセクションに異動し、コミュニケーション戦略・商品開発・事業戦略・中期経営計画策定を担当。現在は、クリエイティブセクションに属し、複数領域を統合的にプラニング。