古賀晋 シニアストラテジックディレクター/プラニング局部長
井手宏臣 シニアマーケティングディレクター/プラニング局部長
田縁美幸 イノベーションプラニングディレクター
中平充 ストラテジックプラニングディレクター/プラニング局部長
──本日は、調査を主導された皆さんに集まっていただきました。今回、ブランドパーパスに関する生活者調査を企画された経緯からうかがえますか。
中平
以前から指摘されているように、商品が持つ「機能的価値」だけでは、生活者に選ばれなくなってきています。であれば、企業は何をもって差別化すればよいのか。そこで注目したのが「ブランドパーパス」(ブランドの社会的な存在意義)でした。数年前から海外のカンファレンスでは、ブランドパーパスが主要なテーマとして語られるようになっていて、これからは個々の商品の機能的価値ではなく、企業やブランドに対する「共感」が生活者を動かす。そのためにも企業は、自分たちが社会にどういう価値を提供するのか、存在意義から考え直す必要がある、という考え方です。この「共感」という感覚を、日本の生活者がどれくらい重視しているのかを知りたいと思っていました。
田縁
私もクライアント企業の業務に携わるなかで、生活者にいかにブランドの姿勢に共感してもらい、ファンになってもらうかが重要になっていることを、肌感覚として感じていました。SDGsが世界的な潮流になり、これからの社会をどう良くしていくのか、多くの人々にとって他人事でなくなっていることも背景にあると思います。だとすれば、生活者は具体的にどんなことに共感するのか、生活者の行動を変えるのはどんな思想なのか、企業も私たちも知る必要があると考えたのです。クライアントの中でもブランドパーパスに注目される方が増えていて、企業やブランドのあり方についてのご相談をお受けすることもあります。
古賀
マーケティングへの影響も大きいテーマです。パーパスは手法の一つという見方もできますが、共感されるパーパスを設定できなければ企業価値を上げられないとなると、マーケティング自体を根本から変えなければならない、ということにもなります。
井手
もうひとつ、パーパスと経営の関係を解き明かすことも、調査に取り組んだ目的の一つでした。企業が経営理念やビジョンとして掲げる文言は、だいたい絶対善というか、誰もが良いと認めるような内容です。でも、それが本当に経営にプラスのインパクトを生み出さないと、続かないと思うんですよ。そうならないために、前提として、パーパスが企業にどんな影響をもたらすのかを数字で明確に確認しておく必要があるんじゃないかと思ったんです。
──調査は昨秋、全国の20代から60代の男女2,000名を対象にインターネットで実施されました。「生活者はどういうパーパスに共感しそうか(第1パート)」、「マーケティングにおけるブランドパーパスの役割(第2パート)」、そして「経営や組織におけるブランドパーパスの役割(第3パート)」という大きく3つの観点で分析されたとのこと。
まず第1パートの結果について、中平さんと田縁さんにうかがいます。
中平
第1パートでは、今どういう社会課題に関心があるか、どういう考え方に共感できるか、といった質問を投げかけ、生活者が実際にどんなパーパスに共感しそうかを探りました。結果として、地球環境問題のような大きなテーマよりも、自分の暮らしに直結する課題に対する関心や共感が高いことが分かりました。個人情報保護や感染症拡大の防止、安全に住み続けられる街づくりなどが上位に上がりました。
田縁
SDGsの17ゴールすべてを質問項目に入れましたが、地球環境問題への関心が低いというよりも、日頃からニュースで見聞きしている身近な問題への関心のほうが、それ以上に高かったという感じです。
中平
ただ、世代で関心度の違いがあって、20代前半の若い世代と60代以上のシニア層は、他よりも環境問題への関心が高かった。時間的、精神的な余裕が比較的あるからかもしれません。全体的に、これらの世代は社会課題により向き合っている感じがありました。
田縁
世代差については、面白い発見がいろいろありました。世代によって身近な課題や悩みが違うので、共感のポイントにも、それが色濃く反映されるのですね。例えば20代前半の男女では「ありのままの自分でいたい」という姿勢への共感が高く、20代から30代にかけての女性になると、「自分のことを分かってほしい」という気持ちが高まります。出産・子育てを経験する人が多い世代で、仕事と家庭でさまざまな役割を背負っているので、大変さを理解してほしいという想いがあるんだろうなと。一方、30代男性会社員では、「地元を応援したい」「地域を活性化したい」ということへの共感が強かったり、年齢が上がって60代男女になると、健康・安全に対する関心が高くなっていたりと、人生のステージと共感できるパーパスは、強くつながっているなと感じました。
中平
個人的に印象に残ったのは、全般に「男性の方が社会的な課題に対する関心が低い」ということです。女性の方が社会に対する視野が広いのか、あるいは男性の方が仕事などの日々のタスクや目先の成果に意識が向き過ぎているのか。もし、男性が多くの意思決定をリードしている企業でパーパスを検討するとしたら、女性やシニア、若い世代の意見に耳を傾けて幅広い視点で検討しないと、ビジネスライクなものに留まって、共感されにくいものになってしまうかもしれません。
井手
冒頭でも、機能的価値による差別化が難しいという話が出ましたが、それは生活者が機能の背景にある思想やこだわり、義憤までにも目を配って商品やサービスを評価する方向に向かっているということでもあります。にもかかわらず、今までと同じ価値規定やブランディングを続けたら、生活者が求めるものと乖離していきますよね。
生活者が求めているのは身近な課題への貢献だとすると、「時代の変化とともに生まれる私たちの生活課題にコミットしてくれる気がありますか? 今までの機能の延長線上にはない課題が毎日生まれていますよ」「SDGsへの貢献と言ってますが、僕らの日常からは遠くないですか? 僕らの生活が本当に変わりますか?」という声との対話が求められているわけです。ここに、ブランドパーパスを設定する際のヒントがあると思います。
──続いて「マーケティングにおけるブランドパーパスの役割(第2パート)」について、パーパスが購買行動にどう影響するのかなどを、古賀さんにうかがいます。古賀さんはなぜこのような調査項目を設計されたのですか。
古賀
私がマーケティングとブランドパーパスの関係について意識するようになったのは3年ほど前、あるグローバル会議での「世界のブランドの7割はなくなる」という調査報告に触れた時でした。そのときから、ブランドを存続させるためにはマーケティングを変える必要があるんじゃないか、そのカギになるのがパーパスなのではないか、と思いを巡らせてきました。しかし、パーパスを基軸としたマーケティングの効果ははっきりしておらず、あらためて今回それを検証したいと思ったんです。
「企業のブランドパーパスを、モノを買う基準として重視するか」という質問に対して、20代などの若い世代ほど「重視する」と答えました。年齢が上がるにつれてその割合は減り、50代で底を打ち、60代からまた少し高くなるという構造が顕著にあらわれました。一方で、実際にそういった「自分が共感できるようなブランドがある」という人は、全体の11.4%しかいなかった。つまり多くの企業のブランドパーパスが、まだ生活者の共感獲得までは至っていないわけで、マーケティング側がやるべきことがまだたくさんあるという証左でもあり、大きな発見でした。
──もし生活者が企業のブランドパーパスに共感してくれた場合、何が期待できるのでしょうか。
古賀
それもはっきり調査結果にあらわれました。そういった「パーパス共感層」は、マーケティングの成果に直結するような行動をとってくれるんです。
まず、企業側がアプローチをしなくても、自らそのブランドのことを調べてくれるようになります。それも定期的に。また、広告も意識的に見てくれるようになる。我々は日々、なんとか広告を見てもらおうと努力しているわけですが、パーパス共感層は主体的に、かつ意識的に見てくれるようになるのです。彼らへの広告効果は、極めて高いと推測できます。それに加えて、より値段が高い商品を、より多く買ってくれるようになり、さらには、そのブランドを周囲の人々に広めてくれます。
先ほどブランドの7割が消えると言いましたが、ブランドを存続させるためには、ブランドへの共感や好意を持ってもらうことが不可欠であることが、この結果から明確に言えると思います。
田縁
最近、ある製品のカスタマージャーニーを調べたのですが、ブランドに対し強く共感している人たちの行動には、たしかに「自ら発信する」という傾向が出ていました。自分のまわりにどんどん仲間を作ろうとするのですね。個人が情報発信できる時代になって、この傾向はますます強まっていくと思います。これまでのマスマーケティングは、マス広告で皆さんにブランドのことを知ってもらおうというアプローチでしたが、今後は「ファンがファンを呼ぶ」ような構造に変わってくるとすれば、ブランドに共感し、ファンになってもらうためのパーパスは非常に重要になってきますね。
古賀
若い世代が積極的にクラウドファンディングに参加していることも、パーパスとつながってくる話だと思います。モノに費用を払うのではなく、モノに投資するというマインドがとても強い。自分が共感できるものに投資する。
田縁
企業や人を応援したいから、商品が存続してほしいからといった理由でお金を出す"応援消費”も、とても増えましたよね。
古賀
ブランドが機能的な価値を持つことは今後も必要ですが、それ以上に、ブランドや事業の共感性を高める方向にマーケティングの重心がシフトしていくことは間違いないと思います。
ブランディング専門部門を経て、プラニング局に。現在、自動車、アルコール、飲料を中心に、事業戦略、ブランドマネジメント、マーケティングプラン策定を支援。未来をシナリオ化し、マーケティングに活かす「LEAD2025プロジェクト」を主宰。
営業局、プラニング局を経て、早稲田大学大学院商学研究科を修了(MBA)。住宅・自動車・流通・運輸・日用品などの各種業界の事業計画立案・実行支援を担当。特にソーシャルデータから生活者の声を読み解く先進技術のグローバル調達およびその活用による商品開発プロセスの強化・革新支援に強み。ミライの事業室を兼務し、サプライチェーン全体のデジタルトランスフォームについて研究・検証中。
ストラテジックプランニング職として、日用品、化粧品、飲料、食品、住まいなど、日常生活領域でのブランディングやマーケティング、商品や事業開発などに広く関わる。特に、家族や女性に関する分野に強く、「博報堂こそだて研究所」(現・上席研究員)やソーシャルネットワーク「リーママプロジェクト」の立ち上げに携わり、講演やソーシャルアクション推進なども行っている。
2004年総合広告会社に入社し、営業職や統合プラニング職を経て、2013年博報堂入社。トイレタリー、自動車、情報サービス、食品など様々な企業のブランド戦略、マーケティング戦略、コミュニケーション戦略を担当。