先日、2020年のBillboard JAPAN 年間ランキングが発表された。特筆すべきは、YOASOBIの『夜に駆ける』が、”史上初CDリリース無し”で、年間総合ソングチャート”JAPAN HOT 100” 総合首位を獲得したことだろう。YOASOBIにしかできないリスナーとの接点を仕掛け、楽曲への共感の渦を生み出していったのが特徴的であった。総合6位の瑛人は、大きなレーベルとの契約無しに活動するインディペンデントアーティストで無名の存在から、『香水』が大ブレイクし、第71回 NHK 紅白歌合戦への出場まで駆け上った。まさに、シンデレラアーティストといえるだろう。
“史上初CDリリース無しでの首位”、“インディペンデントからの大ブレイク”、いずれも異例のヒットだ。2020年、COVID-19の世界的な感染流行とともに、音楽のヒット動向にも大きな地殻変動が起こっているように思える。一体、彼らは、どのような背景でチャートを駆け上がっていったのだろうか。Billboard のチャートインサイトデータとWikipedia閲覧数(※2)を活用し、YOASOBIと瑛人のヒット背景を振り返ってみよう。
下図は、2020年度期間のYOASOBI、瑛人のWikipedia閲覧数とBillboard指標値の推移である。YOASOBIは、3月26日に『夜に駆ける』がHOT100で初の100位以内にランクインしてから、 5月25日週に、Wikipedia 閲覧数が山を描いている。25日週のテレビ連続出演の影響か、リスナーのアーティストに対する興味が検索行動に現れたのだろう。その後、リリースとメディア露出でストリーミングのベースラインを階段上に伸ばしていることから、継続リスナーと新規リスナーを獲得していった様子が読み取れる。瑛人もYOASOBIと同様に春先からストリーミングが急上昇している。その後、ミュージックステーション初登場の7月24日にWikipedia 閲覧数のピークがあり、さらに3週後にストリーミングもピークに達している。 両アーティストともに、各指標値のデータが見え始めてから3ヶ月以内で HOT100 初首位と異例の速さでチャートの頂点まで昇っていったのが分かる。また、楽曲リリースから一定期間は一切、数字が現れず、突如数字が見え始め、急上昇した点も共通する。要因はもちろん複合的であるとは思うが、TikTok や YouTube でのUGC(User Generated Contents / ユーザ生成コンテンツ)の存在は無視できないだろう。
図1:「YOASOBI」時系列推移
図2:「瑛人」時系列推移
TikTokや YouTubeでのUGCが、YOASOBI『夜に駆ける』や瑛人『香水』のヒットにどう影響していたのだろうか? 簡単に振り返りたい。
瑛人の『香水』については、TikTokを中心に「香水を歌う〇〇」などの「歌ってみた」や「弾いてみた」で、若者達が自由にアレンジして、遊んでいる様子が多く見られる。シンプルで覚えやすい曲編成に「君のドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」という独特のワーディングセンスの相乗効果が楽曲への中毒性を生み出し、投稿へのユーザの反応と拡散につながっていったのだろう。また、先ほどの図に戻ると、FANTASTICS from EXILE TRIBE中島颯太によるTikTokでの弾き語りでの『香水』のカバー後、ストリーミングが急上昇、YouTube でのチョコレートプラネットや香取慎吾によるカバー後にも、やや伸長している。こういったビッグネームによるTikTokやYouTubeでの「歌ってみた」の波及効果で、リスナーが若者中心から世代を超え、お茶の間でもお馴染みの曲になっていったと思われる。
YOASOBIの『夜に駆ける』は、TikTok投稿のバリエーションの多さに目を見張る。「歌ってみた」「弾いてみた」だけではなく「口パク」や「踊ってみた」、他の面白動画に楽曲をのせた投稿など、若者達の様々な遊びが見られる。TikToker なら一度は、挿入曲として使いたいと思わせる魅力が楽曲に備わっていたようだ。耳に馴染みやすい四つ打ちや、解釈の幅のある楽曲の世界観が備わっていたのも大きかったのかもしれない。
他にも曲の楽しみ方がYOASOBIには仕掛けられていた。“小説を音楽にするユニット”をコンセプトとして掲げているように、楽曲には原作の小説が存在する。例えば、『夜に駆ける』であれば、曲を聴いて、原作である『タナトスの誘惑(星野舞夜)』を読む、そして、もう一度、曲を聴いたり、MVを観る。さらに、原作小説集『夜に駆ける YOASOBI小説集』を買って読んでみる、といった様々な接点があり、どの接点から入っても楽しめる。COVID-19での自粛期間中に、自宅で夜遊びしたくなる仕掛けがYOASOBIにはあった。私も書店で小説集を目にして、思わず購入し、自宅で一気読みした一人だ。そして、さらに楽曲を聴いて魅力が上がったのを実感している。
2020年の音楽ヒットの背景には、若者により、楽曲が発見され、その楽曲を使った“15秒の遊び”が中心にあった。そして、その“遊び”を誘発したのが、第4回連載記事で、谷口研究員も触れている「参加したくなる“余地”と共感をつくる”余白”」のある楽曲と、若者を病み付きにさせる遊び場としてのTikTokだったのではないだろうか。
さて、2021年はどんなアーティストが話題化されそうか。YOASOBIや瑛人の傾向として、リリースやテレビ出演などのマーケティング活動の結果、Wikipedia閲覧数が上がり、遅れてストリーミングポイントが上がるという傾向があった(瑛人については、初速はストリーミング先行だが、ストリーミングのピークの前にWikipedia閲覧数のピークが見られる)。
これを踏まえて、Wikipedia 閲覧数の倍率は、分析対象の期間における世の中のアーティストへの興味を示す興味喚起指標、ストリーミングポイントの倍率は興味喚起の結果としての音楽視聴喚起指標であると捉え、次に話題化されそうなアーティストを考察したいと思う。
図3は、分析対象の四半期での各指標の倍率を縦軸、横軸に取りプロットした結果である。赤の点線がそれぞれ前3ヶ月に対して1倍のラインを示している。バブルのサイズ は、6〜11月におけるストリーミングポイントの平均値であり、期間内のストリーミングにおけるアーティスト・パワーと見ていただきたい。
図3:Wikipedia 閲覧数-前四半期比 × ストリーミングポイント-前四半期比 散布図
③にあたるのが、Wikipedia閲覧数、ストリーミングともに上昇している、つまり、直近で話題になり視聴されているアーティストと見ることができる。【JAPAN Heatseekers Songs】で通算5度目の首位を獲得したReol や、直近で、ストリーミングチャートを駆け上っている優里、TikTok で『キンモクセイ』が注目を集めているオレンジスパイニクラブなどがみられる。前四半期比でWikipedia閲覧数が伸びており、ストリーミングがこれから伸びるかもしれないアーティスト、つまり、次に話題になり視聴される可能性があるアーティストが②にあたる。ここでは、②に含まれるTREASURE、ナナヲアカリについて、Wikipedia閲覧数と各Billboard指標の時系列推移を踏まえて考察していきたい。
図4:「TREASURE」時系列推移
Wikipedia 閲覧数のピークの2〜3週後にストリーミングポイント、MV、ダウンロードやTwitterのピークが見られ、リリース発表やキャンペーン後に聴かれていることが読み取れる。12月15日には、初の日本オリジナル楽曲『BEAUTIFUL』が、大人気アニメ『ブラッククローバー』の新エンディングテーマへ起用することが決定しており、今後の推移も気になるところだ。
図5:「ナナヲアカリ」時系列推移
8月の新曲とMVのリリースタイミングでYouTubeが跳ね、その後、ストリーミングにも山が見られる。直近では、Wikipedia閲覧数がやや伸びており、今後の各Billboard指標の伸びが気になるところだ。
ナナヲアカリだが、今まで公開したMVはYouTubeで累計約1億回を超えるなど(11/16付)、除々に存在感を増してきている。TikTokやYouTubeでも『チューリングラブ feat.Sou』を使ったフィンガーダンスや男女デュエットでの投稿など、既に若者を中心に様々な楽しみ方がされている。また、12月9日発売の2ndフルアルバム『七転七起』では、ex.チャットモンチーの橋本絵莉子やフジファブリックの山内総一郎らも制作に参加するなど、コラボレーションも活発で、ボカロ中心からやや領域を広げている様子だ。また、全世界に1千万人以上のプレイヤーを抱えるゲーム『The Sims 4』で楽曲が新録されており、さらに認知が拡大していきそうである。ネットカルチャー発からの次のヒットとなるか。今後の動きを見守っていきたい。
最後に、2020年の音楽ヒットの潮流を踏まえて、2021年の音楽ヒットの展望を述べたい。
瑛人や空音もそうだが、TikTokでは、アーティストの事前情報を一切知ること無しに、楽曲が一人歩きしていく状況が生まれやすい。その結果、インディペンデントアーティストでもスターダムを駆け上がる状況が生まれることを瑛人が示した。今後、TuneCore Japanのようなデジタルディストリビューションサービスから楽曲配信するインディペンデントアーティストはますます増えていくであろうし、TikTokによるアーティスト発掘プロジェクト『TikTok Spotlight』のような場を上手く活用し、自らA&Rの機会に飛び込み音楽シーンに地殻変動を起こしていく、そんな、アーティストがますます台頭していきそうだ。
2020年のヒット背景でも触れたように、若者達にとって音楽は「聴く」より「使う」に近い存在になっているのではないだろうか。若者達が15秒の投稿で何となく使ってみたくなる。そのような楽曲を如何に作れるかがヒットの鍵になっているように思える。投稿者は、あれこれ考えずに、15秒フォーマットに楽曲のサビと日常の”エモい!”を合わせてすぐに投稿したい。楽曲制作において、今の聴かれ方や広まり方をますます意識した制作スタイルになるはずだ。”ライブで盛り上がる”よりも”15秒で心が揺さぶられる”が、よりヒットの鍵になっていきそうである。
図6、図7は、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズが共同で実施した「コンテンツファン消費行動調査2020」(2020年2月実施)の調査結果だが、ヨルシカやずっと真夜中でいいのに。といったボカロ系アーティストの利用層は音楽利用層全体に対し、歌唱力や音楽性に加えて、歌詞や世界観・コンセプトの重視点が高い。また、図7から、若者ほど、世界観・コンセプト、歌詞やキャラ設定を重視していることが分かる。
若者達が、15秒でエモい投稿をしたい、さて、音楽はどうしようと思った際に、数多とある楽曲から思わず選びたくなってしまう、そんな状況を作るにはどうすれは良いか。そのヒントとして、ボカロの文脈を踏んでいることや、世界観・コンセプト、歌詞やキャラ設定の視点が大事になってくるのではないだろうか。
図6:利用アーティスト別の音楽重視点
図7:性年代別の音楽重視点
COVID-19によって、フェスなどのリアルライブ、握手会、写真撮影会などの特典でフィジカルの売上を見込むことが難しくなっている中、デジタル中心に如何に収益を確保するかが大きな課題となっている。2021年1月後半から解禁されるTikTok の投げ銭機能は、TikTok ユーザが、直接的にアーティストを支援できるようになることから、アーティストにとって無視はできない機能になっていくだろう。TikTokのバイラル性がヒットを生むことは、2020年に既に検証されたといっても良い。2021年は、投げ銭機能の解禁後、LIVE配信で収益化がどの程度見込めるのか、実験の年になりそうである。
2020年の音楽ヒットの背景には、若者を中心とした,“15秒の遊び”が中心にあった。TikTokを起点とした音楽視聴は、一過性のブームではなく、着実にストリーミング市場を牽引する存在の一つになっていくはずだ。そんな中、2021年はどのような音楽ヒットが生まれるだろうか。これからも、我々、コンテンツビジネスラボでは、データを活用して音楽ヒット動向をみていきたいと思う。
(※1) コンテンツビジネスラボとは
独自調査「コンテンツファン消費行動調査」の知見をもとに、近年企業のニーズが高まっているコンテンツを起点とした広告やビジネス設計の支援を行う専門チーム。独自に提唱する「コンテンツファン発火モデル」を用いて、企業やコンテンツホルダーが実施するコンテンツを起点とした広告コミュニケーションの設計支援や、新規事業・サービス展開のマーケティング支援等を行っている。博報堂のマーケティングプラナーと研究開発職員、博報堂DYメディアパートナーズのコンテンツビジネス開発の専門家などで構成されるメンバーは、スポーツ、ドラマ、アニメ、ゲーム、音楽など、さまざまなカテゴリの熱心なファンでもあり、コンテンツに対する豊富な知見と情熱を有している。
(※2) Wikipedia閲覧数は、https://dumps.wikimedia.org/other/analytics/から取得 (CC-BY-SA 3.0) 。リスナーのアーティストに対する興味が検索行動として現れる指標と我々は見ている。
2015年博報堂入社。入社後は、研究開発局にて、データ・デジタルマーケティング領域のソリューション開発やデータ解析業務に従事。最近ディグっている音楽ジャンルは、New Jack Swing。