──ここ数年、タイの「Winter Egency」、インドの「AdGlobal360」、台湾の「Growww Media(以下、Growwwグループ)」と、海外の有力エージェンシーのM&A案件が続きました。これらを主導しているのが、平塚さんが局長を務める海外事業戦略局です。局のミッションを教えてください。
海外事業戦略局では、日本発の海外支援として、得意先チームと拠点との連携促進や海外媒体業務を行うことに加えて、海外での投資実務を行っています。博報堂の親会社である博報堂DYホールディングスは、ビジネスのグローバル化・ボーダーレス化の潮流に対応するため、海外事業を強化していくことを中期経営計画に掲げています。それを踏まえ、中核事業会社の博報堂として、当社のフィロソフィーや経営姿勢に賛同してくれる魅力的な海外の仲間たちを積極的に増やしているところです。
──博報堂独自のM&A戦略の特徴といったものはありますか?
博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」を、海外のM&Aにおいても徹底して重視していることが最大の特徴ではないでしょうか。
海外市場に打って出る目的として、日本国外での収益機会を拡大させるということはもちろんですが、我々が真に目指しているのは、「その国々の生活者に常に寄り添い、一人でも多く幸せにする」という当社の企業理念の実現、究極的にはそれしかないんです。
博報堂の原点にあるのは、生活者発想に基づいて世の中に奉仕していくことであり、各地の生活者の幸福が、現地の企業の成長にも、そして社会全体の幸福にもつながっていくという考え方です。愚直かもしれませんが、我々はそれに本気で取り組んでいるし、その姿勢に共感してくれるような仲間を探して握手をしていくのが、博報堂らしいM&Aのあり方だと思っています。
──実際に海外の企業と交渉していく中で、「生活者発想」にはどんな反応がありますか。
我々は「生活者発想」を単なるスローガンとして掲げているわけではありません。博報堂は、この「生活者発想」を体現するためのシンクタンクとして生活総合研究所(Hakuhodo Institute of Life and Living)を1981年に日本で設立しました。生活者の価値観の変遷を時系列調査で追跡したり、生活現場へ飛び込んだり、と生活者に関する多角的かつユニークな観点で研究を行う世界にも例のない存在です。
この研究所の海外拠点として、2012年、上海に博報堂生活綜研(上海)、2014年、バンコクに博報堂生活総研アセアンを置き、研究エリアを海外に広げています。「その国の生活者を幸せにするには、その生活者を一番知っていなくてはならない」。そのために、その国の生活者を深く理解する活動をおこなうインスティテュートを持っている、そして無償でデータを公開するなどの社会還元活動を行っている。このこと自体に、すごく驚かれますね。M&Aにおいても真っ先に関心を持たれる部分ですし、他社との大きな差別化要因になっています。
──候補となる企業との相性は、どのようにして見極めていくのですか?
事業規模であったり、過去の実績やマーケットでの評価であったり、いろいろな基準はありますが、最終的にはお互いにどこまで共感できるか、そして一緒に組むことでどのように高め合えるかが大切で、それはある程度お互いを深く知るようにならないと判断できません。
よく例え話をするのですが、恋愛と同じで、いわゆる“デーティング・ピリオド”が必要ですね。まずはデートを重ねてみませんか、遊園地でも行きましょうよと(笑)。お互いの経営理念や考え方、実際の行動姿勢などを、その期間に伝え合っていく。そういう相互理解のプロセスを、しっかりと時間をとって丁寧にやっていくのが博報堂のスタイルだと思います。
──業種や領域はどのように決めるのですか?
考え方の基本にあるのは、各国の市場でクライアントのニーズに応えることです。クライアントのニーズは時代や環境によって目まぐるしく変わっていきます。さらに、同じ時代を生きているからといっても、国がひとつ違えば文化やテクノロジー・コミュニケーションの進展状況、そして生活者の価値観が違うので、それぞれのカスタマージャーニーを深く理解した上で戦略を組み立てなくてはなりません。その結果、どの領域で、どのソリューションを提供すべきかということも変わっていくので、「この業種や領域が先にありき」ということではないですね。今回のコロナ禍を契機にまた大きく変わるでしょう。そのとき、我々は世界中の多様な新たなニーズを受け止めなくてはならない。そのための仲間をグローバルで発掘していきます。
とはいえ、現時点ではデジタル領域におけるグローバルネットワークの拡充を意識すべきということは明白です。今回のコロナ禍による“巣ごもり消費”でECの利用が急速に拡大したり、スマホで動画配信サービスを視聴する人が圧倒的に増えたり、ソーシャルメディアを通じた人と人との繋がりが強まったりと、生活者の行動には大きな変化が起こっています。その中で、クライアントの商品・サービスに対して興味を持ってもらい、購買に誘導できるようなコミュニケーションをいかに設計していくか。デジタルが当たり前になっている世の中でのコミュニケーションのあり方を企画・設計し、仕組みをつくるのに長けている企業が、グローバルにおける仲間づくりの重要なターゲットになります。
例えば、インドのAdGlobal360はまさにそういう仕組みづくりを得意とする企業です。顧客のDXニーズに応えてCRMのようなシステムをイチから構築する場合にも、どんなテクノロジーを活用すればいいかを熟知しています。しかも作り上げるスピードがとにかく速くて、求められていることを理解し、プロトタイプをどんどん作って実装して、不具合があれば直してと、アジャイルに対応していくことに長けています。同様にタイのWinter Egency、台湾のGrowwwグループのMedialandも現地のデジタル事情を知り尽くした一級のデジタルエージェンシーで、多くのアワードも獲得しています。
もう一つ、現在重視しているのが、アクティベーション領域です。
デジタル化が進みバーチャルなコミュニケーションが広がっているからこそ、直接見て、触って、体験したいというリアルなコミュニケーションの重みが増しています。イベントであったりポップアップショップであったり、リアルな接点で体験価値を提供する広告・マーケティング手法=アクティベーションが求められています。もちろん、このコロナ禍で一気に“非接触”でのアクティべ―ション施策を進化させなくてはなりませんが、人間の根源的な欲求である「リアルな体験」は今後もなくなりません。
2017年に博報堂ファミリーに入ってくれたHICGグループ(本社:シンガポール)は、アジア各国で実施する各種展示会やB2Bイベントなどを全てオンライン開催にシフトすることで効率的な運営を推進しています。また、2018年に我々の家族となったベトナムのSquare Communicationsグループでもクライアントからイベントや店頭プロモーションのバーチャル対応が求められている中、商品やブランドの魅力を最大化できるデジタルソリューションを提供しています。昨年、仲間になった台湾GrowwwグループのKY-PostやInterplanは、特に展示会でのソリューション企画提案力と実施力に強みを持つアクティベーションエージェンシーですが、コロナの影響が限定的な台湾でもイベントのオンライン・オフラインのハイブリッド化を加速させています。
──候補となる企業はどのような方法で探すのですか?
他社が行っていることとは大きくは変わらないと思います。有力なアワードの受賞歴や各種ランキングを丹念にチェックしたり、この5~6年で築いた現地の人脈や各拠点から収集した情報等をもとに独自で探します。また仲介専門会社から情報が寄せられることもあります。博報堂は、既に買収実績を重ね、この分野での投資に熱心であるとみられているので、寄せられる情報も増えてきました。
博報堂ならではの特徴は、先ほどお話した深くお互いを知るということに加えてもう一つあります。他社の場合、ファイナンスや法務などのM&A専門部隊が、買収交渉を担当して、M&A成立後のPMI(Post Merger Integration)は別の担当に引き渡すことが多いと聞いています。つまり、「あとはこの人たちが引き継ぎます、さようなら」と、リレーされていってしまうということです。これは効率が良いのかもしれませんが、博報堂のポリシーとは相いれません。当社の場合は、相手との関係性や買収後のフォローアップを大切にしたいという考え方から、交渉を担当した人間と現地にある当社の拠点の協力のコンビネーションでずっと関係性を維持し続けます。
我々のビジネスは「人間関係がすべて」と言ってもいいビジネスなので、このスタイルの方が、相手にとっての信頼感や安心感につながっていると感じます。手前味噌に聞こえるかもしれませんが、博報堂のM&Aに対する姿勢は丁寧で紳士的だとの評価をいただいています。結果的に、こうした評価を重ねていくことが、また別の優れたエージェンシーとの良い出会いを果たすためにも重要になってくると考えています。
──広告会社としての能力は、M&Aにどう活かせていますか?
M&Aは、「異文化の融合」なので、合併後に2つの文化をいかに融合させ、良好な「コミュニケーション」を構築していくかが非常に重要です。これがうまくいかないと、せっかくグループに入ってもらってもすぐに破綻します。その意味では、博報堂のもう一つのポリシーである「パートナー主義」で培ってきたコミュニケーション能力や課題解決能力を大いに活かすことができていると思います。
前述のように、ファイナンスや会計などの専門家が主に担当する他社とは違い、博報堂の買収交渉はチームメンバーの大半が広告現場での実務経験や管理部門の経験を経た人間です。博報堂で培われたコミュニケーション力が根底にあるため、様々なコンフリクトの回避、発展的な解決策の構築、そして経営方針の浸透や社員のモチベーションアップを図る豊富なノウハウを駆使できています。
コミュニケーションのプロであることの他にもう1つ、この仕事に必要な資質として非常に大切だと考えているのが、「異文化を経験・理解している」ということです。例えば他社から転職してきて博報堂以外のカルチャーを知っている人。あるいは、留学経験や海外勤務経験があって、日本以外の国・地域の文化の中で暮らしたことのある人。そういう人材は多様性を受け入れることが当たり前になっていて、そのことがM&Aにおいて海外の相手を理解し、共感するためには欠かせない強みになっていると私は考えています。
M&Aとは、異なる家庭環境で育った二人が、結婚して家族になるのと同じです。相手に共感する心や、見知らぬ文化をリスペクトする姿勢を持ってないと絶対にうまくいかないと思います。
──タテの関係性だけでなく、拠点同士の交流を活発化するヨコの繋がりにも注力していますね。
M&Aを重ねてきた結果、優れた専門性を持った多くの企業に我々の仲間に加わってもらっているわけですが、活動する国が違うということでお互いを深く知り合う機会をなかなか持つことができず、非常にもったいないと思っていました。しかし、このコロナ禍でオンラインでのコミュニケーションが常態化したことを活かして、オンラインで互いのソリューションや過去の事例などを共有し、リージョンで一緒に仕事を生み出す為の「月次サミット」という活動をデジタル、PR、アクティベーションの各領域で始めました。
東京に居る我々だけが事務局を担当するのではなく、各社からメンバーを1人ずつ出してもらって「事務局コミュニティ」を発足させ、各社の視点やニーズに基づいて企画を相談して運営しています。すでに各社の強みを集約したECソリューションのアイデアが具体的に出てきていて、いい化学反応が生まれています。
こういった活動が自然にできるのも、全員が「生活者発想」という博報堂のフィロソフィーに本当に共感してくれているからこそだと考えます。生活者を深く理解し、企業と社会に奉仕していく中で、自分たちも成長していく。この考えが根底にあるからこそ、自分たちの持つ強みを惜しみなくシェアして、新しい価値を共創していこうとしています。それが博報堂のグローバルビジネスの大きな武器になっていくと確信しています。
1987年に(株)博報堂に入社。マーケティング局に配属。1993年、営業局に異動。1998年、米国イリノイ州ケロッグ経営大学院に留学しMBAを取得。2000年、経営企画局に帰任。2007年、博報堂DYメディアパートナーズ総合計画室に出向。2010年、メディア・コンテンツソリューション局に異動。2012年、博報堂の経営企画局に帰任。2014年より現職。