「広告朝日」の新連載「トランスフォーメーションはカタチにできるのか」の第9回、統合プラニング局 クリエイティブディレクター 三浦 竜郎の記事が掲載されました。
博報堂 統合プラニング局 クリエイティブディレクター 三浦竜郎
──企業やブランドの事業構想の創出段階から実装力のあるクリエイターが参画することが増えているそうですね。それは、なぜですか。
事業構想やトランスフォーメーションが、実装する段階になって機能しなかったり、時代に合わなかったりすることに気づき、行き詰まるのは良くあることです。この手の大きなプロジェクトは、たいてい実装まで1、2年かかることが多いので、その間に世の中の風潮や流行などが変化してしまい、構想していたことと合わなくなるケースも珍しくない。そのため、最初からクリエイターに並走してもらい、アイデアから一緒に考え、段階ごとにアウトプットのイメージをビジュアライズして共有したり、調整しながらプロジェクトを進行したいという、企業側のニーズが高まっているのだと思います。
その一方で、構想から実装までのスパンを短くしようという考えも出てくるはずです。そのとき、すこし前に話題となった「リーンスタートアップ」を思い出される方もいると思います。リーンスタートアップは、行動を重視して徐々にクオリティーを上げていくという優れた考え方ですが、SNSでのコミュニケーションが加速した今は難しさも抱えています。初期ユーザーの悪評がSNSで拡散され、その後のユーザーがその悪評をみて手を出さなくなる可能性があるからです。つまり、限られた時間で素早くアクションしながら、最初から精度が高いアウトプットを出すという、ある意味矛盾を乗り越えていく必要があります。
──そうした課題に対して、クリエイターに求められていることはなんでしょうか。三浦さんに依頼される企業は、どういった相談が多いのですか。
色々ありますが、中でも特に多いのは、クリエイティブなことやオルタナティブなソリューションを生み出したいというケース。前提として、まだ世の中に存在していない新しいものなので、プロジェクトチームのメンバーそれぞれが、最終的なアウトプットのイメージについて「なんとなく分かるけど、良く分からない」状態。そんな状態で進んでいくと途中で本当にこれが欲しいものなのか自信が持てなくなったりもする。それを回避するために、私たちがいるプロジェクトでは、早い段階からざっくりとしたアウトプットのイメージを共創しながらプロジェクトを進めていくようにしています。「こんな感じのネーミングやロゴがいいかもしれませんね」「UIやUXにこんな体験があったら広まりそうですね」など、言葉にしたり、2Dでデザインしたものを見て議論したりしながら進行していきます。そして検証されたものを3Dに起こし、さらに議論を重ねることで、話が早く進んでいくんです。
今後、クリエイターが事業構想から参加する重要性は増していくと感じています。かつてはどの企業も自前主義で、必要に応じて新しい部門を設けて解決していくことが多かった。しかし、今は「複数の会社とのコラボレーションで達成する」ことが前提になりつつある。そうなると、さらにクリエイターのビジュアライズ力が必要となってくるからです。
──社外とのコラボレーションを行うのは、様々なクリエイティビティが必要だからですか。
それもありますが、単純に自社にはないケイパビリティを求めていることもあると思います。たとえば、デジタルと無縁だったプロダクトがデジタル化を推進するとき、テクノロジーがなければ実現できません。もちろんゼロから作ったり、企業を買収したりする方法はありますが、簡単なことではありません。人材を育てるといっても、時間がかかる。優秀な新人がビジネスの基礎を覚えて、仕事のリズムをつかむまでどんなに早くても2、3年かかると考えると、2022年に入社する新入社員が本格的に活躍できるのは2020年代後半ということになります。
今のビジネスにおいて、人材が育つ2020年代後半まで待つのはありえないですよね。だったら、今、できる人と組むのは自然なことです。そのうち社内で戦略的に育成している人材がフィットして、事業を大きくしていくでしょう、というのがどの業種、どの事業でも起きています。
構想・発想・実装という三つのクリエイティビティの効かせどころがある中で、コラボレーションによるいままで見たことのない構想や発想を求めれば求めるほど、実装のイメージはつきにくくなります。社内でも共有が難しいことは、会社を超えるともっと難しい。そのとき、私たちの三つを行き来しながら統合的に考える能力が、コミュニケーションを円滑する上でも役に立つのです。
──構想段階で発想したりビジュアライズできたりするのは、実装がイメージできるからですよね。
そうですね。アウトプットをイメージしながら構想したり発想したりすることは、最終的な実装段階での実効性を高めるためにも欠かせないことだと思います。それがZ思考の基本的な考え方です。ベースとなるのは実装部分で、コピーライティング、デザインといったクリエイティブ職が長年に渡って磨き続けてきた愛されるアウトプットに結実させる技術。ただ、実は最も大切にしてきたものは発想との関連性です。アイデアのない実装は意味がないからです。どんなアイデアがあれば、世の中に広がり、世の中を変えることができるのか。様々な角度から検証していきます。発想を大切にするカルチャーはクリエイティブ職にかかわらず、博報堂全体のものなので、それこそ入社してからずっと発想と実装の行き来を鍛えられてきた気がします。それが近年、広告の枠を越えてより大きな構想段階に貢献しているのだと理解しています。
まず大事なことは、構想と発想と実装が、論理的に高い整合性を持てていること。次に、論理的に正しいだけでなく、人間がワクワクする飛躍力があること。ワクワクなんて必要なの?と思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、実効性を大きく左右する非常に重要な要素です。そして、いざ実装段階に入っても、アイデアがもっとも美しく実装、実行されているか、再度チェックしていきます。創意工夫は足りているか、別の方法はないか、狙っている大きな構想へとつながっているか。論理と感性の両方を使いながら、形づくっていきます。
──チームの士気も高まりそうですね。
Z思考はチームワークを高めていくプロセスでもあるんです。クライアントも、共創パートナーも、クリエイティブディレクターもアートディレクターもコピーライターもデザイナーも、それぞれがZ思考でプロジェクトの企みを共有し、お互いを信頼して高い精度で実装することを目指していきます。それぞれの持ち場で120%の仕事をすれば、それが積み重なって成功する可能性は必ず高まります。
たとえば、企業ブランドのリニューアルなどの仕事では、生みだされたものがその先数十年、うまくいけば100年後まで使われる可能性があります。生活者の使うデバイスの変化も早いので、意外とすぐにスマホを持たない時代が来るかもしれません。そのとき、活用できないデザインでは意味がない。世界が変化してもアイコニックな表現とは何か。変わりゆく世界でほころびがでない、強くて新しい、面白いものとは何か。そうやってECD(エグゼクティブクリエイティブディレクター)が大きく構想すれば、CD(クリエイティブディレクター)やAD(アートディレクター)の発想レベルも一段引き上げることができるはずです。そうなれば、チームが生み出す実装もより明快で、魅力的なものになっていきます。ECDやCDは、立場が偉いだけではない。お互いの能力発揮の関連性を理解して溶け合って、みんな自分が出したことがないレベルの力を出し合ってひとつの目的に向かって並走し、精度を高めていく。そんな仕事はチームのモチベーションが高くなりやすい。そして当たり前のことかもしれませんが、チームのモチベーションが高い仕事には、結果がついてきます。
Z思考の特徴は、要素が混ざり合っていることです。そもそも、私はきれいに要素分解をして仕事をすることに、本質的な問題があるのではないかと考えているんです。いわゆる欧米流の考え方でいうと、プロセスも役割もジョブディスクリプションで分けられる。効率的でロジカルなので、推奨される理由は分かります。それ自体は非常にすぐれていると思います。しかし、現実で何かを生み出すクリエイティブのプロセスになったとき、それだけではうまく機能しないことが多いのも事実なんです。締め切りギリギリまで時間を使ったのに、結果的にレベルの低いものが生まれてしまうというケースがあるのですが、そのありがちなパターンは、たいてい前半の構想に時間をかけすぎているというものです。そして、そろそろ時間がないからという理由でバタバタと発想を決める。実装に至っては時間切れとの戦いで、できることの中からの選択が多くなってしまう。実装は生活者の接点を作る仕事ですので、生活者からすると本来は一番時間をかけてほしいところですが、これがなかなか難しい。それは、そもそも構想・発想・実装を完全に要素分解して進めることができるはずであるという前提に、どこか無理があるからではないかと思うんです。
バケツリレー方式で人も切り分けて構想・発想・実装と進めていくと、クリエイティビティもバラバラに生みだされがちです。着想から最終形イメージまで統一できていないと、ビジョンが体現されたアウトプットは生まれないと思います。
──Z思考で新聞広告を考えると、これまでにない表現が生まれそうですね。三浦さんは、新聞広告にはどんな可能性を感じますか。最後にご意見をお聞かせください。
今は分断の時代だと思っています。10年ほど前までは人の絆を強くするイメージだったはずのテクノロジーが人を切り分けているんです。そのことを改めて意識したのは、2020年アメリカ大統領選挙における民主党と共和党支持者の分断ですね。それぞれデジタルメディアで接する情報が違うので、両方とも自分の考えが正しいと信じています。発信者側の効率化の流れと、ユーザーの使いやすさが相まって、各メディアの特色がものすごく細かく分類される時代になりました。その結果、どうしても分断が起きてしまう。さらに紙の新聞から情報を得る人とツイッターで情報を得る人でも違いますよね。しかし面白いのは、その異なるターゲットグループを同時にとらえている新聞広告の事例もある。そこに希少性があります。新聞読者がSNSに「こんないいメッセージがあった!」と投稿して「いいね」が集まっていく。そんな隔たりを超えるつながりに私は面白さを感じています。
どんなブランドも、大きく育てていきたいものです。大事なことだと思うのは、分断の時代だからこそ、あらゆるターゲットグループをこえて共感を得られる文脈をつくれるか。メディアへの接し方や趣向が違う人たちが「何の文脈で一つになれるのか」。たとえばアメリカの民主党と共和党支持者がどちらも良いと思えるものは何だろうと考えてみる。メディアにとらわれない「マスアイデア」を考えること。そこに面白みがあるような気がします。「異なる誰と誰がどうつながったのか」に注目する。その文脈が分かると、汎用(はんよう)性がでてくるはず。「いいね」や「リツイート」の数などの結果を追いかけるのも大切なことですが、それは表層的な事象。表層的なことはまねされていくので、徐々に効果も薄くなっていきます。その結果、どんどん刺激を増やしてしまう。フォロワーを追いかけすぎて、気づけば、フォロワーに何かを言わされてしまうことのないように気をつけるべきです。ブランドの持つ失われない価値の中に、どんな普遍性を見つけ、成長をリードすることができるか。私はそこに興味があります。
そもそもどんなブランドも人に選ばれ、愛され、対価をもらって成長しているわけで、無理やり何かを思いつこうとしなくても、構想の段階では何らか普遍的な社会的価値を持っているものだと思います。そこに素敵な光のあてかたをした実装……新聞広告が、メディアを超えて広がっていく。そんな状況を生み出せる発想は何か、考えてみたいと思います。
2003年慶應義塾大学環境情報学部卒、同年博報堂入社。広告クリエイティブで培った力を拡張して、ブランドの転換点をつくり新たな企業文化へ育っていく構想/発想/実装を研究・実践している。カンヌライオンズ金賞、ONE SHOW金賞、ACC金賞をはじめとしてフィルム、モバイル、データ、プロダクト&サービスなど幅広い領域で受賞多数。17年クリエイターオブザイヤーメダリスト。審査員としてカンヌライオンズ・モバイル部門、スパイクス、ACCなどを歴任。17年よりチームリーダー、20年より博報堂クリエイティブ職の採用リーダーを務める。
キャンプと料理が趣味で、毎年20日ほど仲間と野山で過ごす。デジタル化が進む世界をより良くするヒントは、自然の中にあると信じている。
※「ウェブ広告朝日」より転載
(21-0637/朝日新聞社に無断で転載することを禁じます)
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