1986年より不登校児童・生徒や高校中退した若者の居場所づくりにかかわる。1991年、川崎市高津区に「フリースペースたまりば」を開設。不登校児童・生徒やひきこもり傾向にある若者たち、さまざまな障害のあるひとたちとともに地域で育ちあう場を続けている。2003年7月にオープンした川崎市子ども夢パーク内に、川崎市の委託により、公設民営の不登校児童・生徒の居場所「フリースペースえん」を開設。2006年4月からは、指定管理者として子ども夢パーク全体の管理・運営にあたっている。また神奈川県の相談員として、保護者からの幅広い相談にも長年向き合ってきた経験がある。
今日はご縁あってここでお話することになりました。よろしくお願いします。
早速ですが、子どもたちがいまどんな時代を生きているのか、いくつかデータを見ていきましょう。まず全国で18万人、中学生の25人に1人が不登校です。ひきこもりは100万人以上。50代のひきこもり当事者が80代の両親と暮らすという「8050問題」もあります。いじめも増加傾向にありますが、最も多く報告されている学年は小1から中3までの何年生だと思いますか?正解は小学2年生。それほど低年齢の子がストレスにさらされています。小学生の暴力行為は過去最高の43614件。いじめの認知件数も毎年10万件ずつくらいの勢いで増加しており、現在約61万件。80%は小学校で起きていて、命に関わるような重大事態と認定されたものが723件もありました。
続いて子どもの自死を見てみます。昨年3月のデータで、小中高生の自死は399人。毎日1人は日本のどこかでこどもが命を絶っている。実は日本は15歳から39歳まで死亡原因のトップが自死で、こんな国は世界に例がありません。夏休み明けに子どもが最も多く自死する「9月1日問題」もあります。警察庁の速報では2020年1月から11月の間に1980年以来最多となる440人の小中高生が自死しています(※文部科学省の2月15日の発表では2020年の小中高生の自死が前年比41・3%増の479人となり、過去最多を更新)。ヤングケアラーと言われる家族の介護を抱え込む若者や、女性の自死も増えています。私もメディアを通じて、何度も「大丈夫の種をまきましょう」と呼び掛けていますが、それでも事態は悪化しています。
日本の子どもの特徴として、自己肯定感の低さがよく挙げられます。諸外国と比べても明らかに「自分に満足している」と答える子どもの数が少ない。その理由を私もずっと考えてきましたが、大人の不安が関係しているのではないかという仮説を持つに至りました。子どもの評価が自分たちの評価に直結すると考え、先回りして子どもの失敗を未然に防ごうとしたり、早期教育に熱を入れる親が増えた。「これくらいはできて当たり前でしょ」と、正しさや完璧を求めすぎる家庭が増えたと感じます。でも正しさが充満すると、子どもは弱音がはけなくなり、辛い感情が怒りとなって蓄積し、自分よりも弱い方へと向かってしまう。実際、社会的ステータスが高く、家に正しさが充満しているような家庭ほど、子どもがひきこもったりいじめっこになりやすい。だから「ゆる親」という言葉に響く人も多いのだと思います。
そうした状況にある子どもたちの権利保障を目指して、私の拠点である神奈川県川崎市では「川崎市子どもの権利に関する条例」をつくりました。子どもを権利の主体である一人の人間として尊重し、子どもとおとなは社会のパートナーと位置づけるもので、1998年から子どもと市民が行政と一緒になって策定に取り掛かり、私も調査研究委員会の世話人として参加。2000年12月に満場一致で採択されました。特に私がこだわったのが、「第27条 子どもの居場所」です。「子どもにはありのままの自分でいること、休息して自分を取り戻すこと、自由に遊び、活動すること、または安心して人間関係をつくりあうことができる場所(=居場所)が大切である」と説いたのです。また、それを具現化するために、「子ども夢パーク」という青少年教育施設も2003年に開設、年間9万人に利用されています。子どもには「遊育」が欠かせないという思いから、安心して失敗できる環境の中で五感を使って自由に遊び、非認知能力、つまり人間として生きていく力を育むことを目指しています。
私は長年、学校に行かなくなった子どもたちに寄り添ってきました。先述のように、いま日本では18万人の子どもたちが不登校となっています。つい昨日まで学校の人気者だった子がある日突然学校に行かなくなり、親も原因がわからないというケースも多々あるように、不登校とは誰にでも起こりうることです。親は不安になりますが、その不安もまた子どもを追い詰めかねませんから、まずは不登校を過度に恐れないこと。もし「学校に行きたくない」と言ったら、いきなり叱るのではなく話を聴く。親がしっかり受け止めてくれることで解決するケースも多々あります。子どもがより傷ついてしまわないよう、否定的な言葉も使わない。そもそも学校に行きたくない理由が自分でもわからないから、本人が一番苦しいんです。お腹が痛い、頭が痛い、まばたきや咳払いのチック症状など体に反応が出ていたら、まずは休ませて体の声を聴くしかありません。不登校になると昼夜逆転する子も少なくないですが、これにも意味があります。過剰なまでに精神的負荷がかかると、人間の身体はよくできていて、朝起きられないようになるんです。自然と自分でリズムを取り戻すときが来るので、無理やりいまの状態を変えようとしないことが肝心です。勘違いしがちですが、そもそも不登校の子は学校嫌いなわけではありません。安心して楽しく学べる環境なら、学校へ行きたい子は多いんです。ですから先生が「早く出ておいで」というのは的外れ。行きたくても行けずに苦しんでいる子どもに向かって発せられるこの言葉は、学校に行けるのが普通で、行けない自分が間違っていると感じさせてしまう。「家から出られなくて、辛いよね」と子どもの心に寄り添い、受け止めてあげることで、子どもは少し楽になれます。
子が不登校になると、親は、この先どこで学べばいいのか、人間関係は、大学は、就職は…と、不安になってしまう。でも文科省も「不登校は問題行動ではない」と明言していることは、皆さんとここでしっかり共有しておきたいです。「学校に行っていなかった時間、つらかったね」「でもあの時間も意味があったよね」「心も体も、充電できたよね」と、共感的理解と受容の姿勢を持つこと。下手な叱咤激励ではなく、「大丈夫だよ」という安心の種をまいてあげることが大切です。平成28年に教育機会確保法ができ、すでに、学校以外のどこで学んでもいいという時代になりました。タブレットなどICTを使った通信教育で学校の出席扱いになった例も200例以上ありますし、コロナがきっかけでオンライン授業への参加が出席と認められるようにもなった。僕らのフリースペースで出会った子の中にも、不登校だった子が一念発起して高校受験し、その後大学に進学した子もたくさんいるし、ある先生との出会いがきっかけで勉強に目覚め、アメリカの大学で物理学を教えるまでになった子もいます。その子の「今だ!」はきっとくる。そう信じて寄り添えるかどうかが親には問われます。学校だけではなく、家庭も街もあらゆるところが学びの場になる。そういう柔軟な発想の転換が求められています。大人がつまらない評価のまなざしを持ち込まなければ、子どもたちは知りたい、わかりたいという気持ちで時間を忘れて集中し、探求し、挑戦するんです。そして、試行錯誤を繰り返し小さな失敗を経験しながら、「出会いをモノにする力」を手に入れていく。大人が考える「良くしよう」というアドバイスで、伸びていこうとする子どものやる気を奪わないこと。そして好奇心の芽を摘まないことです。小中学校に行かなくても、居場所の中で「こんな私で大丈夫」という気持ちが充電されれば、ほとんどの子どもたちは、将来的な社会的自立を目指して動き出します。
むしろ心配なのは、休むことすらできず、過剰に学校に適応しようとして挫折する子です。親の期待に応えようとしていい子を演じ続け、大学や会社に入ってから躓いてしまい、長くひきこもりになるケースも少なくありません。いい大学までは入れたけど、入社試験で何10社と落ちてしまい、自分が無価値だと考えてひきこもってしまうケースもある。ですからいい大学に入れることが子育てのゴールだと思っている人は、一度頭をクリアにした方がいい。子どもに必要なのは、自分のSOSにきちんと気づく力、そして持続可能な心と体をつくることです。
発達障害の子についても触れますね。ある児童精神科医の先生は、そもそも人類は、注意欠陥・多動だったからこそ、外敵から身を守りながら獲物をとらえて生きてこられたんだとおっしゃっていました。だから我々のDNAに多動性は本来組み込まれているのだと。ところが小学校1年から、45分授業を6時間、手は膝の上、しゃべらない…という生活に突然入り、適応できなければ障がい者と言われてしまう。でも彼らは「困った子」ではなく、「困っている子」です。「学校不適応児」なのではなく、一人一人に適応できない学校教育にこそ問題があると思います。彼らの得意な分野に光を当てながら、一人一人の背景やニーズに合わせた多様な学びと育ちを保証する環境づくりが重要です。
コロナでは経済状況の悪化、リモートワークの増加から、夫婦問題の相談が急増しています。子どもの面前で喧嘩する心理的DVなどで警察が介入し、子どもが一時保護所に入れられるケースも増えている。立ち合い出産ができなかったり、実家の支援が受けられずに産後鬱になる母親も急増。学校が再開しても給食も無言、イベントも中止で、子どもにとって楽しいことがなかなかない状況です。そういう環境で、子どもの話を聴くというのはどういうことでしょうか。
子どもは、自分の話をしっかり聴いてくれる大人の存在を身近に感じることができたとき、初めて自分の問題に向き合うことができます。正誤・善悪はさておき、言葉にならない思いを受け止め、子どもの怒りの感情を理解すること。幼い頃から「寂しかったね」「悔しかったね」「悲しかったね」「怖かったね」といった気持ちを表す言葉をたくさん使って、気持ちを受けとめてあげること。そうすることで、成長してから自分の感情を言語化する力が蓄えられます。何か不快なことがあるとすぐに暴力を使ってしまう子もいますが、そうした問題行動の背景に想いをめぐらせることも重要です。「私に気づいて」「構ってほしい」というシグナルに気付き、面倒くさいと手放さず、関わり続ける覚悟を持ってください。
大人だって生身の人間だから怒りも湧きますよね。そういうときは自分の物差しを一度疑ってみたり、自分の問題と子どもの問題の境界線が混乱していないか、整理してみてください。夫婦間でも親子間でもそうですが、本当は当事者自身が乗り越えなくてはならないこともたくさんあるわけで、その人の問題、責任を奪わないことです。それから、正しいことを言うときは控えめに。「頑張れ」ではなく「頑張ってるね」。兄弟姉妹、親せき、近所の子どもと比べない。子どもの育ちには無駄に思える時間や隙間も必要。余計なことをあれこれ言いたくならないよう、思春期は特に、子どもを見すぎないこと。言わなくていいことまで、ついつい口にしてしまって、かえって子どもとの関係をこじらせることにもつながります。また子どもの「別に」「どっちでもいい」という言葉が増えたら、親は自分の過干渉を疑うこと。過干渉から自分の心を守るために無関心、無感動になっている可能性があるからです。かわいそうだからと先回りせず、失敗の経験も積ませてあげること。悩む機会を奪ってはいけません。親のよかれは子どもの迷惑、と考えた方がいいでしょうね。
まだ起きてもいないことで悩まないでください。ゴールを設定し、逆算して心配しているから、いつも不安になってしまうんです。問題は起きてから具体的に悩めばいい。子どもはいま持っている力でいまを生きることしかできません。いまに注力してください。子どもが10歳なら、親になって10歳。親だって失敗していいんです。だから、「きっと大丈夫」を届けましょう。子育てで大事なのは、大人の肯定的なまなざしです。子どもは「大丈夫」に包まれればちゃんと自分の足で歩き出します。「生まれてくれてありがとう」「あなたがいてくれて私はしあわせだよ」というメッセージを届け続け、その子の存在感を根付かせることです。35年かかって私が手に入れた答えはそれほどシンプルでした。どんなことがあっても、本当にこれが子どもたちに伝われば、子どもはちゃんと生きていきます。
「川崎市子どもの権利に関する条例」が来月から施行されるというとき、市民報告集会を開きました。そこに子どもたちがなだれこんできて、何事かと思っていると、マイクを貸してくださいという。そこで言われたのが、「まずは大人が幸せでいてください。大人が幸せじゃないのに子どもだけ幸せにはなれません。大人が幸せでないと、子どもに虐待や体罰が起きます。条例に“子どもは愛情をもって育まれる”とありますが、まず、家庭や学校、地域の中で大人が幸せでいてほしいのです。子どもはそういう中で、安心して生きることができます」と。正直、やられたと思いました。子どもはちゃんとわかっている。大人はいま、子どもの前で幸せな顔を見せられているでしょうか。
子育ての中で、私たちは「私たちの人生をいきいきと生きるということが大事」ということを、今一度思い起こすべきです。
2020年4月から教育改革が本格的にスタートしました。教育に、博報堂らしい提案や貢献はできないだろうか。「博報堂・これからの教育ラボ」はそんな問題意識を抱き、2019年からスタートした活動です。博報堂が最も大切にしている力は、“クリエイティビティ”です。人の個性を尊重する“粒ぞろいより、粒ちがい”という文化も持っています。「クリエイティビティで未来を切り開く人材づくり」「自分らしい粒ちがいな個性を育む人材づくり」を目指し、学校の先生・保護者の皆さま・未来を担う子どもたちに向けて、「これからの教育」に関する博報堂ならではのユニークな情報をお届けしていく予定です。
(※)H-CAMPについて
2013年にスタートした、生徒の個性を育み、クリエイティビティを体験することを目指した博報堂の教育プログラムです。
現在は、3つのプログラムを行っています。
詳細は、以下をご覧ください。
→H-CAMP
→博報堂のCSR
開催概要
■開催日:2021年1月25日(月)
■ゲスト:認定NPO法人フリースペースたまりば理事長/川崎市子ども夢パーク所長 西野博之
■主催:博報堂・これからの教育ラボ/こそだて家族研究所