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MaaSで地方の移動問題の解決を目指す
「ノッカルあさひまち」の取り組み(後編)

2021.03.26
博報堂とスズキは2020年8月から、富山県朝日町においてMaaSの実証実験「ノッカルあさひまち」を行っています。地域住民に協力を仰ぎ、自家用車を活用して買い物などの移動をサポートすることで、移動する機会を増やし、地域を活性化することが狙いです。実証実験を行うことになった経緯や、具体的な取り組みの内容、今後の展開などについて博報堂の畠山、堀内、常廣、菅原に聞きました。

前編はこちら

地域を支えてきた公共交通と共存するMaaS

畠山:
プロジェクトを進める上で、自治体や住民の方だけでなく、地域のタクシー会社との連携も重要でした。常廣は何度も黒東自動車商会にも通って信頼関係を構築していました。

常廣:
最初にお話に行ったときは「タクシー会社の需要が奪われてしまうのではないか」と懸念されていました。何回も通って社長と面会する中で、「朝日町は高齢者が多く、この先確実に人口が減っていく。タクシー会社だけでどうにかしようとするのは現実的ではない」というお話をしていただけるようになりました。社長は80歳で自らハンドルを握っており、そういった町の窮状を強く実感していらっしゃいました。

畠山:
信頼していただく上で、ポイントになったのはどんなところでした?

常廣:
まず私が福井出身で、同じ北陸の朝日町は自分の地元と状況が重なる部分があり、課題を実感しやすかったです。何とか問題を解決したいと思って、一つ一つの課題について丁寧にお話することで納得いただきました。例えば、紙の地図を貼り合わせて、自分で考えたノッカルの停留所の配置を書き込み、「タクシー会社のシェアを奪うものではないんです」ということをお話しました。

手書きの停留所案

畠山:
黒東自動車商会から交通履歴のデータを開示いただいたのですが、中々そういったことはしていただけません。その交通履歴のデータは、ノッカルの最適な停留所の配置を考える上で大変参考になりました。
地方における交通ビジネスは右肩下がりになっていますが、黒東自動車商会のように長く地域を支えている事業者がいらっしゃいます。そういった歴史を理解し、尊重し、その上で共有するビジョンを作り共創することは、地方でMaaSを進める上で欠かせないと思います。

堀内:
地元の交通事業者に敵対視されてしまうことは今後もあり得ると思うのですが、我々としてはそういった事業者も含めWin₋Winになるような形を提案したいと考えています。例えば、朝日町のケースで言えば、ノッカルの予約受付やドライバーへの通知といったオペレーションを黒東自動車商会にお願いしています。

常廣:
ノッカル単体の売り上げを伸ばしたい訳では元々ありませんし、ノッカルを含めた交通全体の利便性が高くないとノッカルも使っていただけません。ノッカルは、公共交通全体をより利用してもらうための取り組みだと考えています。

堀内:
運賃の仕組みも工夫しています。朝日町では1枚200円のバス券でバスに乗れるのですが、ノッカルはバス券2枚で利用できるようにしています。

常廣:
バスより停留所が近く分利便性が高く、家の前に来てくれるタクシーよりは不便、ということを考慮した価格設定です。

移動をきっかけに地域を活性化する

菅原:
ただし、「バスとタクシーの中間の乗り物です」という移動手段の提供だけでは課題の解決として不十分だと考えています。今後は商標連携や他産業との連携を進めて、例えば「ノッカルを利用して買い物をするとスーパーでポイントがもらえる」とか、様々なインセンティブを作って、移動の活性化、ひいては地域の活性化に繋げる必要があると思っています。インセンティブは金銭やポイントに限った話ではなくて、「スーパーに行けば知り合いに会って話ができる」といった心理的なものでもよいと考えています。
現在は、商品券や100円割引のクーポンをお渡しするなどの施策を実施しているのですが、地域の方とお話すると「ノッカルでショッピングセンターによく行くようになってから、知り合いに会って話せるようになったのが嬉しい」というような声も多く出てきています。金銭的なインセンティブは私たちの感覚からするとわかりやすく嬉しいものですが、朝日町で暮らす高齢者の方々にとっては、より人とつながれるだったり、より人と話す機会が得られるといったようなインセンティブの形の方が、喜ばれるのかもしれませんし、そういった金銭以外での方法も検討していきたいと思っています。

堀内:
90歳代の方が、ノッカルの利用を契機に数年ぶりに出かけた、という話も伺いました。介護担当の方が、「ノッカルなら出かけやすいよ」と勧めてくれたそうです。

菅原:
ノッカルによって、今までなかったおでかけを創出できるのは嬉しいですね。こういったケースを今後少しでも増やしていきたいです。

畠山:
プロジェクトの最初の時点では「高齢の方にスマホを利用してもらうには高い壁がある。どうやったらデジタルデバイスを使ってもらえるだろうか」といったことに悩みました。でも「電話で予約を受け付けよう」「紙の時刻表を作ろう」といった形で課題を一つ一つ解決していくうちに、プロジェクトの本質はそこにはないことに気づきました。
ノッカルのような仕組みで公共交通を整えることはそれ自体価値がある取り組みですが、地元の方からすればそういったことは「行政がやってくれて当たり前」のことでもあります。ではどうやったら移動だけでなく町全体の課題解決に繋がるか、という視点で考えると、ノッカルで住民が活発に移動するようになった結果、コミュニケーションが活性化され、幸せを感じていただけるようになることだと思います。
住民の方の感情の起伏を可視化できるようになれば、MaaSによって地域の過疎化や移動の減少といった問題の根っこが解決したのかを判断できるようになるはずです。今後の展開を考えても、全ての街でゼロからMaaSを作っていく訳にはいかないので、感情の起伏を可視化するデジタルツールが必要だと考えています。

堀内:
ノッカルの取り組みの成果の一つとして期待しているのが汎用化です。朝日町でのサービス開発、システム開発に徹底的に取り組むことで、どこに汎用性があるかを見極めたいと思います。
地域のコミュニティで関わりが薄くなってきていることは、安全面を考えてもよいことではありません。多くの自治体で改善したいと考えているはずです。ノッカルのような仕組みの導入を契機に、地域コミュニティが活性化され、安心して住むことができるようになれば、と考えています。
交通事業者にとっても、MaaSによって町全体の移動量が増えることが証明できれば嬉しいはずです。そういったデータを集めていくことは、汎用化を考える上でとても重要になります。

菅原:
朝日町の場合、高齢化率が43%を超える地域ですので、スマホを持っていない方がとても多いです。スマホにはGPSが付いているので、そのデータを使えば、住民の移動傾向の把握に使うことを考えられるのですが、それがないと別の手段を考える必要があります。そこで朝日町では、実証実験として、高齢者見守りサービスのためのIoTデバイスをお配りし、身に着けていただいています。そのデバイスと反応する親機を施設や駅に設置して、高齢者の移動の傾向が把握できるようにしました。単にデータを取るためだけのものではなく、町民にとってもメリットとなる見守りデバイスであることがポイントです。手段はこれに限らずですが、移動量のデータ取得や商業連携などの施策効果測定の仕組みも、汎用化のためには考えなければいけない点ですね。

畠山:
博報堂は、デジタル化で生活者とあらゆるモノが常時・双方向につながり、その接点に新しいサービスや体験が生まれていく「生活者インタフェース市場」を見据えてビジネスを展開していますが、ノッカルあさひまちはモデルケースの一つになると思っています。MaaSによって産業を運び、生活者を豊かにするという、生活者発想のシンボルアクションになるようなプロジェクトであること、ユーザーに使い続けてもらえる持続可能なビジネス設計をすること、そしてそれらを、広告会社として培ったクリエイティビティによって、実装フェーズまで入り込むことで、博報堂にしかできない方法で作り上げていくこと。これが上手くいけば、いろいろな地域で「博報堂の生活者発想型MaaS」を使っていただけるようになりますし、それに伴っていろいろな自治体や事業者と協業できるようになります。ノッカルあさひまちは社会のOSを作るような事業だと考えています。

畠山洋平
博報堂 アカウントマネージャー/MaaSプロジェクトメンバー

奈良県生駒市出身。
入社後、営業職として広告業務などに9年携わった後に、営業職を離れ、従業員組合の委員長として会社運営へコミット。その後、大手通信会社を担当し、2016年人事局に異動。人事制度設計などを担当し、2019年度より社会課題解決と得意先課題解決を両立し、博報堂の次世代収益作りを取り組むプロデューサーとして邁進中。

堀内 悠
博報堂 CMP推進局 部長

京都大学地球工学科、同大学院社会基盤工学専攻、修了。
2006年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。
事業戦略、ブランド戦略、CRM、商品開発など、マーケティング領域全般の戦略立案から企画プロデュースまで、様々な手口で市場成果を上げ続ける。
近年は、新規事業の成長戦略策定やデータドリブンマーケティングの知見を活かし、自社事業立上げやマーケティングソリューション開発など、広告会社の枠を拡張する業務がメインに。
5G/IoTプロジェクトおよびMaaSプロジェクト リーダー

常廣 智加
博報堂 第二プラニング局
福井県出身。2018年博報堂入社。

ストラテジックプラナーとして、飲料・不動産・商社などのクライアントを担当。コミュニケーション領域の戦略立案や、商品開発支援、サービス企画まで取り組む。地方出身の強みを生かし、地方MaaS領域の業務にも参画。

菅原 和弥
博報堂 CMP推進局

2020年博報堂入社。ストラテジックプランニング職として、CMP推進局に配属。ノッカルあさひまちを中心に、複数のMaaSプロジェクトを担当。生活者の移動を中心にした地域/周辺エリアの活性化を現在の興味領域としている。

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