德田
今回のゲストは、スタートアップやイノベーティブな企業のオフィスを中心に幅広い空間設計を行っている、デザイナーの小川暢人さんです。Wonderwall社を経て、2015年にご自身の設計事務所、BROOK社を立ち上げられました。
空間デザインや設計の仕事において、コロナの影響は何かありましたか?
小川
オフィス設計の案件が多いのですが、影響はまだ少ない方だと思います。コロナを機にオフィス空間をコンパクトにしようという動きは確かにありますが、小さくするにしても設計は必要ですから。
德田
確かにそうですよね。では、オフィス設計の考え方そのものに変化はありましたか?たとえば密よりもSOHO(Small Office Home Office)を重視するとか……。
小川
コロナの流行が始まってから、オフィスにおいて密をどう避けるかという話から、ニューノーマルの働き方まで、さまざまな議論が出てきましたね。実はコロナ前から“多様性、柔軟性のあるオフィスにするべき”とか、“いろんなことができるオフィスにしよう”という動きはあったんです。でも結局目的がはっきりしない使えないオフィスや、何もできないオフィスになってしまうケースも多々あった。僕自身は、コロナもひとつのタスクでしかないと捉えて、変化に対応するための多様性・柔軟性というよりは、変化に対するポジティブなチャレンジとして考えるべきなのかなと、最近思うに至りました。
德田
いろんなことができるオフィスというのは、たとえばオフィス内に、たくさんの人を呼んで、講演を行ったり自社製品のプレゼンをしたりといったことが可能な空間を設けるということですか?
小川
そうです。いろんな目的に活用できる、アレンジできるような設計にしましょうという話にどうしてもなりがちなんですよね。でもそれだと、空間に価値を見出しにくくなるというのが実情です。
德田
BROOKではスタートアップのオフィスを数多く手掛けられていますよね。僕が実際に行ったことがあるのは、GINZA SIX内にあるPLAIDのオフィス。かなり広がりがあって、これから大勢の優秀な人材が採用されて、このオフィスで働くんだろうなと感じる、未来の姿を想像させるような空間でした。インテリアの選定も小川さんが行っているんですか?
小川
インテリアの方向性までは自分で設定していきますね。コンパクトな案件だと弊社だけで完結しますが、多くのケースでは、さまざまな協力会社の方たちと一緒に取り組んでいます。
德田
PLAIDのオフィスがどのようなプロセスで完成形に至ったのか、経緯を教えていただけますか?
小川
実は、プロジェクトがスタートした当初は、GINZA SIXに入るということ、また成功ベンチャーの一つということで、それなりの資金を投入した贅沢な感じのつくりを想定していました。でも工事が始まる直前に、代表の方が「会社としてはまだ成長途上だし、事業も変化していく。それを社員にも感じさせるようなオフィスにしたい」とおっしゃったんです。そこで、必要最低限の設備で、かつ、あえて少し不自由なところも残した空間にしました。たとえば、このオフィスには会議室がひとつもないんですが、どうしても必要なときが来たら、そのときにつくっていこうということになりました。つまり、つねに変化し続けられるオフィスを目指すことにしたんです。
德田
最初の構想から、がらりと変わったんですね。面白いです。設計を考えるときは、オリエンからひも解いて、大きなテーマを決めていく感じですか?
小川
何のためにこの空間が必要なのか、そしてそれを実現するためにはどうするのかというところからプランを考えます。レイアウトだけフィックスさせるというやり方はあまり好きではなくて、少しずつ要素を加味しながら、クライアントと一緒になって更新させていくというやり方をとっています。
德田
完成させずに、あえて進化の伸びしろを残す感じなんですね。確かに平面図を見ても、がらんとした空間があるのが印象的です。設計を担当されたオフィスを進化させるために、継続的にクライアントとやり取りをされていくんですか?
小川
そうですね。特にスタートアップの場合はトップとの距離が非常に近いので、決裁者の方と継続的にやり取りをしています。それができるのは、多くのスタートアップと仕事をしていて強く感じるメリットです。
德田
各社のオリジナリティを出すためには、どのような工夫をされているんでしょうか。効率的な空間の使い方を考えると、必然的にある一定のパターンに収束しそうな気もするんですが。
小川
オフィスもブランディングのひとつですから、その会社らしさ、オリジナリティを空間で表現することは常に意識しています。特にスタートアップの場合、情報量や歴史がなかったり、ビジョンやミッションも仮設的だったりする。その中からオリジナリティをどう抽出していくかが僕らには問われることになります。結果的に、少しコンサル領域にも入りますが、トップの方とやり取りしながら、会社のオリジナリティについて相互に考えをフィットさせていくというやり方をとっています。
德田
面白いですね。ビジョンやミッションへ踏み込んでいく場合、具体的には役員の方々にヒアリングするんですか?
小川
はい。インタビューしながら相手のワーディングをしっかり拾っていき、前提となる考え方の軸をつくっていく感じです。というのも、会社が提供するサービスが会社理念あってのものであるように、オフィスも、会社理念あってのものだと考えているから。社員がそこで何のためにどう働くかというインナー向けの表現と、どう事業を展開していくかというアウター向けの表現の両方が関わってくる。導入の部分からその軸をしっかりと共有しながら進めていくことが大切だと考えています。
ちなみにコロナ前までは、優秀な人に来てもらえるような、採用に強いオフィスを求められることが多かったんです。ある意味オフィスバブルみたいな部分もあったので、わかりやすさや、居心地の良さみたいなものが重視されていた。それに比べるといまは、より本質的な役割がオフィスに求められるようになってきた。その結果、先ほどお話ししたような提案のプロセスにシフトしていったという側面もあります。
德田
ぜひ実際に体現された事例を見てみたいです。
小川
たとえば、こちらはFintechのスタートアップである「お金のデザイン」のオフィスですが、オフィスを作った当時はFintechがちょうど広がり始めた頃で、提供するサービスは新しく、今までにないものでした。そのオリジナリティを空間にも出したいということで、エントランスで表現しました。サービスに関わる株価情報を映像化してリアルタイムで映し出したり、映像の見せ方もただの面ではないところにプロジェクションマッピングで投影したりして、革新性を意識しました。
德田
エントランスでは来客の方にも先進性を感じてもらえそうですし、中には卓球台も置いてあったりして楽しそうです。今日見せて頂いたオフィスもそうですが、最近、配管むき出しの天井を見掛けることがありますが、これはトレンドですか?
小川
実はオフィスの場合、デザインを変えるたびに天井を壊して作り直すというのは、非常に費用がかかって現実的じゃないんです。そういう制約のもと、いかに昔ながらのオフィス感を払しょくできるかを考えた結果、天井そのものをなくしてしまおうということになりました。
德田
経済的な側面もあるということですね。意外でした。とても古いビルで、梁をとっぱらってしまっているケースもありますね。こういうデザインは、テナント退去時の原状復帰を考えると難易度が高い気もしますが。
小川
ベンチャー系のクライアントが多い施主さんは割と受け入れてくださるので、実現できている。嫌がられることももちろんあって、半分くらいですね。
德田
そういった事情もあるんですね。
德田
社内でのイノベーションやオープンイノベーション、共創でアイデア発想が生まれやすいオフィス設計などは意識されていますか?
小川
空間設計においては、イノベーションを生むような何か画期的な仕掛けが存在するわけではなくて、何気ない心地よさとか、光、空間、色味など、日常のちょっとしたことを変えていくことが大切だと思っています。たとえば一日中光が入るか、入らないかといった違いも発想に非常に影響しますし、姿勢を変えるインテリアを置いてみるとか距離感を詰める配置にするとか、ホワイトボードを置いてみるとか。ただ、空間だけでできることには限界があって、重要なのは、使う人たちの用途に合わせてソフトや仕組みの部分でできることをマッチングさせていくことです。
德田
なるほど。ここまでの事例を拝見していると、仕切りのない、開けた空間が多い印象です。
小川
そうですね。人が自然と流れるように、連続性のある空間、空間のつながりといった点にはこだわってデザインしますね。開けた空間でも仕切りなどを設けることで、臨機応変に変えられる空間になっている。単なる平場にならないよう、さまざまな使い分けができるようにしています。
德田
今後、こういうお仕事をしていきたいという展望はありますか。
小川
基本的には、空間に関わることなら何でもやりたいですね(笑)。
德田
空間デザインという観点で、社内外でのイノベーション創発をサポートしようとしたときに、空間配置やインテリアの向き・距離感、照明の調整など、細かく配慮されているというところに発見がありました。
僕たちも、何かご一緒できることがあると嬉しいです。その場合は、どういう組み方、役割分担になるでしょうか。たとえば僕たちがソフト面を、小川さんには空間設計をお願いするようなやり方でしょうか。
小川
そうですね。確かに設計デザインがメインにはなりますが、個人的には、ソフトとハードの役割を縦割りにするのではなく、相互に意見を出し合いながらソフトとハードをしっかり連動させ、プロジェクトを遂行する形がいいのかなと思いますね。そうすることで、何か面白いことができるのではないかなと思います。
德田
ぜひご一緒できれば嬉しいです!今日はありがとうございました。
2008年桑沢デザイン研究所卒業後、Wonderwall Inc.を経てBROOKとして2015年から活動。2017年にBROOK Inc.を設立し、スタートアップやイノベーティブな企業のオフィスを中心にデザインを手がける。桑沢デザイン研究所非常勤講師で非常勤講師を務める。Webサイト:http://brook-inc.com/
パソコン周辺機器メーカーでプロダクトデザイナーとして商品企画・開発業務に従事した後、博報堂に入社。
現在は、広告やモノづくりの領域を超えてクライアント企業への新規事業・サービス開発やイノベーション支援を行う。
過去にGOOD DESIGN AWARDやオープンイノベーションを中心とした様々なデザインプロジェクトで受賞多数。