徳田
加藤さんと知り合ったのはかれこれ2、3年前、加藤さんが主催していたイベント「クリエイティブブランチ」に参加したのがきっかけでした。
加藤
「クリエイティブブランチ」は同世代のクリエイティブディレクターたちが集まって、自分たちのアウトプットについて発表し合うライブイベントで、徳田さんも来てくれたんですよね。
徳田
たしか、ちょうどその頃「100BANCH」の立ち上げにも関わられたんですよね。
加藤
はい、「100BANCH」は2017年の誕生以来、立ち上げから関わっています。その後、2019年に「SHIBUYA QWS(以下、QWS)」ができて、現在は両者のコミュニティマネジャーとして2拠点を行ったり来たりする日々です。「100BANCH」は次の100年につながる新しい価値創造を、「QWS」は問いを起点とした共創を、渋谷という街から目指す施設です。どちらでも多くの共創プロジェクトが動いていて、色々な人とコミュニケーションを図りながら進行しています。
徳田
博報堂でも他社と協業する形で生活者共創型のまちづくりサービス「Shibuya good pass」を渋谷エリアで展開していますが、オープンイノベーションにとても積極的な街ですよね。そんな場づくりに前向きな中、水をさすようにコロナ禍が起こったかと思います。実際、どういう影響がありましたか。
加藤
一度目の緊急事態宣言のときは、QWSは施設が入っているビル自体が急遽閉鎖されることになったため、すぐに「リアルの空間が制御されたとき、残すべきものは何か?」について、僕らコミュニティマネジャーチームで議論し、突き詰めていきました。そしてQWSの本質的な価値は「問い」であり、会員の方が「問うこと」をやめてしまったら、もうQWSのコミュニティには戻ってこないと考えた結果、緊急事態宣言下でも「問う」というマインドを持ち続けてもらえるような仕組みを設計することになりました。ただ毎日問い続けても疲れてしまうので、具体的には月曜に問いを立て、火曜と木曜には雑談し、金曜に振り返りつつ、ゲストのトークやオンライン飲み会も含めた1週間のプログラムをつくったんです。緊急事態宣言が出た翌日には会議招集をかけて、3日くらいでこのプログラムを立ち上げました。
徳田
3日は早いですね。企画自体の設計も素晴らしいです。そうしたコミュニティの運営方針は御社に一任されているんですか?
加藤
基本的には僕らがたたきのアイデアをつくり、パートナーの方々と一緒にディスカッションしながら実施まで進めます。そもそもコワーキングスペースって、誰でもいつでも受け入れるような場所にすると、結局誰も行かなくなるというジレンマがあるんです。なのでQWSについては、まず「問い」という旗を中心に立て、「ものづくりしている」「イベントをしている」「先輩起業家が下の代に教える」など見られたらいいシーンを洗い出し、さらに建築的な制限なども加味しながらプロジェクトのボリューム感を割り出していき、具体的なプログラム設計に落とし込んでいきました。
徳田
みんなを受け入れると誰も行かなくなる、って本当にそうですよね。特に「問い」というシンボルを置く解決策をとられている点にクリエイティビティを感じます。一般的にはルールを定めることでコントロールしがちですが、共感の強さで場をコントロールすることで自由な空気感との間にハレーションを起こさないようにしているということですよね。ちなみに建築的な制約というのは、たとえばどういうことですか?
加藤
一棟借りしているか、ビルに入居しているかなどの違いで、クリエイティブにも大きな制約がかかってくることがあります。たとえば、生物の飼育については100BANCHでできても、QWSでは叶いません。はんだごてが使えるかどうかなども、ハードのスタートアップにおいてはかなりの制約になります。また構造的な制約もあって、QWSはオフィスフロアのエレベーターの駐機場が真上にあるから、入ってすぐの天井がとても低いんですが、そのぶん奥に入ると天井を高くできる。その高低差を活かして、たとえば天井が低いところは照度を落とし、中に入ると明るくして印象に残りやすいようにするなど、建築家とディスカッションして空間設計していきました。
徳田
なるほど。100BANCHのほうはいろんなものが雑然と置いてあって、議論が活性化していきそうな印象を受けたのですがこれも意図されたものですか?
加藤
あまりキレイすぎると汚してはいけないといった意識が制約になって、クリエイティブやアウトプットの質に影響を与えてしまうことがあるんです。なので、QWSでも早い段階でアート系のプロジェクトの要望に耳を傾けて滞在制作をやってもらいました。たとえば大企業で自由にオフィスを選べるようにしても、自由なスペースの使い方というのがわからなければ、結局みんな同じような場所で同じように仕事してしまうということがあると思うんです。絵を描いても、段ボールでフィジカルスケールのプロトタイプをつくってもいい。自由でいいんだよというのをコミュニティマネジャーがどんどん見せていって、スペースを使う人たちのリテラシーを上げていくことも大事だと考えています。
徳田
コミュニティマネジャーって、実務としてはどういうことをやっているのか気になっていたのですが、割と現場で試行錯誤される感じなんですね。
加藤
そうですね。現場で誰がどういう動きをしているかをずっと観察しながら、机の配置やデザインを変えています。一例ですが、QWSの床に電源があって、みんながそのねじ式のキャップを色んなところに置いたり、蹴飛ばしてしまったりしていたことがあって。変えてほしいという声が出てもすぐに撤去するのではなく、まずはみんなの行動を観察してコミュニティマネジャーが改善策を議論し、結果的に3Dプリンターで簡単に開け閉めできるキャップを作りました。これは利便性を考えた一例ですが、たとえばある場所にあえてゴミ箱を設置することで、ユーザー同士の行動導線を紐づけるなど、偶然性をどうつくるかということも考えたりします。
徳田
そういうノウハウをシェアし、もっと広めていくために、加藤さんはコミュニティマネジャー育成のための学校「BUFF」を立ち上げられたんですよね。
加藤
いま世の中にはたくさんのインキュベーションスペースが存在しています。スタートアップやフリーランスにとって場が増えるという意味ではいいのですが、実はあまりうまく活用されていなくて、“大人の自習室”、いわば“孤ワーキングスペース”になってしまっているケースが多く、非常にもったいないと感じていました。また、周囲にスタートアップをやっている友人もたくさんいて、彼らがもっと力を発揮できるような環境が必要だと思ったんです。ユニコーン企業が出ないと言われる日本でも、オールジャパンで闘える力は十分にあるはず。コミュニティマネジャーという存在は非常に重要だし、今後ますます需要は高まるはずなので、仲間を増やしたい一心でBUFFを始めました。各施設のコミュニティマネジャー同士がつながっていれば、たとえば「このスタートアップはうちではサポートしきれないからそちらで」とか、「次のステップはうちで」とか、会社を超えた横のチームワークで育てていける。渋谷の場合は、すでにそうしたつながりができていて、オール渋谷でスタートアップを育てていこうという気運があります。BUFFは現在8期生までいったところで、まだまだこれからですが、そういう仲間を増やしていきたいんです。
徳田
素晴らしい取り組みですね。大企業やスタートアップどうしがつながる場所というイメージはありましたが、共創の場づくりをするコミュニティマネージャーどうしがつながるというのも1つのオープンイノベーションですね。
加藤
あとは、企業からコミュニティへの派遣型インターンシッププログラム「コミュシップ」もリリースしました。人がオフィスに行かなくなって法人としての輪郭がぼやけてきたり、ジョブ型雇用が増えて社員と社員じゃない人の区分けがつきにくくなったり、会社もコミュニティ化しつつある。そうなったときに、企業にも社内コミュニティマネジャーが必ず必要になってくると思っていて、その人材を育てるのが目的です。BUFFの卒業生が運営するコミュニティなどで、一定期間研修を受けてもらう形になります。
徳田
さまざまなプレーヤーが混ざり合い、オープンイノベーションを起こそうというとき、コミュニティマネジャーに求められるのはどんな動き、役割ですか。
加藤
鍵になるのは、ヒーロージャーニー。たとえば、まず企画があり、ピッチコンテストで勝って、会社の予算がもらえて、SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)に出せて…ゆくゆくは自分たちの会社までつくる、といった理想とされる流れ、ヒーロージャーニーがある。そういうヒーローが一人、コミュニティから生まれることがすごく大事になってきます。そのためコミュニティのなかで関与度、熱量ともに高い10~15%の人たちがちゃんとヒーローになれる設計をつくり、そのジャーニーにのせてあげられるかどうかが、コミュニティマネジャーには問われるわけです。
徳田
カスタマーサポートからカスタマーサクセスへとスタンスの傾向が変わってきたように、コミュニティを維持するだけでなく、積極的にヒーローを生み出すという役割が求められるわけですね。オープンイノベーションの企みをもつすべての場の運営に通じるヒントですね。
加藤
そうしたヒーローの物語を伝え広げていくストーリーテリングも必要です。コミュニティマネジャーはよく物語を思考しろと言われるんですが、アウトプットだけでもプロセスだけでもダメで、メンバーが体制としてちゃんと語れる物語がなければなりません。語り継がれていけばそれは伝説、神話になる。そしてまた、それに憧れた人がジャーニーに乗り出してくれる…。そういう内発的動機に基づいて、自発的、流動的にみんなが動けるのがコミュニティのいいところでもあります。そしてコミュニティマネジャーは、最初にヒーロージャーニー、ある種のアルゴリズムをつくったら、次はそのステップをいやらしくなく見せていくことが重要だし、当初無関心だった人に対しても排他的にならず、いつでも誰でも思い立ったときにそのジャーニーに乗れる状態をつくっておく必要があります。すべての人に機会は開かれている。別に登りたくないなら、必ずその山を登らないといけないわけでもないですが、コミュニティマネジャーはなるべくみんなが登りたくなる山をデザインするということです。
徳田
その場における神話をつくる役割もあるということですね。そのストーリーがあるかないかでたしかにプレーヤーのモチベーションは大きく変わると思いますし、コミュニティマネジャーの役割が非常に重要な役割だと改めて認識できました。
徳田
今後、コミュニティマネジメントをアップデートさせるとしたら、どういう形になりそうですか。
加藤
コミュニティマネジメントの勘とか、誰と誰をつなげるといった部分で、AIが入ってくる余地は間違いなくあります。行動デザイン面でも、ソーシャルフィジックスの研究や、人と人とのつながりを可視化する取り組みなどが進んでいる。いまのところそうしたシステムを導入するにはコストがかかりすぎるので、当面は優秀なコミュニティマネジャーを採用する方が現実的ですが、どこかの段階でそれは逆転するでしょうね。オフィスをぱっと見て、この机の滞在時間が何分だとかが可視化されると、それに合わせてリアル空間でのABテストをコミュニティマネジャーができるようになるし、アシスタントとして、この机は使われていないから移動させましょうとリコメンドしてくれるとか。そのあたりは近い未来に必ずやってくると思います。
徳田
そうなるとコミュニティマネジャーの役割もかなり変化しそうですね。
加藤
より、人対人の本質的な向き合いにかける時間が増えるでしょうね。いまはどちらかというと雑務の比重が大きいので、それが削減できて、本当の対話の時間に使えるようになるのが理想です。
德田
なるほど。では最後に、今後僕たち広告業界の人間が、加藤さんのところに集まるような色々なプレーヤーの方たちとつながる可能性はあると思いますか?
加藤
大いにあると思いますよ。特にプランナー、ストラテジストとか、プロデューサー的なプレーヤーが、実はすごく足りないんです。どうしてもスタートアップとか初期のプロジェクトチームって少人数でやることが多く、具体なプロジェクトの課題解決に集中するあまり、どう長期的なビジネスとしてスケールさせていくかとか、どんな社会的なメッセージとして発信し、ムーブメントにつなげるかとかの思考が弱くなってしまう。そこに、コミュニケーションプランニングのスキルを持った方の力を借りることができれば、やれることが相当広がると思います。
徳田
お話をうかがって、コミュニティマネジメントというスキルの重要性についてよく理解できましたし、オープンイノベーションを活性化させるためのヒントがたくさんありました。
お話できて楽しかったです。ありがとうございました!
加藤
こちらこそ楽しかったです。お呼びいただきありがとうございました!
1990年千葉県柏市出身。「共創」をテーマに異分野のコミュニティを横断する事業を多数手がけ、100BANCH, SHIBUYA QWSのコミュニティマネージャーを務める。早稲田大学で哲学を専攻、ボストン大学への留学後に外資系コンサル企業に勤務。デザインスクールを経て株式会社qutoriを創業する。BUFFコミュニティマネージャーの学校、ポップアップ情報メディアPOPAPを立ち上げる他、様々なクライアントをコミュニティ視点でディレクションする。世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の配下にある、Global Shapers Communintyに所属し、地域課題の解決や次世代教育等にも幅広く取り組む。
パソコン周辺機器メーカーでプロダクトデザイナーとして商品企画・開発業務に従事した後、博報堂に入社。
現在は、広告やモノづくりの領域を超えてクライアント企業への新規事業・サービス開発やイノベーション支援を行う。
過去にGOOD DESIGN AWARDやオープンイノベーションを中心とした様々なデザインプロジェクトで受賞多数。
※所属は取材時2021年2月のものです