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自治体とともに推進するMaaS。ノッカルあさひまちとは?
—実証実験の現場から—

2021.06.04
博報堂とスズキは2020年8月から、富山県朝日町においてMaaSの実証実験「ノッカルあさひまち」を行っています前回は、ノッカルあさひまちの取り組みについて博報堂メンバーでお話しました。今回は富山県朝日町企画振興課(取材当時)の寺崎 壮氏と小谷野 黎氏をお迎えして、自治体として実証実験に至った経緯や運用の裏話などを博報堂の畠山、堀内、常廣、菅原が話を伺いました。また、朝日町の利用者やドライバーへのインタビューも行いました。

堀内:まずは自己紹介をお願いします。

寺崎:富山県朝日町 企画振興課地域活性係長(取材当時)をやっている寺崎です。地域活性に繋がる施策を広く担当しておりまして、特に公共交通に重点を置いて取り組んでいます。

小谷野:同じく企画振興課の小谷野です。「地域おこし協力隊」に応募し、2019年の9月に神奈川県から移住しました。私は公共交通の担当で、町が運営しているコミュニティバス「あさひまちバス」の利用促進、PR活動に力を入れてきました。ノッカルあさひまちのプロジェクトでは主にドライバー業務を担当しています。

堀内:地域おこし協力隊について教えていただけますか。

小谷野:地域おこし協力隊は、地方自治体の委嘱を受けて、一定期間地域で生活し、各種の地域協力活動を行う制度です。朝日町の場合は、東京と神奈川などから10名弱を受け入れていて、公共交通以外にも農業や、林業、商業などいろいろな分野で活動しています。

畠山:ノッカルあさひまちはこのお二人がいないと成り立たないと言っても過言でないくらい、重要な役割を担っていただいています。小谷野さんはなぜ朝日町を選んだのですか。

小谷野:移住セミナーに参加して、凄くいいところだな、人が温かいなと感じたのが理由ですね。以前、交通事業者でバスに関する仕事をした経験があるので、公共交通での募集があったことも自分に合っていると感じました。

堀内:では朝日町についてうかがわせてください。どんな課題があるのでしょうか。

寺崎:一番の課題は少子高齢化です。高齢化率は2021年2月で43.7%にまで達しています。これは富山県の中で最も高い数字です。人口も減っていて、私が20年前に入庁した時の人口は1万6000人だったのですが、現在は1万1000人です。

そういった課題に対して、町としてさまざまな解決策を日々模索しています。その一つが公共交通の充実です。2012年からは、朝日町出身でコミュニティバスに詳しい京都大学(当時)の中川大助教授に協力いただき、あさひまちバスの運行を開始しました。当初は利用が進まず苦戦しましたが、努力の結果利用者が5年連続で増え、国交省からも表彰していただきました。

ただ、それでも課題は残りました。地区によっては運行数が少ないため、利用者の満足度が高まらなかったのです。「買い物に行って用事は1時間で終わるのに、バスが来るまでそれから2時間待たなくてはいけない」といった声がありました。我々としても本数は増やしたいのですが、そうするとバスの台数を増やしたり、ドライバーを増やしたりすることが必要で、お金がさらに必要になります。これをどうするかというのが大きな課題になっていました。

堀内:課題はあるということですが、我々としては最初にあさひまちバスについていろいろご案内いただいた際に「相当うまく出来ているな」という感想を持ちました。その上で、使い勝手の課題など、足りない部分をノッカルでどう補うかを考えていきました。ノッカルをご導入いただいてから、利用者の方からはどういった感想が届いていますか。

寺崎:バスが運行していない土日でもノッカルが利用できること、バスと違って目的地に短時間で行けることを喜んでいただいていますね。行政側の視点から言いますと、ドライバーさんの車を使わせていただいているため、経費がそれほど掛かっていないのが非常に大きいんです。今後これが自立した仕組みになっていけば非常に嬉しいですし、全国的にも普及するように感じます。

小谷野:基本的にノッカル利用者の方はバスに乗ったことがある方が多かったんですが、そういった方でもノッカルが始まってから外出の回数が増えた、買い物や習い事に行くようになった、という話を聞きます。最初はなかなか地域住民の理解が得られず、難しさも感じていました。でも最近は、利用されたことが無い方でもノッカルという名前は知っていただけているような状況になって来きましたね。

提案が全く別のものになった

畠山:振り返ると、1年半前に博報堂が提案したそもそもの企画案は、今のノッカルとは全然違いましたよね。観光がメインで、町の関係人口を増やすことが過疎地域には必要だ、ということを主軸にしていました。その時はどう思われていましたか。

寺崎:その段階では公共交通の案件では無かったので、私は担当窓口ではありませんでした。関係ない立場から、「広告やCMを作る会社の人が何をしに来たんだろう」と思っていましたね(笑)。地域の課題を探りに来た、ということを漠然とは理解していたんですが、それを見つけてどう解決してくるのか、協力してくれるのかは全くイメージが湧きませんでした。

堀内:そうですよね。地域交通のソリューションを開発している企業であれば分かりやすいと思いますが、我々はその時は手ぶらで伺いましたからね(笑)。それで何をするんだ、という。

寺崎:でも結果的には、決まったソリューションを押し付けられるのではなく、課題から考えてもらえたことは有難かったですね。

畠山:何がしたいかよく分からない、と思われていた博報堂に心を開いていただいたのはどういった時でしょうか。

寺崎:いろいろあるのですが、最も印象に残っているのは、最初に持っていらした提案内容を大幅に変えた時ですね。当初、観光系の提案をいただいた際は、「元々観光系の課題をやりたいという思いを持っていて、朝日町で実証してみたいのかな」と感じていたんです。でもそれが難しいとなると、朝日町との話し合いから、「住民の足元を見つめ直すべき」とノッカルの原型となる提案を持って来ていただきました。その時に、本気だな、朝日町のことをちゃんと考えてくれているなと感じました。

常廣:話し合いの中で役場の方から「観光も課題だけど、外から来る人に手厚くするより、まずは町に住む人の生活を良くしたい」という話をしていただいたんですよね。

畠山:そもそも観光についてのご提案も、町役場の方に伺って分かった課題からスタートしたものではあったんです。また関係人口を増やして観光を盛り上げる、というのは近年、世の中的にも注目されています。ですので、最初は観光系の提案が適切だろうと思っていたんです。

堀内:我々も適当だった訳では決してなくて、観光の提案も朝日町のために役立ちたいという強い想いから提案したんですよね(笑)。

畠山:それで3〜4か月真剣に検討したんですが、結局は町の現状に合わないということになりました。

常廣:その提案は、町の方に「ガイドドライバー」という役割になっていただき、自家用車に観光客を乗せてガイドしていただく、という内容だったんです。ただ、運転だけでなくガイドのスキルも求められるので非常にハードルが高いことが課題でした。「ガイドの教育に時間をかけるくらいなら、町内の移動の問題を解決したい」という流れになりました。

堀内:今だから分かることですが、ノッカルで運転が出来るドライバーの方を集めるだけでも非常に苦労しているので、ガイドドライバーを実現するのは非常に難しかったですね。

寺崎:もう一つ、「心を開いた」ということだと印象に残っていることがありまして、それは博報堂の方が事あるごとに朝日町に来てくれたことです。地域住民に説明する、利用者の声を聞く、ドライバーを勧誘する、といったことについてはアイデアを出して「あとは町でやっておいてください」という感じになるのかと思っていたんです。でもそんなことは無くて、説明や勧誘も本当に積極的にやっていただきました。そういったことを通して、「一緒にやっていけばいいものが作れそうだな」という考えになりましたね。

ビラ配りが最も効果があった

堀内:先ほどお話しましたが、ノッカルでもドライバーの方を集めるのには非常に苦労していましたが、ようやく進め方が確立してきましたね。

菅原:2020年の夏から実証実験をスタートし、当初は小谷野さん含め町役場の方にドライバーをお願いしていました。その後、徐々に一般の方にドライバーになっていただいています。ただ、「自分がドライバーとして人を乗せるのは難しい」、「自分も高齢だから」といったことを理由に断られる方が多くいらっしゃいます。

上手くいったのは、民生委員や習い事などの集まりにうかがって、そこに参加されている方にドライバーをお願いするケースです。同じ集まりに行く方を送迎する形になるのでスムーズですし、理解を得られやすかったです。

堀内:住民の方に対しては、よりノッカルを利用していただけるよう「お出かけアプリ」を作っています。スーパーマーケットに協力いただき、ノッカルで買い物に来ていただいた方には割引をする、というサービスを展開しています。

菅原:これまで200件ほどアプリをダウンロードいただきました。0から作ったアプリを使ってもらうというのは簡単なことではなく、当初どうやったら住民の方々にアプリをダウンロードしていただけるのか悩みました。地域のスーパーの方から「この地域の方にはビラ配りと新聞折込が一番効果があります」とご意見いただき、その両方を試しました。
ビラに関しては、直接手渡しすることで、アプリダウンロードをその場で真剣に検討してくれる方が多くいらっしゃいました。また、ビラを配ることで、住民の方と直接お話することができ、アプリやノッカルについてのご意見をいただけたのも、よかったです。

寺崎:ビラを渡すだけでなく、ダウンロードまでその場で促していただいたのは非常に良かったと思っています。

菅原:新聞折込は、朝日町の方々はよくチェックされているようで、折込を打った日のアプリダウンロード数は大きく伸びていました。
ビラも新聞折込も非常にアナログな方法ではありますが、住民視点に立つと、ストレスなく受け入れやすい方法なんです。

堀内:ただ、プロジェクトの途中ではアプリやクーポンなどのデジタル化は後ろ倒しにしていった経緯があります。前回の取材でもお話しましたが、ノッカルの予約もほとんどを電話で受けていて、サービスの表側はほどんどデジタル化していないんです。今は裏側だけをデジタル化していて、表側のデジタル化は第二フェーズだと考えています。ただ、本当に表側をデジタル化する必要があるのかを含めて難しいですね。

寺崎:高齢者の方にスマホの使い方を教えるべきなのか、それとも我々の世代が高齢者になった時に自然に使えるようになるのを待つか、といった部分の判断は難しいですね。

実験終了後の実運用を見据えて

寺崎:ノッカルは住民の方にご満足いただけている実感がありますし、僕らが考えていたことをお金をかけずに実現出来そうだということにも手応えを得ています。今後は、これを何とか実運用に繋げたいです。また、公共交通という枠にとどまらず、地域活性化にまで繋げたいと考えています。

小谷野:まだ実証実験の段階ですが、利用者の方の目線で使いやすいように工夫したことによって、固定のお客様や決まった目的のために使う方が既にいらっしゃいます。社会実験というよりはもう公共交通になっている部分があるので、この先も乗っていただけるようにドライバーの確保に力をいれたいと思っています。

堀内:2021年9月までは有償で利用いただける実証実験の延長が決まっています。既に利用いただいている方がいますので、実験の終了後も、出来る限り早く実運用に繋げられたらと考えています。

利用者の声:バスが無い土日に出かけられるようになった

実際にノッカルあさひまちを利用している窪田さんと蒼生さんに、常廣が話をうかがいました。

常廣:ノッカルはどんな場面で利用していらっしゃいますか。

窪田:主に木曜日と日曜日に利用しています。土日はバスが運行していなかったので、移動出来る日が増え、嬉しく思っています。近所には「ノッカルに乗りたいけれど、どう使っていいか分からない」という人が多くいるので、皆さんに利用方法をお教えしたり、お勧めしたりしています。

常廣:利用を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

窪田:最初は町役場の方からノッカルのお話を聞いて、「そういうものが出来たなら使いたいな」と思いました。ただ、その時は週一回木曜日の運行で、土日は無かったんです。それで「土日はバスがないので運行してくれると嬉しい」とお伝えしたら、すぐに運行してくれるようになり、2021年2月からは、火曜日と土曜日の便も出来ました。

ノッカルは2020年12月までは無料で利用出来たのですが、2021年12月からは有料になりました。年金暮らしでそんなにお金を使う訳にもいかないので、毎週何回も乗る訳にはいきません。運動がてら自転車にも乗りたいと思っています。ですので、これからは雨が降った時や寒い時に利用出来たら、と思っています。

常廣:実際に利用して、ここが良かった、というところはありますか。

窪田:バスだと町を一周してから目的地に行くようなルートになるのですが、ノッカルだと直接行きたいところに行けるのが良いところですね。免許を返納した際に、バス券を88枚いただいたんです。これをノッカルにも利用出来る(バス券2枚でノッカル1乗車が可能)ので、それも有難いと思いました。

ノッカルやバスによって交通が充実していることが感じられると、高齢者も安心して免許を返納出来ると思います。

常廣:課題に感じられているところは何でしょうか。

蒼生:私は同じ集落にドライバーの方がいらっしゃるので利用しやすいですが、そうでないところは少し不便かもしれません。乗りたい方は沢山いらっしゃると思うのですが、高齢化しているので各集落にドライバーがいるようにするのは難しいかもしれません。

ドライバーの声:「便利になって嬉しい」と言われる

続いて、ノッカルあさひまちでドライバーをされている谷口さんに、常廣が話をうかがいました。

常廣:ドライバーをやってみようと思った理由を教えてください。

谷口:話を聞いて、人のお役に立てるならとボランティア的な気持ちでお引き受けしました。

常廣:周りの方から反応はありましたか。

谷口:町の人からも「ドライバーやっているんだ」と言われたりしますし、両親からもそういう反応がありましたね。自分もドライバーをやってみたいとか、ノッカルを利用してみたいとおっしゃる方もいました。

常廣:実際に利用者の方を乗せて運転して、どのように感じられましたか。

谷口:これまで乗っていただいたのは、同じ町内の顔見知りの方ばかりだったので、緊張したことはありませんでした。全く見ず知らずの方であればまた違うかもしれません。

利用者の方からは「便利になって嬉しい、またお願いします」と言っていただきました。そういうことはやりがいに繋がりますね。

常廣:私がドライバーをやってみませんかとお誘いした方で、「自分の運転に同乗してもらうのは責任が重い、怖い」と言う方がいらっしゃいましたが、そういったお気持ちはありましたか。

谷口:同乗する方がいても普通に運転していれば、普段と変わらないかなという感覚なので、特に意識はしませんでした。

常廣:今後、何か改善したい部分などはありますか。

谷口:午前は自分の通勤時間をノッカルのシステムに登録していて、時間の合う方に同乗していただいています。ただ、帰宅時はなかなか時間が合わず、同乗していただくことが出来ていないんです。何とかうまく時間を調整出来るように考えられたらと思います。

常廣:ノッカルについて何かご意見はありますか。

谷口:ノッカルは、あくまでバスを補助するものだと思います。ですから、基本的にはバスをもっと充実させる方向も考えていただいて、ノッカルはそれを上手く補完するようなものになれば、と思いますね。

取材・撮影協力:富山県朝日町

畠山 洋平
博報堂 ビジネスデザイン局 部長(兼)MaaSプロジェクトメンバー

奈良県生駒市出身。
入社後、営業職として広告業務などに9年携わった後に、営業職を離れ、従業員組合の委員長として会社運営へコミット。その後、大手通信会社を担当し、2016年人事局に異動。人事制度設計などを担当し、2019年度より社会課題解決と得意先課題解決を両立し、博報堂の次世代収益作りを取り組むプロデューサーとして邁進中。

堀内 悠
博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット 部長
マーケティングディレクター
5G/IoTプロジェクト・MaaSプロジェクト リーダー

京都大学地球工学科、同大学院社会基盤工学専攻、修了。
2006年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。
事業戦略、ブランド戦略、CRM、商品開発など、マーケティング領域全般の戦略立案から企画プロデュースまで、様々な手口で市場成果を上げ続ける。
近年は、新規事業の成長戦略策定やデータドリブンマーケティングの知見を活かし、自社事業立上げやマーケティングソリューション開発など、広告会社の枠を拡張する業務がメインに。

常廣 智加
博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット
マーケティングプラナー

福井県出身。2018年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして、飲料・不動産・商社などのクライアントを担当。コミュニケーション領域の戦略立案や、商品開発支援、サービス企画まで取り組む。地方出身の強みを生かし、地方MaaS領域の業務にも参画。

菅原 和弥
博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット
マーケティングプラナー

2020年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして配属。

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