荒井 友久
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 コンサルティング部部長
DXストラテジーコンサルタント
黒田 真樹
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局
DXストラテジーコンサルタント
──お二人ともキャリア採用で博報堂に入社し、現在はDXストラテジーコンサルタントのポジションにあります。博報堂に入る前はどのような仕事をしていたのですか。
荒井
新卒でSIer(System Integrator)に入社して、そこで経営企画の仕事に携わったのちに、大手人材派遣会社に転職し、マッチングビジネスの事業企画、営業企画、事業開発などの仕事を経験しました。その後、それまでの経験で得た仕事のノウハウを幅広くいかしたいと考え、外資系コンサルティングファームに転職しました。外資系コンサルティングファームでは、主にM&A(企業の合併・買収)後の経営戦略・事業戦略・組織戦略のコンサルティングを担当しました。いわゆるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)と呼ばれる仕事です。
博報堂に移ったのは2012年です。広告会社で働くのは初めてだったので、広告やマーケティングビジネスについてインプットしながらデジタルマーケティングのコンサルティング業務に関わりました。現在は、マーケティングシステムコンサルティング局という部署でDXストラテジーコンサルタントのメンバーを束ねる立場にあります。
黒田
私は大手コンサルティングファームの戦略部門で働いていました。博報堂に入社したのは2018年です。
──博報堂に転職した理由をお聞かせください。
荒井
コンサルティングファームでの自分の仕事に疑問を感じたからです。ご存知のように、経営コンサルティングはロジックをとことんまでつきつめて企業に方向性を提案していく仕事です。しかし、ビジネスは必ずしもロジックだけで動くものではありません。生活者や従業員の情理に訴える要素も必要ですし、論理的には説明しづらいが、直感的にこれだと思う戦略がむしろ機能することもよくあります。事業会社で実際に事業運営に関与した経験から、コンサルティングファームでのアウトプットは「理屈としては正しいけど、本当にそれで事業が成長するのか、顧客が増えるのか」という点で自分の中では納得しきれなかったのです。その点、博報堂は多くの人の心を捉えるクリエイティブやマーケティングの力が非常に優れているという評判をよく耳にしていました。ビジネスのロジックを組み立てながら、人々の感性に訴える仕事ができるのではないか。そう考えたのが博報堂に来た理由です。
黒田
コンサルティングファームと、広告マーケティングの会社である博報堂では、本来の事業領域は異なるわけですが、私がコンサルティングファームにいた頃に博報堂とコンペで競合になることが何度かありました。広告会社とコンサルティング会社の事業領域が重なりつつあるということですね。博報堂には、生活者発想に基づいた経営課題の解決や、企業成長を実現するロジックやソリューション構築力があります。また、クリエイティビティ溢れるプレゼンと資料で課題解決や企業成長の実行力を相手に納得させ、それを実際に成し遂げてしまう力等の特異性、価値がありますから、コンサルティングファームからすればかなりの強敵なわけです。
コンサルティングファームでの業務の中で博報堂を意識するようになって、博報堂のことをいろいろ調べてみると、広告を主としたマーケティングコミュニケーションだけでなく、クライアントの新事業創出の支援をしていたり、自社で新しい事業を創造していたりしていることがわかりました。この会社なら、これまでよりも本質的な提案をクライアントにできるし、自分自身も事業創造に関われるかもしれない。そう考えたのが博報堂に転職しようと思った理由です。
──DXストラテジーコンサルタントというポジションの役割を説明していただけますか。
荒井
DXとは、デジタルの力を使ってさまざまなものを変革していくことですが、それによって事業の「営み方」そのものが大きく変わるケースが少なくありません。例えば、モノを売り切ることで完結していたビジネスが、顧客との関係継続を目指すサービス型のリテンションビジネスに変わる。そんな変化です。ビジネスの営み方が変われば、事業管理のやり方、ビジネスサイクル、意思決定のスピード、管理会計の仕組みなども変わります。例えば、モノを販売するビジネスでは、売上から商品原価・マーケティング費・人件費等のコストをひいたものが営業利益になるというシンプルな構造です。やるべきことは販売数を増やす、コストを下げる、価格を上げる、になりますよね。一方で、リテンション型ビジネスの一つである会員向けビジネスの場合にやるべきことは、会員を増やす、離脱を減らす、客単価を上げるということになります。事業の構造も、固定費ビジネスから変動費ビジネスに変わるため、コストの動き方も変わります。ビジネスサイクルの面でも、販売レポートを月次で確認していくのではなく、顧客接点となるアプリやリアルの接客などの変化を見ながら、細かく毎日のようにチューニングを繰り返し続けないといけません。このように、やることも、把握することも、そのサイクルも変わってしまうため、事業管理の手法・組織・人材・業務プロセス等を再構築しないといけません。単にテクノロジーを導入するのではなく、事業の営み方を変えないとテクノロジーを最大限受容できないのです。つまり、ビジネス全体のストラテジーや構造そのものが変わるわけです。そこに多くの企業が困っていると考えています。私はそれを「事業実装」という言葉にしていますが、その変化をトータルにサポートさせていただくのがDXストラテジーコンサルタントの役割です。
──博報堂に従来からいるストラテジックプラナーとの違いはどこにあるのでしょうか。
荒井
ストラテジックプラナーは、顧客接点のコンセプトづくりのプロフェッショナルです。それに対してDXストラテジーコンサルタントは、顧客接点だけでなく、それに合わせて事業の営み方を変えるということです。ですので、プロジェクトにストラテジックプラナーにも入ってもらい一緒に進めていくことも多いです。
よく「構想と実装」という言い方をしますが、DXの場合、構想してから実装するのでなく、むしろまず大きな仮説に基づいて実装し、その成果を見ながら戦略を精緻にしていくというプロセスが求められます。正しい戦略をつくるには、正しい実装が必要です。博報堂には、生活者とのタッチポイントをつくるアイデア、クリエイティビティ、制作力があります。つまり確かな「実装力」があるということです。その実装力と構想力を掛け合わせて企業の戦略づくりを支援していくのがDXストラテジーコンサルタントの仕事です。
──具体的な仕事の内容についてもご説明ください。
黒田
現在、DXストラテジーコンサルタントという立場で、小売店様に対してDXをご支援させて頂いています。DX戦略の立案だけでなく、新たな顧客接点の実装、さらには、クライアント自身でその顧客接点の運用が内製化できるようにオペレーション設計までご支援しております。小売店のDXにおいて、デジタルを活用して顧客との関係強化を行うことは1つの大きな方向性ですが、全部を無機質にデジタライズすることが小売店のDXであるとは考えていません。リアルな店舗を構えていることや人が接客していること等、これまで培った小売店ならではのメリットや価値というものがあると思っています。ですので、小売店ならではの有機質というか、血の通った人間的なDXを考える必要があるのではないだろうかと考えていますし、そのような考えのもと、DXをご支援させて頂いています。
──ECの仕組みづくりなども手がけているのですか。
黒田
重要な仕事の一つですね。世の中には様々なECサイトがあります。その中で、製品数の優位性だけを差別化要素として小売店がEC市場へ参入しても、ビジネスの勝者になることは、非常に難しいと考えています。詳しい戦略、取り組み内容は言えませんが、クライアントの小売店様には、単なるモノを売る場としてECを捉えるのではなく、顧客に対して特別な配慮を示しながら、販売員、ひいては小売店の提供価値を伝え、顧客とコミュニケーションしながら商品やサービスを提案できる場=プラットフォームとして戦略立案、実装をご支援させて頂いています。
DXの難しいところは、仕組みをつくれば終わりではないというところです。クライアントが将来、自立して、且つ継続的にその仕組みを運用できるように、オペレーション設計や、場合によっては組織・人材設計が必要です。DXを行ったばかりに、そこに働く従業員の方々に対して、現業に加えて新しい仕事が単純に増えてしまっては、せっかくの仕組みが陳腐化してしまう可能性がありますし、場合によっては、経営課題解決に対してDXへの思いは強いが現場での実行力が伴わず企業の成長機会を逃してしまう可能性があります。DXの効果を最大化できるように、商品・サービスの在り方、他の仕組み、オペレーション、組織・人材等、俯瞰的に、横断的にDXを捉え、きちっとケア・設計し、現場へ落とし込むところに、DXコンサルティングの妙があると考えています。
荒井
クライアントのオペレーション設計支援は、DXストラテジーコンサルタントの重要な仕事の一つです。ECサイトであれば、コンテンツを誰がどのようなフォーマットでつくり、誰がその内容を承認し、どのような頻度で更新していくのか──。そのような流れをより効率的につくるお手伝いをしています。
DXの最終的な目標は、デジタルを活用したビジネスの仕組みをクライアントの社内で内製化していただくことです。トランスフォームを支援させていただきながら、ゆくゆくはクライアントが自力で新しいビジネスを回していけるような提案をしなければなりません。その際にしばしばハードルになるのが、クライアントの社内の組織構成です。組織の壁がネックになってDXが思うように進まない。そんなケースが少なくありません。そのような場合は、私たちが組織改革の支援をさせていただくこともあります。
──DXストラテジーコンサルタントに求められる素養とはどのようなものでしょうか。
荒井
重要なのはアジリティ(迅速さ)、それからそのアジリティを担保するデジタルビジネスの「勘どころ」がわかることですね。例えば、新しい顧客体験を考えたとき、それによってユニットエコノミクスがどう変化するのか、体験を継続的に良くしていくためには、現状の投資決済プロセスだとここがアジリティの足かせになるとか。デジタルを活用しながら新しいビジネスモデルをつくっていくときに、何がポイントで、どこにリスクがあるのかといった見極めをし、仮説設定、検証、方向性の転換といった動きを迅速にしていける。そんな力がDXストラテジーコンサルタントには求められると思います。
黒田
いわゆる一般的なコンサルタントと比べると、より幅広い視野が必要ですよね。多くの場合、クライアントがコンサルティングファームに求めるのは、業務の効率化とそれによるコストダウンの道筋を考えることです。一方で、ビジネスは、コストダウンだけでなく、当然、売上向上の道筋も求められます。そのためには、生活者(場合によっては、法人顧客)にどのようにアプローチしていくかという戦略を考えなければなりません。単にアプリを使うとかSNSと使うといった手段に閉じた話ではなく、対象となる商品・サービスが生活者(場合によっては、法人顧客)にとって、どういう価値を提供するモノ・コトなのか、その価値を提供するためにどういう手段が有効なのか、自社経営資源を変革する必要があるのかという流れでモノゴトを考えなければならないわけです。つまり、博報堂DYグループが掲げる生活者発想を踏まえたコンサルティングです。
──これからチャレンジしたいことをお聞かせください。
黒田
生活者を感動させ、世の中にインパクトを与えられる仕事をしたいと思っています。クライアントにとっての一番の喜びは、自社の製品やサービスによって人が行動を起こしたり、感動したり、幸せになったりすることだと思っています。そのような喜びをクライアントと分かち合っていきたいですね。
荒井
DXストラテジーコンサルタントは、自分が起点となってプロジェクトを立ち上げることができるポジションです。新しいプロジェクトを立ち上げて、博報堂DYグループのビジネスの幅を広げていきたい。それが展望の一つです。
もう一つ、クライアントが「手数」を増やすお手伝いを今以上にしていきたいと考えています。現代のビジネスの特徴は「やってみなければわからない」ことです。まずはやってみて、その中からより成功しそうな勝ち筋を見出していくことが、ビジネスの成長の今日的な条件です。成功確率を上げるためには、「手数」を増やしていかなければなりません。クライアントとともにいろいろなアイデアを試してみて、そこからより確かな戦略を絞り込んでいく作業をサポートさせていただきたいと考えています。
この仕事の醍醐味の一つは、博報堂DYグループのメンバーすべてとチームをつくれる可能性があることです。クライアントの課題によって、プランナー、クリエイター、エンジニアなどに声をかけてそのつど最適なフォーメーションをつくれることが何より面白いと感じています。これからも、いろいろなスキルをもった人たちと一緒にクライアントの課題を解決していきたいと思います。
複数の外資系コンサルティング会社(戦略部門)の勤務を経て、2018年より株式会社博報堂に入社。多くの官公庁、民間企業に対して、新規事業開発、プラットフォーム戦略策定、オペレーション改善等、幅広いテーマでのコンサルティング業務に従事。博士(工学)。
2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプラニングディレクター。大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身