電通 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター 田辺俊彦氏
TBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター 細田高広
細田
企業のパーパスは、日常的に議論されるテーマのひとつになりました。クリエイティブの現場にもいい影響もあれば、その反作用もあったように感じています。本日は少なからず「パーパス」という概念と向き合ってきた電通の田辺さんと私・TBWA HAKUHODO細田の視点から、議論していきたいと思います。早速ですが、日本におけるパーパスとクリエイティブの「現在地」をどのようにお考えですか?
田辺
この数年は、ある種の“ボーナスステージ”のような時代でした。日本では数年前まで、企業が社会課題を扱った時点で「よく言った」と世間から賞賛される風潮があったと思います。
たしかに欧米に比べれば、日本企業で本格的にパーパスを軸としたマーケティングに取り組んでいた企業は圧倒的に少なく、事例もほとんどなかった。トライしたことで評価された時代があった、それが2019年を分岐点に変わってきたと感じています。ちょうどコロナ禍に差し掛かる直前くらいに、事例がどんどん増えていき、そしてテーマも女性活躍やダイバーシティのような扱いやすいものに集中していきました。
すると当然、メッセージが似通い、今度は質が問われてくる。その分岐点に今いるのかなという気がします。
細田
共感します。声を上げることで注目されるボーナスステージが終わった後で、クリエイティブに何ができるのかが試されるということですよね。
結局、企業の本気度が問われているのでしょう。その点では日本企業より欧米企業のほうが総じてより強い危機感に突き動かされているのを感じます。
グローバルエージェンシーのハバス・メディアが調査している「meaningful brands report」の2021年版では、世界中のブランドのうち75%は、生活者に「今すぐ消えて構わない」と思われているという結果が出ています。市民が企業に対して公共的役割を強く求めている。社会的に選ばれないと、市場でも生き残れない。だからこそパーパスを起点に企業活動を見直し、発信することが急務になったわけです。日本企業の場合はまだ広告や広報領域の「話題づくり」の延長で捉えられているように感じます。本当の危機感を持って内側から変わろうとするダイナミズムが本格的に生まれるのは、このブームの先でしょう。
細田
日本を含めてパーパスを軸としたマーケティングやブランディングが広がったことで、ポジティブな影響と同時に、少々ネガティブな影響もあったと思います。まずポジティブな面からひも解くと、この数年で世界的に好例となったケースや、今後強まりそうな潮流はありますか?
田辺
2018年のカンヌライオンズでSocial & Influencer部門の審査委員を務めましたが、その際のブロンズ以上の受賞作品は、6割ほどがパーパスにまつわるものでした。非常に豊作な年で、IKEAやボルボなど好例がたくさん生まれました。
もう少し直近の流れで注目しているのは、競合関係にある企業同士の協働です。例えばアディダスとオールバーズという、いずれもサステナブルなスニーカーづくりに注力する企業が、2021年の5月に大型のコラボレーションを発表しました。互いの技術を持ち寄り、CO2をなるべく出さない製造過程を共有するそうです。利他的でありながら、協業を通して自社もきちんと利益を上げるという、この流れはとてもポジティブでいい傾向だと思います。
細田
「利他」と「利益」が結びつくのが肝要とのことですね。同じ視点で挙げるならば、中東の日産自動車の「#SheDrives」も象徴的です。サウジアラビアでは長らく女性の運転が禁止されていたのですが、それがようやく2018年に解禁されました。ところが女性たちも躊躇しているし、男性もいまいち納得していない。保守的な社会ムードを変えるべく日産が公開したのが#SheDrivesという映像でした。女性たちが初めて教習所に行ってレッスンを待っていると、教官として現れたのは親族ら身近な男性たちだったというサプライズ企画。クルマを通してジェンダーギャップが乗り越えられていく様子が胸を打ちます。
この事例も理念だけを語るキレイごとで終わりません。女性の権利を応援しながら、クルマを買う機会に結び付けてビジネスチャンスも広げている。利他か利己か。理想か利益か。そんな二項対立ではなく「利己的利他」「理想的利益」を追求するのが、パーパスを軸とするクリエイティブの可能性なのだと思います。
田辺
まさにそうですね。パーパスを掲げた初期の事例は、最終的にこれがどうビジネスをドライブするのか、経営の根幹とどう結びつくのかという議論があまりされてきませんでした。ですがそれではサステナブルな活動になりません。その欠陥が最近、明らかになってきたということもありそうです。
細田
一方で、逆にパーパスという言葉がもたらす負の側面や懸念点はありますか?
田辺
パーパスという言葉が過剰に期待され、魔法の杖のように捉えられている点は気になります。パーパスを軸とするマーケティングも複数の戦略のひとつという位置づけであるべきですが、こればかりが今すごく重要視されている。冷静に考えれば、必ずしもパーパスがビジネスのブレイクスルーをもたらすわけではないはずです。言葉が先行して広がっただけに、パーパスを軸とする活動自体が目的化しているとも言えるでしょう。
最近ではパーパスを絡めた何かをしたい、と相談を受けることもありますが、その場合は表面的に対応するのではなく、なぜそう考えるのか、背景にあることを探るようにしています。その上で、例えば事業が大きく転換するタイミングで社会的視点を入れていくのはどうか、といったことを提案したりします。
細田
タイミングは重要ですね。組織を変革するときには目的がクリアになっていないといけない。自ずと経営者自身も「パーパス」を考え、組織全体で共有していくことになります。そうだけなければ変革を説明できませんから。一方、本質的な点に目を向けずに「差別化できそう」といったマーケティングだけの理由で取り組むと、それはどうしたって見透かされてしまう。
田辺
そうですね。加えて「時間軸」もポイントになると思います。そもそもパーパスは長期スパンの概念なので、短期スパンの施策であるキャンペーンに取り込もうというのは相性が悪く、難しい。パーパスに根差したキャンペーンをしたいというご要望も増えているものの、実際に相談された際には、クリエイティブとして温度感を測りづらいところはありますね。
つまり、経営と密接になって本腰を入れてパーパス・ドリブンの事業運営をしていく考えなのか、話題になるための策としてパーパスを使いたいのか。
細田
重要な指摘です。例えばジェンダー平等を掲げる会社が女性役員ゼロだったら、世の中の皆さんにメッセージが伝わるどころか、逆に疑問を持たれてもおかしくありません。
田辺
その通りですね。ただ私は今もし仮に女性役員がいなくても、その現実を受け止めてこれから変えていくと表明するスタイルもあって良いと考えます。そこに改善への強い意志とアクションが必要にはなりますが。
細田
パーパスを起点により良いクリエイティブにしていくために。企画時点で意識していることは何でしょうか?
田辺
パーパスを持ち出すと、通常のプロモ―ショナルな施策と比べてカッコつけて見えがちですよね。すると、うがった見方をして批判したり揶揄したりする人も一定数出てきます。そうした人たちを無視するのではなく、むしろ巻き込めるものをどう作れるか、常に意識していますね。
要はフィルターバブルの内側の人たち、リテラシーが高く社会課題に関心がある人たちだけが盛り上がっても、ムーブメントにはならない。フィルターバブルの外側の人すら巻き込めるコミュニケーションをデザインすることが、求められていると思います。
細田
意識の高い市民サークルの内側に閉じてはダメということですね。今回、事前に田辺さんと、パーパスを軸とする取り組みに必要な視点を3つに整理してみました。
1.賛同より行動 SAY LESS, DO MORE
2.社会貢献も、会社貢献も
3.正論からエンタメ
田辺
ひとつ目は、
賛同より行動 SAY LESS, DO MORE
パーパスを絡めた施策が飽和している現状だからこそ、行動が重要になるということです。ダイバーシティやジェンダー平等など、社会課題のテーマも無限にはありませんし、賛同すること自体はもはやコモディティ化しています。そこで問われるのは、賛同した上でどんなアクションを起こしているか。それが生活者の納得感につながります。
ただ、アクションというと大仰に聞こえますが、スモールステップでもいい。大事なのは、なぜその企業がその活動をしているのか、の腹落ち感です。
例えば僕が長く担当しているトヨタ自動車では、大きなキャンペーンの傍ら、草の根的な活動も多く行っています。2018年、イタリア・ローマに世界初のハイブリッドスケートパーク「トヨタ・ホイールパーク」をオープンしました。モトクロスバイクやスケートボードを楽しめる場所ですが、車いすモトクロスのユーザーも一緒に楽しめるようになっているんですね
この活動は、同社の「移動したい、動きたい意志を応援する」という姿勢に根差しています。実際、自動車メーカーからモビリティカンパニーへと移行する流れを強めるなかの施策で、どんな人でもホイールスポーツや動くこと自体を楽しめる場を提供する活動には、納得感があります。で、点で終わらせず、しっかり継続していく。
細田
「腹落ち感」はとても重要ですね。発言より行動の方が、一発の大型スタントより継続的な行動の方が確かに腹落ちします。
細田
2つ目に挙げたのは、
社会貢献も、会社貢献も です。
いま話した「行動」と「継続性」という点にもつながりますが、社会に貢献しながらビジネス利益に貢献する導線をしっかりつくるべきだということです。
私たちのチームが担当した事例にAIGの「DIVERSITY IS STRENGTH」という施策があります。このジャージー通常は黒なのですが、伸ばすと虹色に見えます。このジャージーを生地から開発し、ラグビーのニュージーランド代表に着用してもらいました。
多様性を示すレインボーカラーをすべて混ぜると、黒になります。個々の違いが合わさるから強くなるのだというメッセージを発信し、LGBTQ+へのサポートを表明したわけですが、これは一見、社会貢献活動に見えて、実際はAIGの本業と本質にしっかり結びついています。同社は経営の根幹にダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを据えており、同性のパートナーに保険金が下りる仕組みをつくったり、車内でも雇用環境を整えたりといった先駆的な活動をずっと続けていています。LGBTQ+は大切なお客様であり仲間でもあるわけですね。プロジェクトにはこうした点を知ってもらうきっかけを世界的なスケールでつくり、ビジネスにつなげる使命がありました。
田辺
3つ目は
正論からエンタメ
です。
パーパスを軸とする活動は、圧倒的に正論になりがちです。誰が聞いても正しいことを、真正面から訴える方法ももちろん有効な場合がありますが、その手法も今後は飽和していきます。それに、正しいことをただお説教のように発信しても、前述のフィルターバブルの外側の方々にはほとんど届きません。そのためにもエンタメに振って、そもそもの課題に興味がない人に振り向いてもらう手法論を増やしたいと、個人的にも思っています。
昨年末から実験的に進めている、日経新聞の「#駄言辞典」では、「お茶はやっぱり女性に淹れてほしい」といった日常的に聞くジェンダー差別を含んだ発言をTwitterで集めています。6月には“絶版を目指して”書籍化もしました。
細田
たしかに、パーパスで語られるテーマは大きくなりがちなので、ユーモアをもって“消化しやすく”していくのは大事ですね。自分が共感できる、生活サイズに変えていく。ここに、クリエイティビティが寄与することがあると感じます。
田辺
まさにそうですね。パーパスを軸とする活動は広がっていますが、クリエイティブの手法はまだ開発の余地があると思います。
パーパス・ブランディングというと、大上段に構えがちですが、スモールステップでいい。ただし今後は一層、生活者の目もシビアになることを踏まえて、緊張感を持つことは大事です。現状の取り組みはまだ過渡期だと思うので、これからまた新しいものが生まれるといいですね。
細田
パーパスを全面に出すのは正しいですが、だからこそそれをおもしろく、あるいはかっこよくしていくのが我々クリエイティブの役割だと改めて感じました。正論を超えていく、正しいだけで終わらないプロジェクトをつくっていけたらと思います。