博報堂生活総合研究所 上席研究員 内濱大輔
身の回りで新型コロナウイルスのワクチン接種を終えた人が増えてきた。感染状況は無論まだ予断を許さないが、コロナ禍収束後の生活へと思いをはせ始めた人も多いのではないだろうか。
では、人はこう問われたらどう答えるだろうか。「今後、新型コロナウイルス感染への懸念がなくなったとしても、あなたは今の生活スタイルを維持したいと思いますか」。博報堂生活総合研究所が4月に実施した「新型コロナウイルスに関する生活者調査」(3大都市圏の20~69歳1500人対象)の中での質問だ。結果は「維持したい」が56.3%と過半数に達した。さまざまな自粛を強いられたコロナ禍での生活スタイルを生活者は必ずしも否定しておらず、それは私の予想を超える水準だった。
現在の生活スタイルを「維持したい」と答えた人に、その理由も聴取している。自由記述で似た回答をまとめた結果、最も多かったのは「時間の無駄削減や自己管理ができるから」の30.7%だった。具体的にはテレワークやオンライン通販などの活用や、意義の薄い会合や人づきあいがなくなったことなどによって、時間活用の合理化が進んだとの声が多い。
年齢別では、20代が40.7%、30代が41.0%と全体平均より10ポイント以上高く、新しい仕事や生活のスタイルを若い層が肯定的に捉えている。なお、高齢層の理由は「コロナに限らず感染が不安で対策が必要だから」が多く、60代で31.4%と全体平均の24.5%より高かった。高齢な人ほど重症化リスクが高いことによると考えられる。
人びとは、ほかにどのような気持ちで生活の変化を捉えているのだろうか。調査では「コロナ禍の生活のなかで、あなたが新たに気づいたことや再発見したことは何ですか」という複数選択式の質問もしている。その反応は高い順に「衛生意識が高まり、風邪や病気にかかりにくくなった」66.1%、「家族とすごす時間が楽しくなった」57.9%、「人と対面で会う時は、その時間を大切にするようになった」57.1%、「自分にとって大切なものを見極める機会になった」57.1%と続く。
総じて、これまで「当たり前」だと考えていたものごとの価値を見直したり、自分にとっての優先順位を考え直したりする「じぶんリセット」の機会にコロナ禍の1年がなっていたといえそうだ。
非常事態に引き起こされた意識変化は、喉元過ぎれば熱さ忘れることもままある。2011年の東日本大震災後に行った生活者調査では防災意識や社会貢献意識の高まりが見られたが、翌年以降の調査では元に戻ってしまった。その一方で、非常事態で人びとが「やってみたら意外と快適だった」といちど体験したことは、不可逆的なものとなる可能性がある。この連載では、コロナ禍で人びとが体験したことのうち、今後の生活や消費のスタイルにも影響を及ぼしそうな潮流を紹介していく。
2002年博報堂入社。マーケティングプラナーとして多様な分野のブランディングや商品開発などに従事。2015年より現職。調査全般の統括や生活者の研究などを担当。共著に「生活者の平成30年史」(日本経済新聞出版)。