−川野さんは東日本大震災のあと、「東北未来塾」や「気仙沼経営人材育成塾」を通じて事業者育成のサポートを続けていますが、経営者に向けて伝えているのはどんなことでしょう?
震災後に事業をおこしたスタートアップや、会社の二代目三代目といった若い世代を支援していますが、やはり重要なのは「企業が何のために存在するのか」ということ。
当たり前の話ですが、企業は世の中の生活者に必要とされるから成長できるわけで、どんな未来のためにこの事業をやっているのか、その根っこに何があるのかを見つけましょう、ということをずっとやってきました。未来のことは言葉でしか描けないから、まずは言葉にしてみましょう、ということです。
とにかく重要なのは、経営者がどんな未来を描いているかということ。それって、ちょっとロマンティックだったり照れくさかったり、一見ビジネスとは少し離れているものだったりするんですね。でも、それでいい。この会社がつくる未来の喜びって何だろう、という“源流”を、経営者の真ん中から引き出すことが大切だと思っています。
−その源流を引き出すためのテクニックというのはあるのでしょうか?
まず始めに質問するのが、「あなたの会社の社員は、何であなたの会社に要るんでしょう」(給与以外で)という問いかけをします。次にやってもらうのが、これは僕が新人コピーライターの研修の時にも使っているものですが、「へぇ、□□□□って、○○○○なんだ!」のなかに入る言葉を考える、というもの。
□□□□に自分の会社の名前や商品名を入れたとき、○○○○には何が入るか。そして、何と入れると、その後ろに付けたハートマークがより大きくなるか、生活者にとっての幸せが大きくなるか。つまり、企業視点ではなく生活者視点でとことん考えていただきます。
最初は大きな言葉が並ぶんですね、「安心」とか、ちょっと具体的でも「鮮度」とか。はじめはそれでOK。じゃあ、なんで安心なんですか?なんで鮮度が高いんですか?を繰り返して、その源流を探っていくんです。そこを掘っていく作業は、僕ら広告会社が得意とするところ。実はこのスキルを持っている人って少なくて、我々の小さくない武器だと思っています。
−具体的にはどういうスキルなのでしょう?
経営者とお話をすると、うちの会社のこの技術がすごいんですよ!という話を聞かせていただけるんですが、僕らは一度生活者の目を通してものをみる「生活者発想」が身に付いているので、まったく違う可能性が見えてくる。「これすごいでしょう!?」を「これうれしいじゃん!」に瞬時に変換するスキルといえばいいでしょうか。
−川野さんがコピーを考えるときは、ゼロから言葉を生み出すのではなく、そういったやり取りのなかから言葉を探すということでしょうか?
それはすごくあります。自分で生み出すというより、相手から引っ張り出すという感覚のほうが強い。社内でも「聞く言葉と効く言葉」というタイトルで話しをしたことがありますが、「聞き出す」ということが僕のコピーライターとしての原点にあると思っています。
“経営者の方自身も気付いていない、でも彼らの根っこのある想いを言葉としてひきだす”というのが僕らの持っている技術。やっぱり、書き方の前にまずは聞き方のほうが大事なんじゃないかと思っています。
−「聞き出す」というのが原点となったきっかけは?
僕は新卒で博報堂に入社して、コピーライター配属になったのですが、5年目に九州に転勤になったんです。東京ではまだまだ下っ端でしたが、九州に行ってクライアントの経営者の方と直接話す機会に恵まれるようになりました。
僕は外部の人間ですから、経営者の方もはじめは外向けの言葉で話すんですよね。社内に向けて発信される言葉もそうですが、ちょっと具体性に欠けるような「きれいな言葉」。でも、関係性を深めるなかで、お酒を飲みながら「実際どうなんですか?」とたずねると「いや実はさ…」と表向きの顔ではない言葉で話してくれることがありました。
よく言われることですが、社長ってほかの経営者に弱みを見せられないとか、悩んでいることすら表に出せないとか。常に威厳を保たなければいけないなかで、僕のような第三者的な立場の人間が彼らを少しだけオープンにさせることができたんじゃないか。コピーライターとして、彼らの普段着の話を聞けたこの経験が、僕のそれからの仕事のやり方に影響していると思います。
この会社がつくる未来はなんでしょう?という話をストレートにぶつけ合って、源流を探していくのがすごく好きだな、というのが僕の原点です。
−とはいえ経営者にとっては「昨年より10%業績アップする」というための言葉も必要になりますよね?
それはもちろん両方あるべきだと思います。僕の中で「勝つ」と「成す」というのが大きなテーマになっていて。どうやって勝つのか、と何を成すのかは、当然、両方必要なんです。
ただ、今はDX(デジタルトランスフォーメーション)などの影響もあって、手法に目を奪われがち。勝ち方にシフトしている会社が多いように思うんです。もちろん博報堂にも手法を求められますし、そのための解を導き出しますが、そのときでもやっぱり「何を成すか」が大切。何を成すかから逆算しない限り、実は手法って見つからないんじゃないかと思うんですよね。
−「成す」はパーパスと言い換えられますか?
何を成すのか、というのは、パーパスのもっと源流と言えると思います。パーパスは、世の中に対してどう見えるかも考えてきれいに整えられたもの。ではそのパーパスってどう生み出すのか?ということなんです。それはどこかのコピーライターが机の上で書くものではなく、経営層、ビジネスリーダーが本当にこういうことがしたいんだ、というもっとドロドロした言葉にもなっていない源流があって、そこから僕らが引っ張り出すことで生み出せるんじゃないかと思っています。
−パーパスは社会との関係のなかである意義、「成す」は内発的な意義の違いかもしれないですね
そうですね。あとは、生活者に届ける前に、社員がその言葉にどう反応するか。社員がいかにハッピーになれるかが問われていると思います。会社を動かしているのは社員ですから、社員のモチベーションや誇りをどんどん上げていけば、会社は強くなる。社長から引き出した言葉に社員が共感して会社を好きになってくれることで、会社の生産効率って実はすごく上がるんじゃないかと思っているんです。
−DXによる効率化が不要なものを削っていく引き算の効率性だとすると、社員の熱量を上げて効率化させるという考え方は、足し算の効率論かもしれないですね
ある調べによると、日本では自分の会社のことを好きだと思っている人が4割くらいしかいないとか。6割の人が自分の仕事を愛せていないとしたら、それって結構悲しいことなんじゃないかと思っていて。
−社員の熱量をあげる言葉というのは、どういうものがありますか?
スティーブ・ジョブズさんが社員に「君たちはエンジニアではなくてアーティストだ」と言ったという有名な話がありますが、それってやっぱり社員を奮い立たせたと思うんです。それは、自分たちが出荷するのは製品じゃなくて作品なんだということ。たった一言で、仕事に向き合う一瞬一瞬の意識が変わるし、今自分が作っているものは作品といえるかどうか、という判断基準ができたわけです。そういう経営者の持つ想いの強さが出たときに、社員の意識にドライブがかかるになると思うんですよね。
−作品をつくるために組織をどうすればいいか、事業をどうすればいいか、そのワンワードで決まっていくということなんですね
そこがまさに勝つと成す。成すべきことから逆算することで、どうやって勝っていくべきか、明確ににレールが可視化できるようになる。たったひとことがそのまま経営戦略につながっていくのが理想だと思います。
もちろん、ワンワードで描ききることが絶対必要というわけではなくて、ただ一番上位概念として、みんなが共感できる“きれいごとじゃない言葉”が見つかったら、その言葉を軸に言葉がどんどん展開できる。広告表現にアウトプットされた言葉と、一番上位にある言葉がリンクしていることがとても重要だし、それがブランディングにとってとても大切なのでは、と思っています。
例えばそれは、ホームページに書かれたビジョンを読んで、社員が本当に奮い立つか、ということにもつながります。社員が社長の描いた未来に共感し、会社の“企業としての存在意義”と社員の“個人としての存在意義”がリンクするときに、ものすごくドライブがかかると思うんです。組織を強くするためにはもちろん数字も大切ですが、数字にできないものをないがしろにしてはいけない。なにを成すかというのを会社のみんなが共有することが、会社を強くすることだと思います。
−さいごに、これから川野さんが取り組んでいきたいことを聞かせてください
僕は九州に赴任していた経験から、地域に対してとても関心があるんです。東京一極集中が問題になっていますが、そういうなかで、地域にどう役立てるかを考えています。
ひとつ言えることは、言葉は、僕らのようなコピーライターでなくても、だれにでもつくれてしまう。ただ、それがちゃんとその企業の源流をとらえられているか。それは実はかなり難しい作業ですし、僕らのスキルを信じてほしい。それに、目的とか地図を持たずに言葉化しただけで突っ走ってしまうとすごく危険なので、まずはゴールを決めましょう。そういう部分で、新しいことにチャレンジしたい方の力になれるはず。あなたはどういうことがしたいのか、その源流を探すお手伝いができたらいいなと思っています。
1991年入社。コピーライターを経て、2009年クリエイティブディレクター。クリエイティブ局の活動を軸に、博報堂九州支社、クリエイティブ戦略企画室、MDビジネスインキュベーション局、株式会社クラフターを経て現在に至る。