THE CENTRAL DOT

これからの動画広告に必要な「深度・温度・余白」
Next Creative Map Vol.03 神田祐介

2021.09.03
企業のコミュニケーションやマーケティング課題の解決をするさまざまな「得意技」を持つ博報堂のクリエイター。それぞれの視点での解決策や考え方の「技」を解き明かす連載「Next Creative Map」。拡張するクリエイティブ領域を俯瞰して、コミュニケーション領域での最新手口やメディアとの新しい取り組み、DXにおけるエクスペリエンス×データの最新技術、経営戦略や事業変革をブレイクスルーさせるクリエイティブの活用法など、クライアント企業の課題に寄り添って解決、変革へと導くクリエイターをご紹介します。
第三回は、クリエイティブディレクター/CMプラナーの神田祐介が、コロナ禍が常態化した現在、またさらに先に、商品やブランドと生活者がよりよい関係を築くために意識していることについてお話しします。

観る余裕がない生活者に、広告の「輪郭」をはっきりつくる

――まず、コロナ禍に突入する前後で、広告制作に対する課題意識がどう変わったか教えてください。

コロナ禍に入る前から、生活者はさまざまなコンテンツ消費にとても忙しかったと思います。もともと、広告が入り込む隙がすごく狭くなっていました。その隙のなさが、コロナ禍に入って増長しました。
そもそも膨大な情報に囲まれていたうえに、現在の感染者数は、ワクチンは、自分の会社の今後はと、不確定要素に振り回されていたのが昨年の前半ごろでした。
そんなところに、広告というものがどう存在すべきか。従来型の動画広告のつくり方で起承転結をつけても、生活者の側に観る余裕がないとなると、「広告の輪郭をはっきりつくる」ことが大事だとまず思いました。
動画広告なら、どの秒数で切り取っても商品性や伝えたいことがわかり、トーン&マナーが一貫している。今の生活のなかに、強い記号性をもって「その広告が持つ旗」を立てないと、認識してもらえないなと意識して制作にあたっていました。

――起承転結をつけても、全部をちゃんと受け止めてもらえない?

そんなイメージですね。もともと、僕の企画はストーリー性があるものが多く、それこそ起承転結をつけた動画広告が中心でしたが、それは変えたほうがいいな、と。
当時、制作したとあるサービスの広告で「サービスによって課題が解決した後」だけを描きました。通常なら「使用前はこんなにつらかった」「使用したらこんなにハッピーになった」というbefore / afterでストーリーをつくることが多いと思うのですが、その展開がきっと頭に入らないだろうと考えました。なので、課題の共有は最小限にしながら、afterの幸福感だけを切り取ったんです。
世の中が不安に覆われていたので、ネガティブなシーンはあまり見たくないだろうとも思いました。また、家のなかで仕事もしている状況に、広告がどういう顔つきで現れるのが心地よいか、自分自身の感覚も照らし合わせて考えていました。

――15秒なら15秒で、これまでは伝えたいことを凝縮したりストーリーに載せたりしていたけれど、そうしたつくりに生活者がついていけなくなってきた、と。

そうですね。ただ、全部がそうではなく、二極化していると思います。今までどおり、インパクトのある動画広告を戦略的に短期集中で投下し、一気に認知を獲得するようなケースももちろんあります。
一方で、情報をなるべくそぎ落としてシンプルにし、今の生活者に対してちょうどいい「温度」で寄り添うような広告のつくり方も、これからの主流になると思います。前者が短期的にブランドを知ってもらうのに対し、こちらは中長期的にブランドへの「好き」を高めてもらう。数年前から、こうしたブランディング目的の映像広告は増えてきていましたが、コロナ禍によってそのつくり方の幅が広がりました。15秒、どこを切っても同じ雰囲気や温度感であることが「わかりやすいな」と感じられるようになっていると思います。

意志が強くなった生活者に「深さ・温度感・余白」で寄り添う

――コロナ禍に差し掛かったころとはまた違い、この状況が長引くにつれて、生活者の感覚もまた変わってきていると思います。この1年以内くらいの変化をどうみていますか?

「選択する意志」が強くなってきているのでは、と感じています。大きな決断でいうと、在宅勤務を前提に移住した人もいるでしょうし、身の回りの買い物ひとつとっても、SDGsや環境配慮の考え方を踏まえて吟味する人が増えていると思います。
一方で、そもそも生活者の価値観や嗜好性が多様化している流れがずっと続いています。マス=なるべく多くの人に気に入ってもらう広告は、価値観が分散している中で成立しづらい。
コロナ禍の影響と社会意識の高まり、そしてマスの消失が掛け合わさって生まれているのは、「一部の人の強い意志を引き出す広告」のつくり方だと考えています。

――なるほど。強い意志を引き出すために、どんなことを意識していますか?

ひとつは「深さ」です。多数を追いかけようとせず、絞り込んだ人にしっかり深く届くこと。深度の深い広告は、良質な記憶をつくります。その先に「好き」が高まり、ファンになってもらえるのだと思います。
横の広がり、つまりリーチは数値化できますが、縦の深度は今のところ数値化が難しいと思います。ただ、ブランドが生活者とともにある、生活における関係性をつくることを考えると、深度はこれからますます重要になるはずです。

――そうすると、絞り込んだ人に何が響くのかを理解することが大事になりますし、ひいては「どういう人を絞り込むのか」というターゲティングの話にもなりますね。

そうですね。だから、ターゲット選定やオリエンテーションの仕方も、これからどんどん変わると思います。もちろん従来のように、クライアントがターゲットを指定する場合や、広告会社のマーケターが提案する場合もあるでしょうが、ここにクリエイティブスタッフもどんどん入れていったほうがいいと思っています。
この商品は、今の世の中を生きるどんな人たちに、どういう温度感で受け止められるといちばん効果的なのか。そのアウトプットから逆算してターゲットを設定していく方法も、これからもっと重要になりそうです。

――「温度感」も、冒頭から度々上がっている言葉ですが、どう見極めるのでしょうか?

どういう温度感をつくると、強い選択の意志を引き出せるのかは、商品やそれを取り巻く社会環境やターゲットによってさまざまです。今までは競合との差別化として温度調節していたのが、これからは生活者の暮らしに寄り添うパートナーとして、そのブランドに最適な温度を調節していく時代になるのだと思います。
で、その温度感を見極めるには、自分の感覚とデータの両方を重視しています。僕はけっこうデータが好きで、信じているんですね。クライアントや社内のマーケターからのデータ分析を読み込んで、今の社会環境と自分の感覚を加味して、望ましい温度感を推察していきます。
フリーアンサーも参考になります。少数派の意見を信じていいのかという不安はあるので、並行してSNSで調べたり、コミュニケーションに転換したときの見え方を計算したりはします。

――深さと温度感のほかに、意識していることは?

もうひとつ挙げると、「余白」です。
現代の生活において、何らかの「商品」に触れていない時間ってゼロですよね。食事なりスマホなり、寝ていれば寝具と接している。すると、人の生活はさまざまな商品との関係性でできている、とも言えます。
そして、それらを何となくとか流行っているからではなく、自分の強い意志で選び始めています。となると、広告にはほんの少しでも「自分はこの商品とどういう生活を迎えるんだろうか」と想起してもらえる余白があるといい。コロナ禍の影響で、少し先のことを考える人が増えているので、そうすることで広告から未来へののびしろを感じてもらえるのではないかと思います。
映像を見終わって、15秒でも10秒でも、自分の実感を伴って考える時間をつくれたら。そんなCM構造を意識するようになりました。考える時間が積み重なると、記憶の深度も深くなります。それは「好き」を高めて、ファンになるところにまでたどり着けるはずだと思います。

広告はフィクション。だからこそリアルを含める

――先ほどSDGsなどの話も挙がりましたが、今、商品だけでなく企業の姿勢や考え方も注視する人が増えています。特に「好き」を高めてファンになってもらう点で、どういった策が有効だと思いますか?

その企業らしさを込めることを、以前よりも大事にしています。それは企業が持つ“シズル”だと僕は思っているのですが、広告を通して企業の手触りをつくっていく感じです。自分が打ち合わせ時に感じたクライアントの印象が、ブランドを代表するコミュニケーションにも表れると、ブランドの価値が受け止められやすいと考えています。
同時に、観るに耐える質にこだわることが、ますます求められると思います。観てよかったと思われる内容にしないと、意志を持った選択につながらず、受け流されてしまう。広告をきちんとコンテンツとして機能させて、読後感というか“読後満足感”の濃度を上げていく。これは、先ほどの余白にも通じると思います。

――そうした発想の下に、コロナ禍の1年半ほど広告制作に携わるなかで、おもしろいところや新たに発見したことはありますか?

企業の手触りと言いましたが、広告自体はフィクションなんですよね。僕のようなクリエイターがいて、ストーリーや展開をつくったり、完全なドキュメンタリーを撮っていてもプロカメラマンがプロのアングルで切り取って上質にしているので、リアルではない。
それなのに、そのなかで紹介されている商品という存在は実生活で手に触れられるもので完全にリアル。実は広告って、フィクションとリアルが混在している、極めて興味深い構造なんです。
それに気づいて、商品以外に必ずもうひとつ「リアル」なことを入れ込むようにしています。大勢がわかるリアルはもう存在しないので、一部の人に深く共感される「リアル」を込める。

――リアルを込める、とは?

たとえば、設定はエンターテインメントに振り、登場人物の会話で商品理解を深めながら、ひとつだけターゲットにはドキッとするようなセリフを入れるとか。他の人はわからなくても、ターゲットなら「あるある!」と盛り上がるようなイメージです。そんな、リアルを込めていく試みを実践しています。実際にターゲットの反響が高かった例も出てきていて、もう少し掘り下げたいと思っています。

コミュニケーションの送り手に覚悟があるか

――それも、強い意志を引き出す策のひとつなのですね。ただ、特にテレビCMだと、先ほどから挙がっている「一部の人に絞り込む」ことを徹底するのは難しいのでは?

そうですよね。でも、それは必ず大きな潮流になると思います。誰かの強い意志を引き出すなら、送り手にも「ほかでもないあなたに届いてほしい」という強い意志が要ります。
僕の事例ではないのですが、最近、とある商品のテレビCMで、まさに振り切った事例がありました。長年、若年層に寄り添って世代全体を応援するようなトーンの広告が展開されていましたが、直近のCMではその若年層の中でもセグメントされた一部の層の生活における本当に些細なシーンが描かれていました。
経験した人にはピンときても、多くのそうでない人にはたぶん響かない。それでも、メジャーブランドがこんなに絞り込んだことは、今後の動画広告のつくり方や在り方を示唆していると感じました。

――まだ不安定な状況が続きそうですし、そのなかで定着していく生活や価値観もあると思いますが、そのなかでどんなチャレンジをしていきたいですか?

たくさんあります。前述のフィクションとリアルのバランスや、そもそも商品やブランドの持つリアルをどう引き出せば深く響くのか。どんなふうに光を当てるべきか。
映像のなかで、商品の持つリアルと生活者の感覚を結び付けて、関係性をつくる。これをまっとうにやると、まったくおもしろくない広告になるので、一定のインパクトがあり、ターゲットには深く届き、好感を持ってもらえるような……。

――ハードルが高いですね(笑)。

そうですね(笑)。少なくとも、単発で買ってもらうことを狙う広告よりも難しいとは思います。でも、そこに挑戦したいし、興味があります。この商品と、中長期的に一緒に生活を歩んでいきたいと思ってもらえるような広告を目指したい。
パーパスの考え方と近いかもしれませんが、ブランドパーパスの有効性は、ひとつのブランド寿命が長い文化のある欧米と、新商品文化が強い日本では少し異なると思うんですね。日本独自のパーパスの在り方が、今後生まれてくるのではと思っています。

――では最後に、いろいろなチャレンジをしていくうえで気を付けたいことや、クライアント企業やクリエイターに伝えたいことは?

先ほど「送り手にも強い意志が要る」とお話ししましたが、クライアントも広告会社のマーケターも僕ら制作者も、送り手全員に並々ならぬ意志と覚悟が求められると思っています。
十年単位で、ただでさえ広告コミュニケーションへの興味が希薄してきていたなか、コロナ禍になってさらに低いレベルにまで興味が薄くなっていると痛感しています。そこで今までのような感覚でいると、広告という文化はただの消費財になっていく。誰でもつくれるお知らせ手段で終わってしまいます。
広告はただのお知らせではない、消費の未来をつくるものだと思っています。広告が危うくなれば消費の未来が危うくなり、日本の経済も傾く。すごく責任の重い仕事にかかわっている思いがあるので、大げさかもしれませんが、文化の担い手であるという意識を新たにして、広告の価値を追求するつもりで取り組んでいきたいです。

――新しい広告の在り方、業界の在り方を模索していこう、と。

ひとつきっかけになったのは、マス概念が効きにくくなっていることです。その代わりに、一つひとつに濃いコミュニティが築かれている、サブカルが無数に生まれているような世相があります。そうするとマスに向き合ってきた広告業界も、メジャーで派手を追求するのではなく、サブカルチャーの担い手のような意識変化があると広告表現も変わってくるんじゃないか、と。凛としていて、堂々としていて、アイデアがあって、一部の人の心にものすごく深く届く。サブカルが持っている文化的な価値や文化的な香りを大切にしてみたいと思います。

神田祐介
ブランドトランスフォーメーションクリエイティブ局 クリエイティブディレクター/CMプラナー

JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。ACC Film部門グランプリ、Spikes Asia2019 Film部門・Film craft部門グランプリ 、NewYork Festival2020 Best in Show・Film部門グランプリ、TCC賞、ACC小田桐昭賞、 ギャラクシー賞、テレビジョンドラマアカデミー賞最優秀作品賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品など受賞。TVCM、WEB動画からテレビドラマ、映画と幅広い映像領域の企画制作を手掛ける。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事