原 節子 博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理
栗原 隆人 株式会社博報堂コンサルティング パートナー
──お二人は企業の組織開発やインナーブランディングの支援に長年携わっておられます。現在の業務内容についてうかがえますか。
原
私は20年にわたって企業のブランディングに携わってきました。実感するのは、強い企業ブランドの鍵を握るのは「一人ひとりの社員」ということです。だからこそインナーブランディングはとても重要で、社員に何を伝え、どうやって力を引き出していくのかについて、さまざまなコミュニケーション手法を活用してきました。昨今では、社員や組織にどのようなアプローチをすれば、イノベーションを起こせる人材や組織に変えていけるのか──。これが今の私の一番の関心テーマであり、業務の主軸でもあります。
栗原
私も目指しているところはほとんど同じです。企業変革の一環として、人材のモチベーションやエンゲージメントを向上させる仕組みづくりやメッセージ開発など、さまざまな企業のインターナルブランディングの支援を行っています。企業が掲げるビジョンやミッションに合わせて、社員の考え方や行動を変えていきながら、事業や組織そのものを改革していく。それをイノベーションにつなげていく仕事、そう言ってもいいかもしれません。
──組織の風土や文化を変えていく取り組みとも言えそうですね。なぜ、それが今必要とされているのでしょうか。
原
社会は今、100年に一度ともいえる大きな転換期にあります。企業ではSDGs対応やDXが進み、コロナ禍の影響もあって、働き方は大きく変わろうとしています。日々の業務がいわば企業の「アプリケーション」だとしたら、組織の風土や文化は、それらを動かす「OS」のようなものです。デジタル対応や業務改革でアプリが日々変化しているのに、OSがアップデートされないままでは、さまざまなミスマッチが発生して、結局はアプリもうまく機能しません。
組織文化そのものに良い、悪いはなく、事業戦略と組織文化が合致しているかどうかが重要です。先日独自に行ったビジネスパーソンの意識調査では、300人の経営者のうち約8割が「組織文化を変革する必要あり」と答えていました。
栗原
会社が変わるタイミングが来ていますよね。かつてはみんなが共通で持てていた価値観が、いまは人によってかなり違いが出てきています。例えば終身雇用も、定年までその会社にいたい、そこで昇進していきたいと誰もが考えることが前提になっていた制度で、それがマネジメントの考え方にもつながっていました。でも今の若い世代は一つの組織に固執していないし、仕事以外の比重も大きくなっている。そういう中でも彼らの能力を120%発揮してもらうためには、これまでとは違う考え方が求められます。
さらに、コミュニケーションのプロトコル(方法や手順)の世代間ギャップも広がっています。組織の一番上にはファックスと電話で仕事をしていた世代が残っていて、その下にポケベル世代、さらにその下に携帯電話世代がいる。最も新しい世代はスマホネイティブです。もはやコミュニケーションの共通言語がなくなっているんです。だからこそ、あらためて企業風土や文化を見直し、共通言語を編み直す必要が出てきているということなのだと思います。
原
先の意識調査でも、層別のギャップがはっきりと出ていました。若い一般社員層は働き方に対する考え方が柔軟で、副業志向も高い。その一方で、経営層では「働き方を変えずにこのまま乗り切りたい」と考えている人も多かったんです。それぞれが見ている世界がまったく違う。これからの組織は、そうした違いをコントロールするのではなく、社員一人ひとりのよいところをいかに発揮できる場をつくれるかにシフトしていくのだと思います。
栗原
マネジメントから「エンゲージメント(信頼関係)」へ、という考え方は、まさにそういうことですよね。会社の方針に社員を合わせてコントロールするのではなく、社員がやりたいこと、自己実現といったものと、会社が目指している方向、実現したい夢みたいなものとの間で共感を生み、共同体として前へ進んでいく場づくりへ、組織のありように求められることが変わってきているのだと思います。
──これから組織風土変革を始める場合は、どのような方向性で進めていけばいいのでしょうか。
原
誰もが言うことですが、まずは自社のパーパスを明確にすることですよね。取り巻く環境が変わる中で、社会における自社の存在意義や役割をあらためて言葉で定義するということです。
栗原
企業にパーパスが求められるようになっているのは、社会全体で共通した目標がなくなったことが背景にあると思います。かつての日本は、ざっくり言えば欧米に追いつくという同じ目標のもとで物質的な豊かさを追求していた。それは国全体で何となく共有されていた夢であって、企業独自の目標で差別化する必要はなかったわけです。それがある程度満たされた今、それぞれの企業で独自の目標を掲げ、それを実現していかないと、社員に対する求心力も持てず、社外からも評価されない時代になっている。
原
差別化のためにも、はっきり意思表明する必要が出てきているということですよね。社員一人ひとりがパーパスで繋がり、自律的に行動していくような“パーパスドリブンな組織”をつくっていかないといけない。そのためには、社員一人ひとりにパーパスを自分ごと化してもらう必要がありますが、その鍵となるのが、仲間とともにパーパスを実感する「共体験」の場づくりなんです。
栗原
共体験は、今後の組織づくりの一つのポイントですよね。これからの企業はイノベーションとグローバル対応が必須です。それを実現できる組織の条件は、大きく三つあると僕は思うんです。一つは社員一人ひとりが自分で考えて行動する自律的な組織であること。一つは社員が当事者意識を持っていること。もう一つは、社員同士がお互いに認め褒め合う、いわば「称賛の文化」があること。そうした組織風土を醸成するためにも、やはり共体験は不可欠だと思います。
原
新しい共体験の設計が求められていますよね。以前、自社製品が関わる生産から流通までの一連のバリューチェーンの現場を、多様な関係者が一緒に旅するツアーを開催したことがあります。部門、職種、年代の異なる参加者同士で、自分たちの本質的な価値とは何か? と活発な会話や議論が起きていました。あれは一つの有効な共体験の方法と言えそうです。
栗原
単に一緒に体験して楽しいというだけではなく、パーパスが具現化している場にみんなで身を置いてみるということですよね。パーパスが実体験に変換されることで、体に染みわたる。私も、ある企業の社内ビジネスアイデアコンテストの運営支援を長く手掛けていますが、これもまさにパーパスを共体験してもらう仕組みとして設計しているものです。
──パーパスドリブンな組織をつくるには、その基盤となるパーパスの内容も重要になると思います。社員と組織を動かすパーパスとは、どのようなものでしょうか。
栗原
それは「パーパスを活きたものにするにはどうすればいいか」という問いでもありますね。ありがたいお言葉として飾られているだけのパーパスや、抽象的すぎるパーパスでは社員は動かない。
原
栗原さんも先ほど言っていたように、組織においても個人、つまり社員一人ひとりの自分らしさや自律性を尊重することがとても重要です。それぞれが自分のアイデンティティや自己実現の方向性と認識し、会社のパーパスを照らし合わせたときに、そこに共通するものがあれば、自分のために働くことが会社のためになり、世の中のためにもなるというイメージをもつことができます。生きたパーパスとは、きっと社員一人ひとりの思いが同時に実装されたパーパスなのだと思います。
栗原
経営者が社員にパーパスをどう説明するか、という視点もありますよね。僕はパーパスを語る人の「顔つき」や「温度感」がとても大事だと考えていて、同じ話でも、用意された原稿を読まれるのと、魅力的な人物が熱量を込めて自分の言葉で語るのでは、共感のレベルが全く違いますよね。僕は経営者の神格化はやめて“人格化”しましょう、パーソナリティを出していきましょう、とよくお話ししています。
原
大事なポイントですね。経営者が心のこもった自分の言葉で、自分の経験に基づいてパーパスを語ることが、社員の心を動かすわけですよね。「自己一致」した発言は、どんな時も力を持ちます。
──「ブランド・トランスフォーメーション」(博報堂グループが推進する、オールデジタル時代のブランド発想による事業変革)において、組織変革は、主要な要素の一つとして挙げられています。
「ブランド」と「組織」の関係について、お二人のお考えをお聞かせください。
栗原
先にブランドが目指す姿があって、それに沿って組織の形を最適化していく。それが基本的な考え方だと思います。もちろん、組織の形が変わるだけでなく、その結果として社員の動き方も変わっていかなければなりません。組織変革は、時間はかかりますが、ブランディングにおいてもっとも本質的で大事な領域だと僕は思います。
原
ブランドにおける組織の役割を考えるとき、組織を「社内組織」に限定しない方がいいと私は思っています。現代は企業が一社だけで価値を生み出せる時代ではなく、外部とつながった共創がどのような企業にも必要です。ブランドのパーパスの実現においても同じです。さまざまなステークホルダーとブランドが目指す未来やパーパスを共有し、オープンな共創型組織の中でその実現を目指す。そんな考え方が求められていると思います。
栗原
結局、新たな戦略やシステムを作っても、それを回していくのは「人」なんですよね。ブランドも同じで、人がブランドをつくり、ブランドが人をつくる。
原
本当にそうですね。人をつくらないと何も変えていけません。ブランド・トランスフォーメーションの起点は常に人である。そう言ってもよいかもしれませんね。
──組織変革の支援に当たって、博報堂グループが提供できる強みとはどのようなものでしょうか?
原
ブランディングと組織変革は、実は大きく異なるものではありません。ブランディングの基本は、社会や生活者のインサイトを見極めて、生活者の行動変容を促していくこと。その「生活者」を「社員」に置き換えれば、そのまま組織変革の方法論になります。私たちのブランディングの経験値と、生活者の行動を生み出すコミュニケーションのアプローチ。その知見は組織変革やインナーブランディングにも活かされるといつも感じています。
栗原
同感ですね。組織づくりで大切なのは「人の気持ちを動かすこと」や「人をその気にさせること」。組織の中と外の境界線が曖昧になっている時代、社員の気持ちを動かすのはインナー向けのコミュニケーションだけではなく、外で広告を見て、自分の会社の魅力を再認識するという場合もあります。インナー向けとアウター向け、両方のコミュニケーションをつくりだせる私たちだからこそ実現できる解決策があるし、それが今求められていると思います。
──最後に、これから取り組んでいきたいことをお聞かせください。
原
今、大きな時代の転換期にあって、私たちは「未来の会社のかたち」が生まれる現場に立ち会っているのだと思います。これまでのことをゼロリセットして、これからの会社のあり方について企業の皆さんとともに語り合い、新しい会社のかたちを実現していくお手伝いをしていきたいと考えています。
栗原
これからの日本企業は、もっと柔らかで、堅苦しくなく、多少不真面目とみられてでもいいから、楽しんで働ける組織になっていくべきだと僕は個人的に感じています。「遊び心」のある組織と言ってもいいかもしれません。組織に遊び心があれば、コミュニケーションはもっとスムーズになるし、きっとイノベーションにもつながっていくはずです。会社を誰もが楽しんで働ける場所にトランスフォームする手伝いをすること。それが僕のこれからの一番の目標ですね。
慶應義塾大学経済学部卒。
三和銀行及び、三和総合研究所経営戦略部を経て2000年博報堂入社。以来、運輸、自動車、金融、流通サービス、不動産、飲料、トイレタリーを中心としたグループ・企業の統合ブランド戦略立案、事業開発、CI・VI開発、インナーブランディング、組織変革等に主に携わる。昨今は、経済インパクトと社会インパクトの同時実現に向けた博報堂SDGsプロジェクトやソーシャルイノベーションプロジェクト(未来教育会議等)を推進中。金沢工業大学 客員教授。
早稲田大学商学部卒。外資系コンサルティングファームを経て現職。
2007年より現職。エレクトロニクス、化学メーカー、鉄道・航空、食品・飲料、ファッション、インフラ、不動産、エンターテイメント等の業界において、ブランドビジョンの策定・戦略立案から、ブランド強化を実現する為のマーケティングプランの策定、ブランドマネジメント体制の構築支援、企業理念構築とCIデザイン、社内浸透イベントの企画運営等に携わる。
近年ではブランド/マーケティング戦略の構築や組織設計、をはじめとする仕組みづくりと、社員の意識を変えイノベーションへつなげる企業風土変革を両輪として、しくみとこころ両面からの企業サポートを標榜している。
杉野服飾大学 非常勤講師。
2021年、『ザ・インターナルブランディング』(同友館)を出版。