和泉
ファーメンステーションについて知ってから、ずっと詳しくお話を伺いたいと思っていたので今日はとても嬉しいです。よろしくお願いします。
酒井
こちらこそよろしくお願いします。
和泉
早速ですが、酒井さんは、とてもユニークなキャリアをお持ちですよね。
酒井
そうですね、最初は日本の銀行にいて、その後ベンチャーや外資の金融などで働きました。仕事が好きでよく働いていたんですが、ある時、ふと「どうせなら自分にしかできない仕事がしたい」と思ったんです。また、銀行員時代に国際交流基金に出向したこともあって、社会課題解決のためにビジネスの世界で何かできないだろうか?ということも考えるようになりました。そんな中、たまたま、東京農業大学が醸造技術の延長で、生ごみをエネルギーに変える研究を行っていることを知ったんです。実際に大学を訪ねてみたらとても面白そうだったので、じゃあもうこれをやろうと。金融機関を辞めて大学生になりました。
和泉
すごい行動力と決断力です。研究に入る以前から、社会課題を解決したいという意識があったんですね。
酒井
どうせやるなら、事業性と社会性の両立――20年前は社会貢献型ビジネスなどと言われていましたが――そういうことを実現したいとずっと思っていました。ですから入学時からすでに、とにかく事業化を目指そうとギラギラしていました。
和泉
そうだったんですね。ファーメンステーションの発酵技術について、少しご説明いただけますか?
酒井
一般的に「発酵」というのは、人間に有益な働きをする微生物の作用を指す言葉です。たとえば大豆が納豆になるのは日本人にとっては発酵だけど、外国人にとっては腐敗になる。微生物学はサイエンスですが、定義はすごく文化的なんですね。特に私たちファーメンステーションが得意とするのはアルコール発酵。さまざまな原料を微生物の力で発酵させ、お酒のようなものをつくり、さらに精製してアルコールをつくるんです。その際の副産物の発酵粕も活用し、化粧品や日用品の原料にするなどの事業を展開しています。
和泉
なぜ、自社製品として化粧品をつくろうと思われたんですか?
酒井
始まりは岩手県奥州市とのバイオ燃料をつくる実証実験でした。休耕田を活かし、そこで栽培したお米を発酵させアルコールをつくったんですが、燃料としては全然採算が取れなくて。地元にとっては大事な資源ですから、何とか事業を継続するためアルコールに高付加価値をつけようと思い立ちました。実はエタノールって、化粧品、香水、消臭スプレー、食品添加物、お酒の原料など、日常生活にも非常に身近なんです。そのなかで一番商品化の想像がつきやすかったのが化粧品だったというわけです。
和泉
最近ではさまざまな企業や研究機関とパートナーシップを結んで、事業拡大を図ることが潮流となっています。そのチャレンジにはオープンイノベーションが非常に重要な意味を持つように見受けられますが、ファーメンステーションではどういった共創を行っているのか、教えていただけますか?
酒井
たとえばある飲料メーカーとご一緒した事例だと、リンゴのお酒をつくる際にたくさん出た搾りカスを発酵させたケースがあります。通常なら焼却処分されてしまうものですが、リンゴの搾りカスは一度発酵させると今までにない香りのするアルコールになるんです。そのアルコールを使って、アロマの製品やウェットティッシュなどをつくりました。従来のアルコールの代替品ととらえれば高値ですが、かつてないリンゴの香りの香水原料と考えれば、十分に価値が付けられる。そんな風に、多くの現場で廃棄されていても、有益な原料になりうるのであれば資源として購入し新たなビジネスをつくる、ということをしています。さらに発酵した後の粕を牛に与え、育った牛肉を、ある鉄道会社の列車レストランやホテルで使っていただいたりもしています。
和泉
本来であればコストとして考えられていたものが高い価値あるモノに変わり、しかもそれで世界がちょっと良くなる。まさに社会性と事業性の両立を体現されている取り組みですね。普通であれば燃料の採算が合わない時点で諦めてしまう気がしますが、どうやったら価値に変えられるか考え抜いた執念が現在の事業の在り方に結びついたんですね。
酒井
あとバナナを輸入されているある航空会社では、一定量の廃棄が出てしまっていて。そこでその廃棄バナナをアップサイクルで活用しウェットティッシュをつくりました。直近では、炊飯ジャーのメーカーとも協業し、商品開発の際に炊くたくさんのごはんが肥料にしか活用されていなかったため、別の商品に生まれ変わらせる取り組みをしています。
和泉
様々な業種の企業とお取り組みをされているんですね。いまお話しいただいたような企業との共創を行うようになったきっかけや、どんなやり方で進めているかについても教えていただけますか?
酒井
企業とご一緒する場合、先方からまずお声がけいただくことも多いですね。「ファーメンステーションにはこういう技術がありますが何をしましょうか」という大きなディスカッションから始めます。企業の持つ原料を活かす場合もあれば、原料はないがサーキュラーエコノミーの輪に入りたいとおっしゃってくださるお客様もいます。そういう場合は別の形でサステナブルな原料を使った商品開発のご提案をすることもあります。私たちはそういうやり方でオープンイノベーションを実践しています。
和泉
「発酵技術を活用した、未利用資源の高価値化」というユニークかつシンプルで、強い社会性もある技術が、SDGsを経営課題としている企業と共創する際の求心力になっているんですね。
直接お声がけされる場合以外では、アクセラレーションプログラムのような、マッチングの機会も活用されるのですか?
酒井
先ほどの列車レストランを提供いただいた鉄道会社は、スタートアップ同士で協業するためのプラットフォームをお持ちだったので、そこに応募する形でつながりました。出資いただいているベンチャーキャピタルからご紹介いただくこともあります。アクセラレーションプログラムにもいくつか参加していて、そこでプレゼン後にお声掛けいただく機会も多いですね。
和泉
なるほど。そういうイベントなどで賞を獲られて、そこから実装に向けて話が進むということですか?
酒井
賞をいただくこともありますが、あまりそういう評価は気にしていません。私たちの技術とその企業のニーズがマッチするかどうかがすべてなので、とにかくたくさんの人に知っていただく手段としてピッチに出ている感じです。
和泉
創業当初からそうした姿勢でいらっしゃるんですか?それとも徐々にそういうやり方に変わっていったのでしょうか。
酒井
私たちは創業12年目ですが、長いこと、スタートアップというよりも中小企業の感覚でやってきたんです。スタートアップには急成長が求められますが、そういう意識が以前はあまりなくて。でも、そもそも未利用資源を活用したビジネスというのは、小さくやっていてもなかなか大きくは育たないんですね。そこでまずは市場を育てる必要があると気づきました。そのためにはもっと外に出て会社を知ってもらい、出資をしていただき、仲間を増やし、市場をつくりつつ同時に事業拡大していこうと考えるに至りました。
和泉
「市場を育てなきゃいけない」というのは非常に高い視座の気づきですね。でもそれは一社でできることじゃない。だからこそ、積極的なオープンイノベーションが必要になったということなんですね。多くの企業と連携して新たな価値の創出を積み重ねることでより大きな市場をつくっていく。そんな構想が酒井さんの目線の先にはあるんですね。
ちなみに企業と商品開発をされる場合、御社がアイデアを提案されることが多いんですか?
酒井
もちろん企業側からアイデアが出てくることもありますし、半々です。未利用資源の活用においては、先ほども言いましたが市場形成が不可欠です。商品をまずは知ってもらって、素敵とか、かっこいいとか、一人でも多くの方に思ってもらわないといけない。ですので、未利用資源そのものをお持ちの企業さんとの協業もありますし、原料はないけれど販路がある、といった企業さんとの協業も増えてきました。仲間も増えてきており、お声がけをいただくことも増えてきたので、ハブ的な存在として、マッチングができるようになるといいなとも思います。ちなみに「ファーメンステーション」は「発酵の駅」という意味。発酵を通じて互いを媒介する駅のような存在になりたいという意味も込めてるんです。
和泉
廃棄物がない、つまり原料はないけど販路がある企業は、市場形成を見据えると先んじて仲間になってもらうことが必要になってくるわけですね。さらに、オープンイノベーションで得た企業とのネットワークを生かして、入り口と出口それぞれを持つ企業をマッチングすることで、手が離れたところでもビジネスが起こる。そうして市場が自ずと広がっていくということですね。とてもユニークな先進技術を持つスタートアップは日本中に多くいらっしゃるかと思いますが、市場形成という高い視座でオープンイノベーションを捉えると、取るべき戦略も変わってきますね。
企業だけでなく地域とも共創されていると伺っていますが、そちらについても教えていただけますか?
酒井
もともと私たちの事業自体、地域との協業から始まっているんです。きっかけは、岩手県奥州市で、農家の方が休耕田を活用したいと言っているのを受けて、市役所の方が東京農業大学に相談されたこと。まだ在学中だった私は、その話を聞いて「面白そうだからやりたいです」と手を挙げて私が関わることになった。それがすべてのスタートでした。だから地元の人ありきで始まった事業だし、最初に休耕田の話をされた農家の方が、いまも私たちの会社で使うお米を育ててくださっているんです。さらには、アルコールづくりの際に出る発酵粕は、化粧品づくりに使う以外だと牛や鶏の餌にするんですが、この餌の質が大変よく、動物の腸内環境が改善すると考えられています。地元にはその卵を使ってお菓子をつくる方もいますし、鶏糞を畑にまいて野菜を育てる方もたくさんいます。気づけば地域の方と一緒に何かに取り組むような関係性が自然とできていきました。
和泉
今後はどういった展望を抱かれているか伺えますか?
酒井
やはりグローバル展開はつねに頭にあります。特に欧米はサーキュラーエコノミーの考えがもっと徹底していて、二酸化炭素の排出量とか、トレーサビリティとか、それぞれの商品に対するソーシャルインパクトがもっと評価される市場だと感じます。私たちはゴミも出さないし、エネルギーを無駄遣いしない製造工程も徹底している。国内ではこれらが、ビジネス上プラスに働く市場がまだ少ない印象があります。国内での市場づくりも念願ですが、ストレートに評価される海外に一度出ていって、そこでチャレンジしたいと考えています。
具体的には、私たちのバイプロダクトからつくった原料などが、ヨーロッパのブランドの香水の原料になるとか、日用品に使われるとか、そういう可能性も考えています。一刻も早くグローバルに認知してもらうためにどうしたらいいか、考える日々ですね。
和泉
発酵は各国の文化に根強く結びついていて、価値付けもさまざまですから、アウトプットの形もそれぞれの国でちょっとずつ変わってくるかもしれませんね。
酒井
それはあるかもしれません。アルコールづくりの際に出る発酵粕も、日本なら焼酎粕や酒粕、ヨーロッパならワインの搾り粕だったりと原料も違います。私たちは、これまでも様々な原料から発酵の技術で、汎用性のあるアルコールをつくってきたので、グローバル展開もそれほど大きな挑戦だとは考えていません。むしろちゃんと原料を確保し、出口を見つけ、残り粕を使ってくださる農家の方とつながってゴミゼロを徹底する…そういう、いま岩手でやっているのと同じことをやることが、グローバル展開でも大事だと思っています。
和泉
では最後に、1つのオープンイノベーションの形として、博報堂と共創するとしたらどういう形が考えられると思いますか?
酒井
そうですね。いま、出口=売り場をどうつくっていけるかという点も課題ですが、一般の方に対して強いメッセージをいかに出していけるかという点も重要だと考えています。たとえばプラスチックのストローを廃止するなんて難しいと思われていたのが、ある企業が変えたら、世の中で急にそれがふつうのことになってきましたよね。サステナブルな商品を選ぶほうがかっこいいし素敵だというような意識の転換、きっかけになるような文化が必要で、広告会社のように、それを真摯に伝えられる出口の方がいるといいなと思います。
和泉
ありがとうございます。日本の状況も変わりつつありますから、2年後、3年後といった近い将来に、サステナブルな商品に対する意識が変わり、サーキュラーエコノミーへの理解がもっと深まるといいなと思いますし、その意識づくりに微力でも貢献できたらなと思います。お時間なのでそろそろ終わりとなります。今日は興味深いお話をありがとうございました!
大学卒業後、都市銀行、外資系証券会社などに勤務。
発酵技術に興味を持ち、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科に入学。
2009年3月卒業。同年、株式会社ファーメンステーション設立。
研究テーマは地産地消型エタノール製造、未利用資源の有効活用技術の開発
受賞歴:リアルテック・ベンチャー・オブ・ザ・イヤー 2021 グロース
部門、第1回Japan BeautyTech Awards特別賞、EY Winning Women 2019 ファイナリストなど
法人サイト https://fermenstation.co.jp/
広告会社を経て2013年に博報堂入社。マーケティングプラニングディレクターとして、トイレタリー・化粧品、家電、飲料・食品メーカー、アパレル、外食産業、流通など幅広い業種の広告戦略立案、ブランド戦略立案、商品開発などに従事。さまざまな手法の調査を通じた生活者インサイト分析、特に化粧品やヘルスケアなどに関する女性のインサイト分析に定評がある。
各ステークホルダーとのワークショップによる共創型プランニングを得意とし、未来洞察ワークショップや
オープンイノベーション手法による新規事業開発なども行っている。