毎年オーストリア・リンツで開催されるメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」。昨年はCOVID-19の世界的流行を受けて、大半のプログラムがオンライン化され、新たな形のフェスティバルとして開催されました。そして今年もまた、リンツで実施されるイベントとオンラインでのコンテンツ配信で実施するハイブリッド形式が継承されています。
今回は、アルスエレクトロニカと協働する博報堂ブランド・イノベーションデザインの田中れなが、今年のフェスティバルテーマをご紹介します。
アルスエレクトロニカ・フェスティバルには、毎年ユニークなテーマが設定されます。今年は例年に比べていささかシリアスなトーンで「A New Digital Deal -How the Digital World Could Work」と名付けられています。「Deal」には対処する・分配するという意味があり、デジタル革命後の我々を取り巻く現時点でのデジタル世界のあり方、この現実にどう対処するかを主題に据え、デジタルトランスフォーメーションは未来に何をもたらすのか?を考えるテーマです。よって今年のフェスティバルは、我々ビジネスパーソンにとってDXの現在と未来へ示唆を与えるものになると思っています。
Digitization doesn’t change our world but it does, however, radically change HOW and WHAT we can or must deal with in this world.
デジタル化は、世界そのものを変えるのではなく、世界のなかで、
私たちが対処できること、対処すべきことを、根本的に変える。
(アルスエレクトロニカの芸術監督Gerfried Stocker氏のステートメントより)
デジタル環境は約40億人が集う巨大な場へと成長し、世界中の人々がデジタル世界とほぼ常時接続の状態になった今、生活者はごく当たり前にリアルとデジタルを使いこなしています。我々企業は、そんな複層的なリアリティを生きる生活者に選ばれる企業のあり方、サービスに共感を得られる切り口を日々探しています。
アルスエレクトロニカは、「Deal」という言葉を単に商取引の面だけで捉えてはいけないと指摘します。より根本的な問題として、現在のインターネットで飛び交う情報に存在する背景や一般化しているデジタルの使用方法に疑義を呈するべきだと迫っているのです。
今のデジタル世界のあり方は本当に生活者を豊かにするのか。生活者が生活を良くするためにどのようにテクノロジーを使うと良いのか。または我々の姿勢として課題にどう取り組むべきなのか。デジタル世界を構築している根源的な部分に”対処する”必要があるとアルスは提言しています。いわば新しいルールを創るのではなく、新しいディールの対象を見出し、活動を起こすことが期待されているのです。
アルスエレクトロニカのメンバーと議論をした際に、今年はインターネットの再解釈が主なトピックとなるという話題があがりました。リアルとの常時接続が当たり前となったデジタルメディアは、もはやツールとしてのテクノロジーではなく、文化が育まれる場所となりました。そんな環境の中、我々は何を知識として獲得し、誰とそれをシェアするのかを再検討する必要があります。自分は何を情報の海に求め、目の前のスクリーンに何を映し出しているのか。シェアすることが常態化する中で、何を基準にそのソースが信頼に値するかを決めているのか。自分がデザインしている気でいる環境から、我々もまたデザインされていることに自覚的になることが必要なのではないでしょうか。自身を取り巻く環境を俯瞰し、自分の価値観を構成する要素をひとつひとつ検証し取り出してみることを、今年はフェスティバルで体験できると思います。
今年、リンツ市ではアルスエレクトロニカセンターを含め、OKセンター、ヨハネス・ケプラー大学、他に街の施設で展示が行われ、昨年よりも、現地での展示風景は以前のように戻りつつあります。
同じ時代を生きる世界中のアーティストが制作した作品、実践中の研究やプロジェクトが一気に見られるのがアルスエレクトロニカフェスティバルです。世界的な気候変動の影響、人種差別に見られる社会構造の歪み、デジタル世界でのプライバシーの問題、他生物とのエコシステムの分断など我々が抱える様々な課題に対して、テクノロジーのちからでそれを見る人々の知覚を変革する作品やプロジェクトを数多く見ることができます。
デジタルトランスフォーメーションは単なるスローガンではなく、現実を規定するものであるともアルスは伝えています。新しいデジタルディールを考えることは、私達が何を選ぶのか、どういった行動を起こすのか、未来への想像力を働かせアクションを起こすことを喚起します。また、今を生きるアーティストから発される問いに、今後の未来を担う我々がいかに応えられるのかと、我々も問われる存在であることに気づかされます。そういった"対話"を生むフェスティバルに参加することで、自分自身が未来社会を形作るプロセスに立っていることが実感できるのではないでしょうか。今年はそんなテーマを掲げながら、9月8日-12日で行われます。ぜひ、オンラインで一緒にフェスティバルを体験してみませんか。
次回以降は、テクノロジーをいかにポジティブに使うことが出来るのかの視点の切り替えが目覚ましい作品や、世界を変革せんと行われている実践的なプロジェクトを、今年のプリアルスエレクトロニカ、スターツプライズの受賞作品からご紹介していきます。
2007年博報堂入社。企業の広告制作に携わった後、現在はアートシンキングを起点に、未来社会での課題発見のリサーチ・アクションプラン開発など、未来を構想するプログラム制作に従事。世界的なクリエイティブ機関・アルスエレクトロニカとの共同プロジェクトを推進し、企業のイノベーション支援プログラムを多数提供している。
「※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnoteで掲載された記事をもとに編集したものです。」