講演のはじめに石寺所長より、生活総研が行う生活者発想のアプローチにおけるデジノグラフィの位置づけについて解説しました。
生活総研ではこれまで、「生活定点」などの長期時系列調査(LONG Data)と、タウンウォッチングなどの定性的な観察調査(THICK Data)を組み合わせ、マクロ、ミクロ両方の視点から生活者を見つめてきました。
一方で、デジタル環境下における変化に対応するため、第三のデータとしてBIG Dataの活用を進めており、それを生活者研究の方法論として纏めたものが「デジノグラフィ」です。
社会の風俗や生活様式を丹念に採集する方法論には、民俗学者の今和次郎が提唱した「考現学」というものがあり、生活総研ではこれまでもタウンウォッチングなどでこの方法論を取り入れてきました。ビッグデータも、保有・蓄積しているのはデータホルダー各社であるものの、データを生み出しているのは暮らしを営む生活者一人ひとりにほかなりません。
そこでデジノグラフィでもこの考現学的な手法を取り入れ、ビッグデータを生活者の「息遣い」として注意深く観察することで、今まで見えなかった姿を読み解いていくことを目指しています。
Part1では酒井上席研究員より、これまでの研究事例を引き合いにデジノグラフィの具体的な考え方と手法を解説しました。ご紹介した主な研究事例は下記の通りです。
女性の髪質の“曲がり角”は47歳・スイーツ記事が読まれるのは20~23時台
(https://seikatsusoken.jp/diginography/14115)
20代は全年代で最も画面スクロールが短い
(https://seikatsusoken.jp/diginography/15347)
SNSの写真で顔を隠す比率が一番高かったのは日本
(https://seikatsusoken.jp/diginography/15790)
フリマアプリで生まれる“新・おさがり文化”
(https://seikatsusoken.jp/diginography/16389)
コロナ禍中に「〇〇 育て方」を検索した人は前年比1.5倍
(https://seikatsusoken.jp/diginography/16939)
デジノグラフィでは、これまで地域や月単位でしか分からなかった生活者の行動が、地点や日にちのレベルで特定できるようになります。あるいは10歳刻みでしか引けなかった境界線を年齢で明確に引くことができたり、性年代など属性や価値観ではなく、行動をベースにした生活者のトライブやクラスタを規定できるようになります。つまり、生活者の新しい「点」や「線」、あるいは「塊」が、様々な形で見えてくるのです。
言い換えれば、デジノグラフィとは、ビッグデータの活用によってこれまでボンヤリとしか見えなかった生活者の姿をよりはっきりと見定める、生活者観察の“解像度”を高める試み、ということもできるでしょう。
Part2では佐藤上席研究員、伊藤上席研究員が、一つのテーマを多種多様なデータで掘り下げることでデジノグラフィの持つ可能性を更に探りました。
今回のテーマは、とかくイメージや印象で語られがちな「若者」。アクロス編集室、楽天グループ、ヴァリューズとの共同研究により、ファッションやEC購買、アプリ・Web利用などのデータで若者の行動実態を検証しました。
分析の詳細は別途、記事として公開予定となっています。
それぞれの分析で掘り下げたデータは、「着ている服の色数」や「(購入した商品が)定価か割引価格か」といった生活者自身には把握が難しいものだったり、「スマホアプリやブラウザ検索の利用履歴」のような忘却しやすい、無意識的な行動実態を示すものです。
デジノグラフィでは、そのような生活者自身も認識していない行動まで解像度高く分析できるため、これまで見えなかった一面や、俗説とは異なる姿が浮かび上がってくるのです。
Part3では、酒井上席研究員の司会進行のもと、各データホルダー企業で実際にビッグデータによる生活者インサイトの発見に取り組んでいるデジノグラファーの皆さんとのパネルディスカッションを実施。
・ビッグデータ活用の難しさとその乗り越え方
・ビッグデータで今後、解き明かしたい生活者の心理
などのテーマで議論を行いました。
例えば、「ビッグデータの分析には専門的なスキルが必要なのではないか?」という疑問については、データサイエンティストではなくマーケターとしてキャリアを積まれてきた登壇者の御三方から以下のような意見が挙がりました。
「ビッグデータで今後、解き明かしたい生活者の心理」については皆さんそれぞれの展望をお持ちでしたが、無意識、気まぐれな行動の背景にあるものを洞察し、それを新しいリコメンドや提案、ひいては生活者の行動変化につなげていきたい、という点では共通しているというのが印象的でした。
最後に再び石寺所長より、ここまでの発表を受けての総括が行われました。
今回ご紹介したような生活者の行動データは、いわば「人の心」の積み上げです。データの背景には、生活者一人ひとりの喜怒哀楽、好意や不満、関心と無関心といったものが、ない混ぜになって潜んでいます。
そんな生活者が抱える多様な気持ちを背負ったデータは、私達に何らかの「答え」を示すものというよりも、「あなたは、ここから何を読み取ることが出来るのか?」という「問い」を示しているものなのではないでしょうか。
その時に大事なのは、データの向こう側に、生活者の「人格」を見いだし、その人格と対話を繰り返す姿勢です。生活総研では今後も、「ビッグデータをフィールドワークする」というスタンスで、データとの対話を繰り返しながら生活者洞察を深め、発信する活動を続けてまいります。
なお今回の講演は、リアルタイム・アンケートによる参加者とのインタラクティブなやりとりも交えて行われました。講演終了後、参加者からは、
□ウェビナー洪水の近頃、これほど多くの学びがあったのは初めて。行動と意識と経済活動を結びつける分析には、大きく頷くことができた。
□日頃の何気ない行動も、データのまとめ方一つで、全く別の世界が見えることに感動。
□観察やストーリーという表現されていた点が、これからのBigDataアプローチなんだなと感じた。
□最後のまとめにあった「データは問い」というワードに非常に共感。
□若者に関する俗説をしたり顔で説明した同僚や部下の顔が思い浮かんだ。雰囲気で語られる大抵のことは、解像度を上げて検証できることがわかり驚愕です。
などのお声をいただきました。