Spa-Hakuhodoは、タイの首都バンコクを拠点に、オンラインとオフラインを融合させたマーケティングやブランディングを手がける広告会社です。特にデジタル領域を含む統合キャンペーンに強みを持ち、ADFEST 2021では、フードデリバリーサービスGrabFoodのオンラインフィルム「Free Your Hunger」で銅賞を獲得。PakとCharnの2人は、それぞれクリエイティブ部門と営業部門のリーダーとして、このキャンペーンを主導してきました。
タイは、東南アジア諸国の中でも外食が盛んな国として知られます。カジュアルなストリートフードから洗練されたレストランまでさまざまな飲食店があり、「一日三食がすべて外食」という家庭も珍しくありません。今般のコロナ禍に伴うロックダウンや外出自粛により、同国の食文化は大きな影響を受けましたが、そんな中でも、タイの人々が豊かな食を享受し続ける上で重要な役割を果たしているのが、フードデリバリーサービスです。
特に配車サービス業としてスタートした「Grab」社は、コロナ禍で生まれた新しい食の潮流を的確に捉え、現在では東南アジア全域のフードデリバリーサービス「GrabFood」を手掛ける大手企業に成長しました。
「今回のキャンペーンは、タイの若者のインサイトに深くアプローチすることで成功しました」と、クリエイティブを担当したPakは述懐します。単にGrabFoodのサービスをPRするのではなく、若者たちのインサイトを深く捉え、それをGrabFoodの理念と効果的に関連づけることを目指したといいます。
実際、オンラインフィルム「Free Your Hunger」は、タイの食文化のトレンドを踏まえた作品であるだけでなく、「タイの若者たちはなぜ声を上げないのか?」と、同国の伝統的な社会規範に対して疑問を投げかけるような、ユニークな表現を取り入れている点が大きな特徴になっていました。
この作品は、登場人物によって「オフィスの同僚」「大学のクラブの友人たち」「母と子」という3つのパターンがあり、いずれも「昼食に何を食べるか」を話し合う典型的な場面を描いています。タイでは通常、食べるものを決めるのはいつも上司、先輩、母親といった年長者。しかし作品の中では、ある日、年下の人たちが意を決して「いつもと違うものを注文したい!」と声を上げるのです。そして最後は、「誰かに言われたものを食べるのをやめよう!そして、自分の心が望むものを食べよう! (Stop eating what you’re told; start eating what your heart desires.)」という印象的な言葉で締めくくられます。それはGrabFoodの行動指針(ミッションステートメント)でもあります。
この作品の狙いをPakは次のように説明します。
「タイは伝統的に、目上の人を尊敬することを非常に大切にしている国です。一般的には、年長者が自分に向かって話をしているとき、年少者は言い返してはいけません。しかし時代が変わり、西洋化した考え方が浸透するにつれ、『新世代』と呼ばれるタイの若者は勇気を出して、自分の意見をはっきり言うようになりました。その一方で、年上の人たちは年下の人たちの意見に耳を傾けるようになり始めました。
そこで、GrabFoodの理念がこのトレンドに合致していることを、我々のキャンペーンを通じて伝えたいと考えました」
実際、最近のタイの若者たちの間では、「自分の意見を聴いてもらうこと」がSNSトレンドの一つになっています。今回のGrabFoodのキャンペーンは、こうしたタイの人々の価値観の変化をしっかりと捉え、大きな成功を収めました。
このキャンペーンが大きな話題を集めたもう一つの要因は、女性アイドルグループのBNK48を起用したことです。BNK48は、日本のAKB48の3番目の国際姉妹グループ。タイには熱心なファン層がいて、「Free Your Hunger」とのコラボレーションは、グループの認知度をさらに高める貴重な機会にもなりました。数名のメンバーが今回の作品に出演しているほか、キャンペーンの楽曲も提供しています。
BNK48の起用を企画したCharnは、その狙いを次のように語ります。
「Pakも言っていたように、このキャンペーンでは『誰もが自由に好きなものを選べる』というメッセージを投げかけ、タイの若者を古い規範から解放していくことをコンセプトとしていました。それをわかりやすく伝える上で象徴的な役割を果たしてくれたのがBNK48です。
このキャンペーンで我々は、従来のアイドルのイメージとは異なった斬新な方法で若者たちにアプローチすることを目指しました。一般にアイドルは、自分たちの固定化されたイメージからなかなか抜け出すことができません。そこでこのキャンペーンでは、アイドルではなく、普通の女の子として表現し、彼女たちの本当の姿を見せたいと考えたのです」
アイドルのイメージにとらわれない、自然体の彼女たちがソーシャルメディアなどに登場したことのインパクトは大きく、キャンペーンの認知度を高めるのに大きく貢献しました。結果的にこの作品はネット通じて話題となり、爆発的に拡散されました。単にアイドルグループを起用したからではなく、タイの若者の価値観やソーシャルメディアの特性を熟知しているからこそ、成功したキャンペーンだったと言えます。
コロナ禍において、政府が外食を禁止する政策を取っていても、大好きなストリートフードを食べたいという気持ちは変わりません。GrabFoodは、こうした人々の欲求を満たすと同時に、地元飲食店の誘客支援などにも力を入れています。例えばGrabFoodのアプリ内には「サポートローカル」セクションがあり、利用者は屋台などのストリートフードを含む個人経営のお店に注文すると、無料配達や割引などの特典を受けることができます。
「新しい生活者体験を提供すると共に、地域課題解決に取り組もうとする同社の姿勢には、我々も共感しました。今回のキャンペーンでは、前述のGrabFoodのミッションステートメントに最も相応しいブランドコミュニケーションを設計しました」
コロナ禍が継続する中で、タイでは新しい食のトレンドが生まれているとCharnは話します。自分で好みのドリンクを作ったり、クレープキットで手作りしてみたり、といった、在宅勤務をしながらできる手作りを楽しむ習慣です。
「このほか最近では、タイ風にローカライズされた海外の料理も人気が高まっています。タイ人は、世界中のあらゆる料理を試してみるのが好きですが、そのままの味で味わうわけではないのですね。馴染みのあるタイの調味料が加わっていることが必須条件なんです。例えばタイで売られている韓国のフライドチキンには、必ずタイのハーブ調味料が使われています」(Charn)
日系レストランも食文化トレンドを牽引しており、「at-home omakase(おうちで、おまかせ)」という言葉で広く知られているサービスがあります。プラスティック容器のデリバリーに飽きてきたタイの人々に新しい食事体験を提供しようと、高級日本料理店がデリバリーサービスを展開しています。お弁当だけではなく、今は、玄関先でカウンターテーブルを用意し、板前さんが直接、贅沢な和食をフルコースで提供してくれるのです。日本レストランの成功に伴い、高級タイレストランによるシェフの出張も始まっています。「GrabFoodのアプリ内で展開される『Grab Thumbs Up』をはじめとするオススメ機能も、こうした最新の食のトレンドを後押ししています。」とPakは解説します。
デジタル化の影響がさまざまな領域に波及し、あらゆる業界がビジネスモデルの変革を求められています。リープフロッグ(leapfrog)現象と呼ばれるように、東南アジア諸国では日本以上にデジタルテクノロジーが目覚ましい速度で普及しています。企業がデジタルメディアやクリエイターに直接依頼してデジタルキャンペーンを主導したり、あるいはプラットフォームやコミュニティを構築して生活者と直接つながることができる時代となり、広告会社もその存在意義が改めて問われています。
Spa-Hakuhodoが今後もクライアントに選ばれ続けるために、この状況に対応していかなければならないとCharnは指摘します。
「デジタル領域を熟知した私たちが、クライアント担当者の期待を遙かに超えるようなコンサルティングやビジネスソリューションを提供していくことは必須条件です。今回のキャンペーンの成功を機に、Grabのようなテックカンパニーとの取引は今後ますます増えていくと考えられます。彼らが本当に必要としているのは、単なるエージェンシーではなく、あくまでビジネスパートナーですから。私たちが提供する付加価値がますます求められているのだと捉えています」(Charn)
クライアントのニーズに応える上で、「柔軟性」がますます重要になっているとPakは付け加えます。
「最近のほとんどのキャンペーンは、トラディショナルメディアだけで展開されることはないし、逆にデジタルだけで完結することもありません。どちらかが重要ということではなく、両方を最適な形で取り入れていくことが大切であり、その意味で今まで以上に柔軟な対応が不可欠だと考えています」
クライアントのオフィスにいるSpa-Hakuhodoのメンバー。ここで「ワンチーム」として団結する。
最後に、二人がキャリアにおいて大切にしている自身のフィロソフィーについて、それぞれ語ってもらいました。
「私の場合は『視界に頼らず、信念によって歩め』です。もちろん通常は視界が良いに越したことはありません。しかし真の課題に取り組もうとするなら、視界が閉ざされた状態でも信念を持ってチャレンジすることが必要な場合があると思うのです。たとえそれがどんなに困難なことだとしても」(Pak)
「私のモットーは、『常に自分のやることに価値を生み出し、将来の自分が誇りに思えるような遺産を残すこと』です。私が担っている営業の仕事は、クリエイティブに比べて過小評価されることもあるのですが、私は決してそうは思いません。むしろ営業職は、自分のイマジネーション次第でどんな役割でも担うことができる、最も柔軟でクリエイティブな職務だと確信していますから」(Charn)
2012年にSpa-Hakuhodoに入社して以来、PTTグループやGrabFoodなどの一流企業・ブランドをはじめ、複数の業界にわたり数多くの主要クライアント業務に携わる。2019年に新設された社内デジタル部門Space Hakuhodoのデジタルクリエイティブの責任者に任命される。これまでに、ADFEST、Adman、Bad Awardなどを受賞。
Spa-Hakuhodoでのインターンシップからスタートした長いキャリアの中で、幅広い業界にわたり多数のアカウントやクライアントを扱う。2019年に大きな変化が訪れ、デジタル部門であるSpace Hakuhodoの陣頭指揮を執る。代表的な功績の一つに、ADFEST 2021で銅賞を受賞したGrabFoodの「Free Your Hunger」キャンペーンがある。